りあリズむ   作:箱女

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 自分でもよく探したもんだと思うほど分厚いカーテンのおかげで、起きても辺りを見渡した程度じゃ朝なのか夜なのかもよくわからないぼくの部屋。買ったときの感情が思い出せないような、趣味に合ってるのかも不安なアイテムが転がってる。意外と便利なものもあったりするけど、比率で言えばどうして捨てられないんだろうってもののほうが多いと思う。

 目を覚ましたら絶対にしなきゃいけないことはスマホの確認。ぼくくらい不規則な生活をしてるとね、夜に寝たはずなのに夕方に起床とかふつうにあるからね。今日は、まあきちんと午前中って呼べるくらいの時間。これなら焦って準備しなくてもレッスンには間に合うから気分は上々だぜ、いえい。日によっては化粧もままならない状態でダッシュすることもあったり、それ以前に電話の向こうに土下座をするとかのパターンもあるよ。慶ちゃんなら叱られてごめんなさい程度で済むけど、聖さんとかが相手でキレられると真面目に怖い。根本部分がクズの自覚があるりあむちゃんだってそりゃ遅刻を避けたくもなるよ。麗さんに関してはちょっと思い出せないかな。はは。

 

 薄めの焦げ目をつけたトーストにバターを塗って歯を立てる。サクッといい音がして、こんなのが店でずらっと並べられて売ってるんだよなって適当なことを考える。水を切ったばっかりのレタスとミニトマトを加えてりあむちゃんの今朝の食事は完成だよ。手抜きとかじゃなくて正直これぐらいしかおなかに入らなくない?

 いつもの準備をして鍵を閉める。気が付けばPサマに引っ張られてから生活スタイルめっちゃ変わったな、ってはためく洗濯物を見て思う。だってぼく洗濯なんてカゴがいっぱいになるまでため込むタイプだったんだぜ。それが今では天気予報見て、今日干しっぱなしで大丈夫じゃんとか考えるようになったんだぞ。これめっちゃ成長してるよね。あのさあのさ、だってさ、タオル使ってていい香りするとさ、すっごい気分いいんだぜ。

 ぼくは電車に乗るときは基本的には座らない。時間帯的にはだいたいどっかの席が空いてはいるんだけど、長い時間乗ってるわけでもないし、それよりは窓の外を見てるほうが楽しいんだよね。たぶんそんな経験が平均以下なんだろうな、ぼくは。それにほら、座るとね、寝ちゃうかもしれないし?

 

 改札にPASMO定期をぶち当てて華麗に突破すると近くでOLっぽい人がスマホを落とした。その人の拾いかたがあまりにもスムーズでちょっと面白くなっちゃう。どんだけ落とし慣れしてんのさ。ははーん、さては画面割れないフィルムとかつけてるな?

 いつもの横断歩道でいつもみたいに捕まった。なんかもうお決まりすぎて何の感情も起きなくなっちゃった。この待つだけの時間が事務所に向かうための必要な時間としてぼくの中でカウントされていて、ここスムーズに行けちゃったら逆に違和感みたいなのが残るかも。はー、りあむちゃんもオトナになったもんだね。

 

 

「ギャンブル性のある企画かと聞かれれば、まあその通りだよ。負けて失うものは時間だけだからその意味じゃ違うかもしれないが」

 

 Pサマはそっけなくそう言って、珍しくパソコンからぼくのほうに目を移した。

 

「お前が売れて初めて小説を出すことに意味が生まれる」

 

 やっぱり。落ち着いて考えたらおかしいもん。知名度で言えばぼくはやっと舞台に立てただけの新人なんだから。ぼくの視線の先の仕掛人はちょっとだけ楽しそうに笑ってる。ほとんどぼくが見たことのない表情で、それがぼくにはなんだかちょっと苛立たしい。ぼくの知らないところでぼくを動かそうとするのはPサマの悪いクセのひとつだ。絶対に。ぼくがいまここにいるのはそのおかげもあるけど、うーむ。割り切ろうにもそう単純にいかないところを見ると、どうやらぼくもまだ人間しているらしい。

 たぶんこのことはPサマも近いうちにぼくに話すつもりだったんだとは思う。これを発奮材料にして頑張れ、みたいなことを言うつもりだったんじゃないかな。この話に関してはその必要もなかったんだけどね。せっかく文香ちゃんにお世話になりながらお仕事できるんだから、なんとかかたちにはしたいぐらいのことは思うよ。ぼくみたいなアイドルに救われて生きてきた人間にはバツグンに効く感じの上手な目標設定。ちょっと考えてみて疑っちゃうのは、この人は深いレベルでぼくを認識してるんじゃないかってこと。もしかしたらぼくがぼく自身を振り返ってみるよりも。

 

「Pサマひどいよう、それじゃぼく頑張る以外の選択肢ないじゃん!」

 

「それは何より。頑張る理由があるなんていうのは実は恵まれたことだからな」

 

 なんだそれ。っていっつも思うんだけどこういう大人っぽい言葉でぐいぐい押し通すのがこの人のやり方で、ただどうやったってPサマと論じたところでぼくが勝てる見込みはないし、それがお互いわかってるからこれ以上話が発展することはない。文香ちゃんとお仕事できることは願ってもないことだからいいんだけど、やっぱりどこかに燻るものはあるんだよね。もちろんPサマが嫌いなわけじゃないし、それどころか感謝してるっていう前提があるんだけど、だからこそなのかな。ぼくはそのへんよくわからない。ずーっと逃げてきたし。

 

 

 廊下は暑くもないし寒くもない。事務所っていうかこのビル内で動いてる人はぼくを含めてみんな気温に気を払ってないみたい。廊下に味気があってもどうだろうってなるけど、素っ気もないといえばそうだよねって納得する廊下。荷物はレッスンルームに併設されてるロッカーに預けるから、床がきれいな板張りのあの部屋へ私服で向かう。歌もダンスも演技力もバラエティ力 (これの鍛え方はいまだに謎だ) も必要だけど、最初にきちんと鍛えないといけないのは体力らしくて、まだその段階でひいひい言ってるぼくにはしょっちゅう愛のムチが飛んでて。わあん、じゃあなんでステージなんて立たせたんだよう。

 専用のエレベーターを使ってレッスンルームがある階に下りる。ぼくたちと一部の人だけが持ってる特別なカードキーがないと動かないやつ。職業柄もあって、むちゃくちゃにかわいい子が多い環境だからそういうセキュリティは万全を期しているんだって。ここに勤めてる人でもこのゾーンは見たことすらない人がほとんどだって聞いた。あれ、アイドルオタクのぼくが入っていいのか。

 必要以上に人がいないからここの廊下は必要以上に静かで、その雰囲気はちょっと怖いくらい。セキュリティは堅牢で造りは頑丈、防音は完璧の建物だもん、余計なものはないのが前提。そこには静謐っていう音がある。

 レッスンルームのドアを開けて外用の靴を脱ぐ。その靴を人差し指と中指に引っ掛けて、今度はロッカールームのドアのほうに足を向ける。最大人数がけっこうエグいから下駄箱なんてないんだってさ。靴間違える心配もなくなるから安心だね。ドアノブをひねってやけに重みのあるドアを肩で押す。あれ、いまちらっと誰か見えたな。もしかして今日は誰かといっしょのトレーニングなのかな。どなた様かな?

 

「おっ、あああ! おっ、おかっ、岡崎泰葉ちゃんだ!!」

 

「え、あっはい」

 

「うお、すっげ、なんだよぼく最近運よすぎないか!? 大丈夫か、死なないか!?」

 

 ……ぁあー、やっちゃった。まーたテンション上げすぎた。こんなん絶対ヒいてるに決まってんじゃん。同じ事務所に所属しといていきなりこんだけ騒ぐ年上の後輩とか泰葉ちゃんからしたら、キ、キツいよね……。か、顔向けできん、やむ……。

 

「夢見りあむさん、ですよね?」

 

 へ?

 

「ななななんで岡崎泰葉ちゃんがぼくなんかの名前知ってるの」

 

「私たちのあいだでは時の人ですよ、異例の早さでステージに上がった子がいるって」

 

「いいいいやいやいやいや! なんか変な物の弾みでそうなっちゃただけで! ぼくなんて全然すごくない! です! よ!」

 

「でも、そういうものもきっと必要なんだって、私は思いますよ」

 

 壊れたおもちゃみたいに頭と手を振ってぼくは否定した。だってそうしないと壊れちゃうものがあるから。そんな内心を知ってか知らずか花がゆっくりほころぶように泰葉ちゃんが笑って、それを見てぼくは浄化されそうになる。尊い……、これこそがアイドルだよ……。

 ってやばいやばい。泰葉ちゃんから見たら突然うっとりし始めた不審者になっちゃう。外からの目がぼくをどう捉えるかに気を配ること。これもPサマから口酸っぱく言われてるから気を付けないと。うう、理屈じゃわかってるけど、人の目を気にするのとはまた違うって意識するの難しくないかな。いやいやそんなことより、泰葉ちゃんにヤバいやつだって思われるのだけは避けないと。

 

「あ、あの、ありがとう、ございます。それとごめんなさい。ぼ、ぼくテンパっちゃって……」

 

 泰葉ちゃんの小さい顔が少しだけ傾いだ。あ、あれ、ぼく何か変なこと言ったか?

 

「初対面ですし、緊張されるのはおかしなことじゃないですよ」

 

 両目を細めて口角が上がって、さっきとは違う感じの、安心させるような優しい顔になるまでの表情の動きが滑らかすぎて、ぼくはそれに見惚れた。たしかにこれはぼくがスクリーンの向こうに見てたものだ。喉の奥がきゅう、と絞られる感覚が不意にやってくる。こうなるとぼくは声が出せなくなる。急にテンション上げたと思ったらわたわたして、しおらしくなったら今度は黙り込んで。なんだこれ、情緒不安定かよ。こんなだからぼくはぼくに呆れるんだ。

 本当だったらトイレかどっかに駆け込んで頭抱えたい気持ちを抑え込んでなんとか取り繕う。取り繕えてるかどうかはもうぼくの知ったところじゃない。ちょっとだけ冷静になってから目にした泰葉ちゃんは、やっぱりとんでもなくかわいかった。まるでパーツのひとつひとつがある一定のイメージのもとに作りこまれた人形みたいに整ってる。こんな子がぼくと同じような生体活動をしてんの? ホントに? いやこれ失礼だとはわかってるんだけど。

 

「あ、あの、ところで、今日はここのレッスンルーム使うんですか?」

 

「今日は2番が清掃で使えないので、代わりに3番でと」

 

「あー、セクション的に珍しいと思ったらそういうコト……」

 

「トレーナーさんもそのまま来ますから今日は合同かもしれませんね」

 

「わ、やった、岡崎泰葉ちゃんとレッスンかも!」

 

「ふふ、そうだといいですね。いっしょに頑張りましょう」

 

 なんだよやっぱり天使かよ。

 

「あ、ひとつだけいいですか?」

 

 こくこく頷く。いきなりこんなこと言われたら緊張で声出ないよ。ああ、やっぱ調子乗っちゃったかな、きちんと釘さされたりしたらどうしよう。やんじゃうよう。

 

「敬語も使わなくていいですし、泰葉って呼んでくださって構いませんよ」

 

 実は敬語も不十分だったけど、そんな感じでぼくは泰葉ちゃんと知り合った。

 

 

 

 

 

 

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