一匹の黒猫がビルの屋上である方向にあるマンションを見ていた。そのマンションでは今、グレモリー眷属の塔上小猫が依頼をこなしていた。
(元気そうだにゃ……)
黒猫の正体は小猫―――白音の姉、黒歌だ。人間と妖怪・猫又の間に産まれた半妖だ。幼くして両親と死別しており、妹とその日暮らしをしていた時にとある純潔の悪魔に眷属に誘われる。
黒歌はすぐさま了承して、妹の保護を頼んだ。離れ離れの生活になってしまったが、死ぬよりマシな生活なのだから文句は言えなかった。
しかしそれが間違いであった。彼女の主となった悪魔は性格がクズだった。黒歌への命令が日に日に無茶なものへとなってきたのだ。
一度、黒歌は命令を拒否しようとした。しかし彼から帰ってきた言葉は酷いものだった。
『妹がどうなっていいのか?』
それを聞いた黒歌は自分が騙された事に漸く気がついた。彼女はただ舌を噛み締めて我慢する以外の選択肢が見つからなかった。
自分が我慢すれば妹はツラい生活をしないで済む。死んだ両親の代わりに妹守っていくと誓ったのだ。ここで投げ出す事はできなかった。
それにここで逃げ出せば、前のようなツラい生活が待っている。それだけではない。今の自分は転生悪魔だ。逃げ出せば『はぐれ』となって逃亡生活になる。
黒歌は自分にいい聞かせて、我慢した。すべては妹のために、と。
『君の妹も僕の眷属にする事にしたよ』
ある日、主からそんな事を言われた。その瞬間、黒歌の中で何かが切れた。そして気がついていた時には主である悪魔の命を奪っていた。
そこからは追っ手から逃げる逃亡生活だ。しかし数年、あの悪魔の命令を聞いていたおかげか、以前にも増して力がついていた。
そして今の今まで生きてこられた。今はあるテロ組織に身を置いている。
(白音……)
会いたい。しかしそれは出来ない。妹はグレモリー眷属で幸せな生活を送っている。ここで自分が会いに行ってその幸せを壊す訳にはいかなかった。
「よぉ、黒猫。そこで何をしている?」
後ろから若い男の声がした。そんな訳がなかった。このビルの屋上への道は二つ。一つは室内から上がってくる道と外にある非常階段の二つだ。
もう営業時間を過ぎていたので室内から上がってくれない。しかし非常階段の方は扉に鍵が掛かっており人が上げってくれないは確認済みだ。
なのに後ろから声がするなんて、ありえなかった。そもそも妖怪である黒歌は仙術と呼ばれる妖怪固有の能力を持っているので、気配を感知するのはお手の物だ。
そのおかげで今まで逃げられたのだ。なのに声の主は気配すら無かった。黒歌はゆっくりと振り返った。
そこに居たのは高校生くらいの男子生徒だった。その顔には覚えがあった。最近グレモリー眷属に入った赤龍帝だ。
ここ最近、その赤龍帝の噂があがっていた。フェニックス家の三男をレーティングゲームで一人で圧倒した、と。
最初は悪魔の上層部が流したデマだと思っていた黒歌だったが、目の前にその人物が現れた。そこで確信した、噂は真実だと。
(ヤバいにゃ……逃げないと!!)
黒歌はすぐさまその場から逃げ出した。それは目の前の人物から感じた不気味なオーラに当てられたからだ。
何よりグレモリー眷属に見つかったのが不味かった。すぐに身を隠さないと妹に迷惑になってしまう。
(しばらくは来られないにゃ……)
見つかったからにはしばらく日を空けないとまた妹の事を見に来られない。だが、しばらくの間だ。
「おいおい。鬼ごっこか?追いかけるのは得意だぞ」
「にゃ!?」
「待てコラぁ!」
「ひぃ!?」
黒歌は侮っていた。自分の全速力に追いついてこられるなんてこれぽっちも考えてはいなかった。しかし追いついてきた。
このままでは捕まるのも時間の問題だった。
(やるしかないにゃ!)
黒歌は覚悟を決めた。目の前の少年と戦う事を。いつまでも逃げ回っていてはいずれ他のグレモリー眷属が来るかも知れない。
その前になんとか目の前の少年の口を封じようとした。
「なんだ?いきなりやる気だな?」
「逃げていても追いつかれるのは目に見えているにゃ……」
「女なのに肝が据わっているな」
黒歌は猫の姿から本来の姿―――黒い和服姿に。黒歌は仙術と魔法を準備した。先手必勝と言わんばかりに攻撃を繰り出した。
一発一発が上級悪魔でも致命傷になる攻撃だ。しかし目の前の少年はその攻撃を回避した。一発も掠りもしなかった。
「悪いな。加減はしてやるよ!!」
「がはっ!?」
黒歌は腹へのパンチ一撃を食らい、そのまま気絶してしまった。
▲▲▲
「んんっ……あれ、ここどこにゃ?」
黒歌は目が覚めて周りを見渡した。どこかのアパートの一室で布団で上に居る事までは分かったが、どうして自分がここに居るのかは分かって居なかった。
身体は拘束されてはいなかった。何かしらの魔法も感じられなかった。ただ、この一室には自分以外にもう一人居る事だけは分かった。
しかも自分を追っていた少年だ。
「お、目が覚めたか」
「どうして……」
「自分がここに居るのかって事か?」
「そうにゃ……主にはもう連絡したのかにゃ?」
「主?」
「リアス・グレモリーの事だにゃ!!」
黒歌は苛立ちを隠せなかった。飄々とした態度が彼女の怒りを逆撫でしたのだ。それでつい、大声で怒鳴ってしまった。
「何を勘違いしている」
「か、勘違い?」
「俺はグレモリー眷属でも何でもない。俺の双子の兄が眷属だぞ」
「え、嘘!?」
黒歌はここで漸く自分の過ちに気がついた。目の前の少年はグレモリー眷属に最近入った赤龍帝ではなかったのだ。
黒歌は土下座で目の前の少年に謝った。
「ご、ごめんなさいにゃ!双子なんて知らなかったにゃ!」
「気にすんな。それじゃ改めて自己紹介する。俺は兵藤一誠。今代の白龍皇だ」
「は、白龍皇!?」
「それのリアクション、飽きたわ」
一誠は『白龍皇の光翼』を見せた。それに黒歌は開いた口が塞がらなかった。目の前に伝説のドラゴンが居たと知れば誰だってそうなるだろう。
「今度はお前の事を教えてくれるか?」
「名前は黒歌だにゃ……」
「お前ってもしかして『はぐれ』か?」
「そうにゃ……よく分かったにゃ」
「俺も昔、『はぐれ』だったからな」
異世界アレイザードで皆から疎まれた『はぐれ勇者』の弟分だった一誠もまた『はぐれ』として疎まれていた。その事に一誠は気にしていなかったが。
むしろ暁月と同じ扱いに誇りすら感じていた。
「どういう事にゃ?」
「こっちの話だ。気にするな……ほら」
「にゃ!?」
一誠は黒歌を引き寄せた。黒歌は一誠の胸に顔を埋める体勢になっていた。黒歌は一誠の顔を見上げた。
そこには優しい笑顔があった。
「黒歌。お前はまだ何かを抱えているだろ?」
「どう……して……」
「顔を見れば、だいたいの事は分かる。俺の尊敬する人が言っていたんだ。『女の涙を黙って受け止めてやるのが男の美学』だってな」
「に、にゃあぁぁぁ!!」
黒歌の感情のダムが崩れた。ここまで誰かに優しくされた事はなかった。あったとしても何かしらの裏があるもだった。
だが、黒歌は仙術で一誠の氣を感じていた。
(温かいにゃ……)
これほど温かい氣を感じた事はなかった。だから黒歌は一誠の好意に甘える事にした。頭を優しく撫でられる感触に人肌の温もり。
それらを感じた黒歌はゆっくりと眠りについた。一誠は黒歌をベッドへと運んだ。