だいたいあってる北欧神話   作:くろわっさん

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ロキの賭 ~カツラのオマケのグングニル~①

 悪神ロキはとてもにいたずら好きな神として言い伝えられている。彼は頭の切れがよく、脳筋の多いアース神族の神々を翻弄し、迷惑をかけることも多かった。その一方で、ロキの行いによってアース神族が益を得ることも多かったのもまた事実であった。これはそんな事件の一つである。

 

 

 ある日、悪神ロキはふと思い立った。────美しい金髪が欲しい。

 

 別にロキの頭が禿げていて髪が無いなどいうことはなく、その美貌に相応しい立派な黒髪があったが、彼は無性に美しい髪が欲しくなった。そしてどうせ得るならこの世で一番美しい金髪が欲しいと、なんとも欲深いことを考えていた。

 

 幸いにもロキは最高の髪のあてがあり、思い立ったが吉日と意気揚々と出かけたのだった。

 

「やあシヴ、ご機嫌いかがかな?」

 

「あらロキ。いらっしゃい、今日はどうしたの?」

 

 ロキが訪れたのはスルーズヴァンガルというところにある、雷神トールの館ビルスキルニルであった。笑顔で出迎えてくれたのはトールの妻シヴだ。彼女は黄金の髪と呼ばれるほどの世界一美しい金髪を持つ女神である。トールとロキは仲が良く、ロキはよくこの館へと遊びに来ていたのだ。

 

「トールなら今日も巨人退治に出掛けていて家を空けているのだけど」

 

「それは好都合だな……」

 

「え? なんて?」

 

「いやなんでもない。今日はトールじゃなくて君に会いに来たんだ、麗しのシヴにね」

 

 ロキはググっとシヴに近づくと、目を見つめながらその白肌の頬をそっと撫でた。途端にシヴは照れて、頬を薄紅に染めながら目を逸らした。だがさっと腰に回されたロキの手を振りほどく仕草は今のところない。

 

「すべすべとした玉のような肌だ。それにこの実り豊かな麦穂のごとき髪……本当に美しいな」

 

「やだもう、ロキったら。主人もこの髪はよく褒めてくれるのよ。私の唯一の自慢できるところね」

 

「ふん、トールも愚かな奴だ。美しいのは君自身の魅力であって、髪なんて君を飾り立てるための脇役でしかないのにな。ほら、その美しい(かお)をもっと見せておくれ」

 

 ロキはシヴの顎に手をやると、くいっと己の方を向かせて再び瞳を覗く。反対の腕で腰を引き寄せてやると、シヴは「きゃあ」っと小さく可愛らしい声を出して驚いた。嫌がるそぶりは全くなく、それどころかシヴの腕もロキの背中へと回されていく。

 

 ロキはシヴのぷっくらとした唇へ啄むように口づけした。1回2回と数を重ね、小鳥の給餌のような口づけが、段々と絡みつくような情熱的なものに変わる。そしてロキはシヴの腰を抱いたまま、ワルツを踊るように優雅に館の中へと入っていったのだった。

 

 

 ──────────────────────

 

 

 夜も更けてきた頃、ロキは自身の隣ですやすやと寝息をたてるシヴの見て、ニヤリと笑った。

 

「さて、そろそろ髪をいただくとするか」

 

 ロキは一切の躊躇いもなく、シヴを起こさないように手早く、その黄金の髪を一本残らず刈り取った。手にした髪の束を見て、満足げに微笑むとそのまま音立てずに部屋を出て、彼は夜の帳に溶けるように消えていった。

 

 明け方になり、シヴは館の外から雷鳴の轟とガラガラと車輪を轢く音に、ゆっくりと微睡んだ。普通ならば飛び起きるほどの騒音だが、彼女はまだ完全には目を覚まさない。なぜならこの音の主が彼女の夫であるトールに他ならないので、彼女にとっては日常茶飯事なのだ。

 

「帰ったぞ。シヴ……って、あああああああああ!!?」

 

 寝屋の扉が大きく開かれると同時に、トールの絶叫が響いた。シヴは眠気眼でゆったりと上体を起こし「ロキ……?」と呟いたが、ぼんやりと映る赤髪と赤ひげを認識した瞬間、ゾッとして急速に目を覚ました。

 

 マズいと思い慌ててあたりを見回すが、そこにロキの姿はなく、シヴはほっと胸をなでおろした。ではトールは一体何にそんなに驚いているのかと疑問に思った時、慌てふためいたトールが彼女の肩を掴んでガタガタと揺らす。

 

「シヴ! その頭どうしたんだ!? あの美しい黄金の髪は!!?」

 

 喚き散らすトールに驚きながら、シヴは髪がどうしたのかと自分の頭を触る。そこには絹のような指どおりの髪が──なかった。あるはずの感触がなく、シヴは慌てて手鏡をとり自分の顔を覗き込む。

 

 ビルスキルニルの館にシヴの絶叫が響き渡った。

 

 涙を止めどなく流してシヴは悲しみに暮れた。妻の大好きな美しい髪が無くなったことにトールも深く悲しんだ。

 

「いったい何があったんだ……?」

 

「わからないわ……うぅ……寝る前まではあったのよ……」

 

「ん? そういえばお前さっきロキの名前を出さなかったか?」

 

 シヴの涙がぴたりと止んだ。シヴは悲しみの表情を崩さなかったが、ロキとの不貞がトールに感づかれたと思い、内心は混乱の最中にあった。トールは俯いて「まさか……」と怒りの籠った声色で呟き、屈強な肩をわなわなと震わせていた。シヴが慌てて言い訳を考えていた時、トールがぐわっと顔を上げた。

 

「ロキの仕業だな! こんなことをするのはあいつの他にいない!!」

 

「え?」

 

「俺がなんとかしてやる! すぐにロキをとっちめて、黄金の髪を取り戻してくるから待ってろ!」

 

 きょとんとするシヴを尻目に、トールは激昂したまま館を飛び出して、二頭のヤギの引く戦車に乗り込むとロキのもとへと飛び立っていったのだった。気の抜けたシヴはふらふらとベッドに倒れこみ、複雑な感情を胸に抱きながらも、とりあえず無くなった髪を嘆いて涙を流すのだった。

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

「うむ、やはりいいなぁこの髪」

 

 ロキは手に入れた黄金の髪を魔法で自らの髪へと移し替え、鏡を見ながら櫛で梳いては誇らしげに笑う。思い付きでやってみた悪戯だったが、思いの外うまい具合に事が進んだのも、彼が上機嫌な理由のひとつだろう。

 

 鏡の隅に映った窓の外の空でピカッと何かが光った。それを見つけた瞬間ロキは即座に櫛を投げ捨て、壁に立てかけていた杖を手に取り急いで身支度を始めた。ロキは脳内で超高速の思考する。

 

 ──さっきチラリと見えたのは稲光だ。シヴのところから帰るときに雲を読んだが、雷雲が出来るような天気でもなかったし、風も大して強くないから天候は変わらない。つまりあの雷は誰かが起こしたものになる。

 雷を起こせる奴はそう多くはない……そして私の屋敷の傍で雷を出せるやつは居ないことも知っている。間違いなくあの雷光の主はトールだ! そしてトールがあそこまでの雷を出すのは戦う時か、戦車を飛ばして走るときくらいだ。さらに普段トールのやつがここに訪れるときは、地面を走るヤギの速さでのんびりと来ることが多い。

 これから導き出される結論は……トールにシヴの件がバレて、心底怒りながら私を狙ってきているということ! あいつが事情を聴きに来るわけがない。見つかれば間違いなく面倒なことになるぞ。

 よし、トールが使用人に案内されて来る前に裏口から逃げよう……! 

 

 そして雷鳴が轟いた。雷光を見つけてから約4秒、驚異の思考と行動力である。

 

 ──音の速さから4秒前のトールの位置は屋敷から約1.3km、戦車で飛ばした速さで屋敷に着くまで早く見積もっても12秒ほど、門からこの部屋まで来るのに走って48秒だとして、合わせて一分ある。大丈夫だ、逃げるのには十分すぎる時間がある。あとは何年かほど姿をくらませて、シヴの髪が伸びた頃に戻ってくればいいだろう。

 

 ロキが安心して部屋から出ようとドアノブに手をかけた瞬間、真後ろの壁が轟音と共に木っ端みじんに吹き飛んだ。

 

「ロォォォォォキィィィィィィィッ!!」

 

「げえ、トール!?」

 

 壁と一緒に吹き飛ばされたロキは、トールに首根っこを掴まれて引き起こされて、そのままドアに叩きつけられた。そして胸倉をつかまれて立たされる。トールの顔は青筋がくっきりと浮かび上がり、憤怒の化身のような状態だった。

 

「や、やあトール壁をぶち壊して登場とはな。おい、戦車はどうしたんだ?」

 

「お前の館が見えた瞬間自分で飛んできたんだ。その方が早いからな」

 

「なるほど……そりゃ早いわけだ。それで何しに来た?」

 

「何をしにきただと? シヴの髪を取り返しに来たに決まってるだろうッッ!!」

 

 力まかせに壁へと押し付けられ、ロキの口から「ぐえぇ」となんとも情けない声が漏れる。ロキはだらだらと汗をかきながら、なんとかトールを誤魔化そうとする。しかし、殺気の含んだ怒気に当てられながら首を絞められ、ロキはまともに頭が働かなかった。

 

「シヴの髪? 悪いがなんのことやら……」

 

「とぼけるな! お前がシヴの黄金の髪を奪ったんだろう!!」

 

「うぐ……待ってくれ、私が親友の妻の髪を奪うわけないだろ? そ、それにそんな証拠が何処にあるんだ」

 

「証拠ならお前の頭から生えてるだろうがッ! この髪を俺が見間違えるわけないだろ!!」

 

 ロキ、痛恨のミス。トールはロキの黄金の髪を鷲掴みにして、鋭い眼光でロキを詰めていく。

 

「今すぐお前の髪を切り落として、シヴに返せ。どうせ魔法で奪ったのだろう? シヴの髪を早く元に戻せ」

 

「む、無理だ……!」

 

「ほう、どうやら命より髪が大事なようだな。なら死──」

 

「──違う! この髪を移し替える魔法は、自分にしかかけられないんだ。だからシヴにこの魔法を覚えてもらうか、再び髪が伸びるまで待ってもらうしか……」

 

「ふざけるな!」

 

 トールは怒りに任せてロキを床へと投げつけた。そしてロキに馬乗りになると顎をガッチリと掴んでロキの瞳を覗き込んだ。奇しくも顎クイのような状態だが、顎が砕ける寸前の力を加えているので違うだろう。そしてトールはそのままロキに断言した。

 

「いいかよく聞け。すぐにシヴの黄金の髪をもとに戻す方法を探せ。もし出来ないのなら、お前の骨という骨を一本残らず握りつぶして砕いてやる。お前は親友だから命まではとらないでやるんだ。俺は友達思いだからな! わかったか!?」

 

「わかった、約束する! すぐにシヴを黄金の髪に戻す方法を必ず探しだす!」

 

「本当だな? ちゃんと伸びていつまで美しい、本物の黄金の髪でないと駄目だからな?」

 

「も、もちろんだとも。まさに神の髪と呼べるものを持ってくるさ」

 

 ロキはトールと約束を交わし、それに納得したトールは怒りを収めてようやくロキの上からどいた。ロキは起き上がるとすぐに自らの宝である空飛ぶ靴を履いて、「早速探しに行ってくる!」と震えた声でトールに宣言して、壊れた壁からドタバタと外へ飛び出した。

 

「それじゃ早く帰って来いよ────!!」

 

 遠くなっていく館からトールの声が響く。ロキにはそれが逃げたら殺すと言っているように感じて、恐怖をいっそう煽られた。

 

 暫く空を飛んでいき、ロキは冷静さを取り戻したところで、今回の難題を解決するために思考を巡らせていく。

 

 ──普通に考えるなら魔法を使うところだが、私の変身魔法は自分専用のものがほとんどだ。人間相手ならまだしも神相手に変身魔法をかけるとなると、効果時間は長くない……間違いなく髪が伸びるまでの期間は持たせられないぞ。魔法を重ね掛けすれば……いや、その都度トールの目を盗んでというのはあまりにもリスキーだ。ならば現実的なのはやはりカツラか。しかしカツラでは本物のように伸びないし、この黄金の髪を再現するとなると……無理か? 

 

 思考に行き詰ったロキは、ふわふわと浮かびながら背中を丸める。すると自身のつま先が目に入り、履いていた空飛ぶ靴をみて閃いた。

 

「そうか、魔法の道具だ!」

 

 本物の髪のように伸びて、黄金の髪と同じくらい美しい、そんな魔法のカツラを用意すればいい。ロキは方針を固めて、再び思考を練り直した。

 

 ──とはいえ私の魔具の作成技術はそこまで高くない。完璧な黄金の髪の再現は不可能だろう。ならばどうする? 単純な話、別のやつに用意させればいいんだよな。しかし、黄金の髪のカツラなんて魔具をもっているなんて話は聞いたことがない。それもそうか、あまりにも需要がニッチすぎる。ならば誰かに造らせるとして、そういうのが得意なやつといえば……小人族だ! 小人族の中でも超一流の職人の名前を昔聞いたことがあったなあ。確かイーヴァルディだったか? 決めた。そいつに会ってカツラを造らせよう。

 

 ついにカツラを手に入れる方法を思いついたロキは、飛行進路を大きく変えてアスガルドから地上へと向かう。

 

 目指すは地上の巨人の国ヨトゥンヘイムのさらに地下、小人の国ニタヴェリルにいるという職人イーヴァルディのもとへと急いだのだった。

 

 

 続く

 

 




書いててなんだこれ…?ってなってしまったので長いこと放置してましたが、書き上がっているぶんだけ上げます。
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