明日へ進め! フォーチューン・プリキュア   作:PlusⅨ

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久しぶりの更新です。
近いうちに後編も更新予定


――前回までのあらすじ――

 課外実習中に出現した三体のネガテバー!

 キュアルカナ(明日原ミク)は、キュアストロジーと共闘しこれに立ち向かう。

 そこに新たなプリキュア、キュアオラクルが現れた。

 三人のプリキュアによってネガテバーは全て浄化されたが、残されたサインコインをめぐり、プリキュアたちは対峙してしまう。

 さらにキュアオラクルは、ルカナとストロジーが持つサインコインまで力づくで奪うと宣言した。

 これにより、今まさに、禁断のプリキュアバトルが始まろうとしていた……


第4話・三人一緒♪ わくわくパジャマパーティー(前編)

「くくく……あはは……」

 

 オラクルが喉を鳴らすかのように低い声で笑い出した。

 

「オ、オラクル、どうしたの?」

 

「なあに、何でもねえよ。ただ、中身を入れ替えただけさ」

 

 オラクルはそう言って、口の端を吊り上げるような凶悪な笑みを浮かべた。まるで別人だ。

 

 やばい。

 

「ストロジー、避けて!?」

 

「へ? ――あわぁ!?」

 

 私とストロジーが慌てて飛び退いた次の瞬間、一瞬前まで私たちが立っていたその場所を、水晶玉が高速回転しながら地面を深くえぐっていた。

 

「さあ、禁断のプリキュア対決と行こうじゃねーか!」

 

 オラクルはまるで人が変わったようにそう叫ぶと、大地を蹴って私たちに向かって襲い掛かってきた。

 

 二手に分かれていた私とキュアストロジーに対し、オラクルはストロジーの方へ向かって行った。

 

「げ、狙われてんのアタシ!?」

 

 オラクルが獣のような敏捷さでストロジーの目前に迫り、右腕を振り上げた。その掌は、握り拳ではなく、獰猛な肉食獣のようにかぎ爪が立てられている。

 

「シャアッ!」

 

「あわぁっ!?」

 

 鋭いかぎ爪が振り下ろされ、ストロジーの胸先を掠めた。ストロジーは咄嗟に飛び退いてかわしたものの、その服は鋭利な刃物に切り裂かれたように破れていた。

 

 避けていなければ大ケガどころじゃなかったかもしれない。その容赦仮借ない攻撃に、見ている私もゾッとした。

 

 ストロジーが、オラクルから大きく間合いを取りながら顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「ちょっと! 胸元破くなんて、なんつーことしてくれんのさ! ポロリしちゃったらどうすんのよ!?」

 

「恥ずかしがるほどのサイズでもねえだろ」

 

 ストロジーが手で押さえている胸元を眺めながら、オラクルが嘲笑う。

 

「カッチーンときた。このストロジー様の海より広い堪忍袋がブチ切れだわ。アンタ、絶対に泣かしたる」

 

「いいね、やる気になってくれて何よりだ。じゃあ、もういっちょ行くぜ!」

 

 オラクルが再び大地を蹴ってストロジーに迫る。

 

 それに対し、ストロジーが持っている星座盤:アストロラーベを構えた。

 

「アストロ!」

 

「OK!」

 

 ストロジーの手が星座盤を素早く回転させる。彼女とそのパートナー妖精:アストロラーベの能力「ゾディアンルーレット」だ。十二星座をモチーフにした能力を二回だけ発動できるらしい。

 

 先ほどまでのネガテバーとの戦いを見るに、この二回という回数制限は「一度の変身につき二回まで」ではなく、「一体の敵につき二回まで」のようだ。

 

 私のタロットカードも「一体の敵につき三枚まで」引けるので、それと似たような条件なのだろう。

 

 オラクルの爪が襲い掛かる直前、ストロジーの手元の星座盤から水しぶきが噴き上がり、二人の間の視界を塞いだ。

 

 けれどオラクルはそんな目くらましに怯みもせず、かぎ爪を立てた掌をストロジーめがけ振り下ろした。

 

 オラクルの爪が水しぶきを切り裂く!

 

 だけど――その手は、水しぶきから飛び出してきた大きな何かに阻まれた。

 

 それは一頭の大型の四足獣だった。その頭から生えている螺旋状に渦を巻いた大きな角が、オラクルの爪を受け止めていた。

 

 山羊だ。大きな山羊の頭部がオラクルの攻撃を押し返す。

 

「やっぱギリギリ、もうやーめた! 山羊座です!」

 

 またしょうもない駄洒落を言ってるなぁ、この青いの。しかもストロジーは山羊を放つと、即座に背を向けて逃げ出した。

 

 うわ、マジか。これには私も、そしてオラクルも一瞬、呆気に取られてしまった。

 

「おい!? あんな啖呵を切ったくせに逃げんのかよ!?」

 

「アンタみたいなイカレポンチとまともに付き合うわけないでしょ、バーカ!」

 

 振り向きもせずに言い捨てながら、ストロジーは全力疾走で遠ざかって行った。

 

 オラクルは追いかけようとしたけれど、出現した山羊が彼女の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねながら邪魔をする。しかもその山羊は、後ろ半身が魚の尾の様な形になっていて、それがビタンビタンと地面を叩くたびに大量の水しぶきを撒き散らかすので、うっとおしくて仕方がない。

 

「だあああ! 邪魔くせえ!?」

 

 オラクルの全力の一撃が山羊を捉えた。爪が当たった瞬間、山羊の身体は風船のように弾けて、さらに大量の水をオラクルに浴びせかけた。

 

「うおっ!? ……あ、あんのヤロー、次に会ったらぜってー逃がさねえ!」

 

「あーあ、びしょ濡れだね」

 

 私は離れていたから濡れてないけど。

 

 私のそばで浮いていたターロットが呆れたように言った。

 

「ストロジーもこすっからい奴だロト。やっぱりアストロが選ぶ奴はロクなもんじゃないロト」

 

 いやいや、あの退き際は鮮やかなものだよ。と、私はフォローしつつ、オラクルの様子から目を離さなかった。

 

 オラクルは金色の髪から水を滴らせたままストロジーが去って行った方向をしばらく睨みつけていたが、私がまだここに留まていることに気が付いて、不思議そうな顔で私を見た。

 

「お前はなんで残ってんだ?」

 

「逃げた方が良かったかな?」

 

「…いや、良くねえなぁ」

 

「私も、先ずは話し合おうと思ってるの。相手の事情も知らない内から、ケンカはしたくないからね」

 

「事情を知ったところで一緒だぜ。こっちの要求はただ一つ。お前らが持っているサインコインを全部寄こせ、だ」

 

「交渉の余地は無いの?」

 

「ねえな」

 

「これでも?」

 

 今にも襲い掛かってきそうなオラクルに対し、私は右手で拳を握りながら、左手に持っていたモノを掲げて見せた。

 

 左手に持っていたモノ、それは水晶玉だった。

 

 きれいに透き通ったその球の中には、三頭身の小動物に似た妖精の姿があった。

 

「お、おい、クリルンじゃねーか! なんでお前が持ってんだよ!?」

 

「足元に落ちていたから拾ったの」

 

 正確に言えば、足元めがけ投擲された水晶玉を、回転が納まったころを見計らって捕獲した、というべきだけど。

 

「ふっふっふ、だロト」

 

 ターロットが私の周りをパタパタと飛びながら、勝ち誇ったように笑った。

 

「キュアオラクル! このパートナー妖精を返してほしくば、大人しくこちらの要求に従うロト!」

 

「人質とるなんざ汚ねーぞ。それがプリキュアのやることかよ!?」

 

「問答無用で襲い掛かってきた奴に言われたくないロト!」

 

「オラクル、落ち着くルン!」

 

 そう叫んだのは、私の手に握られている水晶玉妖精:クリルンだった。

 

「大丈夫。クリルンとしての私はとっても頑丈ルン。プリキュアが全力で投げつけても平気なのは、あなたが一番よく分かっているルン。だから心配すること無いルン!」

 

「そ、そうか。そうだったな」

 

「うーん、それはどうかな」

 

 私は握った右拳を見せつけた。

 

「確かに壊すことは出来ないと思うし、そのつもりも無いけど……私が本気で殴ったら、多分、すごーく痛いと思う」

 

「てめえ、この外道!?」

 

「オラクル、落ち着くルン。この子にそんなことできる筈もないし、そもそもそんな力だって――」

 

 私が水晶玉を握る左手に力を込めると、クリルンが急に言葉を切った。

 

「……ぜ、前言撤回するルン。お、オラクル、大人しく言う事を聞いて欲しいルン。この子、マジだルン!?」

 

 水晶の中で、クリルンが真っ青になりながらそう言った。

 

 いや、その、ちょっとね、自分でも引くくらい力が入っちゃった。利き手じゃないのにこの握力なんだから、右手で本気出したら本当に握りつぶしちゃうかも。

 

 プリキュアの力ってヤバいわ。加減に気を付けないと。

 

「わ、わかった!」

 

 オラクルが焦りの表情を浮かべながら言った。

 

「お前たちの要求に従う。話し合おう。な?」

 

「良かった。じゃあ、事情を聞かせてくれるかな」

 

「その前にクリルンを解放してやってくれ。大切な相棒を人質に取られたままじゃ、落ち着いて話もできやしねえ」

 

「うーん、それもそうだね」

 

「いやいや待つロト。信じちゃ駄目ロト」

 

「とは言っても、私もこういう悪役染みた真似を続けるのはあまり気乗りしないし」

 

 私に迷いが生じ、視線をターロットに向けた、その瞬間をオラクルは見逃さなかった。

 

 彼女は即座に大地を蹴り、私に向かって弾丸のように突っ込んできた。

 

「おっと」

 

 けれど私も、その動きは予知済みだった。軽くステップを踏むように後方へ飛跳んでオラクルの間合いを外した――

 

 

 ――つもりだった。

 

 予想外、というか予知外だったのは、左手に持っていたクリルンが、オラクルの突進と同時に、彼女へ向かって動き出したことだ。

 

 クリルンの移動しようとする力はそこまで強くは無かったけれど、私に掴まれたまま移動しようとしたことで私はわずかに前方へ引っ張られた形となり、オラクルとの間合いを外しきれなかった。

 

 オラクルが拳を下からすくい上げるように振るい、私の手からクリルンを弾き飛ばした。

 

「しまった!?」

 

「クリルン!」

 

「オラクル!」

 

 真上に打ち上げられたクリルンを、オラクルが同じく真上に跳躍して空中でキャッチする。

 

 そのオラクルの目が、地上に居る私を見下ろし、睨みつけた。

 

「卑劣な真似をしやがって、許さねえぞ。倍返しだ!」

 

 空中でオラクルがすかさず投擲姿勢を取った。

 

 せっかく取り返した相棒をすぐさま投げるのは、ちょっとどうなの? と内心で突っ込みつつ、私は咄嗟に横方向へ飛び退いた。

 

 その直後、私が元居た場所に水晶玉:クリルンが高速螺旋回転しながら着弾し、地面を深くえぐり抜いた。

 

 横跳びにそれを避けた私は、そのまま転がりながら距離を離す。そんな私めがけ、オラクルが空中から急降下してきた。

 

 私は地面を転がりながら両腕を使って身体を勢いよく跳ね上げ、今度はそのままバク転に移り、オラクルの振り下ろしたかぎ爪攻撃を避ける。

 

 私はさらにバク転を続けながら距離を離す。

 

 そして、もういいだろと思い、着地してすぐに腰を落とし、拳を構えた。

 

 だが―――

 

「ほえ!?」

 

 私のすぐ目の前にオラクルが迫っていた。

 

 息つく暇も、予知さえもする隙のない追撃だった。鋭利なナイフのような爪をもった彼女の右手が、まるで槍の穂先のように指をそろえ、私に向けて一直線に突きこまれた。

 

 その攻撃に、私の身体は無意識のうちにカウンターパンチを放っていた。

 

 これは私自身の反射神経というより、プリキュアとしての防御反応かも知れない。私の意思が関与する間もなく、私は首を傾げて、髪の毛一本の差でオラクルの抜き手を避けると同時に、腰だめに構えていた私の右手が放たれ、オラクルの顔面を捉えていた。

 

「ぐげえ!?」

 

「やばっ、やっちゃった!?」

 

 私のパンチ力と、オラクル自身の突進力が顔面の一点に集中したことで、オラクルは大きく背後に仰け反った。それどころかそのまま後方へ空中一回転までした挙句、うつぶせになって落下し、倒れ伏した。

 

「わ!? わ!? ごめん! 大丈夫!? 生きてる!?」

 

 慌ててオラクルのそばにしゃがみ込もうとした私だったが、足元から何かが急に飛び上がり、私の顔面に直撃した。

 

「あ、痛ったぁ」

 

「オラクルから離れるルン!」

 

 私の顔にぶつかってきたのはクルリンだった。彼女(?)は私を体当たりで遠ざけた後、倒れ伏したオラクルのそばに着地した。

 

「オラクル! オラクル!? 返事をするルン!?」

 

「ね、ねえ、本当に大丈夫? 死んでないよね?」

 

「生きてるルン! 勝手に殺さないでルン!」

 

「あ、うん、ごめんなさい。でも生きててよかった」

 

 本気で胸を撫で下ろした私の前で、クリルンが「こうなったら非常手段ルン」と呟いたのが聞こえた。

 

 クリルンは気絶したままのオラクルの顔のすぐそばに寄ると、突然、その身を激しく輝かせた。

 

「ほえ!?」

 

 その強い光に一瞬、目がくらむ。

 

 光が収まり、眩んだ視界が元通りになったとき、倒れていたはずのオラクルが既に立ち上がっていた。

 

 オラクルは水晶玉を左手に持ちながら、右手で自分の鼻先をさすった。

 

「あ痛たた……本当にすんごく痛い!?」

 

 オラクルが鼻を押さえながら、涙目で私を睨む。

 

「えっと、ごめんね。鼻の骨とか折れてない?」

 

「それは大丈夫だと思うわ」

 

 オラクルはため息を吐きながら、手元の水晶玉に目を落とした。

 

「クルリンも気絶したままだし、今日のところはこれで勘弁してあげるわ」

 

「クルリン? クリルン?」

 

「どっちでもいいでしょ。じゃあね、ルカナ。また会いましょう」

 

 オラクルは鼻声涙声で捨て台詞を吐くと、さっと身を翻して森の奥へと消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「もー、ミクっち、どこに行ってたのさ。アタシ心配したんだかんね」

 

 墓地公園に戻ると、星華ちゃんからさっそく叱られてしまった。

 

 ネガテバー三体を相手にかなりドンパチをやらかしたものの、すべて浄化に成功したことで、戦いに関する事実は痕跡ごと人々の記憶から消えていた。残された現実は、私がひとりで迷子になっていたという不名誉な事実だけだった。

 

 まあそれも星華ちゃんが誤魔化してくれたおかげで、教師を含めて他の誰にもバレてないらしいけど。

 

「ありがとう、星華ちゃん。……ところで、珠代ちゃんは?」

 

 そう、そもそも私は、居なくなった珠代ちゃんを探していたのだ。

 

「私ならここに居るわよ」

 

「ほえ?」

 

 その声に振り返ると、そこに珠代ちゃんが居た。

 

 ただ、その口元には目元近くまで覆う大きな白いマスクで覆われていた。

 

「珠代ちゃん、そのマスクどうしたの?」

 

「花粉症が悪化しちゃったのよ。今日は平気だと思ってたけど、やっぱり途中で我慢できなくなっちゃったから、先生に許可をもらって近くのコンビニへ買いに行ってたの。でも、焦ってたから二人には言い忘れてたわ。ごめんね」

 

 珠代ちゃんは鼻声涙声でそう言って、私たちに手を合わせて謝罪したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思うロト?」

 

「どうって、なんのこと?」

 

「観月 珠代って子のことロト」

 

 当然、という風にターロットがそう訊いてきたのは、実習を終えて自宅に帰宅してからのことだった。

 

 私はキッチンに立って夕飯の支度を始めながら、ターロットに訊き返した。

 

「珠代ちゃんがどうかしたの?」

 

「あの子、プリキュアかも知れないロト」

 

「ほえ? 珠代ちゃんが? どうして?」

 

 私は再びターロットに訊き返しながら、冷蔵庫を開けて中を確かめた。今夜のメニューは何にしようかな。

 

「観月 珠代が居なくなってからネガテバーが現れたロト。そしてターロットたちが戻ってきてから姿を現したロト。タイミングはあってるロト」

 

「それだけだと、ちょっと強引じゃない?」

 

 人参、ジャガイモ、豚肉……うーん、肉じゃがじゃかな。それとホウレンソウのお浸し。メインのおかずにもう一つ二つは欲しいなぁ。

 

「マスクをしてたロト」

 

「花粉症って言ってたし」

 

「鼻を殴られた痕を隠すためロト」

 

「つまり珠代ちゃんがオラクルだって、言いたいんだね。でも、それは決めつけでしかないよ」

 

 よし、豚肉が少し多めにあるし、豚野菜炒めにしよう。

 

「信じてくれないロトか?」

 

「珠代ちゃんの言い分を否定する証拠もないからね。それと、オラクルはあの性格についても気になることがあるし」

 

「観月 珠代は確かにオラクルほど好戦的じゃ無さそうロト。でもあのプリキュア、明らかに途中から性格が変わっていたロト。まるで二重人格ロト」

 

「二重人格とは、ちょっと違うと思うの」

 

「どういうことロト?」

 

 私は夕飯の材料をキッチンに並べながら言った。

 

「“クルリン”と”クリルン”。オラクルは性格が変わる前後で、パートナーのことをそう呼び変えていた。それに、あのパートナーも“クルリン”と”クリルン”じゃ、性格が変わっていたみたいだった」

 

「それは……確かにそんな気もするロト。だとすれば、まさかオラクルは、パートナーと人格を入れ替えているってことロトか?」

 

「確証はないけれどね」

 

「だったら、観月 珠代がオラクルでもおかしくないロト」

 

「確証も無いのに友達を疑いたくないよ。そもそも、性格がコロコロと入れ替わるなら、誰だってオラクルの可能性があるってことだし」

 

「その言葉を聞けて安心したロト」

 

「どういうこと?」

 

「ミクも本心では観月 珠代を含めて周囲の全員を疑っているってことロト。油断していないようで何よりロト」

 

「それ、褒めてるの?」

 

 まるで人間不信の塊みたいな扱いじゃないか、失礼な。私はちゃんと友達を信頼している。でも、それはそれとして疑いは晴らしておくべきだろう。

 

 私はカレンダーに目を向けた。

 

 明日から大型連休だ。ウチは生憎、父さんが仕事で休めないので家族で出かける予定は特にない。

 

 珠代ちゃんも連休はお店の稼ぎ時だというので、実家のお店の手伝いだそうだ。そして星華ちゃんは天文部の文化祭の出し物であるプラネタリウムの制作に取り掛かるらしい。

 

 明日の夜、私と珠代ちゃんはその手伝いのために星華ちゃんの自宅にお泊りすることになっていた。

 

 ターロットが、カレンダーを眺めている私を見て、その表紙の中でニヤリと笑みを浮かべた。

 

「パジャマパーティー。これはチャンスロト」

 

「無用な疑いを晴らすためだからね?」

 

「ミクのそういうところ、好きロトよ」

 

 ターロットが見透かしたようにフフと笑った。この腹黒妖精め。これじゃまるで私たちが悪役みたいじゃないか。

 

 私はやれやれと溜め息まじりで、フライパンで野菜を炒め始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 連休初日の夜、私は父さんと夕食を済ませた後、星華ちゃんの自宅があるマンションの前へと来ていた。

 

「ほえ~」

 

 私は目の前の建物を見上げ、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。駅前近くという好立地にある高級マンションだ。地上十五階。一階には駐車場と、管理事務所付きの広いエントランスがあった。

 

 星華ちゃんの自宅は八階の角部屋だそうだ。どのへんかな~。と、歩道からマンションを見上げて、探してみると、まさにその八階の角部屋にあるベランダから外を見下ろしている星華ちゃんと目が合った。

 

 やっほー、星華ちゃんーん。と、私がベランダに向かって手を振る。けれど星華ちゃんは手を振り返してはくれず、それどころかすぐに部屋の中へ引っ込んでしまった。

 

 あら~? なんか不愛想じゃない?

 

 その態度にちょっと不快感、そして疑念を抱きながら、私はエントランス入口の自動扉前に立ち、インターホンのキーパネルで部屋番号をプッシュした。

 

 数秒ほど待つと、星華ちゃんの声がインターホン越しに聞こえてきた。

 

『ミクっち、いらっしゃーい。ちょっとエントランスで待ってて。いまからそっちに迎えに行くから』

 

 どうやらカメラが付いていたようだ。私が名乗るまでもなく星華ちゃんはすぐにインターホンを切り、同時に自動扉が開いた。

 

 星華ちゃんの声の調子はいつも通り、明るくて、そして人懐っこい感じだった。じゃあ、さっきの態度は何だろう? 単に私の思い違いかな?

 

 エントランスは管理事務所に通じるカウンターや、待合客用の大きなソファーなんかがあって、まるでホテルのロビーのようだった。そこで待つこと数分、エレベーターの扉が開いて、星華ちゃんが姿を現した。

 

「ミクっちお待たせ~。そんでもって、いらっしゃーい」

 

「おじゃましまーす。しっかしすごいマンションだね。私んちのアパートなら、呼び鈴鳴らしてドア開けるまで三秒だわ」

 

「にはは、待たせちゃってごめんごめん。エレベーターが一基、故障しててさ。そのせいで残るエレベーターに利用が集中しちゃって、なかなか順番まわって来なかったのよ」

 

 そんな風に笑いながら謝る星華ちゃんの様子は、いつも通りだった。やっぱりベランダのあの態度は、私の思い過ごしだったようだ。

 

「別に気にしてないからいいよ。それより立派なマンションだよね。星華ちゃんのご両親って、会社の経営者でもされているの?」

 

「うんにゃ、パパはしがないサラリーマンよ。ママは近所のスーパーでパートタイマーやってる」

 

「どうみてもお金持ちしか住んで無さそうな高級マンションなのに?」

 

「お爺ちゃんが昔、農家やっててね。あちこちにいくつか畑を持ってたのよ。それが新興住宅地とか高速道路とか、色んな土地開発にドンピシャで重なったみたいでさ。畑と、ついでに古い家ごと実家の土地も残らず売っぱらった結果がこのマンションって訳」

 

「ほえ~、すっごい」

 

「お爺ちゃん、相当ごねてたらしいけどね。先祖伝来の土地を全部手放して、代わりに手に入れたのがこのマンションのワンフロアぽっちじゃ割に合わないって、死ぬまでぼやいていたらしいわ」

 

「ふぅ~ん……ん? ワンフロア?」

 

「あぁ、ここの8階、全部あたしンちなのよ。まあ一部屋以外は、みんな賃貸に回してるけど」

 

「ほえ~……」

 

 エレベーターに乗り、部屋まで移動する間に、星華ちゃんはそう話してくれた。

 

「はい、ここだよ。改めていらっしゃーい」

 

「改めてお邪魔しまーす。…って、誰も居ないの?」

 

「パパは出張。ママはマンションのママ友たちと一緒に旅行。他には……まぁ気にしなくていいよ。今日はアタシたちだけだから、気兼ねなくパァーっとやろう、パァーっと」

 

 玄関から長い廊下を経てリビングへ。星華ちゃんは自宅は一室だけと言っていたけど、実際には隣室の壁を撤廃して、二室分を一部屋にリフォームしていた。なので元から広い部屋がさらに広い。

 

 こりゃ文字通り、住んでる世界が違うわ。とその豪華な部屋の様子に圧倒されながら星華ちゃんの後を着いて歩き、彼女の部屋に案内された。

 

「ようこそ、我が城へ!」

 

「ひっろーい」

 

 私の六畳一間(押し入れ含む)な部屋と比べて二倍以上の広さがある。大きなベッドに立派な勉強机、そして私よりも背の高い本棚にはファッション雑誌や漫画の他に、星座や宇宙に関する書籍がズラリと並んでいた。

 

「星華ちゃん、本当に星が好きなんだね」

 

「名前に星が付いているから、幼いころからなんとなく好きでさ」

 

「じゃあ家族そろって好きなの?」

 

「これまた、うんにゃ、なのよ。あたし、本来は“聖華”って名付けられるはずだったらしいんだけど」

 

 セイは聖母マリアのセイだよ、と星華ちゃんは補足してくれた。

 

「それも良い名前だね」

 

「でしょ? でも画数が縁起悪かったらしくてさ。だから星の字になったんだってさ」

 

 ばかばかしいよねー、と星華ちゃんは明るく笑うが、その当の本人の書棚には星占いの本がたくさん並んでいたりする。それに毎朝、彼女と顔を合わせるたびにテレビの星占いの話題になるのは、もはや挨拶代わりだった。

 

 そのことを突っ込むと、「そりゃー、星座が好きだからに決まってるでしょ」

と軽く流された。

 

「別に占いが好きって訳じゃなくて、星座占いだから気にしてるだけだしね」

 

 星華ちゃんはそう言って笑いながら、大きな本棚に目を向けた。私もつられて目を向け、そしてそこに飾ってあるモノを見つけた。

 

 それは金属氏の円盤だった。いくつもの同心円が刻まれた円形の金属板に、時計の長針のような針が付いている。

 

「星華ちゃん、これ?」

 

「ああ、アストロラーベっていうんだ。珍しいでしょ」

 

「アストロ……」

 

「古い時代の星座盤だよ。なかなかお洒落なインテリアでしょ。まあレプリカなんだけどさ」

 

 この針の部分をこっちのメモリに併せて……と星華ちゃんが説明してくれようとしたところで、部屋に来客を告げるインターホンが鳴り響いた。

 

「お?」

 

 星華ちゃんがリビングへ移動し、そして、

 

「ミクっち~、珠代っちが来たってさ。あたし迎えに行ってくるから、ちょと待ってて」

 

「うん、わかった」

 

 星華ちゃんが玄関から出て行ったのを確認し、私はすぐに本棚に飾ってあるアストロラーベににじり寄った。

 

「ターロット、これ見て」

 

「…あいつにそっくりロト」

 

 私のカバンからターロットが飛び出し、本棚の傍を浮かびながらしげしげと観察する。

 

「でも、これは何も感じないロト。妖精じゃないロト」

 

「そうなんだ。……ちょっと、ホッとした」

 

「そうは言っても、こんなニッチなアンティークを持っている女子中学生なんて、普通は居ないロト」

 

「ニッチな趣味がたまたま一致しただけでしょ?」

 

「それでも、キュアストロジーに繋がる何かはあるかもしれないロト。気には留めておくべきロト」

 

「………」

 

 確かに同意の気持ちはあるけれど、それはあまり明言したくなくて、私は黙ったまま曖昧に頷くにとどめた。

 

 どうやら、私もあまりターロットのことを言えた口じゃなさそうだ。

 

 そうこうしている内に星華ちゃんが珠代ちゃんを連れて部屋に戻ってきた。

 

「ミクちゃん遅れてごめんね。お詫びに特盛りフライドポテトの差し入れよ」

 

 両手には観月バーガーのロゴがプリントされた大きめの紙袋。それを掲げる珠代ちゃんの顔半分は、やっぱり白マスクで覆われていた。

 

「へくち」

 

 マスクの下で小さく可愛いくしゃみ。女子力ってこういうところにも現れてくるんだなぁ。

 

 続いてリビングでガサゴソやっていた星華ちゃんも部屋に戻ってきた。ぶっといコーラのペットボトルを両手で抱えて。

 

「にはは、フライドポテトにはやっぱりコーラっしょ」

 

「ねえ星華ちゃん、そのボトル見たこと無いくらいでっかいんだけど?」

 

「そりゃまあ普通のスーパーじゃ売ってないからね。パパの知り合いが基地に勤めててさ、そこの売店で買ってきてもらったんだ~」

 

「ちなみにそれで何リットルあるの?」

 

「ん~、0.5ガロンって書いてあるから、1.8リットルくらいかな」

 

「ほえぇ…アメリカンサイズ恐るべし…」

 

「基地の人たちにしたら、これでもまだ少ないほうだよね」

 

 と、珠代ちゃんも平然として言う。その珠代バーガーのフライドポテトも特盛りだけあって、かなりの量だ。

 

「ねえ、これ、総カロリー凄いことにならない?」

 

「ええ、そりゃもう」

 

 と、珠代ちゃんは頷いた。

 

 でもさミクっち。と、星華ちゃん。

 

「せっかくのパジャマパーティーじゃん。今夜ばっかりは背徳の味に溺れたっていいっしょ?」

 

 二人が堕天使のような笑みを浮かべながら――珠代ちゃんはマスク越しだけど――部屋のテーブルにポテトとコーラをドスンと置いた。音の重みが半端ないなコレ。

 

 それから十数分後。時刻は既に夜九時過ぎ。

 

 私は炭水化物と油と甘味料の暴虐の宴に為す術もなく篭絡され、友人二人と共にカロリー摂取という名の快楽の虜になっていた。

 

 観月ブランドのフライドポテトは売れ残りで冷め切っているシロモノのはずなのに、油のべとつき感も少なくサクサクとした食感を残していた。

 

「いい食材といい油。この二つが揃っていれば、誰が揚げても八割がたは美味しいのよ」

 

 と、珠代ちゃん。

 

 残りの二割は? と訊くと「もちろん、愛」とドヤ顔で答えてくれた。マスクで隠れてるけど。

 

 珠代ちゃんがポテトを食べるたびに、私はそれとなく彼女の顔を観察しようとしたが、珠代ちゃんはマスクを外したり、顎の下にズラしたりしなかった。

 

 珠代ちゃんはマスクの下端だけをわずかに前へ引っ張って、その隙間からポテトを一本ずつ上品に食べていた。星華ちゃんなんてニ三本まとめて大口開けて放り込んでいるというのに、えらい違いだわ。

 

 飲み物にしてもストローで同じようにマスクの下から咥えて飲んでいるので、相変わらず素顔の様子――特に鼻の頭の状態――はよく分からなかった。ちなみに星華ちゃんはデカいマグカップになみなみと注いだコーラを一気飲みして派手にゲップをかましていた。女子力どころの話じゃないわ、これ。

 

「星華ちゃん、豪快過ぎるよ…」

 

「にはは、女の子しか居ないし、いーじゃん、いーじゃん」

 

「星華の中身はオッサンだからね」

 

 と、珠代ちゃんも呆れ気味に言った。

 

「お、言ったな珠代っち。そんな生意気なJCは、オジサンがセクハラしちゃうぞ」

 

 星華ちゃんが指をワキワキさせながら珠代ちゃんのお尻に手を伸ばす。けれどその手はピシリとはたかれた。

 

「あ痛」

 

「そんな油まみれの手で触らないでよ」

 

「ほほう、じゃ奇麗な手なら触っていいんだ?」

 

 星華ちゃんはそう言って、自分の指をぺろぺろ。

 

「こら、そんな指の拭き方しないの!」

 

 珠代ちゃんが近くのティッシュを数枚抜き取って星華ちゃんに投げつける。星華ちゃんがそれをキャッチしながら「にはは」と笑った。

 

「ところで」

 

 と私は口を挟んだ。

 

「星華ちゃん、今夜はプラネタリウム作るんでしょ? 私たちは何を手伝えばいいの?」

 

「ん? あぁ、それならもう手伝ってもらってるから、このままでいいよ」

 

「どういうこと?」

 

 フライドポテト食べてコーラ飲んでるだけなんですが。

 

「こうしておしゃべりすることで作業に疲れた私のリフレッシュの手伝いになってるってことよ」

 

「要するに、手伝いを口実にパジャマパーティーしたかっただけ、ってこと?」

 

「そーゆーこと」

 

 乾杯イエーイ。と、よく分からないノリで星華ちゃんがマグカップを掲げたので、私も珠代ちゃんも同じくカップを掲げて乾杯イエーイ。

 

 女三人寄れば姦しい。学校での話題であーだこーだ。ワイドショーのゴシップであーだこーだ。アイドルの話題であーだこーだ。と、益体もない話で時間を忘れて盛り上がった。

 

 0.5ガロンのコーラがやっと0.25ガロンまで減ったころ、私はブルッと小さく身震いして腰を浮かせた。

 

「ミクっち、どしたん?」

 

「ちょっと、お花を摘みに」

 

「花ぁ? 何でまた急に?」

 

 首を傾げた星華ちゃんに代わり、珠代ちゃんが、「玄関に向かう廊下の真ん中のドアよ」と教えてくれた。

 

「ああ、トイレか」

 

「男性なら“雉を撃ち行く”ね。星華もこれくらいの暗喩は覚えておいたほうがいいわよ」

 

「何でさ。そのまま直接言えばいいじゃん。言い換える必要がどこにあるのさ」

 

「決まってるでしょ。清潔感が出るからよ」

 

「清潔感?」

 

「ウチも飲食店だからね。商品を待っているお客さんに聞かれるかもしれないのに、トイレなんて口に出せないでしょ」

 

「なぁるほど。でも飲食業界の珠代っちはともかく、ミクっちが言い換える必要は無くない?」

 

「女子力向上を目指して珠代ちゃんを真似てみました」

 

「む」

 

「あら、ミクちゃんありがと。お礼に残ったフライドポテト全部上げちゃう」

 

「その気持ちだけ受け取っておくね」

 

 私は立ち上がりながら足元のターロットをさりげなく拾い上げ、部屋を出た。

 

 珠代ちゃんから教わった通り廊下を歩いてトイレに入り、ドアを閉めた途端、ターロットが私にささやきかけてきた。

 

「調査がぜんぜん進んでないロト」

 

「仕方ないよ。“あなたがプリキュアなんですか?”って直接問いかける訳にもいかないしさ」

 

「花粉症なのに観月 珠代は一度しかくしゃみしてないロト」

 

「このマンション気密性いいよね。エアコンも最新式だし、さっきリビングを通ったとき大きな空気清浄機まで見かけたしさ。ウチのアパートのおんぼろエアコンとは比べようも無いわ」

 

 トイレも広いし奇麗だよね~、と小さく呟きながら、私はドアを少しだけ開けて、その隙間からターロットを廊下に出した。

 

「何するロト?」

 

「トイレですることなんて決まってるでしょ」

 

「ガチだったロトか。小ロト? 大ロト?」

 

「それ訊く? サイテー。…耳、塞いでちょうだいね」

 

「下らん心配しなくても、そんなもん聞きたくもないロト。さっさと済ませるロト」

 

 私は扉を再度閉めてロックする。用を足す前に横の壁を見ると、音符マークのボタンがあったので押してみた。すると個室に川のせせらぎのようなヒーリングな調べが流れだした。

 

 あら素敵。こんな機能、ウチのトイレにも欲しいな。あの安アパート、壁が薄いから隣室の排水音が丸聴こえなのよね。

 

 そんなことを考えつつスッキリしたところで個室を出て、廊下に置いたターロットを拾い上げる。

 

「お待たせ」

 

「ミク、今さっき日比野 星華が外に出て行ったロト」

 

「星華ちゃんが? 急にどうしたんだろう?」

 

 疑問に思ったその直後、廊下の先から星華ちゃんの大きな笑い声が漏れ聞こえてきた。

 

「部屋に居るじゃない。ターロットの嘘つき」

 

「嘘じゃないロト。確かにあれは星華だったロト。あっちの部屋から現れて、そのまま外へ出て行ったロト!」

 

 あっち、とはリビングや星華ちゃんの自室とは反対方向の、玄関からすぐ傍にある部屋のことだった。

 

「じゃあ、別人?」

 

「同じ顔、同じ服だったロト」

 

 服まで同じというのは確かに引っかかる。私は廊下を玄関側へ進み、例の部屋の前に立った。

 

 閉じられたドアに顔を寄せ、耳をそばだてたが、中からは物音ひとつしなかった。試しに軽くノックしてみたが、やはり反応なし。どうやら無人のようだ。

 

 ドアノブに手をかけて回してみたが、施錠されていた。

 

「自宅なのにロックされてるとか、怪しさ満点だロト」

 

「私室なら鍵くらいかけるよ」

 

 ウチには無いけれど。それどころか扉や窓の立て付けが悪いのできちんと閉まりさえしない。それにウチの父さんは家族間のプライベートの確保どころかその概念さえいい加減な人なので、そんな部屋でもまったく気にする様子が無いから困る。

 

 立て付けについてはアパートの管理人さんの問題だからともかく、せめてトイレにヒーリングなせせらぎぐらい欲しいもんだ。いや、それ以前にウォシュレットにして欲しい。

 

「ミク、何を考えているロト?」

 

「我が家の切実なトイレ事情について」

 

「マジで何を考えてんだロト。そんなことより、星華の分身を探しに行くべきだロト」

 

「もしかして、その分身だか何だかがプリキュア…ストロジーかも知れないって疑ってるの?」

 

「星座盤が部屋に飾ってあったことも考えれば、可能性は高いロト」

 

「分身が変身するプリキュアとはね」

 

 私は思わず肩をすくめた。仮定に仮定を重ねて疑い出せばキリがない。

 

「分身の正体について一番可能性が高いのは、星華ちゃんの家族のだれか、ってことだよ。お姉さんか、妹かも知れない」

 

「今夜は、家族は居ないと言ってたロト」

 

「両親は留守と言ってたけど、何か言いかけていたし、他に兄弟姉妹が残っていたのかも」

 

「本人そのものだったロト」

 

「じゃあ双子かもね」

 

「他に家族が居ると聞いたことがあるロトか?」

 

「無いけど、本人に聞けば済む話だよ」

 

 私はその部屋の前から踵を返した。

 

 星華ちゃんの部屋に戻るためにリビングの方へ廊下を進むと、その先から珠代ちゃんが姿を現した。

 

「あ、ミクちゃん」

 

「珠代ちゃんもお花摘み?」

 

「うふふ、違うわよ。ちょっと甘いものが欲しくなったから、コンビニへお買い物に行ってくるわ」

 

「ほええ、あれだけカロリー摂取しておいて、さらに甘味を倍プッシュしちゃうの?」

 

「ふふふ、狂気の沙汰ほど面白い、ってね。ミクちゃんの分も買ってきてあげるから、一緒に食べましょう」

 

「あらやだ、悪魔のお誘いだわ」

 

「何が欲しい?」

 

「じゃあ栗羊羹で」

 

「渋いわね」

 

 それじゃ行ってくるわ、と言い残して出て行った珠代ちゃんを見送り、私は星華ちゃんの部屋に戻った。

 

「ミクっちお帰り~。ウチの花畑の使い心地はどうだった?」

 

「フローラルな香りとヒーリングなせせらぎに大満足だったよ。ウチもお父さんのボーナス出たら最新式のトイレをねだろうかな」

 

「風呂、トイレ、キッチンはこのマンションを購入した時に、ママが一番こだわってリフォームしたところだからね。パパは追加工事するくらいなら新車を買いたいって言ってたけれど、ママが押し切った」

 

「ママさんが正しいと私は思う」

 

「あたしはパパ派だったんよ。めっちゃカッコいいスポーツカーだったから、めっちゃ乗りたかったんだけどな~」

 

「星華ちゃんって、中身はけっこう男の子寄りだよね」

 

「珠代っちからもオッサンオッサン言われてるからね。おかげでさ、男と女の価値観の違いってやつがよく分かるのよ」

 

「例えば?」

 

「女は家の中とか身近な生活に関わることばかりを気にして、それ以外のことには興味が無い!」

 

「うわ、いきなり極論。いかも男視点に立ってるし」

 

「逆に男は家の中にはあんまり興味ない感じ。あっても対象が違うっていうかさ。部屋のインテリアにしても“男の部屋”ってコンセプトだと、生活感より趣味を前面に押し出してる感じがすんのよね」

 

「それってつまり、この部屋のこと?」

 

「そ。珠代っちからも、よく“あんたの部屋は男子みたいだ”って言われるよ。アキラっちの部屋そっくりだってさ」

 

「ほえ~……え?」

 

 ということは、珠代ちゃんはアキラ君の私室の様子をよく知っているという事だ。いや、まあ幼馴染だからってこともあるだろうけど。

 

 けれど、それでも私なんかは、年ごろの異性が自分の部屋に出入りすることを想像するだけで、ちょっと落ち着かない気分になってしまう。正直、父さんでさえ部屋にはあまり入って欲しくないというのに。

 

 私は微妙な表情をしていたのだろう。星華ちゃんが私の顔を見てニヤ~っと笑った。

 

「あの二人、お互いの部屋をけっこう頻繁に行き来してるっぽいよ」

 

「それもビックリだけど、珠代ちゃんがその事実を特に隠す気も無さそうなのが、もっとビックリだよ」

 

「それだよね~。珠代っちもアキラっちも、それが当たり前みたいな態度してるから、あたしもついつい、それが普通なのかなって思っちゃうときがあℛんのよ。でも冷静に考えたら赤の他人っしょ? 普通、意識するっしょ? まして珠代っち美人だし、大人っぽいし。それにアキラっちも、女子の間じゃイケメンってそこそこ評判だし」

 

「アキラくんは、珠代ちゃんのことをどう思っているのかな?」

 

「わからん。珠代っちのことは間違いなく特別扱いしてるけど、異性として見ているかどうかは、本当によくわからん」

 

「確かにね。異性として見てたら、トイレの最中に大声で呼んだりしないよね~」

 

「言えてるわ。あれだけお互いあけすけにものを言い合えるってのは、彼氏彼女の関係とは違うわな」

 

「身内、家族、兄弟姉妹みたいな感じなのかな?」

 

「兄弟姉妹、ねえ……」

 

 あたしなら会話さえしないけどね。と、星華ちゃんがポツリと呟いた。ひどく小さい独り言だったのと、言ってる意味が分からなかったこともあって、私はそれに対して反応が遅れた。

 

 その間に星華ちゃんはすぐに元の調子で「それにしてもさ」と話を進めだした。

 

「アキラ、あれでも昔は、もうちっと素直だったらしいんよ。野球一筋の熱血スポーツ少年でさ。小学生の頃はリトルリーグでもトップクラスのエースピッチャーとして有名だったんだってさ」

 

「そういえば珠代ちゃんも、そんなことを言ってた気がする。でも、今はもう野球やってないよね。どうしてやめちゃったの?」

 

「さあ、知らない。珠代っちは知ってるっぽいけど、他人にはあまり話したくない感じだし……」

 

 星華ちゃんはふと遠い目をして、ため息を吐きながら、続けた。

 

「……珠代っち、ああみえてけっこう悩んでるっぽい雰囲気あるんだよね。だから、こういう機会に色々とぶっちゃけてくれたら、少しは力になれるかも知れないんだけどさ」

 

「そっか……」

 

 今夜のパジャマパーティーには、そんな意図も含まれていたのだと、私は知った。

 

 それでいて珠代ちゃんに直接その話題を振らなかったのは、星華ちゃんの気遣いだろう。相談の場は用意するけれど、あくまで自分から話してくれるのを待つスタンスだ。

 

「星華ちゃんは優しいんだね」

 

「ん? 急になにさミクっち。褒めてもなんも出ないよ。ニハハ…」

 

「ふふ――痛っ!?」

 

 正座していた私の足の小指に、何か固いモノがぶつかって思わず声をあげてしまった。足も動かしてないのに、なんで急に?

 

 足元に目を向けると、そこに一冊の本がページを拡げて転がっていた。

 

≪いつまで関係のないことをくっちゃべってるロト! さっさと本題に入るロト!≫

 

 あー、はいはい、星華ちゃんによく似た姉妹がいるかどうかの話ね。別に忘れていた訳じゃないけど、藪から棒に訊くのもアレだし、話の流れでタイミングを見計らってたのよ。

 

「ミクっち、どしたん?」

 

「ほえ!? あ、足つっちゃって。イタタ……」

 

 足をわざとらしく曲げ伸ばししてみせながら、私は「そういえば」と話を変えた。

 

「星華ちゃんって、お姉さんとか居るの?」

 

 ちょっと強引だけど、ターロットも焦れてるし仕方ない。

 

 私の質問に、星華ちゃんは怪訝そうに顔をしかめた。

 

「ミクっち、どうして急にそんなこと訊くのさ…?」

 

「ほえ? あー、えっと…それはね……」

 

 私はつい口ごもってしまった。なぜなら、星華ちゃんの機嫌が目に見えて悪化したからだ。

 

 さっきまで笑っていたというのに、そこから一瞬で雰囲気が様変わりしてしまった。私を見る目の冷たさが尋常じゃない。

 

 これは単に兄弟姉妹が居る居ないの問題ではなく、その話題そのものに触れて欲しくない者の反応だ。どうやら私は、思いもかけず星華ちゃんの地雷を踏んでしまったらしい。

 

「その…なんていうか…」

 

 なんとなく、という答えでは済まされないような気がして、私は他の言い訳を必死に探そうとした。

 

「ミクっち、さっきトイレへ行ったとき、もしかして何か見た?」

 

「ほえ!? あ、いや、えと!?」

 

「見たんだね?」

 

 私の目を覗き込むように睨みながら、星華ちゃんはまるで尋問のように訊いてきた。

 

 怖い、怖いよ星華ちゃん!?

 

「ミクっち、正直に答えて」

 

「お、怒らない?」

 

「…返答次第では」

 

 星華ちゃんから低い声で無情な答えを告げられて、私は目の前が真っ暗になった。

 

 この場合の“真っ暗”というのは気分的な比喩ではあるが、この時ばかりは、物理的にも、文字通り“真っ暗”になっていた。

 

 そう、部屋の明かりが突然消えたのだ。停電だった。

 

 明かりが消える直前、耳をつんざくような爆発音が外で響き渡り、ガラス窓をビリビリと震わせた。

 

「ほえ!?」

 

「あわぁっ!? な、なに? なに!?」

 

 部屋は暗くなったが、窓の外は赤い光で照らされ、街の景色が揺らめくようにぼんやりと浮き上がっていた。

 

 この赤い光は、街灯の明かりじゃない。見える範囲ではあるが、外も同じように停電している様だ。

 

 私は窓を開けてベランダに出ると、手すりから身を乗り出すようにして外を眺め渡した。

 

 外に出た途端に、火事だと分かった。ガソリンが燃える匂いが外に充満していた。そして耳には、車のクラクションや、人々の騒ぎ声、何かがバチバチと爆ぜる音、そして――

 

「テエエエエバアアアア!!!!」

 

 ――ベランダから見えたのは、佐世浦駅の近くにあるコンビニの駐車場で咆哮を上げる、小山のような黒い塊の姿だった。

 

 その大きさは5~6メートルくらいだろうか。手も足も無い真っ黒な塊の中心に、目と口のような三つの光点が鈍く輝いていた。

 

 ネガテバーはコンビニの駐車場から這うようにゆっくりと移動していた。きっとその時に破壊されたのだろう、駐車場に停まっている自動車が二台ほど、ひしゃげた状態で激しく炎上していた。

 

 さっきの爆発音は、きっとこの自動車が破壊されたときの音だろう。そして、その爆発の影響か、近くの電信柱も倒壊し、電線が切断されていた。停電の原因はこれだ。

 

 私に続いて星華ちゃんもベランダに出てきて、ネガテバーの姿を見つけて目をむいた。

 

「な、なにさ、あの怪物!? え、嘘、マジの現実!?」

 

 驚きながらも動画を撮ろうというのだろう、スマホをいじり出した星華ちゃんに、私は問いかけた。

 

「ねえ、珠代ちゃんが買い出しに行ったコンビニって、もしかしてあそこなの?」

 

「へ…あぁ! あわぁ!? そうだ、そうだよ。珠代っちきっとあのコンビニだよ! どうしよう、やばい、やばいよ!?」

 

 星華ちゃんはスマホのカメラアプリを閉じ、通話に切り替えて珠代ちゃんのスマホに電話をかけ始めた。

 

 だが、着信音は部屋の中から聴こえてきた。

 

「珠代っちスマホ部屋に置きっぱなしだし!?」

 

「ターロット!」

 

「ミク!」

 

 私の声にターロットがページをはためかせながらベランダに飛び出してきた。

 

「ごめんロト! 昨日の今日で出てくるとは思わなかったから、油断してたロト!」

 

「謝罪しなくてもいいから、すぐに変身するよ!」

 

 私はサインコイン取り出し、指で宙高く弾き上げた。放物線を描くようにベランダの外に飛び出したコインをターロットが空中でキャッチする。

 

 私はベランダで目を向いたまま絶句している星華ちゃんを横目に、ベランダの縁に足をかけて、空中へ身を躍らせた。

 

 地上八階、約27メートルの高さに飛び出した私の身体を浮遊感が包み込む。

 

「プリキュア、フォーチューンセレクト!」

 

 夜空に向かって伸ばした手の中に、ターロットが飛び込んでくる。

 

「オープン!」

 

 全身を光に包まれながら、私は重力に引かれるままに自由落下し、地上へ着地した。

 

 黒地にピンクのフリルが付いたゴシック風のミニスカート姿と、それを覆うように羽織ったルビーの光沢をもつ赤い色のマント。赤く染まった髪。

 

 そう、これがプリキュアとしての私。

 

「未来へ歩む、明日よりの使者。キュアルカナ!」 

 

 突然、空から降りてきた私の姿に、マンション周辺に集まっていた野次馬たちの視線が一斉に集まった。

 

 

 

 ……わ、ちょっと恥ずかしいかも。

 

 

 

 

――(後編に続く)――

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