少年兵藤一誠はある場所である人物を待っていた。今夜の内に行こうと前々から話し合っていた。彼は異世界で勇者と仲間と共に命がけの冒険をして、魔王を倒した勇者のパーティメンバーの1人だ。
魔王が死に戦争は終わった。ならこの世界に留まる理由はどこにもない。そう一誠は異世界アレイザードに召喚ではなく運悪く巻き込まれてやってきたただの少年だ。
何の役割も力もなく魔王打倒の勇者のパーティのメンバーになった。確かに役割も力もない。けど、メンバーに入る理由はあった。だからある人物と一緒に鍛えて、ついに魔王を倒した。
「待たせたな。イッセー」
「待っていたぜ。アカツキの兄貴」
一誠の後ろから体格のいい青年が声を掛けてきた。彼こそが一誠が待っていた人物、凰沢暁月。一誠が兄と慕ってきた男だ。彼もまた一誠同様になんの力も持たずにこの異世界にやって来た一人だ。
彼らが到着した国の魔王打倒のメンバーは彼ら2人を快くメンバーに入れた。そこから数々の戦いがった。そして今夜、彼らは元の世界に戻るのだ。
「兄貴は別れの挨拶とかしてきたのか?」
「いや、そんな事していたら引き止められそうだったからな」
「兄貴もか。俺もだよ……」
「俺たちは所詮、はぐれ者だ。別れを惜しむなんてガラにも無い」
「だよな。それと背中のはなんだ?」
一誠は暁月が背負っている大きな麻袋が気になっていた。このアレイザードの物を向こうの世界に持ち帰る事は不可能だ。それは暁月も分かっているはずだ。
なのにかなり大荷物なのが一誠は気になってしまっていた。
「これか?まあ、お前になら言ってもいいか」
「何を持ち帰ろうとしているんだ?」
「魔王ガリウスの娘」
「…………兄貴、誘拐は駄目だろ」
「違うわ!頼まれたんだよ。ガリウス本人に」
「マジか……!?」
一誠は袋の中身にも驚いたが、魔王が倒した人間である暁月に自分の娘を託したも驚いていた。まさか自分を倒した男に娘を任せるだろうか?
いや、逆にこの男なら任せられると思ってのだろう。そう一誠は納得した。それにその問題はもう暁月の問題だ。これから元の世界に戻るのだ。
一度元の世界に戻れば再会する機会はないだろう。ならこれ以上、首を突っ込まない方が賢明だと一誠は理解している。
「兄貴がいいなら俺からは何も言わないよ」
「大丈夫だ。問題があっても解決するからよ」
「兄貴らしい……てか、リステイさんは知っているのか?」
「いや、知らない。むしろ知らない方があいつのためだ」
リステイ。リスティ・エル・ダ・シェルフィード、魔導大国シェルフィード王国の女王だ。彼女もまた勇者のパーティメンバーだ。知らない中ではない。
だけど、彼女の立場を考えれば知らない方が後々いいかもしれない。
(本当は連れて行きたいくせに……)
一誠は知っていた。リステイが暁月を思っている事を。彼女は本来なら勇者の男性と結ばれるはずだった。しかし彼は戦いの途中で命を落としてしまった。
その原因は暁月にあるのだが、彼は何も彼女に言わなかった。それは暁月なりの美学に基づく行動なのだと一誠は分かっていた。
ならもう何も言わない方がいいのだろう。
「それはそうとイッセー」
「なんだよ?」
「お前、元の世界に帰ったらどうするんだよ?」
「ふっ……それはもちろん……ハーレム王になる!!」
暁月の質問に一誠は鼻で笑い、大声で宣言した。アレイザードに来る前からの夢で目標だ。多くの女の子を囲んで楽しく過ごすのが一誠の夢で目標だ。
それはアレイザードに来てからも変わっていなかった。しかしパーティメンバーの1人に悉く邪魔をされて女の子との触れ合いが殆んど出来なかった。
なのにで邪魔が出来ない元の世界でその夢を現実のものにしようとしていた。
「はははっ!!お前らしいな!」
「おうともさ!これが俺なのさ!待っていろよ!まだ見ぬ美少女たち!!」
「なら帰るか!」
「ああ!」
「―――ちょっと待った!」
今まさに帰ろうとした時に一誠と暁月の後ろから声をかけてきた人物たちが現れた。
「お前ら……」
「何を勝手に帰ろうとしているんだ!アカツキ」
「まったくですよ。私たちに別れの挨拶すらさせないつもりですか?」
「イッセー様、アカツキ様。ご帰還なさるのなら私から言いたい事があるのですよ。聞いてから帰ってくださいませ」
声を掛けてきた男女3人は魔王を倒したパーティメンバーだった。ゼクス・ドルトレイク。シルフィード王国の大将軍だ。次がルーティエ・トルム。シェルフィード王国の精務長官だ。最後がワルキュリア。シェルフィード王国の侍従長でリスティ直属のメイド軍団の長だ。
彼ら3人は一誠たちが今夜の内に行動するだろうと思って待ち伏せていたのだ。
「まったくはぐれ勇者が今さら遠慮しているんだ?」
「別に遠慮なんてしていないぜ。ゼクス」
「イッセーもどうして何も言わずに行くのですか?」
「いや~俺たちって別れを惜しむタイプじゃないんで……」
「お2人とも言いたい事があるのでそこでじっとしていてください」
3人はジリジリと一誠と暁月に近づいてきた。2人は顔を合わせて頷いた。やる事は一つだ。今さら彼らに何か言う事はないだろう。
長い旅で彼らの事は理解している。もう自分たちが居なくても大丈夫なのも。
「行くぞ!イッセー!!」
「ああ。兄貴!」
「こら待て!」
一誠と暁月は元の世界に戻るための門に飛び込んだ。この門は異世界人にしか使えない。アレイザードの住人は使えないのだ。だから一度門をくぐってしまうと追う事は出来ない。
「行っちまったな」
「ええ、彼らしいですね」
「……無事なご帰還を」
彼ら3人はそれだけ言った帰って行った。帰ってからリステイにどう言い訳するかどう説明するか考えていた。3人の姿が完全に見えなくなると門の近くの茂みから鎧を着た若い男が出てきた。
鎧の中心にはアレイザードにある国の紋章が刻まれていた。男はニヤリと不気味な笑みを浮かべて門を見つめていた。
「ついに私の勇者として活躍出来ますね。待っていなさい、凰沢暁月。魔王の娘は私が頂きます」
男は門に向かって飛び込んで消えてしまった。終わったはずの物語は次の物語へと繋がっていく。彼の物語は続いていく。
白き天龍の魂が彼を最果てへと導くだろう。
▼▲▼
一誠はゆっくりとベッドから起き上がった。そして携帯から今日の日付を確認した。
(戻ってきたんだ……)
時刻は一誠がアレイザードへ行った日付になっていた。つまり異世界で過ごした数年がまるで無かったように。
それこそ夢であったような感覚に一誠は陥っていた。しかしあれが夢ではない事くらいすぐに分かった。
剣を握り魔族と戦った日々は紛れも無く現実だ。どういう訳か異世界に行った日に戻ってきたのだ。
(そっちの方がいいか)
もしあの日から数年経っていきなり戻ってきても両親が驚いてしまうだけだ。なら時間が戻った方が都合がいい。
そこで一誠は気がついてしまった。
「おいおい冗談だよな……」
1年間暁月と一緒に鍛えた身体がすっかり元の状態に戻ってしまっていたのだ。それもそうだ。時間が戻っているのだから身体も戻るに決まっている。
そこで一誠は膝を付いて落ち込んでしまった。
「ち、ちくしょうぅぅぅ!!!」
この日、兵藤家では一誠の奇声で家族全員が目を覚ましてしまい、両親から説教を受けてしまった一誠だった。
「あの身体を取り戻す!!」
鍛えた身体を取り戻すために一誠はトレーニングを始める事を決意するのだった。