つよしとうたちゃんのお話。
うたちゃんがちょっといじめられてる世界線。

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太陽の下でハサミを振るい、月の下でハサミを洗う

牛蛙が低い音で鳴く、ある夏の夜。

蛙達の大合唱にかき消されそうな声で、1人の男の子が私に向かって話しかけていました。

 

とっても哀しそうな表情を浮かべたその男の子は、1人の女の子の事が好きで、毎夜のように私に向かって、笑顔でその子のことを話しているのですが、今日ばかりはそういう訳にはいかなかったようです。

 

「聞いてください、お月様。今日はとっても悲しい気分です。彼女の美しい髪の毛が短くなっちゃったのです。」

 

そう切り出した男の子は、少し私とお話すると、ぐっすりと寝てしまいました。

 

男の子が眠っている間だけ、私が男の子と太陽に聞いた話を、皆さんにこっそり喋っちゃいたいと思います。

 

 

男の子は、この街に住む高校生です。

歌うことが大好きで、小さい頃から演劇団なんかで元気いっぱいに歌っていました。

その頃から演技も得意になって、今じゃ一人二役なんていう器用な事もできちゃうのです。

 

さて、高校生になった男の子は、明るい性格で人気者。

演劇クラブやバンドなんかに引っ張りだこです。

 

毎日毎日色々な所で色んな人と練習をしている中で、ふと、青空の下で1人、伸び伸びと歌いたくなりました。

 

何とか友達の誘いを潜り抜けて、人気の無い屋上へとたどり着いた男の子は、そこで運命的な出会いをする事になります。

 

そう、そこには先客が居たのです。

 

伸び伸びとした自由な高音域から、お腹の底に響くような物悲しげな低音域まで自由自在に操る、男の子よりもとっても歌の上手な(少なくとも男の子はそう思ったようです)女の子がうたっていたのです。

 

屋上の階段を上るにつれて大きくなっていくその歌声に、男の子はどんどん引き込まれていきます。

錆びたドアノブを湿った手で引き絞り、蝶番が破廉恥な音を立てながら開かれます。

 

沈みつつある太陽の影になったそのお下げの女の子を見た瞬間、男の子の胸は大きく高鳴ったそうです。

 

扉の開く音にも、顔に汗の滴るのも関心を持たず、ただマイペースにうたい続ける女の子は、男の子の目には沈みつつある夕陽以上に情熱的に見えました。

 

女の子がうたい終わるのを見計らって、男の子は話しかけます。

 

「隣でいっしょにうたってもいいですか?」

 

って。

女の子は初めは嫌がりましたが、男の子の必死さに折れて、隣に居ることを許諾したそうです。

 

それからは毎日、その女の子の居る屋上に通いました。

一緒にうたう事もあれば、片方のうたうのを聴いている事もあったそうです。

 

男の子は女の子の事を好きになっていたのです。

女の子はうたうこと以外に興味を抱いて居ないようで、男の子の気持ちには気がついていないようですが。

 

さて!そろそろ本題に入らせてください。

今夜男の子が話していた事です。

 

今日も男の子は、いつものように屋上に行ったそうです。

普段は女の子の方が先に居るのに、今日はおかしなことに、男の子の方が先に着いたのです。

 

女の子を待つ事なんて初めての経験だったそうなので、とってもそわそわとしていた事でしょう。

 

落ち着き無くせかせかとそこまで広くない屋上を歩き回っていると、蝶番の音が聞こえてきます。

 

なんて話しかけようか、なんて考えていたのも束の間、開かれた扉の方を見ると、お下げが雑に切られた女の子がそこにいました。

 

私はその女の子を見た事がありますが、私の光を柔らかく反射する、とっても綺麗な黒髪でした。

 

とにかく、それを見た男の子の胸中には色々な事がかけめぐりました。

この女の子は身だしなみなんて全く気にしない子なので、ちょっと気分を変えてみた、なんて事も無いでしょうし、こんなに雑なのは誰か悪意のある人には切られたに違いありません。

 

怒りを通り越して、とっても悲しくなってしまって、表情が固くなっている男の子とは対照的に、女の子はいつものように誰にも媚びないような仏頂面で、なにも変わったような所はありませんでした。

 

男の子は尋ねようとしました、誰がやったのか、と。

 

しかし、もしこの女の子が僕の怒るところを見たくなくて何にも無かったかのように振舞っていたとしたら、その質問はこの女の子を裏切ることになってしまいます。

 

色々な感情を織り交ぜて、もはや泣き出しそうになっている優しい男の子でしたが、先ずは女の子の髪の毛を整える事を優先しました。

 

幸運な事に、この高校には美容科があって、用具も揃っています。

 

女の子は遠慮、というか面倒くさがっていましたが、好きな女の子の見た目が懸かっているという事から、男の子の気合いは入りっぱなしです。

 

教室から椅子をひとつ借りてきて屋上に置くと、長い布を女の子の首から掛け、青空美容室の始まりです。

 

男の子は美容科の生徒じゃありませんから、不慣れな手つきでしたが、気持ちを込めて丁寧に切った髪の毛は、切られる前に勝るとも劣らない美しさを誇っていたそうです。

 

 

さて、この男の子と女の子のお話はまだまだ続くのでしょうが、今日はここまでで終わりになります。

太陽が昇ってきましたから、もうさようならです。

 

また次の夜でお会いできるでしょう。


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