明日へ進め! フォーチューン・プリキュア   作:PlusⅨ

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第3話 三人で力を合わせましょう? 登場、キュアオラクル(後編)!

「テバアア!!」

 

 再び立ち上がったネガテバーの姿を、私は改めて観察した。

 

 それは、船だった。船を横から見たような左右に長い胴体から手足が生えたような姿をしている。その胴体中央から艦橋を模した頭部が伸びていた。艦首と艦尾にあたる左右に伸びた肩の上には、大砲がたくさん載っている。

 

「まるで戦艦ロトね」

 

「戦艦…」

 

「テバア…セェェンカァンテバァァァ!」

 

 ターロットと私のつぶやきに呼応するかのように、戦艦ネガテバーが己の名を誇示するかのように咆哮した。

 

 その咆哮は重々しく、そしてどこか物悲しく聞こえた。

 

「ルカナ!」

 

「わかってる」

 

 私はターロットのページを開き、三枚のカードを一気に引き抜いた。

 

「THE MOON(月)の正位置、THE STAR(星)の逆位置、JUDGEMENT(審判)の逆位置、暗示は不安、失望、裏切りだロト!」

 

 ヴィジョンが脳裏に広がる。

 

 故郷を離れ、遠く離れた異国の海で明日をも知れぬ命懸けの戦いに臨む日々。愛する家族を残して次々と斃れていく戦友たち。奮戦むなしく追い詰められていく祖国。母港に帰ってきたものの、燃料も弾薬も欠乏し、沖で錨を降ろしたまま、守るべき街が焼き尽くされていくのを見ていることしかできなかった悔しさ。

 

 そして今、そんな歴史があったことさえ忘れ去られようとしている、そのことへの虚しさ、怒り……

 

「違う!」

 

 私は三枚のカードを光に変えて、右の拳に力を宿した。

 

「あなた達の戦いは忘れ去られてなんかいない! あなた達はその感情を利用されているだけよ。悲しみに囚われて、あなた達が守った未来を壊さないで!」

 

 私は戦艦ネガテバーに向かって拳を構えて突貫する。

 

「センカーン!」

 

 戦艦ネガテバーの砲身が私に向けられ、一斉に発砲した。

 

 周囲の樹々を震わせる大音量と発砲煙が拡がり、六発の砲弾が私めがけ迫りくる。

 

 だけど大丈夫だ。プリキュアとしての動体視力と予知能力によって、六発全てを避けることなど簡単だった。

 

 だけど――

 

「――っ!?」

 

 私は公園を背にしていた。かなり距離があるとはいえ、砲弾を避けてしまえば流れ弾が公園まで届く可能性はかなり高い。

 

 判断に要した時間は一瞬だった。私は砲弾とすれ違う寸前に固めていた拳を開き、掌底として前方へ突き出した。

 

 右手に宿していた力がその場で解放され、四方をへ拡散した。飛来した砲弾がその力のフィールドに接触し、爆発する。

 

 至近距離での爆発の威力に、私は背後へと吹っ飛ばされた。けれど、なんとかうまく着地することに成功する。

 

 傷は無い。だけど煤で真っ黒に汚れたターロットが抗議の声を上げた。

 

「何で避けなかったロトか!?」

 

「公園に飛んで行ったら危ないでしょ」

 

 咄嗟の迎撃手段だったけど、上手く行って良かった。だけどすぐにプリキュアとしての予知能力が、次の攻撃が迫っていることを告げた。

 

 大砲の発射と砲弾の爆発によってもうもうと舞い上がった土煙の向こうで、戦艦ネガテバーが再び発砲しようとしている。しかし次弾装填までまだ数秒はかかるはずだ。

 

 予知でそれを知った私は、すかさず右拳に再び力を込めて大地を蹴った。

 

「プリキュア、イレイザーナックル!」

 

 土煙を突き抜け、その奥に居る戦艦ネガテバーの胴体のど真ん中に拳を打ち込んだ。

 

「――ぐっ!?」

 

 拳が当たると同時に光がさく裂し、戦艦ネガテバーの分厚い装甲に拳大の凹みが生じた。だけど、それだけだ。戦艦ネガテバーはよろめきながら数歩後ずさっただけで、すぐに体勢を立て直し、その砲身を、足元に着地した私に向けた。

 

 発射まで残り1秒。それだけあれば逃げるのは容易いが、流れ弾を出す訳にはいかない。しかしまたフィールドで迎撃しようにも、拳を打ち込んだ直後なのでまだ力が溜まり切っていない。

 

 猶予は残り0.5秒。一か八か、私は拳を足元の大地に叩きつけた。イレイザーナックルの力は宿していないものの、プリキュアとしての全力パンチは大地を穿ち、半径数メートルのクレーターを生じせしめた。

 

 そのクレーターは戦艦ネガテバーの足元にまで達し、そのバランスを崩すことに成功する。

 

「テバぁ!?」

 

 うつぶせに倒れた瞬間に大砲が発砲され、戦艦ネガテバーは自身の砲弾の爆発に巻き込まれた。

 

 私は大きく跳躍し、その爆発から逃れて離れた場所に着地する。

 

「やった?」

 

「その台詞はフラグだロト」

 

 ターロットの言葉どおり、視界を埋め尽くすほどの土煙の向こうで戦艦ネガテバーが再び立ち上がる気配があった。なんというタフネスぶりだろう。私は舌を巻きながらも、右拳に力を貯め込んだ。

 

 どんなネガテバーが相手だろうと、私にできることはただ一つ、この拳を打ち込むことだけだ。ならば、四の五の言わずに真正面から行くしかない。

 

 私がその覚悟を決めて拳を構えた、その時だった。

 

「せーんぱい」

 

 聞き覚えのある声と共に、私の背後に誰かが着地した気配があった。

 

「苦労してそうじゃん。手伝ったげよか?」

 

「ストロジー!?」

 

 振り返ったそこには、青を基調とした私と同じ格好の、青い髪のプリキュア:キュアストロジーが居た。

 

 その彼女が、私に向かって手を差し伸べて、言った。

 

「プリキュア同士で助け合いましょ?」

 

 あらまあ、殊勝な事を言ってくれるじゃないの、この子。一瞬、感動しかけたわ。

 

 その感動も彼女の差し出した手を見た瞬間に引っ込んだけど。

 

 ストロジーが差し出した手は、親指と人差し指で輪を作っていた。つまり“マネープリーズ”という意味。ターロットが胡乱な声で問いかけた。

 

「対価は何ロト?」

 

 その問いに、ストロジーが持つ星座盤型妖精:アストロが答えた。

 

「it's a coin」

 

「だと思ったロト。だれがコインを渡すかロト――」

 

「ストロジー、手伝って!」

 

「ロトぉ!?」

 

「さっすがせんぱーい、話がはっやーい」

 

「ルカナ! 何で勝手に決めるロトかぁ!?」

 

「時間が無いの。――来るよ!」

 

 私は力を込めた拳を構え、土煙に目を向けた。

 

「セェンカンテバアアア!!」

 

 咆哮が土煙を吹き飛ばし、隠れていた巨体が再び姿を現した。戦艦ネガテバーは至近距離での爆発であちらこちらが煤けていたが、目立ったダメージは私が殴って凹ませた部分以外に無さそうだった。

 

 つくづくすごい装甲だ。その砲身が私たちに向けられる。私は叫んだ。

 

「砲弾は私が防ぐから、ストロジーはその間に攻撃を!」

 

「おっけー!」

 

「センカーンテバアア!」

 

 大砲が発射され、六発の砲弾が私たちに向け迫りくる。

 

「プリキュア、イレイザーフィールド!」

 

 私は拳の力をその場で解き放ち、周囲を包み込むようにして展開させた。つい先ほど編み出した防御方法だが、力は光のフィールドとなって砲弾全てを食い止め、破壊した。

 

 その私のそばで、ストロジーは星座盤:アストロを回転させた。

 

「ぞでぃあんルーレット♪」

 

「TAURUS!」

 

「うっしっし、これなら勝てる。牡牛座です!」

 

 星座盤から戦艦ネガテバーと同程度の大きさの巨大な牛が飛び出し、その逞しい角を振りかざしながら弾丸の様にネガテバーへ突っ込んだ。

 

「グモオオオ!!」

 

「テバぁ!?」

 

 巨牛が戦艦ネガテバーに真正面から衝突した。戦艦ネガテバーは大きくよろめきながら数歩ほど後ずさったが、、それでも倒れなかった。

 

「うっそ!? 全然効いてない!?」

 

 巨牛の姿が消失した。一度のルーレットで出せる攻撃は一撃程度らしい。巨牛の攻撃は、私の一撃と同じ場所に打ち込まれたようで、胴体中央がさらに大きく凹んでいたけれど、それでもその厚い装甲を穿ち抜くことはできなかったらしい。

 

「やっばぁ。さっきのが一番強い攻撃だったのになぁ。せんぱーい、どうしよう――って、せんぱい?」

 

 ストロジーの言葉を私はとっくに置き去りにして、戦艦ネガテバーに向かって突撃していた。

 

 戦艦ネガテバーが再び姿勢を立て直す前に、その足元にまで到達する。右の拳はチャージ完了。

 

 私は深く屈みこんだ姿勢から跳躍して、一気に拳を振り上げた。

 

「プリキュア、イレイザーアッパー!」

 

 狙うは二度の攻撃を打ち込んで凹ませた胴体中央。私の拳は見事にその中心を捉え、遂に装甲を打ち抜いた。

 

 光の奔流がそこからネガテバー体内に流入し、その勢いで戦艦ネガテバーを空中高くに押し上げる。

 

「テバアアア……」

 

 戦艦ネガテバーは空高くに打ちあがった後、そこで花火の様に強い光を四方に放ちながら浄化され、消失した。

 

「うっわ~、せんぱいの火力、エグ……」

 

 離れたところでストロジーがドン引きしている気がするけれど、気にしないでおこう。そんなことより、私が見上げた視線の先、その空中高くでサインコインが煌めいているのが見えた。

 

 そのコインが落ちてくるよりも早く、ストロジーが跳躍した。

 

「約束どおり、コインは貰ってくよ~」

 

「危ないっ!?」

 

 サインコインに向かって飛び掛かっていくストロジーに向かって、私も跳んだ。ストロジーがサインコインを掴み取る寸前に、私は横から彼女を抱きかかえるようにして飛びついた。

 

「あわぁっ!? ちょっと、邪魔しないでよ!」

 

 邪魔したつもりはない。私が飛びついて軌道が変わった、その直前の場所を、鳥のような影が幾つも、高速で次々と飛びぬけて行った。

 

 その影は風を切り、エンジン音のうなりをあげて急上昇し、旋回して再びこちらへと向かってきた。

 

 ストロジーが狼狽する。

 

「な、何アレ!? ラジコン飛行機!?」

 

「まさか、ゼロ戦…?」

 

 それは白と灰色のまだらな迷彩に塗装されたプロペラ機だった。大きさは烏よりも少し大きい程度だけれど、十数機もの数がぴったりと編隊を組んで襲いかかってくる。

 

 その翼に仕込まれた機関銃が火を噴き、大量の弾丸が発射された。私とストロジーは着地するや否やすぐに横に跳び、銃弾の列をかわす。その私たちを追って、別のゼロ戦が機銃掃射を放ってくる。

 

 それをかわし続けながら、ストロジーが私に問いかけた。

 

「せんぱい、ぜろせんって何さ!? えびせんの親戚!?」

 

「昔の海軍の戦闘機よ。きっとあれもネガテバーだわ」

 

「ええ!? 一体だけじゃ無かったの!?」

 

「クゥーボォオオン!!」

 

 ゼロ戦編隊の機銃掃射から逃げ惑う私たちの前に、新たなネガテバーが出現した。

 

 これも船を模った姿をしている。だけど戦艦ネガテバーと違って大砲などは載せておらず、平らになったその表面にはあのゼロ戦がずらりと並んでいた。

 

「空母ネガテバーだロト!」

 

「じゃあこのゼロ戦たちを操っているのは、あのネガテバーなんだね」

 

 私はカードを三枚引き出す。

 

「STRENGTH(力)の正位置、THE DEVIL(悪魔)の正位置、THE HANGED MAN(吊るし人)の逆位置。暗示は有言実行、敗北、耐えられない苦痛だロト!」

 

 ヴィジョンに映されたのは、遠い海で敵の航空機の大軍に襲われている空母の姿。他の仲間の艦艇が次々と被弾炎上していく中、最後の一隻として死力を尽くして戦い、敵に一矢報いて沈んでいった勇敢な船。

 

 だけど戦いには敗れてしまった。この戦いで多くの艦艇と航空機を失ったことで、その後、この国そのものまで敗れてしまった。それが悔しい、口惜しい。

 

 その負の感情が戦闘機の形となって、空母ネガテバーの身体から次々と空へ舞い上がっていく。

 

 上空を埋め尽くすほどのゼロ戦の大軍が、四方八方から私とストロジーめがけ襲い掛かってきた。

 

 逃げ惑う私は、いつのまにかストロジーと同じ場所に追い詰められてしまった。

 

「せんぱい!」

 

 背中合わせになったストロジーが叫ぶ。

 

「せんぱい、さっきの技でもういっぺんだけ攻撃を防いでくんない!? そのあいだにアタシがあのヒコーキを片付ける!」

 

「わかった!」

 

 ゼロ戦が四方から一斉に機銃を放ってきた。

 

「イレイザーフィールド!」

 

 逃げ場のない全方位攻撃を光のフィールドで弾き返す。その隙にストロジーがアストロを回した。

 

「ぞでぃあんルーレット!」

 

「SAGITTARIUS!」

 

「いてまえ! 射手座です!」

 

 ストロジーの前に、黄金に輝く弓矢を携えた半人半馬の男たちが出現した。

 

「ケンタウロスさんたち、やっちゃって~!」

 

「「「ウオオオオ!」」」

 

 ケンタウロスの群れが私たちを囲むように一斉に走り出しながら、空に向かって矢を放ち始めた。その矢は驚異の命中率で次々とゼロ戦を射落としていく。

 

「すごい……」

 

 感嘆した私に、ストロジーがドヤ顔で胸を張った。

 

「ふっふ~ん、どーんなもんよ。アタシの実力、すんごいでしょ~」

 

「Will disppear in 30 seconds」

 

「え、残り三十秒? げげ、そんだけしか保てないの!?」

 

 やっばー、とストロジーの表情が引きつった。どうやらストロジーの能力は強力だが、回数制限がある上に持続力にも欠けるようだ。

 

 結局、ゼロ戦の半分以上を落としたところでケンタウロスさんたちは消えてしまった。でもだいぶ減らしてくれたおかげで余裕はできた。

 

 私は空母ネガテバーめがけ突撃する。

 

「プリキュア――」

 

「クウゥボオォォ!!」

 

 拳を構えながら駆け寄る私の目の前で、空母ネガテバーが新たなゼロ戦をその身から発艦させていく。でも、そのゼロ戦が攻撃に移るよりも、私の突撃の方が早い。

 

「イレイザーナッ――」

 

 私が拳を打ち込もうとした瞬間、背後からストロジーに飛びつかれた。

 

「せんぱい危ない!」

 

「ほえっ!?」

 

 ストロジーに抱きつかれ地面に転がされた私のすぐそばを、何かが通り抜けていった。

 

 それは地面の土の上なのに、まるで水面を何かが滑走するかのように白波が立ち、それが私とストロジーのそばを通り抜け、離れた場所の岩にぶつかった。

 

 直後、その岩が爆発した。

 

「新手の攻撃!?」

 

「よくわかんないけど、地面の下を何かがすんごい勢いで走ってた。――そう、アレ、あそこ!」

 

 ストロジーが指さした方向。そこに、まるで水中を進むかのように波しぶきを立てながら、私たちに向かって真っすぐに突っ込んでくる“何か”があった。

 

 数は三。迫りくる三本の直線を、私たちは跳躍して避けた。その何かは私たちの足元を通り抜け、背後で爆発した。

 

「Torpedo!?」

 

「とっぴーどって何さ、アストロ!?」

 

「魚雷のことだロト!」

 

 陸上なのに魚雷? 私は空中からその魚雷が放たれた方向を見下ろした。

 

「居た! 潜水艦のネガテバーよ!」

 

 地面がまるで水であるかのように、潜水艦の形をしたネガテバーが、その半身を地面に沈めていた。

 

 ストロジーもそれを見て声を上げた。

 

「三体目のネガテバーってこと? ちょっとこれ大盤振る舞いすぎない!?」

 

「確かに拙いね」

 

 空中から落下しつつある私たちめがけ、ゼロ戦が再び襲い掛かってきた。私はイレイザーフィールドでその攻撃を防ぐ。

 

 だけど、着地しようとしていたその場所へ、潜水艦ネガテバーがタイミングを狙いすまして魚雷を放っていた。このままじゃ着地した瞬間に魚雷に当たってしまう。

 

 私のすぐ横で、ストロジーが咄嗟にアストロに手をかけた。

 

「ぞでぃあんルーレット!」

 

「ARIES」

 

「あらようっと、牡羊座です!」

 

 今のは、あら“よう”と羊をかけたのかな。ちょっと苦しいぞ。と思いつつ落下する私の横で、ストロジーが手にする星座盤から、巨大でモコモコな毛の塊が出現した。

 

 ストロジーはその巨大毛玉を真下の地面めがけてぶん投げ、私たち二人はその上にボスンと落下した。

 

 直後、魚雷が巨大毛玉の真下に到達し、爆発した。

 

 爆発は巨大毛玉を残らず吹き飛ばしたが、その分、衝撃は毛玉によって相殺され、私たちはノーダメージで改めて着地することができた。

 

「ストロジー、助かったよ。ありがとう」

 

「せんぱいに頼りっぱなしってのも癪だかんね。…けどヤバいわコレ。アタシが使える技はネガテバー1体に付き2回までだからね。クウボとセンスーカンだっけ? それぞれに後一回ずつしか使えない」

 

「おまけに空と地下の挟み撃ちだしね」

 

 潜水艦ネガテバーは完全に地中へと潜航してしまい、次はどこから魚雷が来るか見当がつかなかった。

 

 それに加えて空からはゼロ戦がひっきりなしに機銃を撃ってくる。それを操っている空母ネガテバーは私たちからかなり距離を取って、そこから新たなゼロ戦を次々と空に放っていた。

 

 形勢は私たちにかなり不利な状況だった。せめて、どちらか一方を短時間でも無力化することが出来れば、その隙に残る一方を浄化することができるのだけど。

 

「せめて、あと一人でいいから他にプリキュアが居てくれたら……」

 

 詮無いことだとわかっては居たが、それでも思わず呟いてしまった、そのときだった。

 

「――私たちを呼んだかしら?」

 

 そんな第三者の声が、頭上から降り注いできた。

 

「誰っ!?」

 

 思わず見上げたその視線の先に、太陽が輝いていた。まぶしさに思わず目を細めた視界の中で、その輝きを背に、声を発した何者かがこちらへと向かって跳んでくるのが見えた。

 

 その影は空中で群がるゼロ戦の攻撃を身をひるがえして華麗にかわすと、私とストロジーのすぐそばに着地した。

 

 長い金髪に、黒地に黄色のフリルが付いたミニスカート、そしてトルマリンのような煌めきをもったイエローのマントを羽織った、その姿。

 

「あ、アンタももしかしてプリキュアなの!?」

 

 ストロジーの問いに、彼女はにこやかな笑みとともにウィンクをしてみせた。

 

「未来を繋ぐ、刻を告げし予言者、キュアオラクル!」

 

「オラクル……三人目のプリキュア?」

 

「What!? I don't know!」

 

「オラクルなんてプリキュアは聞いた事ないロト!?」

 

 慌てふためく妖精たちに対し、オラクルが手にしていた水晶玉から声が上がった。

 

「うるせーぞ妖精ども! 私たちがプリキュアと言ったらプリキュアなんだよ。それより手を貸して欲しいのか、欲しくないのか、どっちだ――リン」

 

「欲しいです!」

 

 ターロット達が何か言う前に、私はとっさに答えていた。

 

「わかったわ」

 

 オラクルが頼もしく応え、そして続けて言った。

 

「ルカナ、ストロジー、あなた達二人は空母ネガテバーをお願い。潜水艦は私が対処するわ」

 

「ありがとう。でも一人で大丈夫?」

 

「心配ご無用よ。私の実力、あなたたちに見せてあげるわ」

 

 自信満々に答えるオラクルの背後で、魚雷が三本、波しぶきをあげながら迫ってくるのが見えた。

 

「魚雷よ! オラクル、避けて!」

 

「避けろたって、せんぱい、無理だよ!? 空からぜろせんに囲まれてるし!?」

 

 ストロジーの言葉どおり、上空に跳ぼうにも四方からゼロ戦が殺到しようとしていた。

 

「イレイザーフィールド!」

 

 私は咄嗟にストロジーとオラクルも含めて光のフィールドで囲い込む。これでゼロ戦と魚雷の攻撃を同時に受け止めるしかない。でも耐えられるかどうかは未知数だ。

 

 私が迫りくる衝撃に身体を固くした、その時だった。

 

「ここは私に任せてって言ったでしょう?」

 

 オラクルが余裕の態度を崩すことなくそう言って、手元の水晶に語りかけた。

 

「行くわよ、“クルリン”!」

 

「応よ!」

 

「プリキュア、ジャイロクリスタルボール!」

 

「うりゃりゃりゃりゃあああ!!」

 

 オラクルの手の上でクルリンと呼ばれた水晶が自ら高速回転を始めた。オラクルはそれを手に乗せたまま、自らも片足を軸にスピンを開始する。

 

 その状態で、オラクルとクルリンの声が同時に響いた。

 

「「重なる二重螺旋! 大地に響く波紋疾走!」」

 

 水晶がオラクルの手から離れ、足元の大地に撃ち込まれた。水晶自身の回転力とオラクルの回転力が重なり、それが大地を波打たせ渦を描いた。

 

 それは単なる物理的な力ではなく、私が拳に込める光にも似たものだと感覚で理解できた。その力が、私たちの足元で激しく渦を巻いているのを感じとった。

 

 その地中を渦巻く回転力に、三本の魚雷が突っ込んだ。魚雷は爆発することなく、その回転力に巻き込まれるように軌道を変え、私たちの周りを一周すると、そのまま来た方向へと帰っていく。

 

「セ!? センスイカーン!?」

 

 まさか魚雷を返されると思わなかったのだろう。潜水艦ネガテバーは三本の魚雷をまともにくらって、大爆発に巻き込まれながら、その身体を地上に浮き上がらせた。

 

「どう? ざっとこんなものよ。私もなかなかやるでしょう?」

 

 オラクルはバレリーナの様に華麗にスピンを止めながら私たちに言った。

 

「さあ、二人とも。空母の方をよろしくね」

 

「わかったわ。ストロジー、行きましょう!」

 

「りょーかい。ぞでぃあんルーレット!」

 

「AQUARIUS!」

 

「みずがめ――えっと――すいへいりーべぼくのふね、水瓶座です!」

 

「なにそれ?」

 

「水瓶とすいへいをかけてみました。って、やっぱ無理あり過ぎ?」

 

 というかそもそもそのダジャレは必要なのだろうか。そんな疑念を抱いている間に、星座盤から私たちの背丈よりも大きい水瓶が飛び出した。ストロジーがそれを肩に担ぐ。

 

「ぜろせんはアタシが蹴散らすから、せんぱいはクーボ―ってやつをよっろしくぅ!」

 

「わかった!」

 

 ストロジーが担いだ水瓶の口を空に向けた。そこから大量の水が噴水の様に勢いよく放たれた。

 

「そーりゃそりゃそりゃあ!」

 

 ストロジーが水瓶を振り回し、その高圧放水で空のゼロ戦たちをかく乱した。

 

 その隙に私は拳を構えて、空母ネガテバーに向かって突貫した。

 

「クボッ!?」

 

 空母ネガテバーが慌てふためいている。戦艦ネガテバーと違い、空母ネガテバーには大砲も厚い装甲も無いのだろう。懐に入ってしまえばこっちのものだ。

 

「プリキュア、イレイザーナックル!」

 

 真正面から光の拳を叩き込む。拳から力が奔流となってネガテバーの体内を駆け巡り、その身体を浄化して消し去った。それと同時に、空を埋め尽くしていたゼロ戦も消え去っていく。

 

 私の前方、かなり離れた場所にサインコインが落ちていた。ナックルの勢い余ってあんなところまで飛んで行ってしまったようだ。

 

 ターロットが叫んだ。

 

「ルカナ! 早く回収するロト!」

 

「おっと、そうはいかないよっと。行っちゃえアストロ!」

 

「OK!」

 

 ストロジーが手元のアストロを円盤投げの様に投擲した。サインコインに向け駆け寄ろうとした私の前で、地面を掠めるように飛来したアストロが、落ちていたサインコインをかっさらっていく。

 

「HAHAHA See you」

 

「キーっ、また先を越されたロト! 悔しいロトー!!」

 

「さあて、アストロ、つぎはせんかんのコインを回収するよ。あ、せんぱい、約束したよね。あれもアタシのもんだからね」

 

「渡すもんかロト! ルカナ、早く探すロト!」

 

「まあまあターロット、落ち着いて」

 

「これが落ち着いてられるかロト! だいたい、ルカナがあんな約束しなきゃ――ムガっ!?」

 

 私はターロットの表紙を手で塞いで黙らせた。ちなみにその手の下には、一枚のサインコインがある。

 

 ターロットがそれに気づき、声を潜めて訊いてきた。

 

「…これ、もしかして戦艦ネガテバーのものロトか?」

 

「まあね」

 

 ストロジーをゼロ戦からかばったときに、たまたま私の服のすそに入り込んでいたものだ。

 

「…ストロジーに報酬の約束したんじゃないロトか?」

 

「私は“手伝って”と言っただけだから」

 

 なので別に約束をしたつもりはない。とりあえずターロットも納得したようなので、私は、未だセンスカンネガテバーを相手にしているオラクルに加勢しようと、彼女の方へ目を向けた。

 

 だけど私が目にしたのはキュアオラクルの圧倒的な闘い振りだった。

 

 潜水艦ネガテバーは再度地中に潜航したようで姿が見えなかった。そうやって地中に潜ったまま放ってきた魚雷が、大地に直線の雷跡を描きながらオラクルに迫っていく。

 

 オラクルはそれを真上に跳躍することで回避した。それを妨げるゼロ戦はもういない。オラクルは高空から悠々と大地を見下ろすと、足元を通り過ぎようとしている魚雷めがけ、水晶妖精のクルリンを投げつけた。

 

「プリキュア、ジャイロクリスタルボール!」

 

 クルリンが高速回転しながら魚雷のそばに着弾し、その不可思議な回転力で魚雷の軌道を捻じ曲げた。魚雷が反転し、地中に潜む潜水艦ネガテバーに命中する。

 

「センスーイ!?」

 

 爆発と共に地上に姿を現した潜水艦ネガテバーに向かって、オラクルが上空から、高速スピンしながら襲い掛かった。

 

「貫く螺旋の力! 天翔ける波紋疾走!」

 

 高速スピンを伴ったオラクルのキックが潜水艦ネガテバーの巨体を貫通した。

 

「テバアアア!!???」

 

 潜水艦ネガテバーの身体にオラクルのスピンの回転力が伝わり、その巨体が渦を描いて自身に開けられた風穴に吸い込まれていくように小さくなっていく。やがてそれは小さな一点に集約され、そして弾けるように光となって消え去った。

 

 その光が消え去った場所にサインコインが一枚、ギュルギュルと音を立てて回転しながら落ちていた。

 

「ルカナ、あれも回収するロト!」

 

「いや、あれは拙いよ、多分」

 

「何言ってるロトか!?」

 

 なぜだかオラクルがコインを拾おうとしない。そのことに疑念を抱いて警戒している間に、離れた場所で未だに最初の一枚を探し続けていたストロジーが、こっちの様子に気づいた。

 

「あっれ~、コインどこ~? って、センスイカーンが倒されたっぽい? よっしゃ、じゃあそっちももらっちゃうよ~」

 

 ストロジーがサインコインに向かって飛び出し、手を伸ばした。けれどコインを掴もうとしたその手は、高速回転するコインに触れた瞬間、バチィっと音を立てて弾かれた。

 

「あわぁ!? 痛ぁあ!? なにこれ、コインに触れられないじゃん!?」

 

 やっぱり変な仕掛けがあったか。

 

「ルカナ、こうなることを予知してたロトか?」

 

「そうじゃないけど、明らかに変な回転してるし、オラクルも余裕な態度のままだしね。そりゃあ何かあるでしょ」

 

 私の言葉が聞こえたのだろう、離れた場所に居たオラクルが、私に向かって語り掛けてきた。

 

「流石ね、ルカナ。ちゃんと物事をよく見ているじゃない。ストロジーも見習った方が良いわよ」

 

 オラクルの言葉に、ストロジーは弾かれた手を振りながら不機嫌な表情で答えた。

 

「急にしゃしゃり出てきたくせに上から目線とか、やなかんじー。アンタ、いったい何様よ?」

 

「プリキュアよ。ただし――」

 

 オラクルが高速回転を続けるコインへ向けて、クルリンを投げた。クルリンもまた高速回転しながら大きく回り込むような楕円軌道を描いてサインコインに横から命中し、コインをオラクルの手元めがけて弾き飛ばす。

 

 オラクルはコインをキャッチすると、ブーメランのように帰ってきたクルリンを受け止め、そして言った。

 

「――私こそが本当の、そして唯一のプリキュアだけどね」

 

「ロト!?」

 

「What!?」

 

「ほえ?」

 

「どゆこと?」

 

 首を傾げた私たちに向かって、オラクルはにこやかな笑みを浮かべながら言った。

 

「まあ細かい説明は省くけど、私は“この時代”で生まれた、正真正銘“この時代のプリキュア”なのよ。あなた達みたいに未来の妖精の力で生まれたプリキュアとは違うの。だから……」

 

 オラクルの目がスッと細められ、その表情から笑みが消えた。纏っていた穏やかな雰囲気を、肌を泡立たせるような冷気に変えながら、オラクルは言った。

 

「……サインコインは、私が集めるべきものなのよ。あなた達が持っているコインを渡しなさい」

 

 あー、やっぱりそうなるのか。こんなこと言われたら当然、

 

「絶対に渡さないロト!」

 

「No, No, No! Fuck you!」

 

 妖精たちはこうなる訳で、話し合いにすらならなくなってしまう。うーん、困った。

 

 オラクルが言った。

 

「交渉の余地がなければ、力づくで行かざるを得ないわ。それでもいいの? ……本当にいいの?」

 

 ん? わざわざ念押ししてくるあたり、もしかしてオラクルもちょっとは躊躇しているのかな。なら、彼女自身とは少しは交渉の余地はあるかもしれない。

 

「ねえオラクル、話を聞い――」

 

「――まだるっこしいな!」

 

 私の声を遮るように、クルリンが声を上げた。

 

「奪うと言ったら、問答無用で奪えばいいんだよ!」

 

「で、でもクルリン、そういうのは…」

 

「うるせえ! お前ができなきゃ私がやる。選手交代だ!」

 

 クルリンが叫んだ瞬間、それは激しく発光し、私たちは思わず目を背けた。

 

「ほえ!?」

 

「あわ!?」

 

 光はすぐに収まった。目を戻したそこには、オラクルが変わらず立ったままだった。

 

 だけど……

 

「くくく……あはは……」

 

 オラクルが喉を鳴らすかのように低い声で笑い出す。

 

「オ、オラクル、どうしたの?」

 

「なあに、何でもねえよ。ただ、中身を入れ替えただけさ」

 

 オラクルがそう言って、口の端を吊り上げるような凶悪な笑みを浮かべた。まるで別人だ。

 

 やばい。

 

「ストロジー、避けて!?」

 

「へ? ――あわぁ!?」

 

 私とストロジーが慌てて飛び退いた次の瞬間、一瞬前まで私たちが立っていたその場所を、水晶玉が高速回転しながら地面を深くえぐっていた。

 

「さあ、禁断のプリキュア対決と行こうじゃねーか!」

 

 オラクルはそう叫ぶと、大地を蹴って私たちに向かって襲い掛かってきたのだった――

 

 

 

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