「はぁ……」
『神の子を見張る者』の副総督シェムハザは重いため息を吐いた。これからする事を考えれば、吐かずにはいわれない。
組織の幹部の一人のコカビエルが魔王の妹たちの管理している人間界の土地で問題を起こしたのだ。それに教会から聖剣を三本も奪取した。
さらには皆殺しの大司教バルパーやはぐれ退魔師のフリードとも合流したと情報が入って来た時にはもう眩暈で倒れそうになったのは言うまでもない。
「大丈夫か?シェムハザ」
「バラキエル……」
今回の事件にあたり総督のアザゼルからコカビエルを抑える役として幹部のバラキエルが同行していた。幹部の中でコカビエル以上の実力を持つ彼が同行してくれたのでこちらの戦力は問題ないだろう。
問題があるとしたら、現場の状況だろう。
「コカビエルが悪魔側や教会側を誰か一人でも殺していたら戦争は避けられない……」
「それは避けたいな。平和な時代なのだから……」
「それもそうだけすけど、貴方は大丈夫なのですか?娘さんがグレモリー眷属なのでしょう?」
「ああ……」
バラキエルの娘―――姫島朱乃の事だ。堕天使と人間との間に産まれた彼女。これまでに辛い出来事がたくさんあり、父親嫌いになって悪魔に転生した。
母を失い、その場に行く事が出来なかった自分に彼女の意思を尊重する以外の選択肢はなかった。だから悪魔への転生に対しても何も言わなかった。
それから一度も会ってはいない。数年ぶりの再会になるが、気持ちの整理はまだ出来ないでいた。
「今はコカビエルだ。もしコカビエルが娘を殺していたら……俺はきっとあいつを殺すだろう。その時は済まない」
「いえ、これも事件を起こしたコカビエルが悪いのですから自業自得ですよ。見えてきましたよ」
シェムハザとバラキエルの目の前に学園が見えてきた。結界は張られていなかったので、簡単に入る事が出来た。
そこで二人はとんでもない光景を目撃した。半壊した校舎、真っ二つになった見た事もないドラゴンの死体、腰を抜かしたバルパー。
何より校庭に見覚えのある鎧が佇んでいた。白い龍を模した鎧は忘れるはずがなかった。
「これは一体、どう言う状況なのですか?」
シェムハザの質問にその場にいる者で答える者は誰もいない。シェムハザは周りを確認した。そして魔王の妹たちと教会の使徒の生存を確認した。
(良かった。誰も死んではいないな……)
誰も死んでいないので戦争は回避する事が出来た事にシェムハザは胸を撫で下ろした。そこで彼は目撃した、白龍皇が踏みつけている人物に。
「コカビエル!?」
「だ、だじゅげでっ!!」
「少し黙っていろ」
「がはっ!?」
白龍皇はコカビエルの後頭部を掴んで地面へと叩きつけた。それも一度だけではない。何度もコカビエルが静かになるまで何度もだ。
その光景にシェムハザは数十年前の事を思い出していた。
(ヴァーリ……彼に似ているのか!?)
自分の上司に当たる堕天使の総督が保護してきた半悪魔の少年。彼は成長する度に赤龍帝を求めて、最後は総督自ら手を下した。
シェムハザは意を決して一歩前に出た。全身から冷え汗をかいて。
「初めまして白龍皇殿……名前を伺っても?」
「兵藤一誠だ」
「兵藤……確か赤龍帝も同じ……」
「あそこでグレモリーの悪魔と這い蹲っているのがそうだぜ」
「……赤龍帝!?」
シェムハザは一誠の指差す方向を見た。そこには紅髪の女悪魔と左腕に赤い籠手を装着した少年が地面に腰を抜かしていた。
現状、誰がどう見てもコカビエルを倒したのが目の前の白龍皇だとは分かる。そしてその実力も。
(怒らせない方がいいですね……)
白龍皇の怒りを買えば自分たちもタダでは済まないだろうとシェムハザは考えた。そして、腰を曲げて一誠に対して謝罪した。
「……この度は我々の身内がご迷惑を掛けました」
「確かにこいつは無関係な人間まで巻き込もうとした」
「はい。ですので、帰って「ちょっと待て」……はい?」
一誠はシェムハザの言葉を遮った。シェムハザは一誠の言葉を待った。どこか怒りを含んだ言葉を聞いたから腰が引けていた。
「何を勝手にこいつを持って帰ろうとしている」
「それは……我々の身内です。こちらで十分な処分をしますので!」
「身内だから甘やかすかもしれないだろ?」
「そのような事はありません!」
「自分を殺そうとする奴の仲間をどう信じろと?」
「それは……」
逆の立場ならそんなのは信じられない。もしかしたら相手を騙すための罠の可能性がある。シェムハザは何も言えなくなってしまった。
「そうだな。条件次第では信じてもいい」
「……その条件とは?」
「あんたがコカビエルの代わりに俺に殴られてくれ」
「それは……」
シェムハザはコカビエルの代わりに殴られる事は出来なかった。彼には周りには黙って付き合っている女性がいる。しかも悪魔だ。
その彼女が最近、妊娠したと言ってきた。堕天使と悪魔のハーフの子供だ。だから彼は決意を決めていた。コカビエルを連れ戻したら総督のアザゼルに彼女の事と子供の事を報告しようと。
だからここで一誠にコカビエルの代わりに殴られたら死ぬ可能性が高い。死んでは我が子を抱きしめる事が出来ない。
シェムハザに自己犠牲をするという選択肢はなかった。
「ははっ!コカビエル。お前、今見捨てられたぞ!どんな気分だ?身内に見捨てられたのは」
「じぇむばざぁ……だじゅげでぇ……」
「それはお前が一番、言ってはならない言葉だ!」
「がはっ!?じゅびばぜん……ぼうじばぜん……」
一誠は何度もコカビエルの顔を地面に叩きつけた。一誠は知っている、戦争というものを。アレイザードで何度も見てきた。
殺し殺される、そんな悲惨な場面を。だから一誠はコカビエルが戦争をしようとしている事が許せなかった。だからコカビエルの精神を壊すために全力で叩き潰していた。
「戦争をしようとしていたのに身内に助けを求めるな。お前が一人で始めた事だろうが!それなのに俺に負けるともうしません?許して?ふざけているのか!?」
「ひぃぃぃぃ!?ず、ずびばぜん!ずびばぜん!」
コカビエルは一誠の大声に頭を抱えて、小さくなっていた。その姿に堕天使コカビエルの威厳はまったくなかった。
「コカビエル……」
そんなコカビエルの姿にシェムハザは哀れみの目を向けていた。それと同時に恐怖を感じた。今代の白龍皇は先代ヴァーリと同じかそれ以上に危険なのではと。
誰も止めないのをいい事に一誠はコカビエルをボコボコにした。翼を全て捥ぎ取り、腕と脚の関節を逆方向に強引に曲げたりなど、見ていられないほどに。
「はははっ!!どんな気分だ!?コカビエル!すぐ側に仲間がいるのに助けてもらえないのは!?」
「ぎゃああぁぁぁ!!?」
「ここに来た事を後悔しながら死んでいけ」
「だじゅげでぇ……」
もうコカビエルは虫の息になっていた。しかしシェムハザに助ける選択肢を選ぶ事は出来なかった。それを選べば自分か連れてきた仲間を犠牲にするからだ。
これほどの絶望は味わった事がなかった。ただ拳を握り締めて耐え抜くしかなかった。せめて死体だけは持ち帰ろうとシェムハザが考えていると後ろから強い気配を感じた。
「あれは……」
後ろからやってきたのは紅髪と銀髪の男女二人の悪魔だった。
「この状況を説明してくれるかな?」
やってきたのはサーゼクスとグレイフィアであった。