炎だ。ひとりの男の前にその身の丈よりも遥かに巨大な炎がごうごうと燃えている。
「迷いはないのだな? この焔は全てを焼き付くす。それは御主の護ってきたものも、御主が憎むものも、御主自身すら燃えて無くなる。例外はなく、比喩でもなく、この世全てが燃ゆるぞ?」
炎は再三の確認を男に問いかける。男はその言葉を噛み締めるように瞳を閉じながら聞いたのち、ゆっくりと目を開けた。
「ああ、構わないさ。その時が来たのだ。神々も人々も、この九つの世界全てが灰となり、無へと還る……いや、我々が無へと還す」
男は穏やかな声色で炎へと答えを告げる。決して大きな声ではなかったが、そこには後悔など残さないような確かな意志が感じられる。
炎は満足げに唸りをあげると、男に背を向けて大きく歩みを進めだした。男は離れていく炎を見ながら、両腕を広げて道化の如く身を翻す。何人も彼を見てはいない。だが、男は世界全てに向かって告げるように口を開いた。
「さあ、始めようか──」
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炎がある。燃えゆく木片が小さく弾けて、ぱちりと音を立てた。煙が立ち上ぼり、炎の下には燃え尽きた灰と煤だけが残る。
「ねえ、もっと燃やそうよ。こんな小さな火じゃ足りないよ」
そう言うと彼は両腕いっぱいに抱えた薪をくべるために炎に近付いた。しかし彼は前へと進むことが出来なかった。その首根っこを彼の母親が掴んでいたためだ。
「いけないよ。炎ってのは怖いもんなんだ」
「でももっと火が大きかったら、ずっと暖かいよ?」
「何も大きければ良いってもんじゃないんだよ。加減を間違えると何でもかんでも燃やしちまうのさ。大きくなりすぎた炎は誰にも止められない。神々にだって止められやしないんだ。あんただってあたしだって燃えちまうよ」
脅かすような母の言葉に、息子は身体を震わせて、怯えた瞳で母を見つめた。母は「だからさ」と続け、息子に優しく微笑みながら、その腕に抱えた薪を二本だけ抜き取ると、そっと暖炉へとくべた。
「冷えた身体が暖まるくらいに、ほどほどで燃えてりゃいいのさ」
母は諭すように息子に話し、暖炉の前に腰を落ち着ける。小さな腕に抱えた薪を慌てて片付けて、息子は寄り添うように母の隣に座り込んだ。
「そうさ、それでいい。それでも寒けりゃこうして身を寄せあえばいい……」
母は未だに震える息子の肩を掴んで、優しく抱き寄せた。少し怖がらせ過ぎたかも知れないと感じた母は、息子の怯えを無くすため昔話を始めようと思い付いた。
「世界の始まりを知ってるかい?」
「ううん、知らない……」
「世界は炎から始まったのさ。この暖炉の火のような小さな火種からね」
ゆっくりと母は息子に語り掛け、息子もその話に耳を傾けた。
「いまからうんと昔。まだ神々も人々もいなかった頃、世界にはニブルヘイムという冷たーい氷の界と、ギンヌンガガプというどこまでも深い深い溝しかなかったのさ。世界の全ては寒く冷えきっていた」
「寒いのは嫌い……」
「そうさね。ある日、ニブルヘイムからギンヌンガガプの向かい側に火種が宿ったらしい。その火種はどんどん大きくなり、火となり、炎となり、やがてムスペルヘイムと呼ばれる炎の界になったのさ」
息子はそれを聞いて、やった! と小さく洩らし、顔を綻ばせた。彼の頭には暗闇に灯る大きな炎が浮かびあがっているのだ。
「ギンヌンガガプがあったからふたつの界が交わることはなかった。けれどそこから生じる凍てつく寒気と焦がすような熱気は伝わっていって、ギンヌンガガプの中でぶつかり合ったのさ。そしてそこには霜が生まれたんだよ……そう、それがすべての始まり」
「おお……! それでどうなったの!?」
「それでね、その霜から始まりの巨人ユミルと牝牛アウドムラが産まれたんだよ」
「……は?」
息子は母の言葉が理解できなかった。否、言葉はわかるがそれが指し示す事象が不可解だったのだ。息子の頭の中を疑問符が埋め尽くすが、なんとか彼は言葉を絞りだし母に尋ねる。
「なんで霜から巨人と牛が産まれちゃうのさ!?」
「大昔のことだからね、あたしだって知らないよ。そう言い伝えられてきたし、そういうもんなんだよ」
「そういうもんって……」
「世の中あんたのわかることばかりじゃないよ。割り切っていきな」
言い切った母の言葉に、息子はやや腑に落ちない顔をしながらも小さく頷いた。それを見ると母は、それから……と再び話し始めた。
「ユミルはアウドムラの乳を舐めて育って、霜の巨人の祖となったんだ。一方で乳を舐められていたアウドムラも何処からか生じた塩の塊を舐めていたんだね。そして、その塩を舐めた跡からブーリという最初の神様が生まれたんだよ」
「……えっと、その、なんで?」
「諦めな。あんたの持ってる常識……当たり前なんて通用しないってことだ」
「……はい」
納得のいかない様子の息子の言をぴしゃりと止め、母が話を続けていく。息子はしょんぼりとした表情で聞きに徹した。
「それから幾時が過ぎ、霜の巨人は増え続けた。そして塩から生まれたブーリもボルという息子を持った。ボルは霜の巨人族の娘ベストラと結婚してね、三人の神をもうけたのさ。それがヴィリ、ヴェー、そして……オーディン」
「オーディン? オーディンってあのオーディン!?」
「そう、あのアース神族の長オーディンだよ。あんたの知ってる名前が出てきたところで、サクサク話を進めるとするかね」
思わぬ有名人もとい有名神が出てきたことで息子の顔がぱあっと明るくなる。それを確認した母は安心して続きを語る。
「オーディン三兄弟は霜の巨人の一族がたいそう気にくわなくてね、ある日その祖である始まりの巨人ユミルを殺しちまうのさ!」
「ひえっ……!」
「しかもただ殺しただけじゃもの足らず、ユミルの身体をバラバラに引き裂いちまいやがった! ユミルの傍には霜の巨人族が住んでいたんだ。そのせいでユミルの身体から溢れ返った血に呑まれて霜の巨人族はほとんどみんな溺れ死んでしまったんだよ……!」
母の口から繰り出されるオーディンの蛮行。息子の顔色はどんどんと海のように青く暗くなっていくが、話に熱が入り始めた母はその様子に気が付くことはなかった。
「生き残った巨人はヘルゲルミルとその妻のたったふたりだけ……」
「ど、どうしてふたりは助かったの? オーディンが助けたとか……?」
「オーディンのやつがそんなことするものかい! アイツの巨人嫌いは今だって治ってないさ! アース神族以外はどうでもいいと思ってるに違いない。あんたもオーディンには気を付けるんだよ!!」
「うん……わかったよ。お母さん……」
「いい子だね。それでふたりがどうして助かったかだったね。ふたりは大きな石臼に乗ってたから溺れずにすんだのさ」
息子は良かったと、ようやく息をついた。衝撃的なオーディンの行いとそれに対する母の態度に焦燥していた心が落ち着いていく。
落ち着いたところで、彼の脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。
「生き残った巨人たちはオーディンたちに殺されなかったの? オーディンは巨人たちが嫌いだったんだよね。見付からなかったのかな……?」
「あんたは聡い子だね。残念だけどふたりはオーディンたちに見付かっていたんだよ。でもなんの気紛れか、オーディンはヘルゲルミルたちを殺さなかった。それどころかふたりに住む土地を与えたのさ」
「住むところ?」
「ああ、話が前後しちゃったね。オーディンたちはユミルを殺したあと、その亡骸をギンヌンガガプの真ん中に運んだ。そしてバラバラにした部位から世界を作り上げたのさ」
息子の脳裏には赤に染まった血みどろで、肉塊の蠢くようなグロテスクな光景が浮かび上がる。そんなもの想像しただけでもおぞましく、身体が震えてしまうほどだ。
「あんた変なもの思い浮かべてるね。顔見りゃわかるよ。始めに言ったじゃないか、出来上がるのは今あたしたちが生きるこの世界だよ」
息子はハッとした表情をすると、その顔がすぐに僅かながら羞恥の色に染まった。そんな彼を横目に母は説明を続ける。
「バラバラにされたユミルの身体は……肉は大地に、大きな骨は山に、小さい骨は岩となり、血は海に、頭蓋骨は天空に、毛髪は木々に、眉毛は垣根へと変わり、飛び散った火花は星や月、そして太陽になったのさ」
「ど──「どうしてそうなった、なんて聞くんじゃないよ。あたしも生まれてた訳じゃないからね」……うん」
息子が言葉を紡ぐ前に、母の言葉がそれを遮る。火花ってなんだ? と思いながらも、もはや納得する以外に彼に選択肢はなかった。
「そして出来上がった世界の海岸をオーディン三兄弟は散歩をしていたんだけど、そこで流木を拾い上げたんだとさ。そしてこれまた何を思ったのか、その流木から始まりの人間……つまり人間の祖を生み出すんだ」
「全部の人間たちの?」
「そう、全てのね。まずトネリコの木からアスクという男を作り、ニレの木からエムブラという女を作った。そしてオーディンが魂を、ヴィリが知性と心を、ヴェーが感覚をそれぞれに与えたのだとさ。そのふたりが産めや増やせやで今の人間たちになったわけだ」
母はどこか遠い目をしながら、ふうと息を吐く。しかし息子が続きをせがむように綺麗な瞳で見つめてきたため、喉の渇きを覚えながらも語っていく。
「このあとにもオーディンたちは、ユミルの死骸に群がってきた虫たちを小人たちに変えたりしていたり、妖精やら他の生き物を生み出していったんだ。するとどうなる?」
「色んな種族が一つの場所で暮らすことになるかなあ。そんなの想像もつかないけど」
「その通り。地上は神も人も小人もごちゃまぜの国になったろうね。でもあんたも知っているようにそうはなっていない。これはあたしの勝手な予想だけど、オーディンは神である自分と他の生き物が一緒に暮らすなんて耐えられなかったんじゃないかね。だからオーディンたちは──世界を九つに分けた。これが九つの国の始まりさ」
九つの国、それは息子が夢に見た自分たちが住む国以外の国。未知に溢れた外の世界だ。彼は九つの国という単語が母の口から出ただけで心を躍らせた。
「それでそれで! 九つに分かれた世界はどうなったの!?」
「わかったわかった、あんたはほんとに他所の国が好きだねえ。まずオーディンたちはユミルの身体と一本のトネリコ大樹を使って世界を分けたのさ。それが──―」
「世界樹ユグドラシルだね!!」
「ああ、ユグドラシルは全ての国に接する、この世界を支えるそれはそれは大きな樹だ。まずは上のほうの国から話そうか。天空へとそびえるユグドラシルの横別れした太い幹、この世界の一等いい場所に神々の国がある」
ふたつもね、と言いながら母は指を二本立てて複雑な顔した。
「一つ目はアース神族の国アスガルド、あのオーディンのいるところさ。二つ目がヴァン神族の国ヴァナヘイム。どうにもアース神族とヴァン神族は仲が悪いらしくて、昔は諍いを起こしてたそうだよ」
「おなじ神様なのに争ってたの? 巨人でも無いのに?」
「神ってのは強大な力を持ってるけど、傲慢なやつが多いからね。あたしから言わせりゃ、神も巨人も大して変わらないと思うけど。
「ふーん。それだけ聞くとなんかオーディンって変わった神様だね」
「知識を得るために片目を捨てたり、ルーン文字を得るために九夜の間ずっと首を吊ったりと、おかしなことをしてる神さ。まあその分、もっとも偉大とされてる神だけどね」
母はあきれたように手を挙げて首を横に振る。息子はそれを見てくすりと笑った。
「おっと、話が少し逸れたね。ユグドラシルの葉が生い茂る一番高いところにあるのが
「詳しくはわからないの?」
「あたしも名前しか聞いたことがない。それに他所の国の話題といえば大概はアスガルドの話だしね。これが上の方にある三つの国のこと」
それで、と接続詞を挟んでから母は指で上を指しながら、何でもないように話を続ける。
「ユグドラシルの根の張る円形の大地、これがあたしたちのいる地上だ。まず神々の国から伸びる虹の橋ビフレストを渡った先に人間の国ミドガルドがあるのさ。あんたも見たことあるだろうけど、ミドガルドは巨人が簡単に入れないように垣根で囲まれてるよ」
「垣根……ああ、あの越えられないくらい高い壁のことか!」
「壁でもいいけどね。ちなみにあれはさっきも言ったけど、ユミルの眉毛だから」
「ふぁ!? ユミルってとんでもなく大きかったんだねぇ」
世界の基になったユミルの想像以上の巨大さに、息子は感嘆の息を漏らした。身近ではないが、自分の知るものと伝承のものが一致することで、妙な現実感を得たためである。
「垣根の外はぜーんぶ巨人の国ヨトゥンヘイムになるよ。霜の巨人ヘルゲルミルたちに与えられたのが広大な大地ってわけさ」
「オーディンはそんな広い国を上げたんだ。やっぱり憎いとはいえ、お母さんと同じ巨人には窮屈な思いしてほしくなかったのかなあ」
「さあね。オーディンがそんな殊勝な奴だとは思えないけど。広いけど山と岩だらけで住みにくいと思ったから巨人に押し付けたかもしれないし。まあ、つまり今いる巨人たちはみんなヘルゲルミルの子孫ってことだよ」
「すっごく増えたね、巨人たち」
「言ってるじゃないか、はるか大昔の世界が出来たころの話だって」
母は少しだけ呆れながら、ポカンと口を開けている息子を見て、ほっこりとして微笑んだ。当の息子は遥かなる時の流れの雄大さを噛み締めていた。母はしばらく待ち、息子が現実に回帰したところで残りの国について語り始めた。
「それで大地の周りは深く広い海が広がっている。海の北の果てには氷の国ニヴルヘイムがあって、南の果てに炎の国ムスペルヘイムがあるのさ」
「だから大地の北は寒くて、南は暖かいんだね! あれ、その二つって一番最初にあった二つの界のこと?」
「正解。あんたはほんとに聡い子だ。どっちの国も環境が極端すぎて生きたものが住めるようなところじゃないし、オーディンたちも手を加えたりしなかったんだろうね。これで地上の四つの国は話したし、あとは地下の二つの国だ」
「あれ? ちょっとまってお母さん、ウドガルトは何処にあるの?」
「ああ、ウドガルトってのはミドガルドの垣根の外の地上の国の総称だね。だから九つの国には入らないのさ。そういえば海の底にもエーギルってのが治めるセーとかいう王国があるとかなんとか……まあそれも九つの国には入らなかったはずだ」
それを聞いた息子は少しだけ疑問符を残しながらも、納得し母の話を待った。
「それで地中には
「へえ、僕も会ってみたいなあ。ところでなんで小人は夜にしか地上に出てこないの?」
「もともと小人たちはユミルの亡骸に這っていたうじ虫だからね。太陽が苦手……というより太陽の光を浴びるとたちまち身体が石になっちまうのさ」
「なんていうか、こう、不憫な一族なんだね……」
息子は小人族に同情を禁じえなかった。陽の光を浴びれないということは、自身の大好きなひなぼっこも木陰での昼寝も出来ないのだから。少し小人のことを想った息子だったがすぐに興味の対象は別のことに移った。
「やっぱりすごいなあ、外の国は。行ってみたいなあ」
「あんたはそればっかりだね。ふうむ、なら何処の国に一番行ってみたいんだい?」
「うーん、やっぱり神々の国かな! 僕は虹の橋を渡ってアスガルドに行ってみたい!」
「あれだけオーディンの恐ろしさを教えたつもりだったんだけど、あんたは臆病なのに変なところで大胆になるね」
好奇心により恐怖を忘れた息子の発言に、母はどこかほっとしていた。それもそうだろう、臆病で弱気な子よりは、勇敢で大胆な子のほうが彼女は好きだったのだ。
「ねえ、お母さん。さっき少しだけ話してたアース神族とヴァン神族の争いってどんな感じだったの? 教えて!」
「神族大戦について知りたいのかい。でもあんたそろそろ寝る時間じゃないの?」
「えー、ちょっとでいいから! お願い、お母さん!」
可愛らしくおねだりする息子に、母はすぐに折れてしまった。親というのは甘えてくる子供に弱いものだ。そして母はそれじゃあ……と話し始めた。
「まだアスガルドが出来て間もないころの話になる。神族大戦のきっかけはグルグェイグというひとりの女が切っ掛けになって起きたらしい。ある日グルグェイグがミドガルドに現れた。その女はとても不思議な女でね、そいつが訪れた先では人々が様々な欲に溺れるようになったそうだ」
「欲に……」
「それこそがグルグェイグの狙いでね。彼女はとてつもない魔法の使い手だったのさ。純粋無垢だった人間たちは瞬く間に、欲望を堪能する醜さを得てしまった。そしてグルグェイグは虹の橋を渡ってアスガルドへと向かったんだ。そこにはオーディンたちが待ち受けていた。オーディンたちはすぐさまグルグェイグを捕らえて槍で貫き、その身を炎で焼いたんだよ」
「ええ! いきなり焼かれちゃったの!?」
「オーディンはグルグェイグが魔法で人間たちを欲に狂わせたのを知っていたのさ。だがグルグェイグの力は強大でね、焼かれた程度じゃ死なず新たに蘇ったんだよ。そして同じようなことを三度繰り返したんだ」
「学ばないというか、あきらめないというか……」
息子の呆れた顔に、母も頷きながら続けて語る。
「そのグルグェイグっていうのは何者なの?」
「その正体がこの話の肝さ。実はグルグェイグはヴァン神族の神だったんだよ。知らなかったとはいえオーディンらアース神族は三度も彼女を焼いた。それに怒ったヴァン神族は一挙してアスガルドへと押し寄せたのさ。そして賠償を要求したわけだ」
「仲間を傷つけられて怒ってたんだね……」
「そうかもしれないね。それでアース神族はヴァン神族に賠償金を支払うかどうかを話し合った。そしてその結果、アース神族は賠償金を決して支払わないと決めたのさ。その意を示すためにオーディンは槍を手に取ると、アスガルドを囲う木の柵の向こうにいたヴァン神族の真ん中目掛けて、槍を放ったんだ。これが神族大戦の始まりとなったのさ」
母が話しながらふと息子を見ると、息子の瞼は半分ほど降りてきていて彼が眠気と戦いながらも、頑張って話を聞いているのが一目でわかった。もう暫くすれば息子が夢の世界に誘われるのは間違いないだろう。あと二息も話せばきっと息子は限界だと、母にはわかっていた。
「剣の得意なアース神族と魔法の得意なヴァン神族。一進一退の攻防でその戦いは長くに及んだ。血気盛んだったアース神族も、報復に燃えるヴァン神族も互いに疲弊し、決着のつかない戦いに嫌気がさし始めていたんだ」
「……う、ん」
「そして両神族の賢者が間に入って和平の交渉を始めたんだ。その結果ふたつの神族はお互いに人質を交換することで納得し、戦争は終結を迎えたんだよ。ヴァン神族は中でもひと際優秀だったニヨルドという神とその双子の子供のフレイとフレイヤを人質として差し出した。一方でアース神族はというと……」
話が佳境を迎えたところで、息子のすやすやとした寝息が母の耳に入る。その小難しい寝顔は、寝ながらにしても外の国の話を聞いてやろう、と躍起になっている彼の意地だろうか。それを察した母は眠る息子に聞こえるように話を締めにかかる。
「アース神族からは無能な神ヘーニルと賢者ミーミルが人質として渡ったんだが、優秀な3人の神を差し出したヴァン神族は当然のように怒った。そしてミーミルを殺してしまい、その首をアスガルドへと送り返しましたとさ。おしまい……っとね」
息子が起きていればあまりの投げやりな終結にツッコミを入れていただろうが、そんな彼も今は眠りの園へ落ちてしまった。ひとしきり話し終えて満足げな母は、そっと息子を抱えて寝床へと運んで行く。そして柔らかな髪の毛を指で梳いて、頭をそっと撫でてやった。
「我らが巨人の王ウトガルドロキの加護があらんこと……」
そう呟く母のひざ元で、安らかな寝顔を見せる息子。彼は夢の中で外の世界を駆けまわっているのだろうかと、彼の寝顔を見た母は思った。
「あんたは聡いし、魔法も得意だ。いつか大人になったら小さくなって、人間の国も神々の国にだっていけるさ」
そんな母の言葉が聞こえていたのか、息子はにやりと至極いたずらな微笑みを見せた。
「おやすみ──ロキ……」
三行でわかる今回のまとめ
オーディンたちが霜の巨人ユミルを解体して世界を作り上げた。
バラバラの種族が生きる九つの国は世界樹ユグドラシルで繋がっている。
アース神族とヴァン神族の戦争があり、人質を交換して和解した。
さて、いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。
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次回から本格的に神々の起こす珍事件を紹介していきたいと思います。お楽しみに!