幻想世界円舞曲   作:Fabula

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井の中の蛙大海を知らず
失意の果てに邂逅を


 井の中の蛙大海を知らず、という言葉がある。

 

 小さな井戸の中に住むカエルは、大きな海があることを知らない。自分の住む範囲が井戸の中だけに、世界のことなど知る由もなしに、自分は全てを知った気になる。そんなことを意味した言葉みたいだ。

 

 つまりは見識が浅いということ。

 

 そして、蛙とは俺のことだ。

 

 自嘲だが、事実に違いなかった。俺は甘かったのだ。誰よりも自信があって、例え負けたとて上回ることのできると思い込んでいた。事実それだけの力も才能もあった。

 

 だけど、それは同じ土俵での話。世界は広く知識も技術も次々と開拓されてきてる。そんな大海を俺は知らなかったのだ。

 

 だからこそ俺は、俺たちは負けた。成すすべなくただただ一方的に。

 

 脳裏に焼き付いたのは、見渡す限りの炎の海。そして、どこからともなく飛んでくる風の剣圧。

 

 魔導、というらしい。原理は不明だが、魔力と呼ばれるものを使って自然の原理を再現することができるそれ。そしてそれを用いれば人を殺めることすら容易で。

 

 ………。

 

 ……ともかく、その魔導で俺らは壊滅した。あんだけ大勢いた仲間も皆やられ、残ったのは俺一人。なんという悪運か。それほど生にしがみつけとでも言いたいのか。

 

 とはいえ、俺も無傷とまではいかなく、聞き手であった右の腕が上腕の途中からちぎれ去ったんだが。

 

「ちっ………」

 

 無くなったはずの右腕が痛む。気を抜くとすぐこれだ。無駄にあの時のことを思い出し、そして右腕が痛みだす。ダメだダメだとは思ってはいるが、かといってすぐに忘れられるはずもなくもう何度もこれを繰り返していることか。

 

「……酒でも飲むか」

 

 外はまだ朝日が昇ったばかり。しかし、俺はそれを気に病むことなく身支度を終えると外へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 まだ薄暗い朝日を見ながら歩くこと数分。スイングドアを押し開けば、そこに広がるのは閑散としたものだった。それもそうだろう。こんな朝っぱらから飲むような酔狂はそうそういるはずない。夜勤にしても、少々時間が早すぎる。

 

 昨夜からそこにいたであろう床で寝ていた男を蹴り倒すと、カウンター席に座りエールを注文する。

 

 一応時間的には営業中ではあるが丁度一息していたころだったのかマスターに嫌な顔されながらも、手際よく置かれたエールを一飲みする。

 

「あぁ……」

 

 身体に染み渡る冷たい感触。そして独特の酒精の感覚と共に高揚する心身。

 

 やっぱり酒はいい。何もかもを忘れさせてくれる。いっそこのまま忘れさせてくれれば……。

 

「なぁあんた」

 

 ジョッキが空になり、追加を頼もうとしたそんなときだった。いつも無言で仕事をこなすだけだったマスターが声を掛けてきた。

 

「あ?」

 

「お前いつまで飲んでいるつもりだよ」

 

 空のジョッキに気を遣うことなく、ただただ俺を睨むように見つめてくるその姿になぜか無性にイライラした。

 

「いつまでってさっき来たばっかじゃねぇかよ」

 

「ちげぇよ。いつまでこんなこと続ける気だって聞いてんだよ」

 

「いつまでって。てめぇには関係ねぇだろうがよ。あ?なにか?金の心配か?それなら問題ねぇよだって……」

 

「そんなことじゃねぇよこの阿呆が!てめぇだってわかってんだろうがよ!」

 

「それこそてめぇに言われる筋合いねぇよ!俺は俺なりにやっているんだ!お前は黙って酒出してりゃそれでいいだろうがよ!」

 

「あぁ!?朝っぱらから酒を浴びるように飲むようなくそったれが俺なりにやっているだと!?馬鹿もいい加減に言いやがれ!!」

 

「誰が馬鹿だクソじじぃが!殺すぞ!」

 

「あぁやってみろよこの腰抜けやろうが!その片腕だけでできたらだけどな!」

 

「上等だクソが!」

 

 

 

「待って待ってストーップ!!」

 

 甲高い女の声。近づいてきたその女の店員は俺らの間に無理やり割り込むと、その拳を強引に押しとどめる。

 

「はいまず、お父さん、周り見て」

 

 目の前のその親父が周りに視線を向かわせるのにつられて、俺も周囲を見渡す。

 

 眠っていたはずの客が何事かと起きて視線を彷徨わせている姿、朝だったからだろうかスイングドアの外からこちらを眺めている姿。

 

「あー、ちっと頭に血が上りすぎたか」

 

 申し訳なさそうに頭を掻くその姿。ざまぁみろと思った。

 

「その次、君。今回はあなたの事情に踏み込んじゃったみたいだけど、今後他の客に迷惑を掛けないこと。じゃないと、ここじゃ飲ませないよ?」

 

「あいつが先だろうがよ」

 

「いい?」

 

「いやだから……」

 

「い、い?」

 

「……わかったよ。ったく」

 

「そう。それならよかった」

 

 どうも気の強すぎるこの店員。さすがに女に手を出すほど腐れてはいねぇから手を引いたが……確かに少し大人げなかったか。

 

 それにしても、興が冷めた。これ以上飲んでも仕方ねぇか。

 

 適当に取り出した金をカウンターへ置き、そのままその場を後にする。

 

「お客さん!」

 

「あ?」

 

「その………お大事に!」

 

 病院かここは。

 

 

 

 

 

 

 _____________▼

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、どうしようか。

 

 行く当てもなければ、やる当てもない。ただあるのは金のみ。何かをしようとすればまぁそれなりにできるのだが、そんな気力もなく。

 

「ぶらぶらしていくか」

 

 家に帰ったって食って寝るくらいしかやることがないのだ。それに、どこかにとどまっていたらまたあの事を思い出す。

 

 逃げているのはわかっている。しかし、生きる気力すら奪われた俺にどう立ち向かえと?

 

「はっ、くだらねぇ」

 

 もう何千回をも繰り返した押し問答。言い訳はもう作り終えているし、何よりくだらない。考えたくもない。

 

 そんな時だった。

 

「っ!」

 

 正面から軽く肩に何かがぶつかる感覚。そして小さく上げたうなり声と、誰かが倒れる音。

 

 目をやると、そこには一人の少女が倒れ伏していた。

 

「あー、すまねぇ考え事してた。大丈夫か?」

 

 そう言って手を差し出したが、その少女はその手を弾くと、まるで親の仇かのようにこちらを睨みつける。

 

「ほんとすまねぇな」

 

 無言で睨みつけるその様子にさすがに罰が悪くなり、軽く頭を下げ再度詫びの言葉。すると、その少女はようやく口を開いた。

 

「貴様のおかげで服が汚れたじゃないかどう責任取ってくれる」

 

「あ?」

 

 子供ながら一歩も引かずこちらを睨みつけているその姿、そこに嘘は見られない。ということは本気で言ってんのかこいつ。

 

「ぶつかったのは確かに悪かったけどよ。そこまで責任を果たす義理はねぇな。別に泥沼に落ちたわけでもあるまいし」

 

「ふん、さすがは低能といったとこか。自らの怠慢の責任も果たさないどころか反抗するか。愚図が」

 

「………」

 

 なんだこいつ。どんだけ上から目線なんだよ。気の強いってどころじゃねぇぞ。

 

「ついに言葉さえ発さなくなったか。ふん、むしろ貴様のような愚図にはそれが相応しいのかもな」

 

「あー、元気そうだし、そろそろ行くわ」

 

「待て」

 

 歩みを進めた途端、掴まれた袖口。さすがに鬱陶しくなり、そろそろきつい言葉でも掛けようかと背後を振り向いたが。

 

「貴様。どうせ行く当てもないのだろう?」

 

「……どうしてそれを?」

 

「ふん、私ほどの頭脳でなくても導き出せそうなものだがな。聞きたいというのなら教えてやろう」

 

「じゃあいいわ」

 

 再び歩み出した俺の袖口を引っ張る小さな手。強引に突き放してもよかったが、どうもそんな気分になれなかった。

 

「愚図はこの程度の話も聞けないというのか。はっ、愚かしいことだ」

 

 愚かしいのはてめぇだよ。でもまぁ、行く当てがないのは確か。……聞くだけなら自由か。

 

「ようやく聞く気になったようだな。無駄な時間を取らされた」

 

 もう行ってしまおうか。心からそう思ったが、進んだところで袖を引っ張られるだけだ。大人しくしておこうか。

 

「じゃあ教えてやろう。まず一に貴様の口から香るアルコールの匂い、真新しいものに違いないそれ。そしてここらでアルコールが存在する酒場と言えばあの酒場しかない。そしてあの酒場に存在する朝っぱらから飲むような愚図の噂。その他にも、貴様の身なりからや、ポケットに乱雑に入った金貨からも貴様に行く当てがないことは証明できそうなものだがな」

 

「……なぜポケットに金貨が入っていれば証明できる?」

 

「短時間にどこかへ行く予定があるならまともな人ならば酒は飲まん。それに」

 

「……?」

 

「……今のこの情勢、そんな大金を持ってどこかへ行く馬鹿が貴様以外に居るわけがないだろう」

 

「……はっ、ちがいねぇよ」

 

 朝日はすっかり昇りきり、雲一つ遮らない眩しい光が辺りを包み込む。出勤のためだろう、ちらほらと人通りを見るようになったが、建物の数と照らし合わせてみればそれは明らかに数が少なすぎる。

 

 昔はもっと活気があった。朝であろうと賑やかすぎるほどに。それが今はどうだ。

 

 あの朝はどこへいったのだろうか。皆、皆、いなくなった。馬車が通るために拡張された道路は、今やただただ悲しいだけ。

 

 たぶん、真の意味で朝はここには訪れていないのだろう。

 

「で、どうすればいいんだ俺は?」

 

 しんみりしても仕方がないと声を掛けた俺に、やっとかといった表情を見せる少女の姿。そして少しの間考え込むと、ついてこいとでも言いたげに手を振ると背後を向ける。

 

「さっさと来い愚図が」

 

 相変わらず騒がしい野郎だ、と思わず苦笑いが浮かぶ。歩みを進めると満足げに進みだす少女の姿。

 

 痛んでいた右腕はいつもより少しだけ和らいでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ______________▼

 

 

 

 

 

 

 

 連れていかれた先は町内に唯一ある図書館。何をするつもりかと思ったが、少女は一瞬の逡巡の後、ある本棚の前に立ち尽くした。

 

「……?」

 

 疑問に思った俺へ回答を示すかのようにある一冊の本へと指を向ける。

 

「これを取れと?」

 

 当然だろうと言わんばかりにこちらを睨みつける少女。一瞬の疑問に思ったものの、すぐにその理由に合点がいった。

 

「あー、なるほど。お前の背じゃ届かねぇもんな」

 

「っ!!」

 

 少々上段にあるその本。俺でも少し背伸びしないと届かないその位置は確かにこの子供じゃ届きはしないだろう。そしてこの性格だ。足場を用意するにも、人に頼るにも、プライドが邪魔したといったところだろうか。

 

「はいよ」

 

 渡した本を奪い取る様に取った少女は、まだあるとでも言いたげに今度は別の本棚へと足を進めていく。

 

 というか、喋れ。コミュニケーション取れ。

 

 

 

 

 何度かそれを繰り返し、ようやく読みたかった本がそろったのか、貸出許可をもらいに行くその少女。

 

 ……そういや、お互い自己紹介すらしてないな。まぁそんな関係でもない、か。

 

 そう区切りをつけぼけーと本を眺めていると、いつの間にかこちらに歩みを進めていたその姿が目に入る。

 

「来い」

 

「どうした?」

 

「いいから来い」

 

 話したと思ったらこれかよ。せめて事情を話せよ。なんでこんな高飛車というか自己中心的なんだ?どんな教育受けてきた?

 

 思いはしても面倒なことになりそうなので言葉にはせず、貸出許可をもらっていたであろう司書の前にたどり着くとようやく理由がわかった。

 

「すいません。お子さんだけではお借りできないシステムですので」

 

「お子さん言われてるぞお前」

 

「黙れ、殺すぞ」

 

「物騒すぎんだろ……」

 

「えっと……?」

 

「あーすいません。これ貸出お願いします」

 

「はい、少々お待ちください」

 

 書類に何かを記入しているその司書。少し時間がかかりそうなその様子に、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

 

「お前、親とかには頼れないのか?」

 

「両親ならとっくの昔にくたばっている」

 

「……そうか。それはすまなかったな」

 

 言い方はともかく、こんな年の若い子が昔というくらいだ。相当、苦労して生きてきたのかもしれない。ならばこの言い方になるのも仕方ないのかもな。

 

「ふん」

 

 突き放すかのように鼻を鳴らす少女。気にする必要はないって感じか。

 

 

 

「はい、手続き完了致しました。返却期限含め注意事項を表記した紙も同封しておりますので、後程ご確認ください」

 

「感謝する」

 

 いつの間にか持ち込んだ袋に数十冊はありそうな本を入れてもらい、それを受け取る。

 

 持たされるのは勿論俺だが、この程度なら特に問題ではない。

 

 図書館から出ると、話す話題もなくなったことから、ふと気になってどんな本を借りたのか聞いてみる。

 

「自分で確認したらどうだ。私の手間を増やすな」

 

「こんなの手間でもなんでもないだろ……」

 

「それだから貴様は愚図で低能無知なのだよ。貴様の脳内には、思考することと、人の様子を鑑みるといったことが入っていないのか?」

 

「考え事しているならはっきりそう言えよ。めんどくせぇな」

 

「今後同じことが起こりうると考えての発言にすぎない。その程度もわからないのか愚図」

 

「はいはい愚図ですよー」

 

 このまま話してもきりがないと判断したので、早々に切り上げ、袋の中を除く。

 

 この国の歴史書らしき題名の本によくわからない専門書。地理に関する本や他言語の参考書。全く可愛げのないラインナップだなこりゃ。

 

 まぁ勉強熱心で努力家なのは共感できるけども………!?

 

「どうした愚図?………あぁその本か。ちょっと気になることがあってな、少し調べているのだよ」

 

 

 

「帝国軍について」

 

 

 

 嫌というほど脳に焼き付いたその言葉を耳にして、思わず凍りついてしまう。そして、それを見逃す少女でもなく。

 

「貴様、元兵士か」

 

「………あぁ正確には傭兵だけどな」

 

「……そうか」

 

 それだけ聞くと少女は押し黙り、黙々と道を進んでいく。……気を使ってくれたのだろうか?なんだかんだ言って優しいのかもな。

 

 

 

 

 

 たどり着いたのは町の隅辺りにあるぼろぼろの一見家。やはり苦労してして生きてきたのだろう。でも、それにしては服装やら外見やらが綺麗すぎる気もするけど。

 

 まぁおそらくこいつのプライドが許さなかったのだろうな。

 

 一先ず荷物を置くために上がらせてもらったが、そこには見事に何もない。生活感ゼロだが、どうやって生きているんだこいつは。

 

「おい、いつまで突っ立っている。さっさと行くぞ」

 

「まだやることあんのかよ……」

 

「当たり前だ」

 

 何が当たり前なんだよ。無駄に因縁つけてきて、言い様に利用しているだけじゃねぇかよ。

 

「ノロマめ。いつまでゆったりしているつもりだ愚図が」

 

「ゆったりって随分と可愛い言葉使うじゃねぇか」

 

「……ほう、貴様ごときの低能無知ノロマが私に楯突くか」

 

「別に楯突いてはねぇだろうがよ。ただ、少しは余計な言葉を入れずはっきりと話したらどうだとは思うけど」

 

「ふん、どうして私が私の言い方を変える必要がある」

 

「……ふん、じゃあまだまだ考えの甘いお子ちゃまに俺が直々に教えてやろう」

 

「……貴様、殺すぞ?」

 

「だから変える必要があるって言ってんだよガキ」

 

「次ガキ言ったら殺す」

 

「カキ」

 

「殺す!!」

 

「言ってねぇだろうがよ!!」

 

 

 

 

 

 

 移動中もずっと言い合いが続いていたため、次の目的地まではあっという間だった。

 

 とある路地裏の露天商。怪しいことこの上ないが、俺自身含めむしろこうした場所があるからこそ成り立っていることもある。ただ、こういったところに子供が来るのは少し不安だが。

 

 ……だから俺を連れてきた?そんなわけないか。

 

「これの買い取りを頼みたい」

 

「ほう?これなら……」

 

「随分と舐めた態度をとるものだな」

 

 どうやら物品を売りに来た様子の少女。しかし、やはりと言うべきか幸先がよくない。子供というのも勿論あるのだが、その売ろうとしている物品が明らかに高級品っぽいのも問題だろう。

 

 素人目にも美しいと感じさせるほどの宝石をあしらえたブローチ。一体、どこから手に入れたんだか。

 

「ふん、貴様じゃ相手にならんな。上にいるのは誰だ?私が直々に会いに行ってやろう」

 

「おいおい、嬢ちゃんよ。あんまり舐めた態度取ってもらうと困るねぇ?」

 

 腰の辺りに手を伸ばし、何かをつかみ取ったその露天商。周囲の空気からも、他に仲間が潜んでいることは明白だった。

 

 ……これは、よくないな。事前に手出しは無用と言われたが、それじゃなんのために呼ばれたのか説明がつかない。たぶん、万が一のためなのだろう。そしてそれは今がそのとき。

 

 何かが起きてからじゃ遅いのだ。迅速に動かねばな。

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

「げっ、お前は」

 

 息をひそめていた物陰から顔を出すと案の定、まずい相手に会ったとでも言いたげな表情を見せるその露天商。

 

「こいつは俺の連れなんだわ。だから、こいつの言う通りにしてくれないか?」

 

 そう言って少女の頭に手を置いたが一瞬にして手を払われる。……本当に可愛げねぇな。

 

「ちっ、とは言ってもな。こっちも一応はまともな商売やってんだ。今のこの町で流通経路不明なこんな物出せれても困るんだよ」

 

「だから上を出せと言っているのだよ。貴様の耳はお飾りか?」

 

「……だそうだ」

 

「そんなこっちの首が飛ぶようなこと早々にできるかよ……」

 

「そこをなんとかするっていうのがお前の仕事だろ?裏稼業としての、な」

 

「……なら、先にそう言えっての」

 

 腰に伸ばした手を引き、やれやれといった様子を見せる露天商。どうやらそれが合図だったようで、周囲の気配も紛れていく。

 

「……できる手段があるのならなぜそれを言わないのだ愚図が」

 

「お前はもう少し現実を知れ」

 

 今度は少し強めに頭に手を置くが、さすがに彼女も少しはわきまえているみたいでそれを払おうとはしなかった。

 

「で、再三になってしまうが、買い取りはできるが上は無理だ。そこはいいな?」

 

「あぁ問題ねぇ」

 

「じゃあとりあえずはこの額出せる。残りは専門家に鑑定後ってのはどうだ?」

 

「そんなことしなくとも鑑定なら私自ら行ってやろう」

 

「売る本人が鑑定してどうなるんだよ……」

 

 それもダメなのか、と小声で呟く少女。できるのかもしれないが、お前自身に信用はないだろうに何言っているのだか。

 

「……とりあえず、それも却下だ。鑑定が必要なら自らの足で向かわせてもらう」

 

「なら……」

 

「あのな、てめぇは少しでもぼったくろうとしてんのが見え見えなんだよ。少しは隠そうとしろ」

 

「………」

 

 急に息を潜める露店商。不穏な気配を感じ、こちらも得物に手を当て、止めた。

 

「……あぁわかったよ。とりあえずは有り金で手を打つ。後は後だ。これでお前も問題ねぇだろ?」

 

「おい、それじゃあいつの言った案と……」

 

「ちょっと黙ってろ」

 

「それでいいのか?じゃあそうさせてもらおう」

 

 ちょっと待ってろ、とどこかへ足を進めていく姿を見てか、ようやくこちらを睨むように眺める少女。

 

 言わんとしていることはわかる。気持ちも十分にわかるが。

 

「すまんな。俺は腕をなくして戦力喪失しているんだ。争いごとは勘弁してくれ」

 

「………」

 

 少女は返事もせずに無言で睨みつけるばかり。いい加減そのにらみつけるは止めてほしいものなんだかな。どんどんぼうぎょが下がっていく気がするんだが。

 

「待たせたってほどでもないよな。……ほらよ、有り金だ」

 

 袋一杯に積まれた金貨。少女にも見せ納得のいく様子も見れたことから、その中のいくらかを手づかみすると露天商へと渡す。

 

「おいおいなんの真似だ?」

 

「口止め料」

 

「はっ、てめぇがロリコンだっということのか?」

 

「お前な……」

 

 結局、袋一杯に積まれたはずのその金貨は最終的には三分の一以下にまで無くなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんなのだあいつは!」

 

「まぁ落ち着けって」

 

「貴様もだよ愚図が。なぜああ易々と金を取られている!」

 

「色々あんだよ」

 

 そう色々と。俺自身、この怪我がある前は傭兵やっていたこともあり、裏のやつらとは度々つるんできた。そこで学んだことは二つ。

 

 一つ目は奴ら、特に下っ端の奴らは金で買える。あいつらに恩も何もあったものじゃねぇ。目先の欲にしか興味がないんだよ。特に下っ端になればなるほどそれは顕著に現れる。上は例外だがな。

 

 そして二つ目は、私怨に気を付けろということ。無意識下でも恨みを買うと、奴らはとことんねちっこい。自分の情報を容易く流すことは勿論、最悪命まで狙ってくるから余計たちが悪い。

 

 特に今はこれにだけは気を付けなければな。

 

「なんだ愚図が、用があるならさっさと言え、私は今虫の居所が悪い」

 

「……お手洗いか?」

 

「殺すぞ貴様」

 

「冗談だよ。こえぇな」

 

 

 

「それで、次行く場所が最後ってことか?」

 

「ふん、だからそう言ったじゃないか愚図が。何度も同じことを言わせるな」

 

 時刻はようやく昼を過ぎた頃合い。相変わらず人通りの少ない通りを歩きながら、俺はようやく最後の目的地である場所へと足を運んでいた。

 

 というか、場所と何をさせるかを言え。準備もなしにさっきみたいな目にあったらこっちもやりづれぇんだよ。

 

「そんなに目的地が知りたいか愚図。教えてやらないでもないが、その場合貴様の記憶を消さねばならなくなるが?」

 

「どんな場所だよ……」

 

 まさか国家機密レベルの場所でもあるまいし、本当にどこに行く気だこいつ。

 

「そんな場所なのだよ。……おい、貴様少し膝を付け」

 

 大通りから離れ、先ほどの路地裏からもこいつの家からも離れ始めたころ。急に目の前に立ち、こちらを振り向いた彼女はまるで一国の姫かのように傲慢にそう語る。

 

「なぜだ?」

 

「やはり貴様の耳は節穴のようだな。先ほど話したことから鑑みてみろ」

 

「……あぁつまり、俺に見てほしくないってことか?」

 

「ふん、それが理解できるのなら一々私に聞かないでもらいたいものだな」

 

「お前はいつも一言どころか、三言位多いんだよ馬鹿」

 

「な!馬鹿だと!?私の発言を否定したどころか愚弄までするか愚図が!そもそも、馬鹿という言葉は……」

 

「あーはいはい。俺が悪かった。大人しく膝着くから勘弁してくれ」

 

 こんな罵詈雑言吐くような奴が、煽り耐性ゼロなのはなぜなんだろうな。と思いつつも大人しく膝をつき、目線をその少女と同じくらいに合わせる。

 

「………ふん」

 

「ちょ待てお前。なぜ躊躇なく目つぶししてくる」

 

「少しイラついたのでな」

 

「それだけの理由で俺の視力奪おうとしてくんのかよ……」

 

「貴様程度の………まぁいい。絶対動くなよ?」

 

 ふいに、防がれた瞼。顔に感じるその体温からこいつの掌が防いだものだとは認識できたが……こいつもしや、こんな原始的な手段で目を防いで目的地まで行くつもりか?

 

「そんなわけあるか愚図が」

 

 思っていたことが顔に現れていたのだろう、呆れたような口ぶりで一蹴されると何かをぶつぶつと呟き始める。そして、その掌が離れるころ、俺が目を開こうとしたが。

 

「あ?」

 

 何も見えなかった。瞼は確かに開いているがしかし、その視界に何かが映ることはない。

 

「おい!てめぇ何をした!」

 

「落ち着け。特別何かをしたわけじゃない」

 

 何かをしたからこうなっているんだろう、という言葉を抑え、必死に冷静に努めようと感情を押さえつける。

 

「来い。安心しろ私がついている」

 

 いつの間にか取られていた手、そこから感じた体温に少しだけ安堵すると、それが引っ張られるのに身を任せ俺はゆっくりと歩みを進めた。

 

 歩幅は慎重に、そして安全に。

 

 彼女は多くは語らなかったが、その口から漏れだす注意喚起の言葉は少しだけいつもよりかは棘が抜けた感じがした。

 

 そして

 

「どうだ?これで見えるようになっただろう?」

 

 もう一度触れられた眼。気づけば、薄暗い光が瞼を貫いていることを思い出す。

 

 ゆっくりと瞼を開けばそこには、どこか不安そうにこちらを覗いている少女の姿があった。

 

 安堵すると同時、自分の中に悪戯心が湧き上がってくるのを感じ取る。こっちも散々な目にあったんだ少しはやり返しても構わないだろう。

 

「おい何も変わってないぞ」

 

「………少し待て」

 

 急激に顔色を変えた彼女。何かを思案するように一度目を瞑った彼女は何度か深呼吸をこなすと、慎重に目を開く。

 

 そして目があった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「おい無言で目つぶしするな!あぶねぇだろうが!」

 

「貴様の目など永遠に閉じてしまえばいい!!愚図が!二度とこんなふざけた真似は止めろ!!」

 

 どこからどう見ても激怒している少女。少しやりすぎた感は否めないが、こっちだって説明もなしにあんな目に合わされたんだ。両成敗といきたいところだが………それは少し大人げないか。

 

「そう怒るな。……まぁ俺が悪かった。たちの悪い冗談だった」

 

「謝って済むと思うなよ愚図。………ふん、心配して損した」

 

「心配してくれてたのか?中々かわいいところあるじゃねぇか」

 

「黙れ馬鹿死ね」

 

 

 

 

 

 

「まさか……適当に言ったことが当たっているとは思わなかったわ」

 

「ふん、だから言っただろうに愚図が死ね」

 

「なんか語尾が更に酷くなってないか?」

 

 揶揄ったことを根に持っているようで、どうも拗ねている様子の彼女を横目に、たどり着いたこの場所をまじまじと眺める。

 

 地下空洞。粗削りではあるが、崩れないように調整されたその空洞はどこかへつながっているのか、様々なところに横道が広がっている。全体的に暗がりであるものの、どこかから光が漏れ出しており見れないほどではない。

 

 一体、ここはどこの地下なのだろうか。あの町から遠く離れていないのは確かだろうが、あの町で結構暮らしてきた俺でさえ噂すら知らなかったのだ。厳重に秘匿されているのだろう。

 

 ……だとすれば、なんでこの子は知っているんだ?

 

「貴様、武器は用意してきているだろうな?」

 

「あ?あー、まぁ持ってはいるが」

 

 そんな疑問に答える必要はないとばかりに、疑問符を飛ばす少女。こんなところで何をさせるつもりだこいつ。

 

「なら、十分だ」

 

 だから何が十分なんだよ、と相変わらずの秘匿主義にうんざりしつつも、こいつの発言からある程度は推測できた。

 

 戦いが起こるのだろう。相手が何かは知らないが。

 

「おい、何かと戦わせるつもりなら少しは情報寄越せ。こっちだって命は費やせたくはない」

 

「ふん、少しは自分の脳で考えるということができているようだな。まぁ当然のことができたくらいでなんだという話だが」

 

「お前の感想はいいんだよ」

 

「ふん……まぁ見てろ」

 

 少女が指さしたその先、空洞に開いていた横道からいくつかのリズムと共に地面を蹴る音が響く。

 

 まさか、と思ったのも一瞬、飛び出してきたそれを前に俺は思わず剣を引き抜いていた。

 

 狼の魔獣。泥でも浴びたのだろうか毛をくすんだ茶色に染めたそれらの魔獣が、目の前に現れた。

 

「こういうことか。おいガキ、下がっていろ。この数だと……守りながらだとちょっときびぃ」

 

「誰がガキだ愚図が殺すぞ」

 

 悪態と語尾は相変わらずだが、それでも指示には従ってくれているようで大人しくその場から遠ざかる少女。

 

 数は……四体だが、このタイプの魔獣にしては少なすぎる。はぐれてここに迷い込んだのかそれとも……。

 

 ———ワォォォォォ

 

「考える余裕はなさそうだな!」

 

 気合入れの一声だったのだろうか、一度吠えたそれらはそれぞれが別の軌道を描き、瞬時に接近を果たしてくる。

 

 だが、遅い。

 

「おらよ!」

 

 引き抜いたその刀身の長い剣を乱雑に振り回し、警戒したその隙に一閃。

 

 声を上げる間もなく絶命したその魔獣を前に恐怖でもしたのだろうか、途端その場に留まってしまったもう一匹を難なく仕留めると、残りの二匹を視界に入れる。

 

 戦意は失っていない。こちらの出を窺っているといった様子か。

 

 なら、とばかりに駆け出した俺を見てか俺を中心に円を描くように左右に飛び出したその二匹。何をするつもりかと、囲まれないように移動した俺が見たのは。

 

 少女に向かって走り出したその姿。

 

「てめぇら!ふざけんなよ!」

 

 ———ワォォォォォ

 

「っ!」

 

 慌てて駆け出そうとした俺の背後から聞こえた大きく、そして低いその鳴き声。嫌な予感と共に振り向くと、一際大きなその魔獣がそこに佇んでいた。

 

 そしてその周囲には先ほどと同じ魔獣がゴロゴロと。

 

「ここに来てリーダー格登場ってか。くそ!」

 

 このままあいつのところまで戻るのはさすがに愚策だというのは俺でもわかる。だとすれば。

 

「おいガキ!俺が戻るまでそいつらからなんとか生き延びてくれ!」

 

 返事は聞かない。聞く余裕もない。今は一刻も早く。

 

「犬っころが覚悟しろよ?」

 

 大剣を前へ向け口上。利き腕でない腕でのその捌きや細かなバランスは未だ理解できていないが、この程度の魔獣にやられるほど俺も落ちぶれてはいない。

 

 伊達に何度も戦争は経験していないんだよカスが。

 

 ———ワォォォォォ

 

 その一声と共に一斉に走り出した魔獣共。あのリーダー格がいるせいかどうも統率のとれているその動きはこちらを翻弄させようとしている魂胆が見え見えで。

 

 だからこそ、守備が甘くなる。

 

「はっ!!!」

 

 真っ先に飛び込んできたその一匹を切り捨てると、そのまま直進。

 

 狙いは単純、群れを統率している長がいるのなら、そいつを真っ先に断つだけ。

 

 そして。

 

「効かねぇな!」

 

 背後から完全に死角からの攻撃。しかし、俺はそれを身体で受けた。

 

 血はあふれ出たもののその程度。骨も肉も噛み切ることなく擦り傷程度の傷で済んだその攻撃に、俺は少しだけ安堵し、脳裏に染みついたその攻撃を思い出す。

 

 やっぱりあの魔導ってやつは規格外だなって。

 

 今はそんな場合じゃねぇか。

 

 慌てて長を守ろうと前に飛び出してくるものは大剣の錆に。視覚外の一撃は肉体で全てを弾き突貫。そしてようやくたどり着いたそのデカ物に一刀しようとして。

 

 なんなく吹き飛ばされた。

 

「うお!」

 

 なんということはない。ただあの魔獣の長にタックルされただけ。ダメージは大したことはないにしても、この体格差を生かしたその攻撃は確かに効果的だ。

 

 なら、躱せばいいだけの話だが。

 

 再び突貫、今度はこちらからとばかりに爪を向けられたが、逆にそれを利用して懐へと潜り込む。

 

 そのまま断ち切ろうと振ろうとした大剣だったが、左腕に噛みついてきた魔獣を前に断念。周りを薙ぎ払う頃には長には距離を取られてしまう。

 

 めんどくせぇな。

 

 右腕で振り回せてたなら今頃もう決着はついていたはず。利き腕でないことがこんなにも響くとは。

 

 ………考えている時間さえ惜しいか。

 

 いくらでも湧いて出て来る小型の魔獣を一掃しながら、とにかく突貫。そんな俺を見てか案の定距離を取ったその魔獣へ向けて。

 

 大剣を投擲した。

 

 驚きながらもさすがは長というべきか、見事にはじいて見せたその長だったが、それも織り込み済み。瞬時に飛び上がった俺はそれを空中でキャッチ。そして

 

「おりゃぁぁぁぁ!!!」

 

 一刀。

 

 見事に首を断ち切ることに成功したその一撃は、その魔獣の息の根を止めることなど容易で。

 

 ———キュウン

 

 治めるもののいない集団など、烏合の衆に過ぎない。

 

 少し威嚇しただけで逃げ去ったそれらを横目に俺は急いできた道を引き返す。

 

 理由は言わざるともあいつを助けるため。早々と死ななそうな性格だが、それでも肉体的にも精神的にも子供なのだ。何が起きててもおかしくはない。

 

 それに、人の死がどれだけ容易いものかなど俺自身がよく知っているから。

 

「おい!どこにいるガキ!無事だったら返事しろ!」

 

 耳を澄ましても物音一つ聞こえないことに不安感を覚えた俺は気づけば叫びだしていた。

 

 考えたくない。それを認識させたくもない。だけどどうしてもある言葉が脳裏に浮かんできてしまう。

 

 もしかしてもう………手遅れなんじゃないかって。

 

 彼女は……。

 

 

「貴様、黙っていればガキガキとそんなに殺されたいようだな愚図が」

 

 

「っ!!」

 

 空洞に響くいつもの憎まれ口。目を凝らしてよく見れば、薄暗い光の中佇んでいる少女の姿。

 

 近寄って手を取ってみると子供特有の高い体温が肌へと伝わってくる。よかった、無事生きていたのだ。

 

「なっ!貴様誰の許可を得て私に触れて……」

 

「魔獣はどうした?」

 

「あの魔獣ならもう片付けた!だから離れろ!!」

 

 手を振りほどかれ距離を取るその少女。元気そうで何よりだ………本当に。

 

「それにしても……お前自衛手段持ってたんだな」

 

「ふん、愚図とは違うのだよ」

 

「そうか」

 

 目立った傷もなければ汗一つ流れていないその姿。周囲には魔獣の死体さえ見えないし何をやったんだか。

 

 唯一、気になるとすればこの焦げ臭い匂いか?

 

 まぁ今はいいか。

 

「それで、お前のやりたかったことはこれで終わりか?」

 

「そうだ」

 

「そうか」

 

「………理由を聞かないのか?」

 

「教えてくれるのか?」

 

「……ふん、教える訳あるまい」

 

「じゃあ言うなよ……」

 

 聞きたいことは確かに大量にある。この場所はなんだとか、どうやってここへ来たとか、お前は何者だとか、なぜあんな高級品を持っているのかとか、そして。

 

 なぜ戦う手段を持っていながら俺をここに呼んだのか。

 

「帰るぞ。今度は目隠しだけだから決して外すなよ?」

 

「……フリか?」

 

「な訳ないだろう!愚図が!」

 

 疑問は尽きないが別に構わない。人には秘密があってしかるべきなのだ。特段それを暴こうとは思わない。

 

 それに。

 

「何をにやにやしている気持ち悪い」

 

「いーや別に。ただこの目隠し隙間あるなって」

 

「なっ!!!貴様膝を付け!」

 

「嘘だけど」

 

「愚図が死ね!」

 

 腐りはてた俺にはこの子の激情が心地よいみたいだから。もう少しこのままの関係で。

 

 目隠しの隙間から光が飛び込んでくる。どうやらようやく外に出られたみたいだ。

 

「ふん、行くぞ」

 

「はいはい」

 

 少女の手につられ、ゆっくりを歩を進める。行きより帰りの方が早いとよく言う話だ。俺の知っている場所まではすぐにたどり着くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、あの少女が帝国軍に攫われたと聞いた。酷く右腕が痛んだ。

 

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