明日へ進め! フォーチューン・プリキュア   作:PlusⅨ

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第2話 新たなプリキュア!? 星詠みの使途・キュアストロジー!(前編)

「星巡りの唄を知っているかい?」

 

 満天の星空を見上げながら、イエスは唐突に語り始めた。

 

「宇宙の深淵を渡る星々たちは、定められた己の軌道をわずかも違えることなく進んで行く。それこそが宇宙の真理だと、古の人々は信じ、探求を始めた」

 

「そんな話は知らんし興味もない」

 

 隣のタディーはそう吐き捨て、ため息を吐いた。

 

 だがイエスは、そんな相棒の様子などまったく無視して、フンフフ~ンと鼻歌混じりに奇妙な節回しで、歌いだした。

 

「巡れ巡れよ星々よ、フンフンフフン、人のさだめをその背に乗せて~♪」

 

「何なんだ、その適当な歌は?」

 

「古から伝わる星巡りの歌だよ」

 

「嘘つけ。絶対今適当に思いついただろ」

 

「失礼だね。星巡りの歌はちゃんと実在するよ。ただ、僕がその内容を思い出せないだけさ」

 

「同じことじゃねーか!?」

 

「フフフ~ン♪ 廻れ廻れよ星々よ~、フンフンフフ~ン♪」

 

 タディーのツッコミにもイエスは馬耳東風で、上機嫌に鼻歌を歌い続けた。

 

 駄目だこいつ、他人の話なんか聞きやしない。タディーは深くため息を吐きながら、眼下に広がる景色に目を向けた。

 

 満天の星空の下、佐世浦市街地の眩いネオンが拡がっていた。

 

 二人が立っているのは、とある高層マンションの屋上だった。

 

「流れ流れよ、星々よ」

 

 イエスは相変わらず夜空を見上げながら歌い続けていた。その見上げた先で、流れ星が一筋の長い長い尾を引いた。

 

「人の運命をその背に乗せて、未来へ運べ、星々よ」

 

 流星は消えず、ゆるりと弧を描いてその軌道を変えた。

 

「選べ選べよ、星々よ。未来を示す少女を選べ。星詠む力の少女を選べ」

 

 流星が…いや、それは流星ではない。その何かが、二人が立っているマンションの、その一室に向けて飛び込んだ。

 

「あわぁぁっ!?」

 

 どこからか、ゴツンという音と共に少女の悲鳴が聞こえてきた。それを聞いて、イエスが満足そうに笑みを浮かべた。

 

「どうやら、運命の出会いは無事に果たされたようだね」

 

「無事って…おいおい、大丈夫なのかよあれ? 顔面に思いっきりぶつかっていたぞ?」

 

「平気だよ。妖精と少女の出会いというものは、ああいうものなんだよ」

 

「どういうものだよ!?」

 

「ふふ」

 

 イエスは明確に答えることなく、薄く笑みを浮かべたまま、どこからともなくサインコインを取り出した。

 

「さあ、プリキュアを生み出そう。新たな未来を選ぶ者、星詠みのプリキュアを」

 

 イエスの手からサインコインが離れていく。それはそのまま屋上の縁からはるか下の路上に向かって落下していった。

 

 だが、その途中で重力を無視するかのように軌道を変え、流星が飛び込んでいったその部屋へと、同じように飛び込んでいった。

 

「あわっ、痛ったぁい!? 今度はコインって、今夜はいったいなんなのよぉぉ!?」

 

 

 

―――――

 

 

 

 散歩したりハンバーガー食べたりプリキュアになったりと、なんだかんだと色々あった昨日の出来事から、一夜が明けた今日の朝。

 

 私はいつもどおりに目を覚まし、いつもどおりに朝の支度を整えると、制服姿で玄関に立った。

 

「お父さーん、私もう学校に行くからねー。朝ごはんは準備しておいたからなるべく早めに食べてね。それとお弁当はキッチンに置いてあるから、仕事に行くときは忘れずに持って行ってね。わかった?」

 

 うちは2LDKの賃貸アパートだ。私が立つ玄関のすぐ近くの閉まったドアの向こうで、遅番のため昨晩遅くに帰宅した父は、まだ布団の中に居るのだろう、「ふぁ~い」と寝ぼけた声で返事した。

 

「じゃ、いってきまーす」

 

「いってらっ~…ふぁ~……」

 

 あくび混じりの父の声を背中で聞きながら、私はアパートの部屋を出た。

 

 昨日に続いて今日もいい天気だ。

 

 春から初夏へと移り変わろうとしている季節の中、私は中学校への通学路を歩きながら、周囲に人が居ないことを確かめると、カバンから一冊の本を取り出した。

 

 その本を小脇に抱えながら、私は独りごとを呟くように、「ねえ、ターロット」と呼びかけた。

 

「何ロト?」

 

 と、私の小脇で、その本:ターロットが返事した。

 

「昨日の夜、プリキュアとか、ネガテバーとか、それと“過去よりの使者”については一通り説明してもらったけどさ」

 

「したロトね」

 

 そう、昨晩自宅のアパートに帰ってから、私はターロットを説得してプリキュアを続けることを認めてもらい、そしてある程度の事情については説明してもらっていた。

 

 先ずこの本:ターロットは、未来からタイムスリップしてきた妖精らしい。

 

 今よりもずっと先の遠い未来で、あるときから、その未来から見た過去の歴史がどんどん変化してしまったらしい。

 

 それはある時代から始まって、そこからターロット達が暮らす未来へ向かって、歴史の文書記録や、遺跡や、そして歴史に関する人の記憶が、どんどん曖昧に、そして不安定になってしまったそうだ。

 

 なので、タイムスリップの能力をもつ“本の妖精:ターロット”が、そのとある時代である、この現代へとやってきたそうだ。

 

 そしてそこで、歴史に干渉しようとしている二人の男を見つけたのだという。それがイエスとタディー、“過去よりの使者”を自称する二人組だ。

 

 彼らは“サインコイン”という不思議な力を持つコインを使って、土地や人が持つ“暗い過去”から怪物:ネガテバーを生み出している……

 

……と、そこまで説明されたところで、ちょうど父が帰ってきたので説明はいったん中断となった。

 

 その時、時刻はもう深夜近くになっていた。

 

 帰宅した父は、いつもならとっくに寝ているはずの私がまだ起きて居たことに怪訝な顔をしたが、

 

「お父さんの帰りを待っていたの」

 

 とか何とか言って適当にごまかした。しかし、これは拙いごまかし方だった。

 

 父は仕事の疲れと深夜ハイテンションもあってか妙に感激してしまい、久しぶりに一緒に寝ようかなんて言い出してきたものだから、それをさらにごまかして部屋から蹴り出すのに随分と苦労したものだ。

 

 ただでさえ狭いアパートなのに、これ以上思春期の女の子からパーソナルスペースを奪おうとしないで欲しいものだ、まったく。

 

 そういうこともあって疲労も溜まり、残る説明は後回しにしてもらってグッスリと眠り、そして今朝に至ったというわけだ。

 

 閑話休題。

 

「で、昨晩の続きで、いくつか質問っていうか疑問があるんだけど、訊いてもいいかな?」

 

「いいロト。言ってみるロト」

 

「先ずさ、妖精って、何?」

 

「今さらそれロトか!?」

 

「他にもツッコミどころがいっぱいあり過ぎて、頭の中が飽和状態だったんだよねぇ。というかさ、未来から来たって言ってたけど、もしかして未来人って、みんなターロットみたいな妖精になっちゃってるの?」

 

「そうじゃないロト。ちゃんと人間は人間として社会を築いているロト。それはそれとしてターロットのような妖精たちが棲む世界“フェアリーランド”とも交流があるロト。未来では人間と妖精が仲良く共存しているロト」

 

「ほぇ~、ファンタジーな社会になっているんだねぇ。いったい、いつぐらいの時代からそうなったの?」

 

「それが、わからないロト」

 

「わからない?」

 

「そうロト。ちょっと前までは人間界と妖精界の歴史については、ちゃんと残っていて、語り伝えられてきたロト。でも、いつのまにかその記録も、記憶も、全部曖昧になってしまったロト。昔のことについて、みんなバラバラなことを言い出して、そのたびに、本や遺跡といった物理的な記録までころころと変化してしまう異常な現象が起き始めたロト」

 

「それが、未来が不安定になったってことなんだね」

 

「そうロト。でも、その中で唯一、変わらなかった歴史が一つだけあったロト」

 

「それって、どんな歴史?」

 

「“伝説の戦士、プリキュア”が未来を創った、という歴史ロト」

 

「ほえ!? それってつまり、私が歴史に名を残しちゃってるってこと? うわ、私ってばもしかして超重要人物?」

 

「誰もミクがそのプリキュアだとは言ってないロト。この時代はともかく、今より先の未来にはプリキュアは他にもいっぱい居るロト」

 

「え、そなの?」

 

「プリキュアは、人間と妖精が力を合わせて変身する戦士のことロト。だから別にターロットだけが特別ってわけじゃないロト」

 

「ほぇ~、そうなんだ。……あれ? ってことは、もしかしてターロット以外にも、この時代に妖精が来てたりするの?」

 

「そ、それはロト……」

 

 ターロットが妙に歯切れ悪くなり、それきり押し黙ってしまった。

 

「ん? どうしたの、ターロット?」

 

 私がターロットに目を落とそうとしたとき、ちょうど背後から自転車がベルを鳴らしながら近づいてきた。

 

「おっはー、明日原さん!」

 

 同時に元気いっぱいな挨拶も聞こえてきた。

 

 振り向くとそこには、私のクラスメートである日比野 星華(せいか)さんが自転車に乗って近づいてきたところだった。

 

「おはよう、日比野さん。今日も朝からテンション高いね」

 

「でしょでしょ、ここんところ三日連続でラッキー星座トップ3入りしているからね!」

 

 日比野さんはニハハっと満面の笑みを浮かべながら、私のそばで自転車を降りた。

 

 彼女は自宅が学校から遠いため自転車通学が認められていたけれど、私と仲が良いこともあって、登校中に出遭ったときはこうして一緒に徒歩で通学することが多かった。

 

 まあ、中学校が山の中腹に位置していることもあって、通学路が途中から急な坂道になっていることも多分に影響しているとは思うけれども。

 

 自転車をペダルを漕いで登るにはちょっと辛そうな坂道を、日比野さんは自転車を押して歩きつつ、私に話しかけた。

 

「明日原さんって、何座だっけ?」

 

「私? 蟹座」

 

「おおう」

 

 途端に日比野さんの顔がどんよりと曇った。なんだ、いったい何が起きた。

 

「明日原さん、ドンマイ」

 

「どうして蟹座ってだけで慰められなきゃいけないのかな?」

 

 そういえば父が子供のころ、蟹座ってだけでバカにされていたと話をしていたことを思い出した。なんでも当時、星座をモチーフにした漫画が大流行していたそうだが、その漫画で蟹座は悪役扱いされていたんだそうな。

 

――友達同士でごっこ遊びするときは決まってやられ役でな。しかもセリフは“あじゃぱァー!?”以外に許されないんだぞ。ひどい扱いだ。

 

 と、のたまっていた父も当然、蟹座だ。いったいその漫画でどんな扱いされていたんだ蟹座。

 

「あー、そういえばウチのパパも同じようなこと言ってたわ。ごっこ遊びでオカマ扱いされたって」

 

「パパさん何座?」

 

「魚座」

 

「魚でオカマ?」

 

「意味わかんないよね~」

 

 と日比野さんはケラケラと笑った。ちなみに日比野さん自身は双子座だそうだ。

 

 っと、話がズレた。

 

「何で読んだこともないマンガの話になっているんだっけ?」

 

「明日原さんから振ってきたんでしょうが」

 

「蟹座というだけで慰めてきたのは日比野さんでしょ」

 

「そう、それよ」

 

「どれよ?」

 

「今朝のワイドショーの星座占いコーナー、蟹座が最下位だったのよ」

 

「ほぇ、マジ?」

 

「マジマジ。今日は面倒なトラブルに出くわすかもしんないから、大人しく引きこもるのが良いでしょう、だってさ」

 

「トラブルかぁ」

 

 と言っても昨日ほどのトラブルがそうそう起きるとは思えないけれど。

 

「そういえば、双子座の占いにはなんて書いてあったの?」

 

「新しい出会いがあるかも、だってさ。もしかしたら運命の出逢いとかあったりしちゃったり? やだ、どうしよう。ちょっと期待しちゃう!」

 

 ニヘヘ、と締まりのないニヤケ顔の日比野さん。表情がコロコロ変わるのが彼女の魅力の一つだ。

 

 そうやって日比野さんと他愛のない話をしながら歩いているうちに、佐世浦中学校の校舎が見えてきた。

 

 ホームルームが始まる10分前だ。まだ遅刻するほどでは無いが、周りを歩く他の生徒たちの中には少し急ぎ足になっている者もチラホラ見かけた。

 

 そして――

 

「ほらほらアキラってば、急いでってば!」

 

「うるせーな珠代、まだ時間あるから歩いたって平気だっての」

 

「そんな余裕ぶっているから、いつもギリギリになるんでしょ!」

 

 私たちの後ろから賑やかな遣り取りが聞こえてきた。

 

 振り返ると、気だるそうな一人の男子生徒と、その背中を押して歩く女子生徒の姿があった。

 

 それを見て、日比野さんが声をかけた。

 

「アキラっちと珠代っちじゃん。おっはー。今日は遅刻せずに間に合いそうだね~」

 

「よお星華。明日原さんも一緒か。お前らとここで会えたなら、やっぱ全然余裕じゃん」

 

「それは私が急かしたお陰でしょ。家出た時のペースのままだったら絶対に遅刻していたわよ」

 

 この男子生徒は水木 晶(あきら)くん。彼もクラスメートの一人だ。そしてその背中を押していたのは、観月 珠代さん。昨日、アーケードでハンバーガーを買った店で働いていたあの子だ。

 

 水木(みずき)と、観月(みづき)で、二人とも名字の発音が同じ。しかもこの二人は幼馴染なので二人でいることも多いので、クラスメートのほとんどは二人を名前で呼んで区別しているらしい。

 

 まあ私はまだ付き合いが浅いから名字呼びだけど。

 

「明日原さん、おはよう」

 

「おはよう、観月さん。昨日はハンバーガーご馳走様。とっても美味しかったよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。よかったらまた来てね。私が店番の時はサービスしちゃうから」

 

「また調子の良いこと言ってんなぁ、お前」

 

 と、水木くんが口を挟んだ。

 

「そんな何でもかんでもサービスしてるのがバレたら、またおばさんに怒られちまうだろうが」

 

「良いじゃない、サービス分は私のお小遣いからちゃんと払っているから問題ないわよ。損して得取れ、よ」

 

「いやいや観月さん、ちょっと待って」

 

 今、聞き捨てならないことを聞いてしまったぞ。

 

「昨日のジュース代って、観月さんが代金を立て替えてくれていたの!?」

 

「うん、そうだよ」

 

 あっけらかんと答えた観月さんの頭を、水木くんが横からコツンと軽く小突いた。

 

「あ痛、ちょっとアキラ、なんでぶつのよ?」

 

「そんな強く叩いてねえよ。それより、お前の余計なサービスのせいで明日原さんが気にしちゃったじゃねえか」

 

「え、どうして?」

 

 観月さんの目が私に向いた。

 

 私は苦笑しながら答えた。

 

「ええと、あれはてっきり、お店としてのサービスだと思ってたの」

 

「んん? あれも店のサービスだよ。だって私の家の店だし」

 

 そう言った観月さんは、また水木くんから小突かれた。

 

「なんで叩くのよ、もぉ!?」

 

「そういうのを公私混同って言うんだよ。お前はもうちょっとプライベートと店を切り離せ」

 

「言ってる意味がわかんないよ!」

 

「お~い、お二人さん」

 

 と、日比野さんが少し先を歩きながら、こちらに向かって呼びかけてきた。

 

「そろそろ急がないと、私たちもまとめて遅刻になっちゃうよ」

 

「え? もうそんな時間?」

 

 観月さんが慌てて、水木くんの背中を押して走り出した。

 

「うわ、っとと!? おい珠代やめろ危ないって!」

 

「そう思うならちゃんと走ればいいでしょ! ほら、明日原さんも急ぎましょう」

 

「ほえ~、あ、はいはい」

 

 促されて、私もみんなの後を追って走り出した。

 

 こうして今日も、私のいつもと同じ日常が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 勉強は好きでも嫌いでもない。

 

 というと少し語弊があるかな。好きな教科と、苦手な教科がはっきりしている、というのが正確なところだ。大雑把に分けると、文系は好きで、理系は苦手。

 

 文系の中でも歴史や地理が特に好きだ。これは私が、幼い頃からあちらこちらを引っ越してきた影響もあるかもしれない。見知らぬ土地を見知るには、歴史を知るのがその第一歩だ。と、父はよく言った。

 

 というわけで、今は歴史の授業中だ。

 

 黒板には年号や西暦、それに関連する単語なんかがびっしりと書かれ、それを前にして、おじいちゃんみたいな年配の老教師がぼそぼそとした声で教科書を読み上げていた。

 

 正直、歴史は教科としては好きだけど、授業が面白いかといえば微妙なところだ。

 

 基本的に暗記量が試験の結果を左右するような教科なものだから、興味が持てない人々にとっては単に苦痛で退屈な時間でしかないと思う。

 

 現に私の隣の席では、日比野さんが教科書を立て、その背後で机に突っ伏して居眠りをしていた。

 

 ちょっと離れた前方の席でも、水木くんが頭をこっくりこっくり揺らしていて、そのたびに横に座る観月さんに突っつかれている。

 

 私はというと、教科書を開いた横で、ノートを取るふりをしながら、ターロットをページを開いた状態で置いていた。

 

 何も書かれていないその白いページに、ひとりでに文章が浮かび上がった。

 

≪昨日あんなことがあったのに、よく平然と学校で過ごせるロトね≫

 

 私はペンを取り、ノートに文字を書き込んで返事した。

 

≪そんなことないよ。これでも色々と気にしているし、授業もあんまり集中できていないし≫

 

 私の書いた文章は、その直前の文章と共にすぐに消え去り、そして新たな文が浮かび上がる。

 

≪そうロトか? ミクはあんまり感情が表情に出ないから、わかりづらいロト≫

 

≪そうかな?≫

 

≪そうロト。隣の子、日比野って名前だったかロト。この子に比べたらミクは表情のバリエーションが少ないロト≫

 

≪そりゃ比べる対象が悪いよ。日比野さんって、むしろ無表情で居るほうが珍しいレベルだし≫

 

 書きながら、私は隣に目を向けた。

 

「…二へ……」

 

 あ、よだれ垂れてる。

 

「……うぇ~……せな、なにすんのぉ…ばかぁ……」

 

 今度は眉間に皺寄せて、への字口になった。寝てる時もこんなに表情が変わるなんて、よく顔が筋肉痛にならないもんだ。

 

 そんなことを思っていると、

 

「明日原さん、この質問に答えてください」

 

 老教師が黒板を示しながら指定してきたので、私は席から立ち上がった。

 

 黒板には、「佐世浦が村から市へと発展した理由」と書かれていた。

 

 老教師が言った。

 

「この佐世浦市は、近代以前は小さな漁村でしかありませんでした。それが、ある理由から急激に発展したのですが、それが何故か、わかりますか?」

 

「はい」

 

 私は教科書に目を落とすことなく答えた。

 

「維新後に発足した新政府により海軍基地の拠点として選ばれたからです」

 

「そのとおりです。では、なぜ選ばれたと思いますか?」

 

 この問いの答えは教科書には載っていなかったはずだ。だから私は推察と想像力を交えて答えた。

 

「地形が軍港に適していたんじゃないでしょうか。山々に囲まれた広い入り江が陸地の奥深くまで伸びているから、嵐になっても海が荒れなかったり、外国からも攻めにくかったり……とかだと思います」

 

「ふむ、良い答えですね。ほとんど正解と言っても良いでしょう」

 

 老教師は満足そうにうなずくと、私に座ってよろしいと促した。

 

 私は内心で安堵しながら着席する。

 

≪授業はほとんど聞いていなかったのに、大したものロトね≫

 

≪教科書はもらったその日に一通り目を通していたからね≫

 

≪真面目ロト≫

 

≪白状すると、理系の教科書は開いてすらいない≫

 

≪偏っているロト≫

 

≪自覚してる≫

 

「つまりこの佐世浦の街は近代以降、海軍の一大拠点として発展し……」

 

 老教師が相変わらずぼそぼそとした声で授業を続けている。

 

「……つまり佐世浦の発展は、我が国の近代化の歩みに深く関わってくるわけです。そのため、皆さんにもっと地元の歴史を深く知ってもらうべく、来週の校外学習で、隣町にある海軍墓地の清掃活動を行ってもらいます」

 

 老教師の言葉に、かろうじて起きていた生徒たちが「えぇ…」と面倒くさそうな声を上げた。

 

 それを聞きながら、私はターロットに思ったことを書き込んだ。

 

≪プリキュアは続けたいけれど、ちょっと不安があるんだよね≫

 

≪どんなことロト?≫

 

≪今みたいな授業中にネガテバーが現れたら、どうしようかな、ってね。どうやって抜け出したらいいかな? 先生に“プリキュアやらなくちゃいけないので早退します”って言って通じるかな?≫

 

≪まだプリキュアどころか、ネガテバーも世間には認知されてないから、話が通じないと思うロト。でもまあ、しばらくは平日の昼間にネガテバーは出現しないから、安心していいロト≫

 

≪どうしてわかるの?≫

 

≪ネガテバーの出現を占ってみたロト≫

 

≪へー、そんなことができるんだ≫

 

≪これでも占い師ロト。…ただ≫

 

≪ただ?≫

 

≪今夜、また出るロト≫

 

≪マジ?≫

 

≪マジだロト≫

 

 ターロットのその文章が消えた後、白紙のページに、複数のカードが並べられた図が浮かび上がった。

 

 六枚のタロットカードが円を描くように配され、さらにその下にも四枚のカードが横並びに配されていた。

 

≪なにこれ?≫

 

≪ヘキサグラム法とフォーカード法を組み合わせて応用した占いロト≫

 

≪ゴメン、わかんない≫

 

≪説明してもどうせ理解できないロト。結論だけ言うと、今夜、近所のドラッグストアの周辺で異変が起きる可能性が高いロト≫

 

≪そこまで予想できちゃうなんて、ターロットってやっぱり凄いんだね≫

 

≪伊達に未来の代表としてこの時代に来ている訳じゃないロト≫

 

 えっへん、と胸を張っていそうなターロットの文章。表紙の様子は見えないけれど、きっとドヤ顔をしているに違いない。

 

 教室にチャイムが鳴り響き、授業が終わった。今日の授業はこれで最後だった。老教師がそのまま明日の予定を伝え――この教師が、そのまま私たちのクラスの担任だった――退出していった後、私の隣で、日比野さんがようやく目を覚ました。

 

「んあ~っ、よく寝た。よし、放課後だ。今日も部活がんばろー」

 

「ねえ日比野さん。天文部って、こんな明るいうちから何をやっているの?」

 

「あ、明日原さん気になる? 知りたい? いっそ入部しちゃう?」

 

「別に入部してもいいけど、私も色々と用事があるから毎日は参加できないよ。今日もちょっと用事あるし」

 

「名前だけでも入部してくれたら大助かりよ。んで、何やってるかというとね、文化祭用のプラネタリウムを造っているのだよ」

 

「ほぇ、プラネタリウムって、あのでっかいドームに星空を映すアレを?」

 

「ま、手作りだから、教室にテント張ってその内側に映すくらいの小規模なシロモノだけどね。今はまだ設計図を描いているところ。本格的に制作を開始したら、その時は手伝って欲しいな」

 

「うん、いいよ。楽しそう」

 

「よっしゃ作業員一名確保! サンキュー明日っち。いやもう、ミクっちって呼んでいい?」

 

「いいよ。じゃあ私も星華ちゃんて呼ぶね」

 

「もちもち大歓迎よ。よっしゃ、それじゃ頑張っちゃうぞー!」

 

 そう言って日比野さんは――いや、星華ちゃんは張りきって教室から出て行った。

 

 その後姿を、私だけじゃなく、水木くんと観月さんも見送っていた。その二人の視線が、私に向く。

 

 二人が私のそばにやってきて、水木くんが肩をすくめながら言った。

 

「星華のやつ、けっきょく明日原さんまで巻き込んだのか。気を付けろよ。あいつは人使いが荒いからな」

 

「もしかして水木くんも天文部なの?」

 

 私の質問に、水木くんと、そしてその隣に居た観月さんが同時に頷いた。

 

 観月さんが言った。

 

「星華に、どうしても、って頼まれたのがきっかけよ。でも、私は店の手伝いがあるから、明日原さんと同じく毎日は参加できないけどね。アキラも、他の部活との兼務だし」

 

「へえ、水木くんって他に何の部活動をやっているの?」

 

 私の質問に、水木くんが「フットサルと、ミニバスケ」と得意げに答えた。

 

「ほぇ、運動部を二つも掛け持ちしてるなんて、すごくない?」

 

「へっへっへ、すげえだろ。運動神経は抜群なんだぜ、俺」

 

 ドヤ顔の水木くん。その隣で、観月さんが呆れた表情を見せた。

 

「どっちも公式試合に参加しようともしないお遊びクラブでしょ。昔はリトルリーグでエースを張っていたっていうのに、なんでやめちゃったのかなぁ、もう」

 

「……うるせぇよ」

 

 観月さんの言葉に、水木くんは不意に表情を消した。

 

「…俺も部活があるから、もう行くぜ。じゃあな」

 

 水木くんはそう言い残して、私たちに背を向けて教室から出て行ってしまった。

 

 それを見送る観月さんは、どことなく不満そうで、そして少し寂しそうだった。

 

「アキラ……」

 

「なんだか、色々とありそうだね?」

 

「……別にそんな深い事情があるわけじゃないのよ。単にあいつが飽きっぽいだけよ。……あ、そうだ明日原さん。さっき星華のことを名前で呼んでいたでしょう?」

 

「うん」

 

「私も名前で呼んで欲しいな。駄目かな?」

 

「ううん、駄目じゃないよ。珠代…ちゃん? さん?」

 

「ちゃん付けがいいな」

 

「よろしくね、珠代ちゃん」

 

「ふふ、よろしくね。ミクちゃん。ところで、今日はウチの店に寄っていく?」

 

「行きたいけど、もうお小遣い残り少ないんだよね。来週でいい?」

 

「無理にとは言わないわよ。それに世間話に来るだけでも大歓迎だからね」

 

「うん、じゃあまた行くね」

 

 ただ、今日は今日で用事があるのも事実だった。ネガテバーもそうだが、それとは別に、父が今日は早く帰ってくるので夕飯の準備を早めにしなくちゃいけない。

 

 と、言う事を珠代ちゃんにはかいつまんで(もちろんネガテバーのことは除いて)説明した。

 

「へー、ミクちゃん父子家庭なんだ。どおりでしっかりしてると思った」

 

「意外とフラットな反応するんだね、珠代ちゃん」

 

「私の周りにも片親の家庭って他にも居るからね。変に気遣うより、そういうもんだってあっさり受け入れるべきものかな、ってね。…それとも逆に傷ついた?」

 

「全然。私はむしろ、そういう反応の方が助かるかな」

 

「そう、よかった。じゃあこれ以上引き留めるのも悪いし、私も帰るね。バイバイ」

 

「うん、バイバイ」

 

 珠代ちゃんとも別れ、私は学校を出た。

 

 そのまま家へと帰る道すがら、通り道にあるスーパーマーケットに立ち寄って、夕飯の買い出しを行う。

 

 えっと、今日のお買い得品は……っと。あれ?

 

「あそこに居るのは、星華ちゃん?」

 

 私の視線の先、子供向けお菓子コーナーでしゃがみこみ、商品を品定めしている彼女の姿があった。

 

「星華ちゃん、なにしてんの?」

 

「あわぁっ!?」

 

 声をかけた瞬間、彼女は奇声を発して飛び上がった。彼女が、信じられないものを見たという驚愕の表情を私に向ける。

 

「え、違っ、あたしは、その、えと…!?」

 

「今日は部活じゃなかったっけ?」

 

「いやだから違――いや、むしろ好都合?」

 

 彼女は何やら呟いたかと思うと、急にいつもの調子で笑い出した。

 

「ニハハ、そう、部活中なんだけど、ちょっと買い出しでさ。いや~、あんたと会うなんて本当に奇遇だねぇ。じゃ、あたしは急いでいるから、これで」

 

 そう言って彼女は両手にお菓子――特撮ヒーローモノの食玩を数個抱えて、レジへと走って行った。

 

「……星華ちゃん、なんか様子が変ね」

 

 そういえばオデコに絆創膏を貼っていたけど、どこかにぶつけたのかな?

 

「まあいいや。明日、会ったら聞いてみようっと」

 

 私はそれ以上気にすることを止め、買い物に気持ちを切り替えた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 夜。

 

 月も無い、しかしそのおかげで星々に埋め尽くされた満天の星空の下、郊外にあるドラッグストアから一人の中年男性が出てきた。

 

 疲れ切ったような暗い表情に、猫背気味に丸まった背中と、力のない足取り。片手に下げられたビニール袋には大量の缶ビールと、そして太いロープが入っていた。

 

 中年男性は駐車場を抜け、そのまま徒歩で、人気のない方向へと進んで行く。

 

 周囲から民家が消え、雑木林に囲まれ、街灯も無い暗い道へと入ったとき、その中年男性の行く手を阻むかのように、ひとりの背の高い人影が現れた。

 

「過去に囚われた人間に憐憫を。取り残された過去には救済を」

 

 それは“過去よりの使者”の一人、イエスだった。

 

 暗がりの中であるにも関わらず、星空の下に佇むイエスの姿は不思議と輪郭がうっすらと輝いているようにも見え、それはまるで此の世のものでは無い、どこか幻想的な美しさを纏っていた。

 

 中年男性は、突然現れたイエスのその異様な雰囲気に言葉を失い、その手からビニール袋を取り落としてしまう。

 

 そんな中年男性を前に、イエスはサインコインを取り出した。

 

「サインコインよ。過去に従い未来を示せ。その心を占める悲しみを、現世に放ち未来へ進め……」

 

 イエスの手からサインコインが離れ、それは自ら意思を持つかのように宙を飛び、中年男性の胸元へと吸い込まれていった。

 

 驚愕した表情の中年男性の胸から黒い霧が噴き出し、それはそのまま彼自身の全身を覆いつくし、丸い塊となってそのまま巨大化していく。

 

「さぁ征くがいい、ネガテバー。心を支配する悲しみのままに」

 

「テェバアアアア!」

 

 

 

――(後編に続く)――

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