落語の題目『三年目』を自分好みにアレンジしました。


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第1話

テンッツクテンッツクテンッツクテンッ テンッツクテンッツクテンッツクテンッ

 

 

え~どうもどうも 皆様の心のこもった拍手、暖かく出迎える掛け声、全ッく聴こえません出した。一ミリたりとも聴こえませんでした。

そりゃそうですよね、目の前に居ないんですから。世間いや、世界レベルで疫病が蔓延しているご時世ですからね、感染拡大を防ぐために、お客様は画面の前で、我々咄家はカメラの前で落語をお届けするということで御座います。はい?カメラマンはどうするんだって?当たり前のこと聞かないでくださいよ~離れてるに決まっているでしょ~

 

ソーシャルディスタンス2キロメートル

 

・・・・・・滑ってもヤジが飛んでこないのは素晴らしいですね。本当のことを言えば、ちゃんとマスクをして収録しております。

いや~しかしね、ここまで長引くとは思いませんでしたね、外出自粛が。皆様は違うかも知れませんが、あたしは普段寄席がなければ基本人には会わないもんです。

しかし1ヶ月以上誰とも会わないともなると人恋しくなるもんですな。流石に堪えて誰でも良いから会いたいと思いまして、そうだ!床屋だ!髪も延びてきたし床屋に行こうと、贔屓にしているおっさんが居る小汚ない床屋に行ったんですよ、そしたらなんだよまぁ閉まってるじゃねぇですか!まー困りましたよ、私は無言で接客してくれるおっさんが好きだったんですけど、「死人に口なし」とは言いますがそこまで静かにしなくて良かったんですがねぇ。今から床屋探すのは少々面倒くさいし、数日後には仕事入ってるから髪切らなきゃいけないし……色々考えた挙げ句師匠に泣きつきました結果が

 

この坊主頭で御座います。

 

昔の葬式では故人の髪を全て切り落とすのが慣わしだったのでね、床屋のおっさんと間違えたのかな~と思って

 

「師匠僕まだ生きてますよ」

 

「そうだな、だが俺のカリスマ美容師の腕は死んでたようだ」

 

ふざけるなくそジジイ、あんたも俺と同じ美容院で何話せばいいかわからなくて気まずくなっちゃう同じ人種だろうが、8年同じ床屋いってるんだから知ってるんだぞ……とは言えないので

 

「こんなに髪型変わってしまったら、お客さん僕が誰だか分からなくなッちゃうじゃないですか!!」

と文句は言ってみたんですが

 

「誰もお前の顔も名前知ら無いから問題ねぇよ」

って酷くないですか?えッ何ですかお客さん

 

『お前誰だよ』

 

……成る程、師匠には敵いませんね。言った通りだ。

申し遅れました、わたくし『ハーメルン落語会』所属、名を破邪矢『独樂亭 破邪矢』と申します。名前だけでも覚えて画面を消してください。

それでは毎度馬鹿馬鹿しいお噺で、一席お付き合い願います。

 

 

 

 

 

 

ある商家の旦那夫婦は、人も羨むほど仲睦まじい。何せその奥さんが大層美しく長い黒髪を持った美人でして、旦那の方がそうでもないのがより恨めしい。家庭円満順風満帆を地でいく夫婦。しかしある時、奥さんが病をこじらせ床に着いたままになったので御座います。

 

「もう1年以上だ、奥さんの体力を奪うには十分すぎる時間が経った、幸い急激な悪化は起こらないですんでいるがこれからもそうとは限らない、その時が関の山だろう」

 

医者は黙って立ち上がり深々と頭を下げ帰路に着いた、旦那は言葉を失くしたままでした。

 

眠る気も起きず客人用に出した煙管を吹かし、夏の夜風に吹かれて空を仰いでいた旦那。空だった灰吹に吸殻がたまる頃、奥さんが呼ぶ声が聴こえます。

 

「どうした?こんな夜更けに」

 

「どうぞ襖をお開けください」

 

「なんだよ、そんな他人行儀で」

 

襖をそっと開けると、なんとそこには白い長襦袢を着て寝ていたはずの奥さまが、妖艶な着物を着て正座で座ってるじゃありませんか。

 

「着付けたのか!?一人で。ダメじゃないか寝てないと」

 

「良いんです。実はね、さっきの話聞こえてたの」

 

「・・・・・・」

 

「覚えてる?この着物。私たちの初夜で着てた」

 

「覚えてるさ、忘れるわけ無いだろ」

 

「死んでしまう前の最後のお願いです。一緒に星空を眺めてください」

 

旦那は願いを受け入れた、避けられない死が来るのなら二人で最後まで一緒にいようと。

 

「薄い雲であんまり見えないね、お星さま」

 

「そうか?俺には光って見えるけどな」

 

「なんでー、ズルいー」

 

ほんの数分前に何も思わず見ていたはずの景色が見違えるほど美しい。愛する人が隣にいるだけで斯くも世界は美しい。実に良いことで御座いますね。

 

「でも、お月さまは綺麗に見えるわ」

 

「……確かに」

 

「駄目、やり直し」

 

「言わなきゃ駄目かい?」

 

「ダーメ、もう一回」

 

「・・・・月が綺麗ですね。お嬢様」

 

「・・・・死んでも良いわ、貴方となら」

 

「・・・・生きても良いか?貴女と共に」

 

「「フフッ」」

 

暫し肩を寄せ合い、静かに空を眺めた二人

 

「庭に出て散歩しましょう、たまには良いでしょそういう夜も」

 

「それは良いが、今夜は寒いぞ」

 

「あら♪そっちのお誘いですか」

 

「お楽しみは取っておく方なんだよ、羽織るもの持ってくる」

 

「……否定はしないんだ」

 

支度が整い、短い夜のお散歩です。

 

「思い出すわね昔のことを、ベソっかきのお坊っちゃま。少しは成長しましたか?」

 

「忘れましたねそんなこと」

 

「酷いわ、転んだ泣いてたあなたの手を引いた。アッ」

 

足がもつれた奥さまの手を旦那様が握りしめる

 

「今度の立場は逆のようだね」

 

「嘘つき」

 

「嘘も方便だ。ここいらで縁側に戻って休もう、生姜湯を作ってくる」

 

囲炉裏に吊るしたヤカンを使って準備をしてると「ケホッケホッ」っと咳の音。愛する奥さまの頼みとはいえ、流石に身体に堪えたかと、生姜をする手を早めます。

 

「おーい。生姜湯が出来たぞ」

 

盆にたっぷり生姜湯を注いだぐい飲みをのせて声をかけるが、振り向かない。機嫌でも損ねたかと思いながら隣まで近づいてみる。

 

「どうしたお前、何かあった。うぉッゲホ アチッ」

 

いつの間に吸ったのやら、紫煙を顔に吹き掛けられ生姜湯をこぼし慌てる旦那。それを見て奥さまはケラケラ笑う。

 

「普段吸ってるから大丈夫かと思ったけれど、そんなこと無かったわね」

 

「いきなり顔に掛けられりゃ誰だってそうなるわ。何なんだ全く」

 

「何ってそりゃぁ。さっきのお返事」

 

「……成る程、自分で撒いた種だったか。分かったよ先に風呂入らせてくれ、誰かのせいで服が汚れた」

 

「ご一緒して良い?肌寒くなっちゃた」

 

「勝手にしやがれ。全く」

 

その夜から、二人は以前にもまして仲むつまじく暮らしまわりもそれを応援します。

ですが運命と言うものは残酷でして、それから程なく遂に体が限界を迎え奥さまに死が近づいてしまいました。

 

「ねぇ貴方、私ね心残りがあるの」

 

「何だ?」

 

「私が死んだ後、万に一つでも別の人と結婚するんじゃないかと思うと、死んでも死にきれない」

 

「そんなことするわけ無いだろ。俺にとって貴女以上の女の人は居ないんだから」

 

「でも……」

 

「もし再婚でもするようなことがあったなら、婚礼の夜12時の鐘が鳴るとき丁度に幽霊になって出て来れば良い、噂には勝手に尾ひれがつくもんだ、そうすれば嫁に来る人もいなくなるだろ?」

 

「そしたらこのお屋敷が幽霊屋敷になっちゃいますね」

 

「そうだな ハハッ」

 

言質を取って……違うな、約束を聞いて安心したのか次の日には奥さまはあの世へ旅立ってゆきました。旦那は悲しくなりながらも葬儀の段取りを行い、親族を集めて葬式が行われます。風習に乗っ取り剃刀で髪を剃るかどうか悩みましたが、最後には切り落として荼毘に付しました。

 

さて四十九日も過ぎると、旦那の回りもうるさくなる。親戚連中はまだ若いのだし、店のこともあるし再婚しろとしつこく言い出した。断りきれなくなった旦那は一度見合いの席を作りきっぱりと断ろうと思います。

 

「私の方で席を作った手前申し上げにくいのですが、死んだ妻との約束がありますゆえ、この縁談は無かったことにしていただきたい」

 

仲人も見合いの親も皆攻め立てたましたが、お見合い相手の女性だけは違いました。

 

「惚れた女との約束を死んでも守るとは素敵な人じゃないですか。宜しければその約束教えてはくれませんか?」

 

惚気話を挟みながら説明すると相手方がこう言った。

 

「では一度結婚してみてはどうでしょう?その晩に先妻の霊が私は貴方とは別れましょう」

 

これには旦那も成る程と頷いた、必ず奥さまは約束を守るだろう。相手方には悪いが幽霊になってもう一度出会えるかもしれないと思いました。

 

さて婚礼も終わったその夜、旦那は先妻の幽霊を寝ずに待っていたが、約束の12時の鐘を過ぎても現れない。とうとうまんじりともせず夜を明かしてしまった。あの世からは十万億土もあるので間に合わなかったのだろうと、二日、三日と待っても一向に幽霊の出る気配はない。最初こそ愛想をつかされてしまったのかと悩みましたが、その内成仏したものだと思いそれ以来、先妻のことを考えるのはやめてしまった。

そのうちに後妻との間にも子ができて、家庭は円満、店も繁盛して幸せな日々を送っていた。早くも先妻の三回忌の法要も無事に終った。その夜中に目覚めた旦那は子供の寝顔に見入っていると、なぜかふと先妻のことを思い出した。

 

時刻はちょうど12時。縁側で煙をくゆらしていると、鐘の音とともに布が擦れる音がする。

 

「遅かったじゃないか。もう3年だ」

 

「恨めしや、こんな美しい方をもらいになって、可愛い赤ちゃんまで、お約束が違います」

 

と、先妻の幽霊が長い黒髪を振り乱して現れた。

 

「冗談言っちゃいけない。婚礼の晩に出てくるというから、ずっと待っていたんだ。今頃出てきて恨み事を言われちゃ困るじゃないか。なぜもっと早く出て来なかったんだ」

 

「それは無理というものです」

 

「なぜ無理なんだ」

 

「私が死んだ時、ご親戚の方で坊さんにしたでしょう」

 

「そりゃあ、葬式の慣わしだからね、親戚の連中がひと剃刀ずつ剃ったさ」

 

「坊主頭で出たら愛想を尽かされると思って、髪の伸びるまで待っておりました」

 

「……可愛いやつめ」

 



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