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「すっげ」
四年ぶりに来た映画館はいやに広かった。なんでだろ、高一の時から身長変わってないはずなんだけど。そういうのじゃないってことかな。
あー、そだそだ、この匂いだ。めっちゃ懐かしい。このよくわからんしっとりした空気。丁寧に思い出すようなことでもないよ、そんなんまだまだ髪の毛染めたことすらないころだよ。うわあ、でもそう考えると太古の昔じゃん。ジュラ紀だ、ティラノサウルスがいたんだ。
フラれたときのこと思い出してもっとダメージ入るかと思ったけど、そんなこともないんだね。意外。いや意外でもないのか、そうだよね、だってここはぼくの居場所だったんだもん。こないだ泰葉ちゃんに出会わなかったらもっと来るの遅くなってたんだろうな。もしかもしかだけど、このタイミングはちょうどよかったのかもしれない。
雰囲気づくりのためにゴージャスな感じにあつらえられたロビー。おみやげと映画のチラシとポップコーンとコーラが置いてある。ホントはもうちょっといろいろ飲み物とか売ってるけど。そこらじゅうを観たい作品の開場待ちしてる人がうろついてる。なんか知らないけど泣いてる子ども。変に話が盛り上がってる中学生だか高校生。楽しそうにひそひそ話すカップル。情景はあのときと全然変わってない。やむ。
一時期は趣味の欄に “映画を観ること”って書けるくらいに通い詰めたぼくには、ぼくにだって、もちろんそれなりの哲学がある。海外のはまあ別にしてだけど、テレビCM打ってるような映画は基本的に駄作。だってゴリ押しって札つけてるようなもんだからね。ガチってるやつは映画雑誌とかそういう専門的なものにしか広告打たないんだよ。映画ファンはそういうの目ざといんだ、ぼく知ってるぜ。あと監督で判断する人も多いし、出てる役者さんで判断する人もいる。映画俳優ってテレビの連ドラだけでイキってるような連中と比べたら段違いに上手い人多いしね。
ゴリ押しの映画はさ、役者の感情をこっちまで、客席まで飛ばそうとするの。それでぼくたちを絡めとって泣かせようとしたり驚かせようとしたりすんだよね。でも本物のすごい作品は違うよ。作品の感情はスクリーンの向こうで完結してて、それなのにぼくたちを巻き込んでいくんだ。ぼくはそういうのが本当に好きだった。でも今はそういうのを受け取れる部分も壊れちゃってるよね、きっと。
どんな映画が上映してるかの場内広告を、四年前みたいに眺めてみる。こうやってその場で見て決めたこともけっこうあったな。当たりはどれくらいあったっけ。はっきり覚えてるのはひとつだけ、かな。あはは、物忘れが激しくてヤになっちゃうよ。
へー、あの監督の新作が出てたんだ。あ、助演のこの人ってあれだ、四年前に観たやつにも出てた人だ。作品の傾向と相性がいいんだろうな。細かく分析する気は起きないけど、この役者さんがいるのといないのとだと全体像の締まり方が違ってきそう。たまにいるんだよね、そういうひと。
まあ、でも、今日は観るのやめとこうかな。「造花を焼く」だなんてちょっと気にはなるけど。うん、そうしよう。
帰り道に小石を蹴ろうとしたら、まず当たりもしなかったよ。
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ぼくの頭を掠めるのは文香ちゃんとの二回目のお話のこと。文香ちゃんは、誰にだって人生で一冊の本は書けるって、そう言った。相変わらず話の進め方がむちゃくちゃ上手いから、ぼくはその場ではなるほどそうなのかと納得しちゃった。けど、ぼくの人生なんかを、多少の脚色を加えるにせよ、小説にしていいのか?
じゃあいっそ人生でも振り返ってみようかと思って、すぐやめた。だってぼくの人生なんてろくろく成功もしてないしょぼしょぼライフだったから。まあ、いま現在は小説にできるかもしれない不思議な生活始まってる感あるけど、だとしてもいったんは落ち着かないとどうしようもないし。たぶん文香ちゃんが言ってた誰でもっていうのは、ある程度の人生経験を積んだ人なら誰でもってことだったんじゃないかな。その経験を積むための時間には個人差があるわけで。もちろんぼくはどう見たって経験が積めないタイプの人間なわけで。
つまるところPサマが言ってたとおりに、ぼくにはまだ小説を書く準備ができていない。誰でも一度は使えるらしい人生っていうネタを使えないのなら、ぼくは一から小説を生み出さなきゃならないってこと。はー、いったい何から始めりゃいいんだか。ぐへー。主人公を考えればいいの? ストーリーを? もっと別のものがあるの?
「……そんなふうに小説読んだことなんて一回もないよう」
サイズ感で言えば人の頭くらいの大きさのため息ついて、ぼくはソファに寄っかかった。
おうちのリビングの本棚には、といってもぼくのじゃないけど、これでもかってくらい小説が置いてある。パパもママもお姉ちゃんも当たり前に小説読むような人だったからね。だから読む小説には困らなかったし困らないんだけど、でもじゃあ今回の目的でどれ読めばいいかってなるとどうなのこれ。これまでは読んで面白いとかつまらない、好きとか嫌いとかで済んだけど、今回は絶対それじゃダメだってわかってるからなあ。
とりあえずどれでもいいから手に取らなきゃ始まらない。でもたぶんだけど、嫌いなやつがぼくには大事になるんだと思う。好きなのとか面白いの読んだら意志の弱いぼくはふつうに楽しんじゃうだろうから。だとしたら “歯車” だ。芥川龍之介。ぼくはこいつのこれがいちばん嫌いだ。だから、きちんと、丁寧に読んでやる。だって物語に呑み込まれることなく小説の勉強ができると思うから。そうでないとおかしいはずだから。
それは本棚から引っ張り出した岩波文庫の緑の一冊で “玄鶴山房” と “とある阿呆の一生” の間に挟まれた、三篇の短編のうちの一篇。タイトルを飾ってもいる。そのどれもが小説としては短くて、書籍そのものとしても薄い。ぼくはこれを読んでガチめの吐き気に苛まれた。やむとかじゃなくて次の日の学校も休んだ。全部で三年のうちに四回読んだ。うち一回は実際に吐いた。最後に読んだのはいつだっけ、三か月とかそれくらい前?
気分が最悪になるのはわかってた。どうしてこいつはここまで必死になれるんだろう。ぼくにはこの作品そのものが言い訳のために書かれたように感じられる。体の内側が、ううん、内臓がかゆくなるような気になる。手の出しようがなくてどこにもやり場のない気持ちが、本当につらいの。
ぶっちゃけめっちゃキツいけど、でもぼくはこれを読み込んでいけば小説を書くためのヒントが手に入ると思う。ちらっと何かが頭の奥で光ったんだ。ぼくはそいつを絶対に捕まえる。
見てろよPサマ。一度くらいは度肝を抜いてやるからな。
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そんな爆弾をカバンに潜ませて外に出るのはなんだか落ち着かないけど、おうちでだけそれを読むなんてそれこそやむから仕方がない。それに細切れに読むなら吐き気も抑えられるし。探してみればちょっとした時間って意外と転がってるもので、ぼくはこれまでそんな時間をどうしてたんだろって考えた瞬間に文明の利器たるスマホ様を思い出す。時間の使い方がちょっとでも変わるっていうなら、まあ、ある種健康的になるのかな? 違うか?
だいたい鍵のかかってないドアを慣れたように開ける。さすがのぼくでも鍵くらいかけたほうがいいと思うなあ。アイドル以前に女の子だぞ、海ちゃん。
「やっほううみんちゅ、今日ごはん何?」
「炊き込みご飯とささみ入れたサラダ、あと昨日の残り物あったからそれ」
「残り物なに!?」
「回鍋肉」
「悪くないね! ぼくその時間までうきうきだよ!」
「お前まーた予告なしで来て夕飯食べてくつもりか」
「わはは、海ちゃんのごはんがおいしいのが悪いのだ!」
靴を脱ぎ終わるまでの会話で夜まで居座ることが確定。これがりあむちゃん式超話術。これねこれね、ぼくも海ちゃんも別に目合わせないで普通に会話してんの。ぼくこういうのすんごい好き。気のない会話っていうか、女の子女の子してない感じの。ぼくそれ系ってクソほど苦手でさ、まぶしいとかそういうんじゃなくてキツいんだよね。対応できないから拗ねてんのかもしれん。
海ちゃんは何かの本、雑誌か専門学校の教科書かそんな感じのサイズだなあれ、に集中してたのかも。まだ目離してないし。邪魔するのは悪いしゲーム借りよ。
「お、うみんちゅランク上がってない?」
「んー、ちょっと練習した」
「前も言ったけどふつうにゲームやんの意外だよね」
「前も言ったけど実家で弟たちの相手してたからな、縁がないワケじゃないよ」
ヒナ先の手によって持ち込まれたゲーム機はぼくたちが集まったときに出番がある。パーティーゲームだったり対戦系だったり日によって種目は違うけどけっこう盛り上がるんだぜ。だらだらテレビ見るだけー、とかの日もあるけどね。
「ね、別のにしていい? セーブしてある?」
「いいよ」
「おー、どしたの、新しいのあるじゃん。買ったんだ?」
「それ比奈さん。なんでここで一人用のをダウンロードしてったのかは知らないけど」
ヒナ先もさすがの自由人だね。きっと自分の家にはないソフトだろ、ぼくにはわかるよ。たぶんここでだけ進めるつもりなのと、海ちゃんに興味持たせて話せる相手増やそうって魂胆でしょ。あれだ、私物持ち込むのと変わんない。にしてもその辺ほとんど気にしない海ちゃんの懐の深さどうなってんの。いやぼくもヒナ先も愛されてるのわかってうれしいけどね? ね?
最近よく遊ぶゲームを選ぶ。アホみたいに難しいアクションのやつ。まともに頑張ってもやられちゃうから死んでは覚えて死んでは覚えての繰り返しでやっとこないだ一面クリアしたんだよね。さすがは魔界。
「昔のスーファミのやつ遊べるのいいよね、ぜんぜん知らんから楽しい」
「んー、積み重ねがあって今のがあるんじゃないか?」
「へ、どゆこと?」
あ、まーた主人公ったらパンツ一丁になってら。いやぼくのせいなんだけどさ。
「昔の面白いゲームがあるから今のがあるんだろって話」
「ぼくのキライな歴史の話になるやつだそれ!」
「はは、なんだよ拒否反応強すぎだろ。昨日なに食べたか覚えてるか?」
「過去は振り返らない主義なの! 現在を生きるりあむちゃんの目は前に向かってついてるの!」
ちょ、あ、うわっ、あーまた骨になっちゃった。