「未来へ歩む、明日よりの使者。キュアルカナ!」
変身し、マンションから飛び降りて着地した私の姿に、コンビニでの爆発や停電騒ぎで外に出ていた大勢の野次馬たちの視線が一斉に集まった。
そんな状況で名乗りを上げたものだから、みんな訳も分からずポカーンとしか表情を浮かべていた。おまけにスマホを向けている人もたくさん居た
うわー、これ、かなり恥ずかしい。
じゃあなんでわざわざ名乗りを上げたんだって話だけど、変身したら無意識に出ちゃうんだから仕方ない。以前、ターロットにこの件について質問してみたら「そういう仕様だロト」って答えが返ってきた。そうか、なら仕方ない。
仕様と言えば、もうひとつプリキュアならではの能力があった。
「思いっきり目立ってるけど、ネガテバーを浄化すればみんな忘れるんだよね?」
「スマホのデータも消えるロト。だから気にせず、全力で行くロト!」
「わかった!」
私は地面を蹴り、コンビニ駐車場に居るネガテバーめがけ突撃した。ネガテバーへの距離を詰めながら三枚のカードを一気に引き抜く。
「THE MAGICIAN(魔術師)」の逆位置、「THE EMPRESS(女帝)」の正位置、「THE HIEROPHANT(法王)」の正位置。
暗示は“自信の喪失”、“母性”、“慈しみの心”
カードを光に変えて拳に宿したその刹那の狭間に、私はタロットカードがもたらしたヴィジョンを垣間見た。
幼い少年と、その幼馴染の少女。少年は野球のユニフォームに身を包み、少女とキャッチボールをしながら将来の夢を口にする。
――俺、高校生になったらピッチャーになって甲子園に行くんだ。絶対にだ!
――ふーん。
――反応うすいな!? お前マネージャーだろ!
――高校まで一緒に行くなんて決めないでよ。あんたに合わせてたら底辺高校間違いなしでしょ。
――じゃあどうするんだよ。お前が居なかったら誰が俺の面倒を見るんだよ?
――何を当然みたいな顔して依存してんのよ。私はあんたの母親か!?
――幼馴染なんだから似たようなもんだろ。
――いっぺん辞書を引いて意味を調べてきなさい。少なくとも私の持ってる辞書にはそんな意味は含まれてない。
野球ボールが行き交うたびに、二人の言葉もキャッチボールの様に互いの間を行き来する。
ヴィジョンに視える二人の姿はどこか曖昧で、それでも不思議と見覚えがある気がした。けれど、それが誰だったかを思い出す前に、私はネガテバーに対して拳撃の間合いにまで踏み込んでいた。
私はヴィジョンを脳裏から振り払い、腰だめに構えた拳を打ち放った。
ネガテバーが目のように輝く光点を私に向けたが、それが何かをしようとするよりも早く、私の拳がその身に炸裂する。
「プリキュア、イレイザーナックル!」
黒い塊の表面に拳と光が激突し、その衝撃がネガテバーの黒い表面を波紋となって震わせ、風船のように膨らませた。
限界まで膨らみ切ったネガテバーが、周囲に黒い破片を飛び散らせながら破裂する。そして、その中から核にされていた人物が姿を現した。
それは――
「珠代ちゃん!?」
吹き飛んだネガテバーの中心に、うつろな目をした友人が覚束ない足取りで立っていた。
私はすぐに彼女に向けて駆け寄ったが、その全身には黒いオーラが薄くまとわりついていた。
「珠代ちゃん、目を覚まして!」
「駄目ロト! またすぐにネガテバーがあふれ出してくるロト!」
ターロットの言葉どおり、珠代ちゃんを覆っていた黒いオーラが爆発的にその量と濃度を増し、彼女をすっかり覆いつくしてしまうと、そのまま瞬時に元の大きさまで復元してしまった。
私は一度大きく飛び退いて、ネガテバーとの間合いを取る。
ターロットが言った。
「これは生者から生み出されるタイプのネガテバーだロト。ルカナとは相性が悪いロト!」
そうだ。以前このタイプと戦ったときは浄化させきることができず、結局ストロジーが倒したのだった。
「でも、いったいどうして珠代ちゃんが!?」
「――それは、彼女には拭い難い悔恨の過去があるからだよ」
「っ!?」
横から突然かけられた言葉に、私は拳を構えながら振り向いた。
駐車場で燃える自動車の炎に照らされて、一人の男性がその姿を闇に浮かび上がらせていた。
まばゆいほどの金髪に、透けるような白い肌。モデルのような高身長とスタイル。その秀麗な顔には澄み切った氷のような瞳が、怖気を振るうほどの冷たい光を放ち輝いていた。
ターロットが叫んだ。
「イエス! 今度はいったい何を企んでいるロト!」
「企むことなど何もないよ。僕らは“過去よりの使者”。叫びたがっている過去の求めに応じて、力を授けているだけさ」
「つまり、あなたが珠代ちゃんをネガテバーに変えたのね?」
私の問いに、彼:イエスはうっすらと笑みを浮かべながら頷いた。
「珠代ちゃんを元に戻しなさい」
「断ると言ったら?」
「あなたを倒す」
そう告げ終える前に、私は拳を構えたまま、既にイエスの目の前まで踏み込んでいた。
友達の命が懸かっているのだから、躊躇う訳にはいかなかった。私はイエスの美しい顔面目掛け拳を叩き込む。
だけど、私の拳がイエスの顔面を捉える寸前、私の脳裏に再びヴィジョンが過ぎった。これは“予知”だ。私はインパクト寸前だった握り拳を、咄嗟に開いた。
手の内に込められていた光の力を防御用フィールドとして周囲に展開した、その直後、私は真っ青な光に包まれた。
周囲で激しい爆発が起き、その衝撃で展開したフィールドが相殺され、消失した。それでも余波までは消しきれず、私は思わずよろけてしまう。
何が起きたのか、それを認識するのにコンマ数秒を要した。横から強烈なエネルギー波を撃たれたのだ。撃ったのはネガテバーだった。
きっと、イエスの差し金だ。あの男は私が攻撃を受けた隙に高々と跳躍してコンビニの高い看板の頂点に降り立ち、私を見下ろしていた。
「その迷い無き拳、流石はキュアルカナだね。実に君らしい」
「………」
私らしい、と評されるほどあの男と付き合った覚えはない。というか初対面のはずだ。なのに、私はこの光景になぜか既視感を抱いていた。
イエスへの攻撃をネガテバーに邪魔されたのは、単にイエスが私の攻撃を予測していたから?
そして私がネガテバーの奇襲を防げたのは、直前に予知できたから?
不意に湧き上がった違和感が私の思考を支配しそうになったが、しかし、今はそんな場合じゃない。
私は視界の片隅にイエスを捉えたまま、視線をネガテバーに戻した。ネガテバーは目のように輝く二つの光点で私を、まるで狙いを定めるかのように見据えていた。そしてその下にある口のような光点が徐々に輝きを増していく。
視界の片隅で、イエスが笑った。
「ルカナ、また逢おう。幾度も繰り返す時空の螺旋で」
芝居がかった台詞と共にイエスの姿が掻き消えた。
その次の瞬間、ネガテバーの口の光点がフラッシュの様に強く瞬いた。
「プリキュア、イレイザーフィールド!」
私は同時にフィールドを展開し、その口から放たれたエネルギー波を相殺した。激しい大爆発が私を包み込んだが。今度は踏みとどまることができた。
だけど、この爆発と同時に周囲でいくつもの悲鳴が上がったのが聞こえた。
ハッとなって周囲を見渡すと、辺りには大勢の野次馬が右往左往していた。コンビニの店内に残っていた従業員や客たちが慌てて飛び出し、戦場となった駐車場を必死に駆け抜けていく。
パトカーや消防車がサイレンをけたたましく鳴らしながら近づいてきているのも分かった。
「テェェバァァ!!」
ネガテバーが再びその口を大きく発光させた。狙いは私だ。予知を使えば避けるのは簡単だけど、でも――
「――イレイザーフィールド!」
避けてしまえば流れ弾で周囲に被害が及んでしまう。私は足を留めたままネガテバーの攻撃を受け止めるほか無かった。
爆発!
先ほどよりもエネルギー波の威力が上がっている。私は思わず背後へニ~三歩ほどよろめいてしまった。
ターロットが叫んだ。
「周りを気にしてたら戦えないロト!」
「でも、巻き込むわけにはいかないよ! なんとか人気の無い場所に誘導しないと」
「どうやってロト?」
「わかんない」
いい案が浮かばないまま、再びネガテバーのエネルギー波に襲われた。これもフィールドで受け止めたが、やはりさっきよりも威力が増していた。
まずい。このペースで威力が上がっていけば、後三~四発ほどで受け止めきれなくなってしまう。
どうする? 迷いで私の心に焦りが生じた。その時――
「ぞでぃあんるーれっと!」
「VIRGO!」
「アコギな真似はおとめなさい。乙女座です!」
聞き覚えのある声としょうもない駄洒落と共に、私たちが居るコンビニの敷地が、白いレース上のカーテンのようなもので取り囲まれた。そのカーテンは敷地を完全に取り囲んでしまうと、今度は上へ向けてぐんぐんとその背を伸ばし、やがて頭上で結びつき一つの頂点と化した。
つまり、私たちとネガテバーはドームによって覆いつくされ、外界と隔絶された訳だ。
「テバァ!?」
ネガテバーがうろたえながらも、そのドームに向けてエネルギー波を放った。ドームの内側で爆発が起きたが、そこには傷一つ着いていなかった。
「どーよ、この鉄壁の防御力。これぞまさしく“乙女のてーそー”ってやつ?」
貞操の意味もわからずに言ってそうだな、コイツ。
声の聴こえた方向へ振り向くと、燃え盛る自動車の陰から、煤まみれになったストロジーが姿を現した。
「ストロジー、もしかしてずっとそこに居たの? というか、その恰好はどうしたの?」
「いや~、コイツの出現に一番乗りしたのは良かったんだけどさ~、なかなか手手強くて」
真正面から挑んだら返り討ちにされて、駐車してあった自動車に突っ込んで爆発させてしまった。と、彼女は手短に説明してくれた。
「それよかせんぱい、このドームの感想はどうなのさ。これがあれば周りの野次馬を気にすることなく思いっきり戦えるっしょ?」
「ありがとうストロジー、助かるわ。それじゃ一緒に協力してネガテバーを浄化しましょう」
「いや、そこはせんぱいに後は任せた!」
「ほえ?」
ストロジーの言葉に首を傾げた私に対し、ネガテバーがエネルギー波を放ってきた。私とストロジーはその場から飛び退いてそれを回避する。
着地後、ネガテバーに向けて構えを取った私に対し、ストロジーはそのままドームの壁をすり抜けるようにして外側へと消えて行ってしまった。
「ほええ!? ちょっとストロジー、どこ行くの!?」
――アタシさぁ、このドーム以前にすでに一回、るーれっと使っちゃっててさ~」
と、ドーム越しにストロジーの声が聞こえてきた。
――だから、もう戦えないんだわ。あ、ちなみにこのドームは私以外は出入りできないからヨロシク」
「何がヨロシクよ! それつまり私一人で戦えってことだよね!?」
――これ以上、邪魔が入らないようにサポートしたじゃん。それにどうやら、独りじゃ無いっぽいしさ」
「ほえ?」
その言葉に私はハッとなって周囲を見渡した。もう一人別の気配を感じたからだ。
彼女はコンビニの建物の上に立っていた。豊かなブロンドの髪が炎の光を受けてまばゆく輝いている。
キュアオラクルだ。
――あいつ、るーれっと発動直前に飛び込んできたんだよね~。せんぱい、頼もしい仲間が来てくれて良かったじゃん。がんばってね、アタシ外から応援してるから」
頼もしい仲間とか、白々しい。オラクルが来たこともドームの外に避難した理由の一つだろうに。
ターロットが呆れ声で言った。
「ストロジーは、ルカナが浄化させるのを待ってサインコインを奪う気ロト。漁夫の利狙いとか、こすっからい奴だロト」
ターロットの言葉に、ドーム越しにアストロの声が反論した。
――NO, Reasonable price with proper support」
「ふざけたこと言ってんじゃねえロト」
ドーム越しに口喧嘩するターロットとアストロだったけど、オラクルはそんな私たちに目もくれずに、ネガテバーだけを睨みつけていた。その表情は怒気をはらんでいるかのように険しいものだった。
彼女の唇が微かに動き、小声で何かを呟いた。私はプリキュアとして強化された視力のお陰で、その唇の動きをはっきりと読み取ることができた。
(あのバカ、ネガテバーなんかに取り込まれやがって……)
まるでネガテバーの中に珠代ちゃんが取り込まれているのを知っているかのような口ぶりだった。
これはどういうこと? もしかして私がオラクルの唇を読み違えた可能性もあるかもしれない。答えの出ない疑問が私の胸中を一瞬過ぎりさっていく間に、オラクルがネガテバーに向けて跳躍した。
オラクルが手にしている水晶玉をネガテバーめがけて投擲する。
「テバァッ!?」
水晶玉は高速螺旋回転しながらネガテバーに命中し、そのまま貫通した。しかしその水晶玉には、ネガテバーの体を構成している黒くねばついた物体が絡みつき、しかもそれは何本ものひも状となってネガテバー本体と繋がっていた。
跳躍したオラクルが、そのままネガテバーの頭上を跳び越え、その背後に回り込む。
そこで黒ヒモを絡みつかせた水晶玉をキャッチすると、今度はそのまま自らの身を高速回転させた。
「はぁぁぁああああ!!」
オラクルの回転に合わせ、手にした水晶玉に絡みついていた黒ヒモが縒り合され、ねじれていく。縒りはたちまち限界に達し、ネガテバー本体からもその黒い物質をねじり取り始めた。
「テバッ!? テバァァ!?」
「はあああああ!!!」
高速回転を続けるオラクルの手元に、ねじれた黒ヒモがどんどん大きな塊りになっていくのとは対照的に、ネガテバー本体はみるみると小さくなっていく。
このまま上手く行けば、珠代ちゃんからネガテバーをねじり切ることができるかも知れない。私がそう期待を抱いた直後だった。
人の背丈近くまで小さくなったネガテバーが、その身に反して大きいままの口のような光点を、ひときわ大きく輝かせた。
「危ない!?」
その時すでに、私はオラクルとネガテバーの中間に飛び込んでいた。
「イレイザーフィールド!」
右拳を突き出すと同時に、強力なエネルギー波が展開したフィールドとぶつかり合った。今までで最大級の威力に、私は後方へ吹っ飛ばされ、オラクルを巻き込んでドームの内壁に叩きつけられた。
ドームの内壁は思ったよりも柔らかく、ダメージはほとんどなかったのは幸いだった。けれど吹っ飛ばされたことでオラクルの高速回転も止められてしまい、その手に縒り集められていた黒い塊りも、その反動によって逆回転しながらほどけ始めた。
ほどけた紐がネガテバーの本体に戻っていき、その大きさが瞬く間に復元されてしまう。
「チィッ!」
オラクルが舌打ちして私を睨みつけた。
「あと少しだったってのに、余計な真似をしやがって!」
「あの攻撃をまともに食らっていたらタダじゃ済まなかったよ」
「オラクル、先ずは礼を言うのが筋ってもんだロト」
「かばってくれと頼んだ覚えは無えぜ。すっこんでろ」
オラクルは吐き捨てるようにそう言うと、すぐにまたネガテバーに向かって飛び掛かっていった。
「待って、オラクル!」
「放っておくロト。勝手にやらせておけばいいロト」
「でも」
オラクルの様子は、どこかただならぬ気配を感じた。焦りのような余裕の無さが垣間見えたのだ。
ネガテバーは接近するオラクルに再びエネルギー波を放った。オラクルは直前で身体を大きく捻ることで、その一撃を回避すると、その捻った勢いを利用して、横方向に高速回転しながら鋭い手刀をネガテバーに振るった。
ネガテバーの体の上部三分の一が切断され、空中へ舞い上がった。
切断された部分はそのまま離れたところへ落下したが、そこでモゾモゾとうごめき続けている。うえ、気持ち悪い。
ターロットが声をあげた。
「あいつ、ネガテバーの一部を切り離したロト。ストロジーと同じく、オラクルもその能力を持っていたロトか」
以前、切り離せずに苦労した私からすれば羨ましい能力だ。というか三人中二人が切り離す能力を持っているということは、それができない私とターロットのコンビがポンコツなだけじゃなかろうか。
「オラァ! もういっちょだ!」
オラクルが再び手刀を振りあげ、ネガテバーをさらに寸断しようと襲い掛かる。だけど――
――切断された一部分が、俊敏な動きでオラクルに向けて体当たりを仕掛けた。
「ぐっ!?」
横から奇襲を受け、オラクルが吹っ飛ばされてしまった。体当たりをした一部分は、その反動を利用して本体へ向け、ボヨンボヨンと跳ね跳んでいく。
その一部分が本体と元通りにくっつこうとした、その寸前、私はその間に割り込み、拳を放った。
「プリキュア、イレイザーナックル!」
光の拳を叩き込み、その一部分を欠片も残さず消滅させた。よし、本体に繋がっていなきゃ、私でも浄化できる。
私は手応えを感じながらオラクルのそばに駆け寄った。
「オラクル、手を貸して!」
「手を出すなって言ってんだろ!」
「友達を助けるためなの!」
「っ!」
すかさず言い返した私に、オラクルがわずかに怯んだのがわかった。この機に、私は言葉を畳みかけた。
「ネガテバーにされている子は、私の友達なの! コインが欲しければあげる。だから、助けるために手を貸して!」
「ルカナ、また勝手な約束するんじゃないロト!?」
ターロットを無視して、私は言葉を続けた。
「私もあなたも単独じゃ決め手に欠けるわ。だから協力しよ? オラクルはネガテバーをとにかく刻んでちょうだい。欠片は私が片っ端から浄化するから、それで弱体化させましょう!」
「…勝手なことをベラベラと言ってんじゃねーよ」
オラクルが不機嫌そうに私を睨みつける。
だけど――
「――手前がやりたきゃ、勝手にやりな」
オラクルはそう言い捨てると、すぐさまネガテバーに向かっていった。その後姿に、私は思わず笑みを浮かべた。
「うん、わかった。勝手にする!」
オラクルがネガテバーの脇を駆け抜け様に手刀を振るい、その一部を切り飛ばした。私はオラクルに続いて接近し、その切り離された一部に拳を打ち込む。
「イレイザーナックル!」
私がその一部を浄化させた間に、オラクルは既に次の一撃をネガテバーに見舞っていた。
「オラァ!」
「テバァ!?」
切り離された分だけネガテバーの体が小さくなっていく。
ネガテバーは反撃のエネルギー波を放ったが、オラクルも予知を持っているのだろう、その攻撃を素早く察知してかわすと、次々とネガテバーを刻んでいく。
そうして切り離された大量の欠片を、私は次々と浄化した。
ネガテバー自身も、取り込んでいる珠代ちゃんから新たな身体の供給を受けているのか、切り離した直後から再生を始めていたけれど、それよりもオラクルの攻撃の方が早かった。
「オラァ! もっとスピード上げていくぜ!」
オラクルがネガテバーの周囲を駆け巡る。その速度は、プリキュアの動体視力をもってしても残像しか見えぬほどだ。ネガテバーの体が、まるでミキサーにでもかけられでもしたように細切れになっていく。
「おい、ルカナ! 大口を叩いておいて浄化しそこねたら許さねえからな!」
「任せておいて!」
空中に舞い上がった大量の細かい欠片を見据え、私は拳に力を込めた。これだけ大量の欠片を一個ずつ殴っていたんじゃとても間に合わないけれど――
――大丈夫、多分、一撃で浄化しきる方法はある。
私は数秒間、拳へのチャージを続けた。いつもより多く、限界いっぱいまで力を溜め込む。
「ルカナ、何をする気ロト?」
「ちょっと新しい技を思いついたの」
「ロト?」
イレイザーフィールドの応用だ。ストロジーがドームで覆って密閉空間にしてくれたから、効果も大きいはずだ。
私は真上に向かって跳躍する。
すぐに身体を反転させ、ドームの天井に足を付ける。天井内壁は弾力をもって私を受け止め、大きくたわんだ。そのままトランポリンの様に、私の身体は、今度は地面に向けて押し出された。
「プリキュア、イレイザーボンバー!」
私は着地と同時に、大地に向けて掌底を叩きつけた。溜め込んでいた力が大地との反発で爆散し、ドーム内に光と衝撃波が吹き荒れた。
これにより、大量の細かい欠片が残らず浄化されていく。
「よし、上手く行った」
「……行き過ぎだロト」
呆れ声のターロットに、私の顔も思わず引きつってしまった。
……いや、うん、威力がちょっと強すぎたみたいで、私の足元には巨大なクレーターが出現していたし、コンビニの建物は完全に倒壊して瓦礫の山と化していた。
これ、ちゃんと元通りになるのかな。心配になってきた。
あ、そういえば肝心の珠代ちゃんと、ついでにオラクルは大丈夫なんだろうか?
見渡すと、駐車場の隅にオラクルが居た。その腕には、珠代ちゃんをまるでかばうように抱きすくめられていた。
オラクルの目が私を睨みつける。
「ちったあ加減しやがれ、このバカ。助けるはずの友達まで吹っ飛ばすつもりか!」
「うん、ごめん。本当にごめん。自分でもここまで凄いことになるとは思わなかったよ。……でも、珠代ちゃんを守ってくれたんだね。ありがとう、オラクル」
私が礼を言うと、オラクルは不機嫌な表情で「フン」と鼻を鳴らしながら、珠代ちゃんの身体を地面に下ろして横たえた。
珠代ちゃんの胸元から、ネガテバーの黒い塊が再び噴き出しかけていた。
「まだ終わってねえぞ。さっさと片付けちまえ」
オラクルは噴き出した黒い塊を無造作に掴み取ると、もう片手で手刀を放ち、塊りを根元から断ち切った。珠代ちゃんの胸元からは、それきり新たなネガテバーは噴出してこなかった。
オラクルが最後の欠片を、私に向かって投げて寄こす。
私は力を込めた右手でそれをキャッチした。そのまま握りつぶすように浄化する。私の手の中には、一枚のサインコインだけが残されていた。
「やったロト。サインコインゲットだロト」
「オラクル」
私はサインコインをオラクルに投げ渡した。
「何やってるロトぉぉ!?」
「珠代ちゃんを助けてくれたお礼だよ」
「だからってあげちゃダメロト!? プリキュアはサインコインを集めることが一番の目的だロト!」
「友達の命の方が大事だよ」
「ロ…ロトぉぉ……!」
ターロットはまだ何か言いたげな様子だったが、そのまま押し黙ってしまった。
一方、コインを受け取ったオラクルは、私を鋭い目つきでしばらく眺めていたけれど……
「……ほらよ」
コインを指で弾き、私に向けて打ち返してきた。
コインに妙な回転がかかっていなかった。私は打ち返されたそれを素直にキャッチした。
「いいの?」
「貸しは作らねえ。慣れ合うつもりもねえ。それだけだ」
オラクルはそれだけを言い捨てると、水晶玉を近くの内壁めがけ投げつけた。螺旋回転のかかった水晶玉は内壁に命中すると、えぐるようにめり込み、そのまま貫通してしまった。
――あわぁ!?」
開けられた穴の先からストロジーの慌てた声が聞こえてきた。どうやらすぐ近くに居たらしい。オラクルもそれを分かってて水晶玉を投げたんだろう。オラクルはすかさず駆け出して、開けた穴の周辺を力いっぱい蹴りつけた。
ドーム全体が激しく揺れ、続いて全体に細かいヒビが走ったかと思うと、次の瞬間、ドームは粉々に砕け散った。
ドームが消えたその先で、ストロジーが目を丸くしていた。
「このドームぶっ壊すとか、ぶっちゃけありえないでしょ!? つーか、せんぱい。アンタのあれのせいで脆くなったんだ、絶対!」
「がたがたウルセエぞ、青いの。そもそも私を閉じ込めるなんざ、いい度胸してんなぁ!」
「アンタが勝手に飛び込んだんでしょーが、この黄ばみキュア!」
「黄ばんでるだぁ!? てめーぶん殴ってやる。サインコイン全部吐き出しても許さねえからな!」
「これ以上付き合ってられるかバーカ!」
「待ちやがれ!」
ダッシュで逃げるストロジーと、それを猛烈な勢いで追うオラクル。
二人を見送る私の周りでは、破壊したコンビニの建物や駐車場のクレーターなどが、まるで時間を巻き戻すように復元されていった。それと共に、周囲に詰め掛けていた大勢の人々も先ほどまでの記憶を失い、何事も無かったかのように立ち去っていく。
ただ、コンビニから逃げ出していた従業員や客たちは、自分がなぜ店外に居たのか理解できないまま、不思議そうな顔をしながら店の中へ戻って行った。
既に変身を解いていた私は、駐車場の片隅でまだ横たわったままの珠代ちゃんのそばに駆け寄った。
「珠代ちゃん、大丈夫?」
「ん……ん? ミクちゃん?」
目覚めた珠代ちゃんは、少し呆けた表情で辺りを見渡しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「私…何をしていたんだろう? ……っていうか、ミクちゃんこそ、どうしてここに?」
「私もちょっと買い出しにね」
「ああ、そう……そうなの……」
「帰ろう、珠代ちゃん」
「うん……そうね」
私は珠代ちゃんと並んで歩きだす。彼女の片手には購入したお菓子やジュースの入ったビニール袋。
しかし、珠代ちゃんの顔を隠していたマスクは、どこかに飛ばされて失われていて、彼女の素顔が露わになっていた。
珠代ちゃんの鼻の頭には、大きな絆創膏が貼られていた。
「珠代ちゃん、その鼻、どうしたの?」
「へ……鼻? ……鼻!?」
珠代ちゃんは今さらマスクを失ったことに気が付いたのだろう、慌てて自分の鼻先を手で隠した。
「マスク無い!? なんで!?」
「花粉症じゃ無かったんだ?」
「あ、いや、うん、まあ、そうなのよ……」
珠代ちゃんはバツが悪そうに鼻先から手を離した。
「……昨日の墓地公園での掃除中に躓いちゃって、近くの樹に顔から衝突しちゃってね。格好悪いし、恥ずかしいから花粉症ってことにしてマスクで誤魔化してたの」
嘘ついていてごめんね、と珠代ちゃんは笑いながら、懐から観月バーガーの割引券を出して渡してくれた。
「これって、もしかして口止め料?」
「そうよ。特に星華には黙っててね。あの子、絶対に大爆笑した挙句にみんなにバラすだろうから」
そういって、珠代ちゃんは冗談めかして笑った。
そんな彼女の笑顔の中心に張り付いた絆創膏を眺めながら、私は複雑な思いでマンションへの帰路についたのだった……