冥界最強の魔王サーゼクスとその眷属の女王グレイフィアは開いた口が塞がらなかった。その理由が目の前で焼肉を食べている少年、兵藤一誠の食べっぷりに驚いているからだ。
そもそもどうしてこの三人が焼肉をしているかと言うとサーゼクスが学校帰りの一誠に話があるとかで話しかけたのだ。
そしたら一誠が『晩飯奢ってくれたら話くらいなら聞いてやる』と言ったのでサーゼクスは個室のある焼肉店に一誠を案内した。
それから注文した肉が来て、焼いて食べてすでに20分以上が経過していた。その間、一誠の食べる速度は一度も落ちてはいなかった事に二人は驚いていた。
大食いファイターも裸足で逃げ出す量をすでに一誠だけで食べていた。左手でトングを持って、肉をひっくり返していた。
右手で箸を持ち、焼けた肉からタレにつけてがっついていた。呑み込まずしっかり噛んでいるのに食べる速度は常人のそれを軽く超えていた。
「お待たせしました。追加のお肉をお持ちしました!空のお皿は下げますね」
店員が新しい肉の乗った皿を持ってきて、空の皿を下げた。すると一誠はトングで新しい肉を焼き始めた。
それを焼き始めてから黙ってサーゼクスとグレイフィア見ていた。そして30分が経過した所で漸く一誠の箸の動きが止まった。
「ご馳走様。それじゃ俺はこれで……」
「ま、待ってくれ!夕食をご馳走したら話を聞くんじゃなかったのか!?」
「ああ、そうだったな。さっさと話せ」
帰ろうとした一誠をサーゼクスは止めた。一誠の食事光景に呆気に取られていたが、なんとか気持ちを持ち直した。
「現在、ライザー君の不死が発動しないんだ。原因は君なんじゃないのかい?」
「君なんじゃないのかだと?そんなくだらない事を聞くなんて馬鹿なのか?最初から俺を疑っているんだろ?だったらストレートに聞けよ」
現在冥界で療養中のライザーだが、不死が発動しないと言う原因不明な状態になっていた。医者に見せる訳にはいかなった。
そもそも怪我が瞬時に治るフェニックスが医者に頼った所で冷やかしかと思われる。だから医者には行けなかった。
フェニックス当主は手詰まりになり魔王のサーゼクスに相談した。サーゼクスは原因はライザーと直接戦った一誠にあるのではと疑った。
レーティングゲームでライザーと戦ったのは一誠だけだ。なら原因は必然として一誠以外ありえなかった。
何をどうしたのかはサーゼクスは分かっていない。しかし一誠が隠している秘密が鍵になるのではないかとサーゼクスは睨んでいる。
そしてそれは正解だった
「君はライザー君に何をしたんだい?」
「俺がしたのは奴の魔力の流れを変えただけだ」
「魔力の流れを……変えた?」
「そうだ」
一誠はライザーの魔力の流れを錬環勁氣功で変えたのだ。それを知らないサーゼクスは首を傾げるしかなかった。
「魔力の流れを変えただけでどうしてライザー君の不死が発動しないんだい?」
「ホント、おたくはバカだねぇ……」
「それはどういう意味かな?」
サーゼクスはストレートにバカにされた事に思わず殺気を一誠にぶつけてしまった。その際に一誠の近くに置いてあったコップが割れた。
一誠はそれをニコやかな笑顔で受け流していた。
(こ、怖ぇぇぇ……!!なんだよ、この殺気は!?マジで怒らせたら死ぬな……)
しかし内心はそれほど穏やかではなかった。目の前の魔王は怒らせてはならない人物だと一誠は心に留める事にした。
「それで俺にどうしろと?」
「ライザー君の魔力の流れを元に戻して欲しい。出来るかい?」
「はっ!俺がやったんだぞ。出来るに決まっているじゃないか!」
錬環勁氣功で魔力の流れを元の正常の状態にすればいいだけの事だ。しかしそれで不死が発動するとは限らない。
メンタルボロボロの今のライザーではまだまだ寝たきりの生活になるだろう。
「ならやってくれるかい?」
「ああ。だけど条件がある」
「条件?こちらに出来る事だったら構わないが」
「俺の後ろ盾になってくれ」
「後ろ盾に?」
一誠がライザーの魔力の流れを元に戻すための条件にサーゼクスは少し躊躇いがあった。もし後ろ盾になれば、白龍皇を手元に置いておける。
しかしその分、何かやらかした時に責任を取らなくてはならない。
(しかし彼を手元に置いておくメリットは計り知れない……リアスの監視役にぴったりだ)
最近、ますます我が儘に拍車が掛かってきた妹リアス。このままでは手遅れになってしまう可能性が高い。
そのためにも監視役は必要だ。それに一誠ならリアスが嫌っているので私情等などは挟まずに役割を果たしてくれるだろう。
「分かった。君の後ろ盾になろう」
「どうも。それと欲しい物があるんだけど、いい?」
「何が欲しいのかな?」
「『悪魔の駒』をワンセット」
「どうして……?」
「作ってみたいんだよね。自分だけのドリームチームを」
サーゼクスは悩んだ。ドラゴンは力を引き寄せる。一誠の下にこれからどれだけの強者が集まるのか想像も出来ない。
もちろんそれが冥界―――悪魔側の戦力になるなら大歓迎だ。しかし与えて制御出来る保障はどこにもない。
何故なら一誠を悪魔に転生する訳ではないからだ。『悪魔の駒』にはキング、つまり王の駒がないからだ。
「キングの駒が無いから俺を悪魔に出来ないから制御出来ない事を考えているのか?」
「……まったく顔に出ていたかな?」
「ああ。アンタは隠し事が下手だ」
「気を付けないとね。そうだね、君を制御する術がないのはどうしたものかと思ってね」
「もし俺が裏切るようなら俺の眷属を『はぐれ』扱いにすればいい。そのついでに俺も『はぐれ』にしてしまえばいい」
一誠は自分から首輪をサーゼクスに提案した。
「君はそれでいいのかい?」
「それでいいんだよ。だから俺を裏切らせないでくれよ。魔王様」
「ああ、善処しよう」
「そうか。なら俺は帰るよ」
「駒に関しては数日、待って欲しい」
「いつでもいいよ。あのフェニックスはこっちに連れて来い。行くの面倒だし」
一誠はそれだけ言った焼肉店を後にした。残されたサーゼクスは一息ついた。
「お疲れ様です。サーゼクス様」
「ああ。だけど、これからだよ」
ライザーの人間界への移送、一誠の悪魔側への加入、『悪魔の駒』とやる事は山積みだ。サーゼクスはこれから来る苦労に肩を落とすのであった。
▲▲▲
一誠は焼肉店から帰り、ふとあるビルの前で立ち止まった。少し上を見上げていた。
(妙な氣を感じるな……)
屋上から感じた事はないが似たような氣を感じた事があった。ほぼ毎日、感じた事のある氣であった。
それが気になってか一誠は屋上へと向かった。ロッククライマー顔負けのアクロバットなジャンプを駆使して腕だけの力で屋上までやってきた。
こっそりと氣を抑えて、屋上を見渡してみたが人っ子一人いなかった。
(あの黒猫が氣の正体か……)
人は居なかったが一匹の黒猫がある方向を見ていた。その方向にある氣を感じた。
(この氣は塔上のか……)
学園の一個後輩でマスコットになっている少女。塔上小猫。一樹と同じオカルト研究部員で一誠が意図的に避けている人物だ。
そんな人物がいる方向を見ている黒猫。一誠はゆっくりと黒猫へと近づいた。気配を殺し、音を立てずに。
それはさながら暗殺者のようであった。
「よぉ、黒猫。ここで何している?」