明日へ進め! フォーチューン・プリキュア   作:PlusⅨ

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第2話 新たなプリキュア!? 星詠みの使途・キュアストロジー!(後編)

 買い忘れがあった、と父に言い訳して出かけた先。

 

 近所のドラッグストアに向かう途中の人気のない辺りに差し掛かった時、不意に、うなり声のような不気味な声が、どこか遠くから微かに聞こえてきた。

 

「ミク、今の声は、ネガテバーの咆哮だロト!」

 

「ほぇ~、本当に出たんだ。ターロットの占いってすごいね、ほんと」

 

「感心するのは後にするロト。プリキュアに変身するロト!」

 

「わかった」

 

 私はサインコインを取り出し、指で空中高くに弾き上げた。サインコインが星空の中でキラキラと輝きながら回転する。

 

「プリキュア! フォーチューンセレクト!」

 

 落下してきたサインコインを、左手に開いたターロットのページで受け止め、閉じる。

 

「オープン!」

 

 着ていた私服は黒地にピンクのフリルが付いたゴシック風のミニスカート姿へと変わり、それを覆うようにルビーのような光沢をもった赤い色のマントを羽織った。

 

 視界の端に、赤く染まった自分自身の髪が見える。

 

 そう、これがプリキュアとしての私。

 

「未来へ歩む、明日よりの使者。キュアルカナ!」 

 

 変身を終えると、私の身体が一気に軽くなったように感じられた。感覚も研ぎ澄まされ、遠くに居るネガテバーの位置が手に取るように感じられる。

 

 私は大地を蹴り、夜の風と一体化するように高々と跳躍した。

 

 拡がった視界の中、眼下に佐世浦の街のネオンや、住宅街の光がまるで星々のように煌めいている。

 

 その地上の星が輝いている場所から外れた闇の中に、ネガテバーは居た。

 

 民家も何も無い、街灯さえも無い暗闇の中で、それをさらに濃くしたような黒い靄の塊が、そのネガテバーだった。

 

「昨日と違って、形が不定形だね」

 

「ネガテバーは元になった過去次第で形が変わるロト」

 

「じゃあ、あれはどんな過去なの?」

 

「わからないロト。でも、カードを引けば暗示が出るロト」

 

 そうだった。私、キュアルカナは一体のネガテバーにつき、過去・現在・未来を暗示する三枚のタロットカードを引くことができる。

 

 私はネガテバーの居る現場付近に着地すると、黒い靄のようなその存在に意識を集中しながら一枚目・過去を暗示するタロットカードを引いた。

 

 手にしたカードに描かれていたのは、冠をかぶり、立派な玉座に座った白髭の老人の姿。

 

「THE ENPEROR(皇帝)の逆位置だロト。その暗示は“失脚”“疎遠”“孤独”」

 

 その瞬間、私の脳裏に“ヴィジョン”が視えた。

 

 己の半生をかけ、苦労して設立した自分の会社。しかし経営難で業績は悪化し、やむなく解雇した従業員からは罵詈雑言を浴びせられ、それでも悪化して会社は遂に潰れ、家族さえも離れて行った。

 

 今では、賃貸アパートの狭い部屋で、寂しくひとりきりで、手元に残ったわずかな金で買った酒をあおるだけの毎日……

 

「このネガテバー、まだ生きてる人の過去だ…!」

 

 現在進行形で続く、終わりの無い、形の無い不安。それがこの黒い靄の正体だった。

 

「これにどうやって対処すればいいの?」

 

「ターロットにも分からないロト。とにかく二枚目を引いてみるロト」

 

 二枚目は現在を示すカード。引いたのは、二頭の馬に引かれた銀色の馬車。

 

「THE CHARIOT(戦車)の正位置だロト。暗示は“迅速”“前進”」

 

「あら、意外と前向き?」

 

「そうとも言えないロト」

 

「テバアアア!」

 

 黒い靄から悲痛な叫びが響き渡った。私はその叫びに耳を澄ます。

 

 何だろう、この感じ? 心を急かされるような、焦り、苛立ち。

 

 ああ、そうか。不安に押しつぶされそうな現在の状況から、抜け出したくて、もがいているんだ。

 

「テェェバアアアア!」

 

 ネガテバーを構成する黒い靄が、その色をさらに濃くし、どろりと粘度を帯びた。

 

 膨れ上がっていた黒い塊が、今度は逆に小さく収縮し、黒いアメーバのようなどろどろとした塊へと変化する。

 

「テバアアア!」

 

 ネガテバーから数本の触手が伸ばされ、私の周囲をでたらめに叩き始めた。

 

 私は自分に当たりそうな攻撃だけを見極め、最小限の動きでそれをかわした。

 

 攻撃を避けながら、私は、ネガテバーの塊の中に、また別の気配が含まれていることに気が付いた。

 

「あのネガテバーの中に、まだ生きている人が居るわ!」

 

 きっと、このネガテバーを生み出してしまった人だ。

 

 なんとかして助けないと。

 

 私は未来を示す三枚目のカードを引いた。

 

 手にしたのは、ライオンが描かれたカード。

 

「STRENGTH(力)の逆位置だロト。暗示は“無力”“自身の喪失”」

 

「確かに今のままじゃ、そうなっちゃうよね」

 

 だけど、ネガテバーに取り込まれている人は、まだ生きている。

 

 なら、今のままじゃダメだって、分かってくれるはず。

 

「過去に向き合えば、未来だって変えていけるはず!」

 

 そうなってくれるように願いと祈りを込めて、私は三枚のカードを光に変えて、右の拳に宿して力とした。

 

「プリキュア、イレイザーナックル!」

 

 振り回される触手をかわしながら飛び込みざまに、その拳を本体に叩き込んだ。

 

 拳から光の奔流が噴き出し、ネガテバーのアメーバ状の身体を押し流すかのように、残らず消し去っていく。

 

「…やった」

 

 ネガテバーが消え去り、そこに一人の中年男性が取り残された。男性は覚束ない足取りでふらつきながら、うつろな目を私に向けた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 私は声をかけつつ、その男性に近寄ろうとした。

 

 だけど、その時――

 

「ルカナ、離れるロト!」

 

「っ!?」

 

 目の前で、中年男性の身体が、再び黒く塗りつぶされた。

 

 黒い靄はすぐにアメーバ状に変化し、幾本もの触手が鞭のように私に襲い掛かってきた。

 

 その攻撃の軌道は読めていたが、距離があまりにも近すぎた。回避が間に合わず咄嗟に腕を上げてガードを固め、その攻撃を受け止める。

 

「あぅっ!?」

 

 想像以上に重い打撃だった。身体が宙を舞い、そのまま十数メートルも吹っ飛ばされてしまった。

 

 落下する際に何とか態勢を立て直し、上手く着地することには成功したけれど。

 

「ネガテバーを消しきれなかった……!?」

 

 私の視線の先では、ネガテバーはすっかり元の大きさを取り戻してしまっていた。

 

 ターロットが言った。

 

「過去に起因する不安が消えていないロト。取り込まれた人が不安を感じ続ける限り、表層の不安を消したところで、後からいくらでも湧いてくるロト」

 

「……過去も、今も、辛くて、悲しくて、心が屈しちゃったんだね」

 

「こういうのは自分自身で立ち直る以外に解決策は無いロト」

 

「そうだね。だから……私にできることは、それを少しだけ手伝うことぐらいかな」

 

「ルカナ、何を言っているロト?」

 

 ターロットの言葉に答える代わりに、私はもう一度、右の拳に力を込めた。

 

「プリキュア、イレイザーナックル!」

 

 大地を蹴り、ネガテバーに再び接近し、力の限りに拳を叩き込む。

 

 黒い不定形なネガテバーがはじけ飛び、中年男性が再び姿を現した。

 

 私は、その男性に向かって呼びかける。

 

「お願い、頑張って! 自分の過去に負けないで!」

 

「ロトっ!? 何やってるロトか!?」

 

「お願い、負けないで!」

 

「テバアアア!」

 

 私の声をかき消すような咆哮と共に、ネガテバーがすぐに復活した。

 

 私は再び拳を構えた。

 

「ルカナ! そんなことは意味が無いロト!」

 

「そんなこと無いよ。たった一瞬だけど、不安は消せる。その間なら、立ち直るチャンスはある!」

 

「そんな都合よく行くわけ無いロト!」

 

「だったら、都合よくなるまで、繰り返す!」

 

 再び拳で、ネガテバーを打ち払う。

 

 私にできることは、ほんの一瞬だけ、不安を消す。ただそれだけ。その一瞬で、取り込まれたあの男性が、何を思い、何を選ぶのか。

 

 それは、私にはわからない。

 

 きっと、なんの解決にもならないだろう。九割九分、そのとおりだと自分でも思う。

 

 でも、たった一分でも可能性があるなら、私はその可能性を引き当てるために、百回でも、千回でも同じことを繰り返すつもりだった。

 

「プリキュア! イレイザァァァ、ナックル!」

 

「テバアアア!」

 

 

 …………………

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

「テバアアア!」

 

「プリキュア……イレイザァ……ナァックル!」

 

 これで五十発目。

 

 参ったなぁ、腕が、重いや。

 

 百回繰り返すどころか、まだそのやっと半分だってのに、もう息が上がって、拳を構えるのがやっとという有様だった。

 

「テバアアア!」

 

 触手が空気を切り裂き、私の身体を打ち据えた。

 

 ガードは間に合わなかった。腹部を打たれ、呼吸が一瞬止まる。そのまま、また十数メートルの距離を吹っ飛ばされた。

 

 痛みと、苦しさと、そして疲労で頭がくらくらする。これ、プリキュアじゃなかったら何度死んでいたことやら。

 

「よい…しょ…っと」

 

「ルカナ、もうやめるロト!」

 

「でも、放っておいたら、あの人はずっとあのままなんでしょ?」

 

「そ、そうロトけど……でも、今のルカナの能力じゃ、あのネガテバーは相性が悪すぎるロト。無理なものは無理だロト。諦めも肝心だロト」

 

「諦めたら、どうなるの?」

 

「ロトぉ……」

 

 ターロットは、言いづらそうに言葉をこぼした。

 

「あの調子なら、きっともう長くは無いロト……」

 

「長くないって?」

 

「不安が大きくなりすぎて、もうじき自壊するロト。サインコインは、その時に回収できるロト。幸い、ここは人気が無いし、ネガテバーも移動する気配がないし…その……ロトぉ」

 

「自壊したら、取り込まれた人はどうなっちゃうの?」

 

「………」

 

 沈黙は、そのまま答えだ。

 

「やっぱり、やるしかないね」

 

「ルカナ!?」

 

「プリキュア! イレイザァァァ…ナァァックル!」

 

「テバアアア!」

 

 真正面から肉薄しようとしたが、うねる触手に行く手を阻まれてしまった。

 

「でも、まだまだぁっ!」

 

 触手を拳で消し飛ばし、すかさずもう一撃を加えるべく拳を構えた。

 

 だけど、ネガテバーが新たな触手を伸ばすほうが早かった。ガードをすることもできず、触手の攻撃を顔面にまともに受けてしまった。

 

 私は大きく仰け反った姿勢で、また背後に吹っ飛ばされてしまった。

 

 あー、やばい、これは効いた。視界も、頭の中もぐらぐらと揺れている。仰向けに倒れた私の視界の中で、満天の星空がダイナミックに回転していた。

 

 どうしよう、立ち上がりたいけれど、足腰に力が入らない。

 

 そんな私を、誰かがひょっこりと覗き込んでいた。

 

 その誰かが、私に向かって言った。

 

「あんたさぁ、やり方が間違ってるよ」

 

 あなたは誰?

 

「私? あんたと同じ、プリキュアだよ」

 

「プリ……キュア……?」

 

「そ。まぁ、今夜が初デビューなんだけどね。よろしく、せんぱい♪」

 

 そう言って彼女は――視界がぼやけて顔がよく分からないけれど、多分、私と同年代ぐらいの女の子だ――その手に何かを取り出した。

 

「プリキュア! フォーチューンセレクト!」

 

 それはサインコインだった。私が変身した時と同じように、彼女もそれを指で、空中高くに弾いて上げた。

 

 徐々にはっきりとしだした私の視界の中で、彼女は左手に持っていたモノで、落下してきたコインを受け止めた。

 

 それは二重三重に円が重なったような、不思議な構造をした金属製の円盤だった。

 

「廻れ、アストロラーベ!」

 

 彼女の手が円盤の縁をなぞりながら勢いよく振り抜かれた。

 

 円盤が回転しながら光り輝き、視界を埋め尽くす。その眩いばかりの輝きの中で、彼女が高らかに名乗りを上げた。

 

「未来へ飛び立つ、星詠みの使途。キュアストロジー!」

 

 目を瞬きながらも何とか立ち上がった私の前に、変身した彼女の姿があった。

 

 黒地に青のフリルが付いたミニスカート姿に、サファイアのような深みのある光沢のブルーに染まったマントを羽織った、青い髪のプリキュア。

 

 そう、私の格好をそのまま青色に置き換えたといってもいい姿だ。

 

 他にも違う個所と言えば、私が本(ターロット)を持っているのに対し、キュアストロジーと名乗った彼女は、先ほどの金属製の円盤を手にしているということだろうか。

 

 ストロジーが、私に向かってニッと笑顔を見せた。

 

「せーんぱい、ここはちょいと、アタシに任せてくんない?」

 

「どうするの?」

 

「ニハハ」

 

 笑うストロジーの背後で、黒い影がいくつもうねった。

 

「ストロジー、後ろッ!?」

 

 ネガテバーの攻撃だったが、ストロジーは私が注意するまでもなく、背後を振り返りすらせずに、高々と跳躍してその攻撃を回避してみせた。

 

「だいじょーぶ、アタシにもちゃんと“視えている”から」

 

 ストロジーが空中で身体をひねり、猫のような敏捷さで着地した。

 

 そしてすぐに、手にしていた円盤を構えた。

 

「行くよ、アストロ!」

 

「OK!」

 

 円盤が声を発し、返事した。まさか、あれもターロットと同じ妖精なのかな?

 

「……拙いことになったロト」

 

「ターロット?」

 

 ターロットの態度がおかしいことに首を傾げている間に、ストロジーは、アストロと呼んだ円盤を回転させた。

 

「ぞでぃあん、ルーレット♪」

 

 なんだそりゃ?

 

「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」

 

「PISCES」

 

「うお~っと出ました、魚座です!」

 

 ……おやじギャグかな?

 

 呆れた私の前で、ストロジーが持つ円盤:アストロから、デカい魚が水しぶきを上げて飛び出した。

 

 うおっ!? ビックリした。

 

「逃げるは恥だが役に立つ。お魚さん、パックリ行っちゃって~!」

 

 デカい魚がさらに巨大になり、空中を泳ぐようにネガテバーへ襲い掛かった。大きな口を開き、ネガテバーを丸ごと飲み込んでしまう。

 

 次の瞬間、魚は水風船のように弾け飛び、中から、あの中年男性が一人現れ、その場に取り残された。

 

 きっと今の魚が、私のイレイザーナックルと同じ浄化技なのだろう。でも、やっぱり私のときと同じく黒い霧が男性の胸元から噴き上がり始めた。

 

「ぞでぃあん、ルーレット♪」

 

 ストロジーは迷うことなく円盤を回しながら、横目で私の方を見た。

 

「せーんぱい。あんたさ、あの人を過去と向き合わせようとしたでしょ」

 

「え? あぁ、うん」

 

「それに、頑張れ、負けるなとかまで言っちゃってさ。……それ、ああいう人には一番やっちゃ駄目なことだよ」

 

「え…?」

 

 私は、思いがけない言葉に虚を突かれた。

 

 アストロが回転を止め、選び出したモノの名を告げた。

 

「CANCER」

 

「辛い過去はもうカンニン、蟹座です!」

 

 巨大な蟹が出現し、その大きな鋏を振りかざしながら男性に襲い掛かった。

 

「ストロジー、待って!? あの人が怪我しちゃう!」

 

「鋏が切るのは肉体じゃない。“暗い過去”だよ」

 

 大蟹が両手の鋏を振るい、男性を覆いかけていたネガテバーを切り裂いた。

 

 男性が、糸の切れた人形のように倒れこむ。その真上で、切り離されたネガテバーが黒い塊となってゆらゆらと浮いていた。

 

「ネガテバーが、完全に分離された…? ストロジー、あなたは何をしたの?」

 

「過去を切ってあげたのよ。不安の根っこだった過去をね。……辛いだけの過去なんて、きっぱり忘れ去ったほうがスッキリするでしょ」

 

「っ!?」

 

 彼女の言葉を聞いた瞬間、私の中で、何かが沸騰しそうになった。

 

(――辛くても忘れちゃいけない! 母さんのことを、忘れていいはずが無いッ!)

 

 喉奥まで出かかり、叫びそうになった言葉を、歯を食いしばって堪え、再び胸の奥底へ飲み下す。

 

「なにさ、せんぱい。どうかした?」

 

「いいえ。……確かに、あなたの言う事も正しいのかもね」

 

「でしょ~、ニハハ」

 

 ストロジーは屈託のない笑顔を見せると、突然、ひょいと背後へ飛び退いた。その直後、ストロジーが寸前まで立っていた場所を、ネガテバーの触手が薙ぎ払った。

 

「おっと、危ない危ない。あの残ったネガテバーも浄化しちゃわないとね。行くよ、アストロ! ぞでぃあん、ルーレット♪」」

 

 ストロジーが再び円盤を回そうとした。だけど……

 

「――あ、あれぇ、まわんない!? ちょ、ちょっとアストロ、どうなってんのコレ!?」

 

「Sorry can only turn up to twice」

 

「え? 回せるのは二回だけって、そういう大事なことはもっと早く言ってよ!?」

 

「HAHAHA」

 

「笑ってごまかさないでよ!? ――って、あわわ!?」

 

 どうやらもう技が打てないらしい。そんなストロジーに、ネガテバーの触手が再び襲い掛かった。

 

 ストロジーは慌てて跳躍して攻撃をかわすと、私の背後に、身を潜めるかのように着地した。

 

「せ、せんぱーい。ちょっと、ご相談が……」

 

「……いいわよ、後は私に任せて。あなたのお陰で、ちょっとは体力も回復したしね」

 

「おっ、さっすがせんぱい、話がはっやーい」

 

 私は目前に迫るネガテバーに向かって拳を構えた。

 

 ストロジーの言動には色々と思うところはあるけれど、少なくとも今は、このネガテバーを浄化させることを優先するべきだ。

 

「プリキュア、イレイザーナックル!」

 

 私の渾身の一撃が、ネガテバーを今度こそ、跡形もなく消し去った。

 

 ネガテバーが消失した後の虚空に残されたサインコインが、星のように煌めきながら落ちてくる。

 

 突然、ターロットが叫んだ。

 

「ルカナ! 急いでコインを確保するロト!」

 

「ほぇ?」

 

「Cureastrology! Take away first, hurry up!」

 

「ちょ、アストロ、早口で言われてもわかんないって!?」

 

 お互いの妖精たちの態度が急変し、私もストロジーも、訳も分からず戸惑うばかりだ。

 

「もう、らちが明かないロト!」

 

「I got!」

 

 ターロットが突然、私の手を引くようにサインコインに向かって動き出した。その力はビックリするほど強く、私はターロットを掴んだまま引きずられていく。

 

 私の横では、ストロジーも同じ目に遭っていた。

 

「あわわわ、アストロ、ちょちょ、待って、引っ張らないでー!?」

 

 ターロットとアストロは二人(?)同時に地面に落ちたサインコインに飛びついていく。

 

 そうなると、引っ張られていた私たちも当然―――

 

「ほえぇー!?」

 

「あわぁー!?」

 

 ごっつんこ。

 

 妖精同士が一点に飛び込んだせいで、私はストロジーと頭をカチ合わせてしまった。

 

 ほぇぇ、目から火花が散ったぁ。

 

「あわ~、目の前で星が飛んでるぅ~」

 

 私とストロジーがそれぞれ自分のオデコを押さえている間に、ターロットがアストロに食って掛かっていた。

 

「コインを渡すロト! そのコインはターロットたちの物だロト!」

 

「HAHAHA fuck you!」

 

「キーッロト! この腐れ星座盤、絶対に許さないロト!」

 

「ターロット、ちょっと落ち着こう?」

 

 私は激しくページをバタつかせているターロットを両手で抱え込んだ。一方で、ストロジーも同じくアストロを抱え上げた。

 

「アストロ~、あんたちょっと口悪いよ? せんぱいには借りがあるんだからさ、ちょっとは気を遣おうよ」

 

 あら、意外。

 

 ストロジーってここまでの態度だけ見てたら、そんなの全然無視するタイプだと思ってたのに。

 

 そのストロジーが、私に向かってニハッと笑った。

 

「ま、それはそれとしてサインコインは頂いていくけどね。じゃ、またね~。バカみたいに真っ直ぐで不器用な、せ~んぱい♪」

 

 そんな言葉を言い捨てて、彼女は高々と跳躍すると、そのまま夜空遠くへと去って行ってしまった。

 

 ……あれ? 私もしかしてバカにされた?

 

「ルカナ、追いかけるロト! サインコインを取り返すロト!」

 

「もう見えなくなっちゃったよ。それに彼女も同じプリキュアなんでしょ? なのに、どうしてコインの取り合いなんかしてるの?」

 

「そ…それはロト……」

 

 口ごもったターロットに、私は内心でため息を吐いた。

 

 多分、ターロットは私に色々と隠し事をしている。きっと、込み入った事情があるのだろうけれど。

 

「まあ、その辺はおいおい聞かせてもらうとして、今はそんなことより……」

 

 私は変身を解き、離れた場所で倒れていた、あの中年男性の元へ駆け寄った。

 

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

 

「うぅ…」

 

 中年男性が身じろぎし、目を覚ました。夜の暗がりの中だったけど、見た限りに目立った外傷は見当たらなかった。

 

 中年男性は上体を起こすと、不思議そうにあたりを見渡した。

 

「あれ? どうしてこんなところで寝ていたんだ? ……って、君は誰だ?」

 

「通りすがりです。えと、あなたが倒れていたのを見つけて、心配になって声をかけたんです」

 

「そうか、それは心配をかけてしまったね。申し訳ない。だけど身体は何とも無さそうだから、もう大丈夫だよ。ありがとう」

 

 中年男性はゆっくりと立ち上がった後、服についた土埃を払い落とし、そして不意に、何かに気づいたかのように夜空を見上げた。

 

 そこには、満天の星空が拡がっていた。

 

「あぁ……奇麗だなぁ……」

 

 男性の口から、そんな呟きが漏れた。

 

「…不思議だな。何故だかとても晴れ晴れとした気分だ。……あれ? そういえば、何をしにここへ来たのだっけかな?」

 

 独り言のように呟いて、首を傾げた拍子に、私と目が合った。

 

「おっと、また変なところを見せてしまったね。わたしはもう大丈夫だよ。だから君ももうお家へお帰り。ご家族も心配しているだろうからね」

 

 中年男性は穏やかな表情と声音でそう言って、私に背を向けて歩き始めた。

 

 その背中は真っ直ぐに伸ばされ、時折、夜空を見上げながら、足取り軽く遠ざかって行った。

 

 それを見送った私のそばに、ドラッグストアのビニール袋が残されていた。

 

 中身を開くと、大量の缶ビールが詰め込まれていた。さっきの戦いで踏みつけられたか、それとも重い物でも当たったのだろうか、缶の大半が潰れ、中身が噴き零れてしまっていた。

 

 ビニール袋には、潰れた缶に混じり、太くて長いロープが一緒に入っていた。ドラッグストアでは売っていそうにない物だ。それに、缶ビールと一緒に持ち歩くには随分と不自然な気もする。

 

「これ、あの人のものかな…?」

 

「多分、そうロト」

 

「短絡的な想像かも知れないけど、あの人、ネガテバーにされていなかったら、もしかしたら今頃……」

 

「………」

 

 ターロットは答えなかった。この妖精は、答えづらい質問には沈黙をもって肯定とする傾向がある。

 

 私は、これを自宅で処分することに決め、ビニール袋を手に、家路へとついたのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 家路につくミクの姿を、遠くから一人の少女が眺めていた。

 

 キュアストロジーではない。しかしその少女は、彼女によく似通った格好をしていた。

 

 黒地に黄色のフリルが付いたミニスカート姿に、トルマリンのような煌めきをもったイエローのマントを羽織った、その姿。

 

 ブロンドのロングヘア―が夜風になびき、夜空の星々を背景に、金色の波の様にたゆたっていた。

 

「へえ……あれが私以外のプリキュアかぁ」

 

 彼女は手にしていた拳大の水晶玉を顔の前にかざし、遠ざかっていくミクの姿を透かしながら、眺めていた。

 

「キュアルカナ…タロットで過去、現在、未来を暗示する“明日よりの使者”か。いいね、なんかカッコいいじゃん。…なぁ、クリルン?」

 

 彼女は含み笑いをしながら、手にしていた水晶玉を軽く投げ上げ、両手でお手玉をするように弄んだ。

 

「こ、こら、止めるルン!? クリルンを乱暴に扱わないで欲しいルン!?」

 

 水晶玉が言葉を発し、少女の手から逃げるように宙へ浮いた。

 

「アハハ、悪い悪い。でもさ、“明日よりの使者”と“星詠みの使途”だぜ。 前口上って言うの? ああいうの、私らにも何か無いの?」

 

「クリルンにはそんな初期設定はされてないルン」

 

「そうなのか。やっぱ旧世代の妖精だからスペック低いのか」

 

「クリルンをポンコツみたいに言うなルン!?」

 

「そこまで言ってねえよ。それよりも口上さ。無いなら自分で考えるかぁ……」

 

 少女はしばし迷った後、

 

「よし、こんなのどうだ?」

 

「言ってみるルン」

 

「未来を繋ぐ、刻を告げし予言者、キュアオラクル!」

 

「……中二クサいルン」

 

「リアル中二だから問題ないってーの」

 

 アハハ、とあっけらかんとした明るい笑い声が夜空に響く。そんな笑い声の残響が、夜風に乗って、ミクの耳にまで届いた。

 

「?」

 

 微かに聞こえたその声に、ミクは振り向く。

 

 しかし、そこにはただ星空が無限に拡がっているだけだった……

 

 

 

 

 

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