プリキュアとの奇妙な冒険‐ようこそヒーリングっど♥へ!‐   作:アンチマターマイン

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身内の手術もあって、やや腑抜けたりして
またもや実質一週間のお休みをもらってしまいましたが。
今回も、その分、量は多めです。

しかし、かなりショッキングかつ、
ぶっちゃけ下品な内容です。ふざけてるつもりはなし。
オリ主に強姦未遂なんて過去を用意してしまった以上、
避けて通ることは不可能と判断。このまま出すことにしました。

今回の語り部は神視点の三人称。でも実質ペギタン回。
文字数は12000字弱。普通の話、二話分。最近こーゆーのばっかりに。



ごめんよ。ペギタン

沢泉ちゆが家に帰り着いた頃合いは、およそ午後の五時直前。

友達と遊んできたにしては妙な時間帯の帰りに、ちゆの母などは少々首をかしげたが、

話を早々に打ち切って自室に向かったちゆを、また別の聞きなれた声が引き留めた。

 

「あれっ、姉ちゃん?早いね」

「とうじ?」

 

彼女の弟、とうじである。すでに10歳になっていて、

人前に出してもある程度の礼儀作法を期待できるようになったと

みなされていた彼は、ちゆに代わって休日に旅館のお手伝いをしていることがある。

そのおかげもあって、ちゆは今日の朝から動くことができていた。

 

「ちょっとね。友達の方に用事が出来ちゃったのよ」

「…そうなの?ならいいんだけど。なんか元気がないんじゃあ」

「そんなことはないわ!元気、とっても元気よ。遊んできたんだもの」

 

その場でくるんと回ってみせたちゆだったが、

そのハイテンションなふるまいは、とうじにかえって不審を抱かせたようで、

かなり怪訝な顔をされることになる。

ハッとしたちゆは、笑顔でごまかしにかかった。

 

「でも、そうね。ちょっと疲れちゃった。

 今日のことはお願いしてもいいかしら?」

「いいけど……もとから今日はぼくの番だし」

「ありがとう。じゃあ、部屋で休んでるから」

 

足早にドンドンと床を踏み鳴らして自室に飛び込んでいくちゆ。

目を丸くしているとうじは置いてけぼりだった。

入口の襖をぴしゃりと閉じたちゆは、30秒ほど作り笑顔を維持した後……

自分のやってしまったことを反芻し、その場でうなだれた。

 

「ちゆ。今は……休むペェ」

 

バッグの中から現れたペギタンが、脇からそっと声をかける。

帰り道中、ずっと無言だった彼女と会話しようにも糸口がつかめず、

今ようやく何か言えたというのが実情である。

ペギタンも知っているのだ。彼女の事情を。

鳴滝魁が、彼女によくないいたずら(・・・・・・・・)を働こうとした過去を。

のどかと、ラビリン、ニャトランと共に聞いているのだ。

知識で知るところによると、それは場合によってはこれ以上ない尊厳の破壊を意味し、

命を奪うに等しい結果を生むことすらあるという……

物理的なダメージとしても脅威だ。

それが乱暴に行われたならば、しばしば臓器を傷つけるのだから。

また同時に、これは人間界に来てからはっきりとわかったことだが。

この年齢で(・・・・・)しかるべき結果になったらおしまいだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

人間にも社会的な死というものがあって、陥る先はそれだ。家族の四分五裂すらありうる。

彼女の場合は、完全に加害者側のみの非であるから、

むしろ守られ憐れまれるのかもしれないが。だからマシだとでもいうのか?

精神的、物理的、社会的。どれをとっても致死量にたやすく至る最悪の暴力に晒されたとあれば、

ちゆが加えた一撃もまた無理もないことだと、今となっては考えているペギタンである。

弱り切った以降の魁のみを知るペギタンでは、その真の苦痛を知りえないのだ。

……今日、ことの瞬間を見届けたのはペギタンただ一人。

左右をのどかとひなたに固められる中、惑乱したちゆが繰り出したのは、押し出すような蹴り。

ペギタンの知るところではないが、それはケンカキックと呼ばれたり、

ヤクザキックと呼ばれたりもする。

どこを狙ったわけでもなく、ただ恐怖の元を遠ざけたい一心で

繰り出された先が突き刺さったのは、

因果応報とでも言うべきか……男の、男たる所以の部分。

包み隠さず言おう。『金的』だ。

少なくとも人間の男にとって、体外に露出した臓器であるも同然の部分を

全力で蹴り飛ばされれば、破滅的な痛みにもだえ、そのあまりショック死する者もいるという。

それをもってすら、釣り合うとは言い切れないところに魁の罪深さはある。

 

(なんでそんなことをしたんだペェ)

 

今更どうしようもないことをわかりつつ、ペギタンは内心ごちた。

家庭環境から悪事に導かれていったと言ったところで、被害者にとってそれがなんだというのか。

ちゆも当然同じだ。いっそ、完全な敵として再会したのだったら

復讐で整理をつけられたのかもしれない。

だが実際にはどうだろう。さまざまな巡り合いを経て、

鳴滝魁はプリキュアの味方となった。

この関係が続く限り、もはや悪事も行うまい。

今に限って言えば、それがかえって質が悪い。

ある程度納得したとはいっても、ちゆは拳を振り上げて下ろすのではなく、

手をつながざるをえなくなったのだ。プリキュアとして、それ以前に沢泉ちゆとして。

過去を悔いて、たどたどしくも更生の道を歩もうとする人間を蹴り飛ばすなど、できない。

ペギタンにも断言できた。ちゆは絶対に、そのような人間ではないのだ。

それをやってしまった。彼女の誇り高さに真っ向から反することを。

今日、ちゆは初めてひなたに敵意を向けられた。

心不全から復活した直後、倒れたままの魁に慌てて駆け寄ろうとしたところに

一瞬だけ向けられた非難と憤怒の視線に射すくめられたちゆの表情は、

ただ『怯え』の一色、それのみ。

それを見たひなたも少し考えてから弱り果てた顔に変わり……

皆、ごまかすように魁の看護に移った。

患部のお手当てについては、ほぼ全員が真っ青になって『……無理』と言い、

ただ一人、悲愴な顔で手を伸ばしかけたちゆは、

のどかに背後から全力で羽交い絞めにされている。

ちゆとしては、なんとしても償いらしきことをして少しでも楽になりたかったのだろうが、

そんなことをすれば、関係が修復不能なレベルでこじれるのは

普段のちゆならすぐにわかったはずだった。

その後、魁の目が覚めるまでは看てやって、F・Fに引き継ぐ形で全員その場を逃げ出し……

公園で無意味な時間を過ごしてから解散し、今に至っていた。

それらを、今のちゆもまた、わかっている。

わかっているからこそ、奮起しようとしている様子がペギタンにも理解できた。

それでもなお、体がついてこないのだろう。

 

「……ぶざまな、ものよね」

 

ちゆは、ひとつ、深く息をついた。

 

「私は、いつでも正しくあろうとしているつもりよ。

 お母さんにもお父さんにも、この町にだってそう育ててもらったつもり」

「ペェ……ちゆ」

「それが、一皮剥がれればこのざまよ。正しくない私。

 私は、なんてひどい人間なの?……そんな事実に打ちのめされて。

 しょうがないじゃない、あんな目に遭わされた私は悪くない。

 …そんな正当化で自分を塗り固めようとしている私が、さらにもっとみじめよ。

 そんなものを必要とする私なんか、見たくないし大嫌いよ」

「ちゆ。そんな風に自分を責めるのは」

「あいつも」

 

ペギタンの言葉が食い気味に止められる。

言いたいのだ、ちゆは。言いながら、心を整理したいのだ。

察したペギタンは、そのまま身振りでただ先をうながす。

 

「あいつも、ずっと味わってきたのかしら。こんな気持ちを……

 こんな気持ちの中で、ずっと戦わされてきたのかしらね」

「わからないペェ。簡単にわかるなんて言えないペェ」

 

その場を取り繕う程度の言葉は、時と場合によっては『毒』であり『侮辱』

わかるよ、などという場当たり的な追従は、その人の苦悩を軽んじる行為。

ペギタンはそう感じた。感じたままに、わからないと返した。

ただ、それでも思い出せるものがあれば、届けられる言葉もある。

 

「ちゆ。ヒーリング・ガーデンをビョーゲンズに攻められた時……

 ボクたちは、穴ボコに隠れたまま、何もできずにおびえているだけだったペェ」

「……ペギタン、それは」

「情けなくて、みじめだったペェ。

 でも、弱いから、子供だから仕方ないペェ。テアティーヌ様が助けてくれるペェ。

 そんな風に思ってたら、ラビリンが泣き出したんだペェ」

 

恐怖に負けて、その場で感情を駄々流しにさせてしまったのかと

ペギタンも、ニャトランも思ってしまったが、そんなこととはまず違った。

 

「戦いたい、今すぐにでも追い払ってやりたい。

 なのに何もできない自分がイヤでたまらない、って……

 ボクが他の誰かに丸投げしてる横で、ラビリンは悔し泣きをしてたんだペェ。

 ……ボクは。ボクは思い知ったんだペェ。

 ボクは、どれだけみっともないヤツなんだって!」

 

これからも忘れることはないだろう。

さんざん泣いた三匹は、あの時に誓ったのだ。

ビョーゲンズの手から、ヒーリング・ガーデンを守り抜くと。

 

「ボクは、ボクがそんなだったから……

 大好きな誰かが、無力さだとか情けなさに苦しんでたら。

 ……力になれたら。いいな…って、思うペェ。

 ボクは、ちゆの力になれるペェ?」

 

有無を言わさぬ様子に聞き入っていたちゆは、

しばらくペギタンの顔にじっと見入ると、

憔悴した表情はそのままだったが、やがて明確に動いた。

 

「ペギタン。私のこと……助けてくれる?」

「もちろんだペェ」

 

ちゆは立ち上がり、自らの学習机に向き直ると

ノートから一枚空白のページを切り取り、

シャープペンをとって何か書き始めた。

 

「……何を書いてるペェ?」

「このままじゃあ、まともに顔も合わせられないの。

 『夢』でもろくに会話できないかもしれない……

 時間が解決するのは、待てないわ。

 これを放置するだけで、死ぬ原因になりかねないのが今の私たちよ」

 

順序を追って話をしていない。

今のちゆが平静を欠いているのは、この一事だけでも明らかだったが、

それでも捨て鉢ではない行動を起こそうとしているのは見て取れる。

 

「鳴滝くんとはお互いに変な因縁を抱えているわよね。

 今、私はこうやって沈み込んでるけれど……変に律儀なあいつは私以上のはずよ。

 今日の事件に妙な意味を見出して、何をしでかすかわからない。

 まずは、そうなる前に止めるわ。何より、謝らないと。悪いのは私よ。

 私は、言うべきことも言わずに逃げてきた……謝りもせずに、解決も何もないわ」

 

そうやって、ちゆは素早く簡潔に手紙を書き終え、ペギタンに託す。

時間をかければかけるほど、こじれかねないという直感が彼女にそうさせた。

そんな彼女の聡明さは、ほどなく証明されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、やはりと言うべきか!

鳴滝魁は変な意地を張っていた。

三人に寝かしつけられた布団の上で痛みにあえぎながら、

しかしF・Fのお手当てを頑なに拒否しているのだった。

むろんのこと、治療を行うのは魁の血中のフー・ファイターズなので

絵的にヤバイという問題は一切発生しない。

 

『バカを言っているんじゃあない……

 ダメージを放置しておくことに、なんの意味があるっていうの?』

「あの沢泉が、こ……これだけのことをしたんなら。

 こうでもしなきゃあ収まらない復讐なんだろ……?

 だったらこれは、あいつの『権利』で、受け入れなければならない『罰』だ。

 治すことは『ナメてる』ってことだ。『バカにする』ってことだ……グ」

『権利って……もっとマシな権利を主張させない?そこは。

 ヒドすぎるだろ。ポコチン蹴り飛ばす権利って、何』

 

魁の言葉から導き出された、あまりにもひどい言葉面に呆れ返りながらも

F・Fは説得を続ける。言っちゃあ悪いが、構ってられない。

いつ新たなビョーゲンズやスタンド使いが現れるかもわからないというのに、

こんな不利益しか存在しないこだわりを受け入れるつもりはないのだ。

だから卑劣な論調も使う。侮辱スレスレのやつを。

そうでもなければ、この分からず屋はいつまでたっても意地を張る。

 

『言っておく!今のあんたのやり方は…汚い』

「グ……なんだって?」

『あれは明らかに事故よ。あんたが肩を貸された時と同じで…

 あの瞬間になるまでわからなかった症状が、たまたまあのタイミングで出ただけ』

 

魁の動きがピタリと止まった。

ここですでに気づいたのだ。寄って立つ根拠が崩れ去ったことに。

それでも意地っ張り野郎なのは、彼の性質でありカルマなのだろう。

頑張り続けるように彼は育った。良くも悪くも。

 

「その原因を……グ、作ったのが俺なら、そいつは因果って」

 

だが、苦しい顔の苦しい言葉は続かなかった。

F・Fにさえぎられて、上から言葉を被せられてしまったから。

 

『そこにあんたは手前勝手な意味と願望を見ている!

 復讐であってほしいのは、魁。あんただけ(・・・・・)よ』

 

よく考えなくてもわかるに決まっているのだ。

あの三人と相棒たちが、今更そんなやり方を望むのかと。

 

『仏教だと、罰ってのは罪を許すためにあるんだろ?

 地獄落ちした連中は、悪魔どもにアブられたり煮られたりして、罪を償う……知らねーけど

 あんたは、今の痛みを勝手にそれ(・・)だと思おうとしている。

 あたしがちゆなら、冗談じゃあない。

 なんで勝手にチャラにされるんだよ。単なる事故で!

 そーやってマゾをやってたいのなら、せめてちゆに許可とってきな』

 

言ってやった。言ってやった。

半分以上はマジメな説得だったが、頑迷とも言うべきレベルの

クソ石頭にムカつきまくっていたのも事実で、F・Fはまるで

ヒーローが決め台詞をキメた時のような爽快感に浸った。

皆が帰ってからずっと説得させられたことを考えれば、このくらいは許されていいだろう。

が、それを聞いていた肝心の魁は、最後で思いっきり微妙な表情に変わった。

 

「……いや。それ…もっとヒドいから」

 

そんな許可を取り付けに来られる方は災難でしかない。

なんともいえない気の毒な表情のちゆを幻視した魁はただ、

行ってたまるか、と思うのみである。

 

『わかったら治療する。サッサと!

 あれは単なる事故、単なる不幸ッ

 復讐でも罰でもなんでもない、そこ間違うなよ。

 だいぶ時間が経ちすぎた。大丈夫かな……』

 

誰にも任せられなかったお手当てだが、F・Fなら問題ない。

なにしろ性別すらもない。分裂して増える、ただのプランクトン。今はそれが救いだった。

そうでもなければ魁は、やはり断固として拒否を続けただろうから。

やれやれね、とばかりに取り掛かるF・F。

肉体がリラックスしていないと治療もやりにくい。

 

『そういや。まだ残り香あるね。あいつらの』

 

F・Fとしては、多少なりとも安心させたいだけだった。

ろくでなし(・・・・・)の巣を追放された落ちこぼれ(・・・・・)にとっては、

今や『夢』の中こそが『家』で、そこにいるみんなが『家族』だった。

魁本人は、そんな気持ちを向けること自体を『壮絶に気色悪(キショ)い』と認識しており、

F・Fもなんとなくそれを察してはいるが……

目を背ける必要があるという程度には、それは実体を伴っているのだ。

傷ついても、そんな自分を守ってくれる人たちのにおい。温度。

そんな安らぎを、F・Fだって良く知っているのだ。

 

「残り香?……」

 

魁も言われるがまま、嗅覚で周りを気にしてみると。

やはりというか、一番目立っているにおいはミント系……

ひなたが使っているのだろうコロンの香りだった。

なんだかんだ、助け起こしてもらったり、それこそ肩を貸された事件だとかで

においを認識する機会は幾度となくあった彼である。

のどかは花寺家でしていたにおい…他人の家に踏み込んだ時感じる特有のそれ…に、

石鹸の香りが混じったようなそれであるし、

ちゆは、わずかな汗止めのにおい。陸上部としてはもちろんであるし、

旅館の従業員としても自己主張の強い香りを漂わせないためなのだろう。

なので、このふたりのにおいは今時点で魁には気づくことができず、

明確なにおいづけの物質を使用しているひなたのにおいだけを感じることになる。

ましてや彼女は、こともあろうに許可もとらずロフトに上って寝転がっていた……

においがやたら残るのも当然の成り行きだ。

 

(『夢』のノリでやってたなアイツゼッタイ)

 

やや憤慨しつつも、初めて出会った頃とにおいが違うことに気づく。

公園で、メガビョーゲンに襲撃された魁を助けにきた時。

あの時は、柑橘系のさわやかなヤツをつけていたと思うが……すぐにピンとくる。

そうか、ニャトランか、と。猫は柑橘類のにおいを嫌うらしい。

ひなたにとってはいいにおいでも、ニャトランにとっては耐え難い悪臭になるならば。

らしい(・・・)な。魁はそう思った。やりとりが目に浮かぶようだった。

 

「……グ、()ッ……うおおッ!?」

 

唐突な痛みに中断させられる。

今の自分は怪我人だったことを再認識して、

今までさんざん渋ったことも棚に上げて、早く治らねーかな、などと

無責任に考えたところで、心の中身が凪のように止まった。

 

どこが痛いって(・・・・・・・)

どうして突然こうなった(・・・・・・・・・・・)

 

答えが出てから、数秒間は凪のままだった。台風の目だったのかもしれない……

ほどなく彼は、無言でF・FのDISCを取り外し、その場に投げ捨てた。

痛みも気にならずに松葉杖をとり立ち上がると、

昨日もオムライスを作っていたキッチンから包丁を取り出す。

危害は(・・・)除かねばならない(・・・・・・・・)

もっと早くにそうするべきだった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペギタンがそこに間に合ったのは滑り込みの奇跡でしかなかった。

もし、あと少しちゆが手紙の文面に悩んでいたなら。

もし、ペギタンが少しでも回り道をしたのなら。

取返しのつかない結果だけが、そこにあったはずだった。

手紙を片手に飛んできたペギタンは、まず窓越しに人影を認めたのだ。

なにしろ大事件の直後なので、一瞬警戒して曇りガラスを凝視すると、

その背格好はすでに見慣れた人間のそれで、ここにいて当然の人間のそれ。

窓のすぐそばはキッチンだ。幾度となく入れてもらっているペギタンも知っている。

 

(……?…料理するペェ?)

 

何か取り出している様子を見て取り、アパートの柱の陰から観察する。

照り返し(・・・・)を見た。その長さから察するに、おそらくは刃物。包丁。

そして、それを手に取った人影は何をするでもなく背を向けて、奥へ引っ込んでいこうとする。

キッチンから刃物だけを取り出して立ち去る。

この時点で不穏しか感じなくなったペギタンは、スタンド会話で呼びかける。

 

『魁、ボクだペェ。返事してほしいペェ』

 

2秒間。たったそれだけ返事がなかったを以てペギタンは即断した。

もし違ったら、などと問うている時間はないことを自覚した。

『F・FのDISCを取り外している!』

『F・Fの見えないところで何かやろうとしている!』

『刃物を使って何かしようとしている!』

命に係わる後悔はすぐそこだ。その恐怖がかえってペギタンの背中を押した!

曇りガラスは鋼線入りだ。体当たりで歯が立つかどうか。

見て取ったペギタンは、空中に浮いたまま皇帝(エンペラー)を取り出し、全身で抱え込み。

 

「…ペェッ!!」

 

バ ドギュ!

 

撃鉄を引いて、銃弾を撃ち放った。

30m以上が飛距離になってしまうとガラス瓶を破壊できるかも怪しくなるが、

わずか1m。この距離ならば十分だ。

 

パキ! ガシャア

 

銃弾のサイズに見合わないトンネルを形成してガラスが砕け割れると、

反動で飛んでいくにまかせた皇帝を放って、

そこからペギタンは突入していく。どうせ手元から落ちた皇帝は未発現状態に戻るだけ。

ある意味、勝手に手元に戻ってくるだけとも言える。問題ない。

中に入れば奥が見える。奥には、地べたに座り込んだ魁がいて……

何やら、包丁を下半身に向けていることが見てとれた!

様子に気が付いた魁と目が合うよりも先に、ペギタンはまたしても皇帝を抜き、射撃!

 

ドギュ

…パシィ!

 

曲がりくねる弾丸は包丁の刃を粉みじんに弾き散らし、壁にぶち当たるより前に消え去った。

ペギタン自身、思ってもみない集中力だった。

跳弾で魁を傷つけかねないことまで計算に入った一射になっていた。

驚いている場合ではない。魁が手元を見ているスキに。

 

「ペェェーーーーッ!」

 

ギャン! ドゴォ

 

魁の顔面に思い切り体当たり。

のけぞってぶっ倒れる魁の頭を抑え込んだペギタンは、いつになく鋭く聞いた。

 

「何をしてるペェ!?」

 

もはや、なんやかやと言い逃れできる状況ではなかった。

魁自身が一番それをわかっているのだろう。

少しの間をおいて、ぼそぼそと話し始めたのは、聞くに堪えない言葉だった。

 

「お。俺が……俺が、男だから。

 俺が男だと、み、みんな……傷つくだろ?

 だからよ」

 

ペギタンは、血の気がひいていく自身を意識した。

こんな言葉を、今のちゆに聞かせたらどうなってしまうのか?

そして同時に、魁が何をやろうとしていたのかを明確に理解した。

 

「そんなコトして、何になるペェッ」

「なるんだよ。最初からこうするべきだったんだ。

 こんなものがあるから、俺は間違っている。最初の、最初っから……!

 どけよペギタン。間違いは正さなきゃあ」

 

上半身だけで這っていこうとする魁を押し止めながら、ふとペギタンは思い出す。

あれはダーティ・ウォーターの言葉だった。

 

『俺が女じゃなかったから邪魔者扱いした母さんも…』

 

だとしたら、なんということだ。大昔から仕込まれた毒ではないか。

それが巡り巡ってこんな時に爆発する。いったい何の権利があって?

ともあれ、間違いを正すのはペギタンの方だ。

 

「間違っちゃったのは魁だペェ。男だからじゃあないペェ!」

 

ここに来る前のちゆを見ていれば、こんな責任転嫁を許すわけにもいかないし、

さっきの予想が正しいのなら、これこそが彼を蝕む猛毒になりかねない。

なので正面からぶった斬った。迷いなく。

魁が返したのは逆ギレだった。

 

「なら間違いは俺なんだろ?

 お前が間違いを終わらせてくれよッ、皇帝で!」

 

ワシ掴みされたペギタンは、魁の顔面真正面に持ってこられた。

もう片手で魁は、自分の額ド真ん中をツンツンと指さす。

 

「ここだ、よく狙え!一発で終わる……

 終わらなきゃあ、俺は沢泉を傷つけるんだぞ?

 想像してみろ、俺があいつをなぶりもの(・・・・・)にするサマをよ。

 想像しろよ、平光と、花寺を、オモチャみてえにいたぶるサマを。

 イヤなら撃て。終わらせるんだよ、お前が!みんなを守れ!守れよ!」

 

言葉が先に進むほどに、ヒステリックさを増していった。

目がくらむほどの憎悪の火炎は、魁にまさしく何も見せていなかった。

(てき)を討ちたい一心だった。それ以外は些末事だった。

だから、魁は気づいていなかった。

 

「……い。いやだ……いやだペェッ……」

 

自分がペギタンに、どれほどむごたらしい真似を強いているのかを。

目を八の字に寄せるペギタンを見るに至って、ようやくわずかに違和感を覚え。

 

「いやだペェ、魁を撃つなんて……いやだペェェッ……」

 

うわあああああああん……

 

大粒の涙が床にこぼれていくさまを見て、魁の頭は一気に冷えていった。

俺は一体、何をやっているんだ?

いつも気にかけてくれているこいつに、俺は一体、何をやった?

俺は、どれほどのバカを繰り返せば気が済むんだ?

大切な友達を手ひどく傷つけたことを、魁はきつく理解させられた!

耐えがたくなって、松葉杖を手にとる……

逃げるのか?自分が傷つけた友達を置いて!

だとしたら、みんな、誰もが。

 

(丸っきりの、バカになっちまう)

 

あきらめたように、魁はとった松葉杖を放り出す。

そして、ペギタンに全身で向き直った。

知っているではないか。当たり前にやらなければならないことを。

 

「ごめん、ペギタン」

 

手を伸ばし、触れる。

泣き続けながらも、ペギタンは拒まなかった。

手元に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。

大切さが離れていくのが怖かった。

 

「ごめんよ。ペギタン」

 

なんと愚かなことだ。

自分で傷つけておきながら、ペギタンの泣き声を自分のもののように感じている。

もらい涙とでも言うべきか。魁は、ペギタンの涙を泣いてしまいたいと思った。

自分がやらかしたことを、せめてそれだけ分でも軽くしたいと。

その思いにおそるおそる従ってみると、流れてくるのは自分の涙(・・・・)

他人の涙を泣くことなんかできなくて、それでも涙は嘘じゃあない。

 

そうか。

友達が悲しいと、俺も悲しいんだ。

友達を傷つけて、俺も傷ついたんだ。

 

そこに理屈は存在しなかった。

ふわふわした、形のない、だがはっきりとした真実がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから落ち着くまでに一時間少しを要した。

F・Fだけはすぐに戻した魁である。

ある程度、頭が冷えればわかりきったことだ。

よりにもよってこのタイミングで、

自発的に去勢したことがみんなにバレればどうなるか?

ちゆにとって、永久のトラウマと化すだろう。

彼女の性格からして、どう考えても自分のせいだと結論するはずと理解する魁。

治りきらず、大なり小なりの後遺症が残ったとしても、やはり同じこと。

そうさせないためにも、きっちり元通りにすることは絶対条件だった。

 

『ま…無事ならいい!

 とくに何もないだろ、あたしから言うことは!』

 

やろうとしたこと、あったこと、洗いざらい魁に吐かせてから、

ぶっきらぼうにそれだけ言い捨てたF・Fは、黙って治療に専念している。

 

「何しに来たのか、忘れるところだったペェ」

 

ペギタンが、出し抜けに折りたたまれた紙を差し出してくる。

それはもう大変な迷惑をかけた自覚のある魁はうやうやしくそれを受け取ると、

机上に広げて内容を読み取り……さらにヘコむことになった。

 

『手紙を必ず最後まで読んで、ペギタンに返事を渡してください。

 

 まず今日のことは、完全に私が悪かったです。

 あなたに害意がないことはわかりきっているのに、

 状況があの日に似ていただけで、反射的にやりすぎの危害を加えた私の非です。

 謝るのは簡単ですが、あなたが私にやったことと同じように、

 言葉だけで清算できるものではないと私は考えています。

 私からできる最大限として、以下を約束する用意があります。

 

 ・私は、県総体での事件を、今回の事件で清算したものとして扱います

 ・私は、県総体での事件を、今後二度と持ち出しません

 

 この条件を呑んでもらえる場合はその旨を、

 でなければ代わりの条件を返事に書いて送ってください。

 また、今日中に条件が折り合わなかった場合でも、

 私とあなたの問題でみんなを困らせるわけにはいきません。

 どうか、顔を合わせて話をすることを許してください。

 その時には、改めてお詫びを申し上げます。

 

 ……以上』

 

自分が自身の苦悩だけにこだわっているそばで、

ちゆはチーム全員のことを考えて、

復讐すべき恨みをむしろ進んで棄てようとしていたのか。

それに比べて、自分のみっともなさはどうだ!

だいいち、こんなことを書きながら、

彼女が県総体の事件を持ち出してきたことなどあったか?

ない!ないのだ!一度たりとも!

魁は、深く、深く息を落とした。自己嫌悪の穴に埋まってしまいそうだった。

 

「……ペェ?またヘンな気起こしてないペェ?」

「起こさない。起こさねえよ……返事書くからちょっと待ってくれ。

 あっ、もう晩飯の時間。沢泉にメールだけ先に送っとかないとヤバイよな」

「魁、今日のことは」

「わかってる。言えるワケねえって……悪い、ペギタン」

「わかってくれれば、いいペェ」

 

まだ涙っぽい目のままで、笑顔を向けてくれるペギタン。

これを裏切らないためにも、魁はいよいよ自分に向き合わねばならないと思う。

自分を消すことも、男である事実をやめることもできないのなら。

危害を加える自分が怖ければ、一日も早くそれを変えなければならない。

周りを変えたければ自分を変える。

F・Fにそう教わり、みんなにも相談してきたここ一か月と少しだったが……

むしろ、自分を変えることそのものが目的になりそうだ。

変わらなければ。

キッチンの割れた窓ガラス。

その先にいつしか灯っていた星の光を見て、魁はそう心に決めるのだった。

 

「『これ』を、誰かに向けてあげられる人になる、か……」

 

変わるのはいい。そう変われるのなら、きっと己が無価値に悩まずに済む。

だが、だとしても過去が消えうせるわけもない。

誰かを傷つけた分だけ自分も傷つくというのなら、

俺はどれほどの人々を傷つけてきたのか?

それらの傷は、今あるだけで全てではあるまい。

おそるべきものを見る覚悟は、むしろこれからこそ必要なのでは?

向き直って壁を見た魁は、覚えた予感に震える思いがした。

 

「どうしたペェ?何か、怖いペェ?」

「なんでもない。ありがとう、ペギタン」

 

……なお、この夜の間に、魁とちゆとの手紙のやり取りは3往復したが、

結局条件が折り合わず、話し合いは以降も継続になったことを追記しておこう。

 

『不幸な事故だったので、謝罪は不要です。条件など必要ありません』

『それでは釣り合いが取れません。せめてここまでは譲歩してください』

『では、謝罪の言葉のみ受け取ります。条件は不要です』

『そう言ってはくれますが、不公平は遺恨を生みます。この条件であれば…』

 

ちゆには笑いごとではない。

そのあたりを察せられないのが今の魁の限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん、独り言……らしくないな。

 なるたき……誰?…知らないけど……

 姉ちゃんを、あんなにも困らせるようなヤツなら。

 ぼくが、守らなきゃ。姉ちゃんを」

 

真夜中、旅館『沢泉』。

洗面所の鏡に向き合っている少年は、

手持ちのプラスチックコップが割れ砕けるのをじっと見つめ。

次の瞬間、コップが元通りになるのを見届けていた。

まるで、ビデオの逆再生のように。

 

「とうじ、起きてたのか。早く寝なさい」

「父ちゃん。はーい」

 

ハートの鎧(・・・・・)。筋骨隆々の巨体。背中のパイプ。

その像を見ることができる人間は、今ここに誰もいなかった。

 




全力で書いたけど、今なお「これでよかったのか?」と思ってしまう感。
これから行く道も、すでに吐かれたツバで構成されてしまっている。
その先に真実があると思うしかないッス。

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