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やばい、怖い。
何も発言してないのにリプライ通知こんなに来ることある? 見たことない数字ついてんだけど。たしかにぼく前にボヤ騒ぎ起こしたことあるけどここまでじゃなかったよ。それこそケタ違いだよ。何百もつくのははおかしいだろ、ぼくなんて超有名な事務所に所属してるだけの存在と変わらないようなもんだぞ。しかも飛んできてる内容がよくわかんない。面白そうとか、楽しみにしてますとかはまだいいけど、俺も投げるとか言われても困る。ぼくに何投げるつもりだ、キッスか。いやそれもたぶん困るけど。
なんだよう、ぼくさっき泰葉ちゃんとお友達になって連絡先まで教えてもらったんだぞ、超気分よかったのにこの仕打ちって。やむぞ、これはガチでやむ。原因わかんないのヤバい。どうすればいいのこれ、わあん、またリプ飛んできた。
ちょっと待ってよ追い付かないよなんでぼくのステージが記事になってるのさ。なんかふかふかしたあれ投げるのオッケーっていうのが物珍しいのはわかるけど、ぼくド新人だぞ、持ち上げるの早すぎないか??
いろんな疑問を解消したくて、ぼくは親切な人が貼ってくれたリンクを追ってみる。反応してる人数から考えれば当然だけど、マジモンの記事が書かれてる。ひえぇ。怖いけど読まないわけにはいかないじゃん。つら。やむ。
……へー、ぼくって写真だとこんなふうに見えるんだ。着てる衣装のせいもあるんだろうけど、異物感がすごいなこれ。ていうかちょっと待って、なんかこの構図見覚えある。ぼくがいろんなライブ巡ってたときによく見た景色だ。けどそこにぼくがいるのはやっぱり変な感じがする。ぼくがぼくじゃないみたい。でもステージにいることが馴染まないっていうことが、そこに立っているのがぼくだってことを逆に、それもしっかりと証明してる。間違っていることが正しいんだよ。
画像のおまけみたいな文章を目で追ってみるとぼくからじゃどうやったって出てこないような書き方をされてて、そこに書かれてる内容をそのまま信じるならヘンテコだけど面白いやつが出てきたのかもって思うものだった。
そうか、Pサマぼくを売ったなこれ。唐突に浮かんだ考えなのに妙な納得感がぼくにはあった。確信って言い換えてもいいくらい。Pサマに拾われてそんなに経ってるわけでもないからやり口を知ってるわけじゃないけど、あの人はこういうことやる。ぼくが売れないと話にならないと言ったからにはPサマだって人気を出すために動くに決まってる。
だからメッセージをひとつ飛ばす。 “Pサマが仕掛けたの?”
すぐに返事が返ってくる。 “優秀じゃないか”
ほらね。
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事務所の広いロビーの座れるところで海ちゃんとふたりでボケーっと座ってる。社員さんたちはだいたいの人が忙しそうにばたばたしてて、ここってやっぱりスゴいとこなんだなってあらためて思う。みんなぱりっとした格好してるなかで、ぼくと海ちゃんはゴリゴリの私服で、それも変装のやつだからめっちゃ浮いてる。たしかに社員さんのために入れてるごはん食べるお店が一般開放されてもいるから私服がぼくたちだけってこともないんだけど、そもそもデカい会社のビルにごはんのために入りたいかっていうと、ほら、ね。だから相対的にぼくたち目立つんだよ。
一分も経たないのに読み込みかけて更新されてないアイドルの情報ページを見てまた顔上げて。待たされることも多いって聞いてはいたけどやっぱりぼく退屈って苦手だし、海ちゃんもさすがに暇そうにしてた。何せぼくたちここで一時間待ってるからね。さすがに話題も尽きるって。
いつの間にかぼくの視線は社員さんたちの上半身が見えないくらいの高さに固定されてた。忙しそうにしてる人の顔なんて見てて面白いものでもないし、見られる側もきっとうっとうしいだろうし。いろんな向きに足だけが動いてる様子はなんだか具合の悪い夢みたいに見える。こういう無目的で際限のない光景には意識をだんだんぼんやりさせる効能があるみたい。二秒前に頭に浮かんでたはずのことが何だったのかわからなくなる。そんな中をぼくたちに向かってくる足があった。それもぱりっとした格好じゃないやつ。誰だろ。
「んー、やっぱ変装モードだとふたりともわかんないっスね」
ぴたりと足が止まって、その上から聞こえてきたのはとても馴染みのある声。よくぼくといっしょに海ちゃんの家でダラダラする友達だ。視線を上げるとぼさってる髪とやぼったいメガネが目についた。まじまじとぼくたちを見つめる顔をしてる。そりゃまあぼくも海ちゃんもいちばん目立つポイントの髪はすっかり隠しちゃってるもの。
「あっれ、ヒナ先なんでここにいんの?」
「打ち合わせっス。ちょっと前に話してたコンビのやつの」
「あ、覚えてるよ! けっこう毒々しい感じのやつ!」
「失礼な。どっちもちょーっとだけ趣味がコアなだけっス」
ぼくがこんなふうにちょっかい出す感じで絡めるの海ちゃんとヒナ先だけなんだよね。二人からしたら何の因果かわからんけど、って言いたくなるくらいだと思う。ぼくが調子こいても全然怒らないの懐深すぎ。比べる対象なら海溝とかそんなレベルだね。
「二人もやっぱり打ち合わせっスか?」
「そ。ウチもりあむも別件だってのに見事に予定の後ろ倒しが重なっちゃってね」
「まあまあ、それはこの界隈の常っスから。どれっくらい待ちなんスか」
「一時間! もう退屈! 助けてヒナ先!」
全員テンションの高さ違くて笑っちゃう。海ちゃんの家の感じがロビーの敷き詰められたタイルのあいだから滲んで出てくるみたい。外にいるってことを意識のすみっこに置いておかないと目をつけられる騒ぎ方しちゃいそう。マジでぼく気を許しすぎじゃない?
ヒナ先もいっしょに座ってのおしゃべりになると回り方がまたちょっと変わってくる。海ちゃんはもともと進行に長けたタイプで、ヒナ先は引き出しがめっちゃ多い。立ち位置的にはぼくはオプションというかプラスアルファみたいなものかな。お、なんかかっこよくね?
「比奈さんはもう帰りですか?」
「このあとちょっと間を置いたらボイトレっス。相方と」
「やべー、ヒナ先が業界人みたい」
「りあむちゃんももうお仲間さんなんスけどね」
なぁんだよう、そういうのやめろよう。
ヒナ先も海ちゃんも生温かい目でぼくを見てる。その視線がくすぐったくてぼくはぶんぶん手を振ってなかったことにしようとする。つーか海ちゃんより年上なんだけどなあ、ぼく。たとえばぼくたちを仮に三姉妹で置いたとして、どうやって動かしてもぼくが一番下になるんだよね。
ぼくの秘密のお仕事から読書体験まで話が進んだところで、脇に置いといたスマホが一震えした。つまり誰かからメッセージが来たってこと。そんなのぼくだって見なくたって予想つくよ。
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開いた口が塞がらない、わけでもないけど耳が正常に働いてるかはちょっと不安になったよ。正気? ぼく週に三回もステージに立つの?
言葉に詰まったぼくをPサマは不思議そうに見てる。決してバカにしてるわけじゃなくて、当たり前のことを当たり前に理解していない人に対して向ける純粋な疑問の目だ。たとえば魚が切り身の姿で泳いでるって思ってる子供に向ける目だ。
「夢見りあむは何よりもまず耳目を集める必要がある。これはお前も認識してるな?」
ぼくはうなずく。
「さてそのやり方だが、理想的なものは何だと思う?」
「テレビじゃないの。ぼくでも無理だってわかるけど」
「出そうと思えば不可能じゃないぞ」
「は?」
「問題点はそこじゃあないってことだ。夢見りあむのための番組でない限り、テレビ局はただ映りの良いお前を要求する。なにせ夢見りあむが発揮されれば普通の番組は崩壊するからな。お前は借りてきた猫のようにおとなしくするしかなくなるわけだ。だがそれじゃあ意味がない。強みが活かせない」
Pサマは超楽しそうに言葉を並べ立てる。それこそ舞台演劇の経験があるんじゃないかってくらいよどみなく流れる言葉はぼくの背すじに冷たいものを走らせる。もしかしてこのままぼくが部屋出てっても一人でべらべらしゃべってんじゃないのこの人。いやもちろん会話してるんだから気付くのには違いないんだけど。
「普通じゃない個性、というかいっそ異常であることに価値があるんだ。この業界におけるひとつの現状打開だよ」
「ね、ぼくだんだん理解が追い付かなくなってきてるんだけど。あとディスった?」
「最終的にその異常さを面白いものと思わせればいい。もっとも適しているのはライブなんだよ」
「えーっと、つまり、あの記事ってそのためのってこと? ねえディスった?」
その通り、と言ってPサマはぼくに向けた目を細めた。何かに満足したような表情に見えるけど、それが何なのかはわからない。少なくともこの人はしゃべりたいことを思い切りしゃべったから満足するっていう、ぼくみたいなタイプじゃない。独りよがりが与えてくれるものは自己満足だけだってことをきちんと知ってる人だから、本当に得るものがあったってことなんだと思う。
ぼくのスーパーハードワークの理由を納得させるのに成功したと思ったのか、Pサマは軽く一息ついた。ちょっと待ってよ。ライブがぼくに合ってるってとこまでは理解したけど、週三回はやりすぎじゃないの。ぼくぶっ壊れちゃうよ。あ、もしかして。
「ねね、Pサマ、それってダンスレッスンとか体力トレとかその辺終わりってこと!? そうだよね! だってそんなにステージに立ったら時間なくなっちゃうもんね! 小説も書かなきゃいけないんだし!」
うっわなんだあの目。言葉ももったいないってか。
「ででででもでも、実際ヤバいでしょ、死んじゃうよう」
「他のアイドルの何倍ものスピードでチャンスもらって経験積めて何がヤバいんだ。それにトレーニングやめたら逆に体力も保たなくなるだろ」
「しょ、小説は……?」
「まだ書き始められる段階じゃないことぐらいわかってる」
両手の手のひらを上に向けて、やれやれって感じでPサマは横に首を振った。これは詰んだ。やむ。そりゃ勝てんよぼく。だって正論だもの。くっそこれPサマこの辺まで織り込んだ上で企画持ってきたな。こんなの逃げるわけにはいかないじゃん。だってぼくがビビらないように最初からは本題に入らないで雑談みたいな感じで済ませてくれた文香ちゃん悲しませられるか?
覚悟みたいなのはまだ決まらないけど、もうシーンは動き始めちゃってる。この企画に対してはしょぼ顔だって見せられない。ぼくは、夢見りあむはバッキバキの人気者にならなきゃならない。この感覚は知ってる。うう、家帰ったら吐くかもしれん。この三日だか四日だかの密度おかしいよ、ザコメンタルにはきついって。
「今日は鷺沢さんと打ち合わせなんだろ? 頑張れよ」
うん、頑張るよって答えてぼくはソファから立ち上がる。文香ちゃんの話は知らなかった世界の秘密だから当たり前だけどむちゃくちゃ面白い。ぼくは本当にものを知らなかったんだな、って最初の一回で思い知った。面白いことを教えてもらえるんだからぼくだって真面目に教わるよ。メモだって取るよ。そのためのノートだって買ってきたんだ。今日も向かうのは前と同じ角部屋。きっと文香ちゃんはもう待ってるんじゃないかな。