Fate/Grand Order 狼は荒野の夢をみるか 作:あげびたし
「最期まで…ありがとうね。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️。」
人間とは本当に弱い。
ベッドから半身を起こし、震える手で私の頬を撫でる傷だらけのソレには肉は無く、骨と皮だけだ。
血の気はすでに無く、だが力無く笑うその顔にはかつての無邪気さがまだ残っている。
妻に、少しだけ似ていると思ったのはいつからだったか。
この人間のメスは、今や死を待つだけの身体だ。だが老いてもなお、その瞳にはあの日あの時、あの絶望的状況でも笑いながら駆け抜けていた頃の力強さが見える。
ーあれから、幾つ歳を重ねたのだろうか。
全てが終わり、誰も知らないまま世界が彼女によって救われ、その功績を称えられないことを良しとし。
それでもなお世界のために尽くした彼女は、今たった独りで世界から消えようとしている。
何故かは分からない。彼女はこの閉鎖された空間に私と共に閉じこもった。
彼女は周囲の反発を跳ね除け、笑いながらそれを受け入れた。
彼女は世界から追放され、誰にも感知されない空間での監視生活。
何故、彼女は私を選んだのだろうか。
完全に感知されない世界は、草原と荒野が一体化した世界。
用意された木造の家。世界に干渉しない事を彼女は守り続けた。
定期的に来る黒づくめの人間達に用意させたモノを使い地面を掘り、植物を育てた。
ただ、それだけの生活を何年も何年も繰り返した。それを私は側で見続けた。
かつてのように闘うでも無く、落ち着いた日々。
たまに、何を思ったか永遠に私と走り続けたりもした。その時初めて背に乗せた。
私にしがみついた傷だらけの手は、小さかったが暖かいものだった。
幸いにも、このセカイでも天候の変化、四季の移ろいは存在していた。
その変化を常に私と共に彼女は楽しんでいた。
そして、彼女は私に多くの事を語った。私には何も伝わらないにだ。
ごくたまに「ふと思い出した」かのような顔でこちらを見て語るのが定番だった。
そして決まってその日は、私にしがみついて泣きながら眠った。
私は何も返せない。何を語っていたのだろうか。
しかしそれが大事な思い出だったのだろう。
こちらを見ながら、楽しそうに笑う顔を見守り続けた。
私と共にあった彼も、彼女を献身的に手伝っていた。手に持つ獲物を地面を耕す道具に持ち替え、彼女の手伝いを進んでやっていた。
彼も彼女へ何かを伝える事は出来なかったが、代わりに働きを持って示していたようだ。
今、彼は私と共に彼女を看取っている。あの日のような暖かさは無くなり、冷たくなって行く小さい手を握りながら、うなだれているように見える。
時は、彼女から生を奪っていった。
だが、私を見つめ続ける彼女の瞳の力だけは奪えなかった。
それは、あの日あの時あの場所で、私と彼と初めて出会ったあの瞳と何も変わっていない。
あぁ…もう時間らしい。魔力の供給が断たれた。
足の先から消えていく感覚がわかる。
彼見ると、こちらに向き直り外を指差していた。
私は目を見開いた、初めて彼の考えてる事がわかったような気がしたのだ。
まだ間に合うだろう、消え尽きる前に済ませよう。
彼女を抱きかかえた彼と家を出た私達は、草原の中心部へ進む。
月がよく見えるこの場所に彼女を寝かせ、その隣に佇む。
風に乗って香るはあの日の荒野の匂い。
忘れ去ったはずのあの日の荒野。
思い出させてくれたのは、彼女だ。
静かに眠る彼女に連れられ、数多の敵を屠り、そして共に駆け抜けた。
夜空を見上げ、天に還る彼女へ吠える。
私が消えるまで力の限り吠え続ける。
この身はもう召喚される事は無いだろう。
だが私達の魂に刻まれた事は手放すはしまい。
その誓いを彼女に伝えるのだ。
彼は既に消えた。私も、もうすぐだ。
吠える事は止めない。
彼女はここに、この場所で生きた。
ならば最期までここに居たと知らせ続けよう。
誰にも感知されないだろう。
それでいても。私が、私達が、知っている。
相互理解などできない。
意思は伝わらない。
この声が聞こえるだろうか。
君は、ここで生きたのだ
人理を修復し、その先も、そのもっと先も世界を人知れずに救って来た彼女は
あの魔都で彼らと出会った。
相互理解などできないはずの獣と彼女。
人理を脅かした魔神との戦いを彼らは知らない。
だが、それを知ってなお彼女はそれを彼らに語り続けた。
あの時、キミが居てくれたら。
あの瞬間、キミと居たなら。
…あのキミに出会う前に、出会っていたら。
紡ぐ言葉は願いとなって彼らの霊基に刻まれていた。
それを知るのは、誰もいない。
彼女の最期を知っている彼らですら、知ることはない。
次回「始まりの思い出 特異点F 冬木」