幻想世界円舞曲   作:Fabula

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助けの足に真実を

 朝。部屋にまで溢れこんできた光と共に俺の意識は覚醒した。いつも気だるげだったそれ。しかし今日に限ってはなんだか心地よいものに感じる。

 

 ゆっくりと立ち上がり伸びをしているとようやく昨日の出来事が浮かび上がってきた。

 

 そういえば酒場に行ったんだったか。

 

 久々に夜に訪れた馴染みの酒場。一度睨むようにこちらを眺めたマスターだったが、俺の横にいた少女を見て、その視線が変わったのをよく覚えている。

 

 ロリコンだったのか。粗方そんな感じの目だったと思う。むかついたので殴った。

 

 その後は、楽しく飲めたと思う。なぜかついてきたあいつは一人だけ飲めないことに疎外感を感じたのか、いら立っていたが。

 

『酒なんぞ脳の働きを阻害させ、まやかしに気分を高揚させる薬に過ぎん。そんなものに頼るなど、たかが知れているな』

 

 一日ですっかり慣れてしまった彼女の口調。寂しいのかと揶揄い怒るまでがルーチン。

 

 初めはその口調に胡散臭い目で見ていた周囲も、次第に人なりがわかったのか、ほほえましいものを見るような目に変わっていった。一部、別の視線も混ざってはいたが。同志よ、と呼ばれたときは思わずぶん殴ってしまったが。

 

 まぁそれは酒場のご愛敬といったところで。

 

 ……そういえば久々に愚痴も漏らしていた気もする。例の井の中の蛙大海を知らずを踏まえて、俺は所詮、蛙だったんだなって。なんだそれは自己紹介か?とあいつに言われたときはイラっとしたが酒場の中は大笑いだった。

 

 ともかく、だ。本来の賑やかを取り戻せたかのようなそんな楽しい夜だった。

 

 そしてその翌朝。即ち今日。

 

 いつもより早く身支度を終え、やることもないしまた彼女のところに寄ろうと外へ出た時、慌てて駆け寄ってきた酒場の娘からその話を聞いた。

 

「聞いてないの?昨日のあの子が帝国軍に連れ去られたの!何があったの?一緒に居たんだし何か知らないの!?」

 

 早口にまくし立てられたその言葉を前に思わず凍り付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

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「おい!どういうことだマスター!!」

 

「朝っぱらからうるせぇな。こっちはてめぇらのせいで久々に徹夜なんだよ」

 

 スイングドアを強引に潜り抜け、思わず叫んでしまった俺を見てか、顔を歪ませ返事をするその酒場のマスター。

 

 確かに少し焦りすぎたか。

 

「………さっき、お前の娘からあいつが帝国軍に連れ去られたと聞いた。それは本当なのか?」

 

「……あいつってのが昨日の嬢ちゃんを差しているなら、それは間違いねぇぜ」

 

「なんで……!!」

 

「俺が知るかよそんなもん」

 

 思わず怒りがこみ上げてくる。俺の右腕と仲間たちを奪った帝国軍共、奴らはまた俺から奪おうというのか。

 

 よりにもよって、あんな年端もいかない少女を。

 

「クソッ!!」

 

 思わず近くの壁を殴ってしまう。怒りをぶつける相手がいないということがこんなにもどかしいとは思わなかった。

 

「……一先ず頭を冷やせ。今のお前さんでは無策に帝国軍に突貫しそうだ」

 

「……すまん、助かる」

 

 

 

 

「少しは落ち着いた?」

 

「あぁありがとう」

 

「ふふ、焦るのも当然よ。実際私も焦っちゃったしね」

 

 いつの間にか戻ってきていた酒場の娘から出してもらった茶を一飲みし、現状と相手を冷静に鑑みてようやく俺は立ち直れた。

 

 助けに行くにしても情報が足りなさすぎるのだ。闇雲に突っ込んではただ死ぬだけ。今は少しでも情報を集めないと。

 

「それで、あいつを見たのはいつごろなんだ?」

 

「正直時間見る余裕もなかったしなぁ。いつごろってのはわかんねぇんだが、真夜中であることは間違いねぇ。酒樽を取りに倉庫に行ったとき偶然それを目にしたんだよ」

 

「それってのは?」

 

「あの嬢ちゃんが帝国軍に連れ去られている姿だよ。…そういやあんまり暴れている気配はなかったな。もしかしたら嬢ちゃん自身何か身に覚えがあったのかもな」

 

「帝国軍っていう確証はあったのか?」

 

「あぁあれは間違いねぇよ。帝国特有の蛇と剣のマークが見えたからな」

 

「蛇と剣か」

 

 あの戦争で散々目にしたそのマーク。でも、あのマークは確か一部のものにしか刻まれてはなかったはず。もしかして直接来たのは末端ではないのか?

 

「それにしても、突然、街中に帝国軍の姿があったからびびったぜ。敵襲かってな。……まぁ実際の被害は嬢ちゃんだけみたいだけどな」

 

「突然現れた……か」

 

 陸続きの荒野にあるこの町。元々、中継地点として建てられたこの場所は荒野という地形上、周囲からの接近には気づきやすいはずだ。それに加え門もある。深夜帯だったとはいえ、帝国軍を見逃すといった失態を犯すだろうか。

 

 だとすれば、俺たちの知らない経路がどこかにあるってのが自然だろうな。

 

 そしてその経路はつい最近見た。

 

 狼の魔獣が蔓延っていたあの空洞。あいつに連れ立っていったあの場所が、もし帝国軍によって作られた場所だったら?

 

 ……その可能性が高いか。だとすれば、あいつはそれを偶然見つけてしまったから攫われた?いやそれなら俺も攫われてなきゃおかしいか。第一、口封じなら攫うなんて必要もないし。

 

 それに、隠密行動がバレたと知ったのなら、もっと大掛かりに事を起こしていてもおかしくはない。

 

 例えば、あの場所から部隊を送り込み内部から制圧するとか。

 

 そんなことしなくても勝てそうなのにな。

 

 話が逸れた。本題に戻そうか。

 

「……それで、やつらはどこへ向かった?」

 

「確か……そこの道をこうだから……北の方角だな。それ以上はすまん。さすがに足がすくんだ」

 

「いや、その情報だけで十分だ」

 

 戦えないものに戦えとは言わん。戦うのは俺たちの仕事なのだから。

 

「……行くのか」

 

 立ち上がった俺に不安そうな眼差しに向ける二人。当然、それはマスターとその娘のもので。

 

 あぁそうか。俺は心配されていたのか。

 

 思わず自嘲気味の笑みが浮かび上がってくる。そんな単純な事実さえ気づくことができなかったとは、そこまで弱っていたか。

 

「あぁ当たり前だ」

 

「そうか……お前さん、そこまであの嬢ちゃんのこと思ってたんだな。その場に出くわしたのに助けてやれなくて本当にすまねぇ」

 

「だから構わねぇよ。全ての人が戦う力を持っている訳じゃない。それに」

 

 思えば、あいつのことなど何一つ知らない。どこからここへ来たのかとか、どうやって生きてきたのか、とか、なぜそんな情報を持っているのか、とか。謎だらけで、怪しげな存在に過ぎない。

 

 でも、彼女は腐りかけていた俺の感情をほぐしてくれた。それが意図的なものかどうかは知らないが、彼女の激情が我儘が俺を少しは取り戻してくれたことに違いはないのだ。

 

 だから俺は彼女を助けに行く。

 

 そして。

 

「それに、先の戦争の借りを返すいい機会だしな」

 

 俺たちが失ったもののためにも、これ以上帝国軍に好き勝手はやらさせない。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺のとこに来たと」

 

「あぁお前なら知っているだろ。情報屋」

 

 昨日、あいつと来た路地裏の露天商。今日も気だるそうにあくびを漏らしながら座っている男へ声を掛けた。

 

「………その名で呼ぶなと何度」

 

「周囲の確認は怠ってねぇよ。それとも俺を信用できないか?」

 

「ちっ、昨日とは違い、随分とピリピリしてやがる」

 

 ぼりぼりと頭を掻くその男に早くしろと急かすと、彼は長いため息の後、こちらを見た。

 

「ぜってぇ経路洩らすなよ?ただでさえ今の帝国は色々と厳しいんだ。魔導なんて範囲外の分野に殺されたくねぇよ」

 

「あぁわかってる」

 

「どうなんだか。それでお前の言った空洞のことだろ?俺も、噂程度しか知らないぞ?」

 

「構わん。金は昨日の品の残りがあるだろ?それを使え」

 

「はいよ。………この町が正規の計画の下造られたものじゃないってのはお前も知っているよな?」

 

「あぁ遠方への中継地点として作られ、それがどんどん拡張して町と呼ばれるサイズになった、だろ?それが何の関係がある」

 

「まぁ聞け。だが、それには少し欠けた話がある。それがなぜこの場所が選ばれたかって話だ。」

 

「……」

 

「くどいって顔すんなよ。まぁいいか。要約すると、この場所は元盗賊のアジトだった。それを利用してこの町を造ったってところだな。そして、その盗賊が逃亡用に掘っていた抜け道が、お前の言ってた空洞かもしれねぇってことだ」

 

「それで、どこにあるんだそれは」

 

「俺も確認してねぇから確証が持てないんだが、昔の地図と今の地図で照らし合わせると……この辺りが妥当だろうな」

 

 町の北門辺り、か。マスターの言ってた証言とかみ合うし少しは信用はできるか。

 

「わかった。じゃあな」

 

「おい待てお前。もしかして一人で行く気か?」

 

「てめぇもついてくるか?」

 

「なわけねぇだろ。それで、策はあるんだろうな?」

 

「………」

 

「……無策ってことか。まぁてめぇの実力ならそんじゃそこらの奴らには負けはしないと思うがよ」

 

 ほらよ、とこちらに向かって投げられた何か。反射的に受け取ったそれは何かの液体が入ったガラス瓶。

 

「これは?」

 

「魔導を行使するために必要な魔素の集まりを阻害させるための液体、だそうだ。空気に触れると気化するから気を付けろよ」

 

「なぜ俺にそんなもんを渡す?」

 

「魔導を無効化する試作品を作ったから試験を行ってくれ、そういう依頼だからな。依頼ついでにてめぇの役にも立つ。winwinだろ?」

 

「金はこれ以上出せないぞ?」

 

「要らねぇよ。ただ、その代わり試験結果は教えろ。そうじゃねぇと依頼は果たせないからな」

 

「依頼、ね。……助かった情報屋」

 

「助けた覚えはねぇよ。ただ……俺たちにとっても帝国はいけ好かないということだ」

 

 違いない。苦虫を嚙み潰したような表情を見せた男にそう返事を返すと、俺は背を向け走り出した。

 

 目的地は定まった。後は意地でも……。

 

 

 

「気を付けろよ。俺もこれ以上昔からの悪友を失うのはごめんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 荒野の町から離れたとある前線基地。重厚な造りは来るもの全てを弾き、鼠の一匹でさえ通すことのできないくらい堅牢なその場所で、一人の少女が黒のマントを着た女性につられ歩いていた。

 

「それで、どこへ連れていく気だ」

 

「あら、それを私が答える義理があるのかしら?」

 

「ちっ」

 

「あらあら舌を鳴らすなんてはしたない。仮にも時代の寵児と呼ばれたものなら、自分で考えてみたらどうかしら?」

 

 そんなもの当の昔にやっている。それを行ったうえで確証と情報を引き出そうとしたに過ぎない。

 

 口に出そうになったその言葉を必死に抑え込むと、少女は睨むようにその女を見る。

 

「ふふ、無駄よ。あなたのそれは封じさせてもらっているから」

 

 やはり、か。この女に捕まってからどうも出力が悪いような気がしていたのだ。すでに万全の手は打たれている。後は居場所だけだったか。

 

「私をどうするつもりだ」

 

「残念だけど、それを決定するのは私じゃない。……って言ってしまったらどこへの質問の答えになってしまうわね。全く恐ろしいこと」

 

 つまりはこの先にいるのはこいつの上司。……あいつか。

 

 脳裏に浮かんだその姿にどう対処しようか思案しようとして、止めた。

 

 あいつは策謀が通用する相手じゃない。こちらの手がない以上、無駄か。

 

「ふふ、いい顔。逃げ道はないと悟ったのかしら?」

 

「ふん、貴様がそう思うのならそう思っているがいい。貴様の愚かな脳では到底理解できないだろうからな」

 

「……生意気じゃない。どうやら一度立場をわからせる必要がありそうね」

 

「やってみるがいい。帝国魔導院戦闘部門第八席」

 

 挑発に合わせて歩くのを止め、こちらを振り返るその女。彼女は懐から鞭を取り出すと、ニヤリと笑いパチンと床を鳴らした。

 

 その時だった。

 

「第八席様!至急、ご報告したい用件がございます!」

 

「……何?」

 

 興が乗り始めたのを邪魔されてか、不機嫌な返事を見せるその女。突然走りこんできたその兵士はその様子に怯えながらもこちらを一目し、その女の耳へ何かを呟く。そして、女の表情が変わった。

 

「素早い報告ありがとう。私が行くわ」

 

「ですが、第一席への報告が」

 

「そうね………抵抗を見せたため鎮静させるのに手間取っていると伝えてもらえるかしら」

 

「か、かしこまりました」

 

 報告を受けるや否やこちらに背を向けどこかへと歩き出した彼女。そのまま歩き去るかと思いきや、ふいにこちらを振り向いた彼女は再び口を開いた。

 

「いいこと?この私の目が無くなったとはいえこの場所から逃げられるとは思わないことね」

 

「至急の用件ならば無駄口を叩く前にさっさと行ったらどうだ?もっとも、愚鈍な貴様が……!」

 

「あら残念、外れちゃったわ。ふふ、じゃあまたねおチビちゃん」

 

 一瞬にして伸ばしたその鞭を手元へ戻し、視界外へ歩き去ったその女。

 

 所詮は第八席。言動もまだまだ無駄ばかり。言論に手を出すなど愚の象徴だということにまだ気づかないか。それに、私の身長は年齢に沿ったものに違いないはずなのに何がおチビちゃんだ。一般的な見解も知らず物を語るな愚者め。そもそもあいつは………。

 

 言葉を並べ論破している途中だった少女は、ふとこちらを覗いている姿に気づいた。というより、思い出した。

 

「あぁそうだったな。おい、貴様。あいつに何を吹き込まれた」

 

「……あなたとお話しすることはありません」

 

「ふん、そういうことか」

 

 人の口からは千をも超える情報が流れる。喋らなければ漏洩は防げるか。

 

「ならば、さっさと案内しろ。第一席の下へ連れて行くのだろう?」

 

 何度も顔色を変えあたふたとしていたその兵士はその言葉を聞いてようやく自らの職務を思い出したのか、はっとした表情を見せる。

 

「こ、こちらです」

 

 絞り出すように返事をした声は、焦りというより恐怖か。それもそうだろう。だってあの女の言った指示とそもそも受けていた指示が違うのだから。

 

「ふん」

 

 おそらくこいつが受けたのは第一席からの指示。だとすれば………。

 

「第一席……何を考えている」

 

 冷めた廊下に、コツコツと足音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「無事、侵入成功ってな」

 

 北門近くというより、丁度北門の真下にあったその空洞。その入り口をやっとのことで見つけ出し、ようやく空洞へと侵入できた。

 

 そして歩くこと数時間。空洞から横道にそれたそこを歩き回り、ようやくそこへと出た。

 

 外の景色から察するにここは。

 

「帝国軍最前線基地。そしておそらくあいつが居る場所」

 

 多数あった横道の中で、この場所を一発で引けたのはほんと運がよかった。不幸の先には幸運が訪れるってか?ともかく今はありがたいことこの上ない。

 

 地下通路への入口のある小部屋を抜けると広がっていたのは頑丈な石造りの通路。闇雲に歩くのは危険だとは十分にわかってはいるが、闇雲に歩かねば彼女は探し当てれない。

 

 せめて、少しでも内部情報が手に入ればいいのだが。

 

「お困りですかー?」

 

 まぁそれが簡単に手に入れば苦労はしない、か。ここは一つ警備の一人でも脅して………。

 

「あの、聞いてますかー?無視は酷いと思いまーす」

 

 脅して……!?!?!?!?!?!?

 

「うわー、綺麗なまでの二度見。いやー、やっぱり外の人間は面白いですねー」

 

 ふと、横を向けばくすくすと笑っているその姿。俺は慌ててその襟首を掴むと元居た部屋へと引き返した。

 

 脅すというより、人がいたという驚きから出た行動。そしてなにより。

 

「うわー、誘拐だー。私傷物にされちゃうー」

 

「誰がお前みたいな子供に手を出すか!」

 

 そこにいたのが少女だったからに違いなかった。

 

「ロリコンじゃないんですかー?失望です」

 

「なんでそこでまじトーンになんのお前?」

 

「それに知ってます?お兄さん。この世界で活躍する人はですねー。男性は成人男性が多いのに、女性はなぜか美少女が多いのですよー。つまり何が言いたいのかって言いますとー、皆知らず知らずのうちにロリっ子が刷り込まれてロリコンになっちゃってるのですよー。うわー、私世紀の大発見しちゃったー。うわー、犯されるー」

 

「……お前の頭の方が世紀の大発見だと思うぞ?」

 

「あららー?それは私の頭部の形が良くて顔がいいって遠回しに言っちゃってます?いやー、照れちゃいますねー。でも、ナンパは嫌いなんで死んでもらえますか?」

 

「勝手に深読みして嫌わないでもらえるかな!」

 

 なんなんだこいつは、とまで考えてようやく本来の目的を思い出した。

 

 こんなところでじゃれ合っている場合じゃない。一刻も早くあいつを見つけ出さないといけないのだ。そもそも、声出してたら帝国軍に見つかる可能性が……。

 

 ふと、気づいた。特に意図せず伸びていた視線。その先にいた少女。そして彼女が着ていたコート。

 

「エッチな視線が伸びてますねー。いやーん。ってのは冗談でしてー、はい、私ー帝国のものです☆」

 

 刻まれていた蛇と剣の特徴的なマーク。それは彼女が帝国軍だという証拠に違いなかった。

 

 すぐにその意識を落とそうと手を伸ばそうとして、止まった。いや、止められた。

 

「ふふーん。残念でしたー。私、実はちょっと強いんですよー。いやーやっぱり席持ちの人は違うねー」

 

「……魔導か!」

 

「せいかーい。物分かりも良いしー、片手もないしー、もしかして先の戦争の生き残りかにゃー?」

 

 気が付いたときには時すでに遅し。口以外の全身がもう動かない。

 

 ふざけた言い回しや間の伸びた語尾はともかく、その実力は本物。

 

 ……また俺はやられるのか、魔導なんて言う未知のものに。大海のその深さに再び溺れてしまうのか。

 

 また失ってしまうのか。大切な仲間を。

 

 ………そうはさせるかよ。

 

「ありゃりゃー?足掻いても無駄だよー。私の魔導はねー、相手の身体を硬直させるの。だからー、ってあれ。なんで動けてんのさー」

 

「気合ってなぁぁぁ!!!」

 

「気合だけで魔導が解かれたらたまったもんじゃないよー。こうなったら仕方ないなー、あんまり傷つけたくはないんだけど、えい」

 

 更に強くなったその魔導。さっきみたいに無理を言わせて動かすことさえできなくなった。しかし、目的の物はもう掴めたのだ。後はこれを。

 

「これでさすがに動けないかにゃ?いやーよかったよかった。私の魔導を力技で強引に突破してきたのはあなたが初めてだよー。えへへー、初めて奪われちゃったー」

 

 くそ、どうしようか。何かの拍子に割れないだろうか?例えばこいつが無理やり俺の手を動かそうとしてとか。

 

 ……そういや、こいつ。自分の魔導は相手を硬直させるものって言ったな。それが力加減含めてなら、手首の向きを少し変えるだけで簡単に落下するんじゃないか?

 

 後はそれをどう行うかだが。

 

「お前せっかくだ。この腕でブランコしてみたらどうだ?」

 

「ブランコイエーイ!ウエーイ!ってばかやろう。やらないよー。そんな子供じゃないですー」

 

「じゃあ肩車はどうだ?」

 

「うわー高い高いー。びっくら仰天、僕昇天ー。ってやるわけないじゃん。私そんなに子供に見えちゃうんですかー?心外です」

 

「じゃあ……」

 

「そこまでだー!貴様が何か道具を握っていることはお見通しー!こちらに提出してもらおう!」

 

「ちょっと待て。話をしよう」

 

「お喋りはそこまでだー!大人しくしろー、もう抵抗しても無駄だぞー!」

 

 そんなこと言われてもすでに身体の自由は奪われている以上、抵抗することすらできず、呆気なくその瓶に手を伸ばすことを許してしまう。

 

「むー?これはー?」

 

 強引にそれを掴み引っ張り出そうとする彼女。しかし、俺の力が膠着しているのもあり、力加減がうまくかみ合わなかったそれは。

 

「あ」

 

「あ」

 

 パリーン

 

 甲高い音を鳴らしてその場に落下した。

 

「やっちゃったー。どうしよっかー。って待って待って。なんで動けてますのー!!」

 

「……無事効力はある、か。身体への影響もすぐには見られない。試作品にしては完璧じゃないのこれ」

 

「このー!このー!止まれー、動くなー、ストップ、フリーズ!あれー、あれれれれれのれー?おっかしいなー魔素が集まらないーこれがイップスってやつですかー!」

 

「……確実にイップスではないから安心しろ」

 

 んー、とか、あー、とか言いながら必死にこちらに手を伸ばすその少女。おそらく魔導を掛けようとしているのだろうが、無駄だ。あの薬の効果が効いているのだから。

 

 まぁでもそれがいつまで続くのかは定かではない。決着をつけるなら早くつけていた方が賢明だろう。

 

 魔導士へのその鉄槌を。

 

「あ、いや、あのー、そのー、別に殺す気は元々なかったというかー、なんならお手伝いしたいなーと思ってー。あ、そうそうこれ、地図ですー。ぜひぜひ使ってくださいー」

 

 そう言いながらもじりじりと後ろへ下がっていく少女。そしてついにその踵が壁へとぶつかった。

 

「お喋りはそこまでだってな?」

 

「あ、あのー、えっとー、うん。……や、優しくして、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

「縄で縛って放置プレイですか畜生ー!むむむむ、私だって本気出せば、魔導無くたって強いんですからねー」

 

 地下への入口のある小部屋。そこであー、だ、うー、だ言っていた少女は、扉が開かれたことに一瞬で目が動いた。

 

 そしてそこから入ってくる人物を見て一声。

 

「あ、第一席第一席!助けに来てくれたのですねー!いやーお優しい!さすがですー!一生ついていきますー!」

 

 剣での一閃。乱雑だか正確に縄をほどいたその姿に一言申したくなった彼女だったが、そこは上司を前に押し黙る。

 

 身体に残った縄を落としながら、立ち上がると改めて彼女は頭を下げた。

 

「いやー本当に助かりました。情けない限りですーほんとにー。あ、それとですね第一席」

 

 騒がしい声は鳴りを潜め、目を細め一言。

 

「あの男。想像以上にやります。あの実力ならば申し分ないかと」

 

 そうか、と一言だけ返すと第一席と呼ばれた人物はそのまま部屋を後にする。

 

 その様子を見ていた少女は、相変わらず愛想のないお方ですねーと呟くと先ほどの男を思い返した。

 

「子供を手に欠けないその姿は確かに称賛に値しますけどー。いずれ死ぬほど後悔しますよー」

 

 だって。

 

「私みたいな悪女もいるのですから、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 運が良かったのか悪かったのやら、ともかくこの基地の地図を手に入れたわけだが、これまた新たな問題が発生した。

 

 想像以上に警備が多い。

 

 耳を澄まして掴んだ情報によると、地下通路へ侵入者が現れた様子。すぐさま魔導院の者が向かったが念のためこちらにも警戒を、とのことだ。

 

 どう見てもその侵入者は俺のことに違いないが、どうも違和感を感じる。あの地下通路一直線だったのになぜすれ違った?俺が見落としていただけ、か?それに、地下からの侵入ならば何より警戒すべきはあの小部屋だと思うが……。まぁ変なのいたけど。

 

 ともかく、今はいいか。運がよかったのだ、と無理やり納得させるとこの先の打算を考えることにする。

 

 一先ずあいつを見つけることからだが……。居場所に関しては問題ない。

 

 なぜなら、この地図にわざわざわかりやすく赤で丸印がついているのだ。おまけに注釈文で毒舌っ子はここですよダーリン☆……だそうだ。訳が分からない。

 

 どう見ても罠に違いないが、手掛かりのない以上、行かないわけにもいくまい。それに、彼女はどうもここのやつらとは別目的で動いているように見えた。……気のせいかもしれないけどな。

 

「おい報告はまだか?」

 

「それが地下への侵入の痕跡は見つかったみたいなのですが、それが途中から途絶えているそうで……」

 

「途中から途絶えているだと?犯人がわざわざ消したというのか?」

 

「いえ、それが不自然なのでして、突然パタリと痕跡が消えてしまっているのです。まるで急にいなくなったかのように」

 

「なんだそれは。まるで魔導じゃないか」

 

「えぇ……ほんとに、厄介なものです」

 

 ……どうやら向こうさんも混乱している様子。事情はよくわからねぇがチャンスなことにはちがいねぇ。

 

 足音を殺し、慎重に忍んで進む。正直、隠密行動には慣れてはいないが、裏稼業に手を貸していたおかげか気配を消すことならできる。まさかこんなところでそれを生かす時がくるとは思いもしなかったけど、全くどんなつながりがあるかわからねぇものだ。

 

「っ!!」

 

 次の角から気配。慌てて近くの物陰に身を隠したものの、危機一髪だった。慢心は良くないなほんとに。

 

 と思ったのもつかの間、今度は背後から気配。

 

 まずい、囲まれた。意図したものではないだろうが、その事実に違いはない。どうする、無理やり突破するか?いや、この状況だとどっちにしろ見つかってしまう。

 

 くそ、もうすぐそばまで来れたっていうのに。ここで見つかるのかよ。

 

 コツン。

 

 背後から至近距離で物音。その接近に気づけなかったことを悔やむと同時に剣に手を伸ばそうとして、その手を掴まれた。

 

「こっちだ」

 

「うおっ」

 

 思わぬところへ力を掛けられたこともあり、前のめりになりながらその手に引かれ進んでいく。そして手が離れたときには、一つの部屋へと連れ込まれていた。

 

 払うように手を離された俺は、ようやく顔を上げその顔を見ることができた。

 

 いつもの仏頂面と共に。

 

「お前……無事だったのか。よかった…」

 

 つい昨日、一日中見ていたその姿は、痛めつけられた様子もなく、かといって精神的に参ってる顔でもなく、平常運転。変わっていることといえば、その服装くらいだろうか。

 

 彼女はそんなこと気にする必要もないとでも言いたげに鼻を鳴らすと、口を開いた。

 

「それより、貴様。なぜこんな場所にいる」

 

「なぜってそりゃ……お前を助けに来たんだよ」

 

「私を……?なぜそんなことをする必要がある」

 

 珍しくその顔に疑問符を浮かべる彼女。しかし同時に俺自身も疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 

「だって、お前帝国軍に攫われたんだろ?だからここにいるんだろ?」

 

「攫われた?この私がか?」

 

 ここに来てようやく、重大な勘違いをしているんじゃないかと疑問が脳裏に浮かんだ。

 

「……深夜に帝国軍が来てお前を攫った……違うのか?」

 

「あぁなるほど。そういうことか」

 

 彼女は何かに納得したかのように頷くと俺の視界の前に入り込む。まるで何かを見ろとでも言いたげに。

 

「これで、わかっただろう?貴様のやっていることが無駄だってことも」

 

 彼女が着ていたのは見覚えのある黒のコート。そしてそこに刻まれていたのは。

 

「蛇と剣のマーク………」

 

 つまりは、帝国軍の………。

 

「今更隠すこともあるまい。名乗ってやろうか。帝国魔導院戦闘部門第五席、ウィル・エンパイア。先の戦争の……炎の魔導士だ」

 

 ウィル・エンパイア。先の戦争の炎の魔導士。ということは、こいつがあの……。

 

 今でも鮮明に思い浮かべることができるあの地獄。それを生み出した一角であるあの炎の海。幾多の仲間たちを飲み込んだそれ。

 

 こいつが、こいつが、皆を………!

 

「っ!!」

 

「……あ」

 

 気づかぬ間に振り上げていた拳。それは一切の加減なく彼女に直撃した。

 

 なんなくバランスを崩し地面へ倒れ伏すその姿。その姿を前に俺は……罪悪感を覚えた。

 

 なぜ?

 

 なぜだろうか。

 

 あんな目にあって、皆も俺自身でさえも不幸になったのになぜ?

 

 こいつが、この餓鬼が原因のはずなのになぜ?

 

 なんで俺はこんなにも

 

 

 

 心が痛むのだろうか。

 

 

 

「……気は済んだか?」

 

 頬を抑えながらゆっくりと立ち上がったその少女_ウィルはこちらを見つめながら口を開く。

 

 訳がわからなかった。彼女は一体、どういった心境でその言葉を口にしているのか。

 

 気なんて済むはずがないだろうが。お前が、お前らが全てを壊したんだから。

 

「………ふん、行くぞ。出口まで案内してやる」

 

「待てよ………」

 

 思ったより低い声が出た。まぁどうでもいいことだが。

 

「なんだ?見回りの時間を考えればこの場所に長居するのは得策ではない。用件なら早く……ぁ」

 

 その首元を掴み上げ強引にこちらを向かせる。

 

 怒りは山ほどある。だが、片手しかない以上、これ以上殴ることはできないだろう。しかし、殴ることはできなくても痛めつけるだけなら方法は山ほど……。

 

 そこまでやって彼女と目を合わせてようやく気付いた。

 

 その瞳が揺れ動いていることに。何かに耐えるように必死に歯を食いしばっていることに。

 

 ポツリと何か光るものが落ちた。

 

「………あ」

 

 そこでようやく俺は意識を取り戻した。自分がやったこと、言ったこと全て思い返すことができた。

 

 手の力が抜けると同時、ウィルの身体が落ちる。辛うじて受け身を取っていたその姿に安堵しながらも、自責の念に囚われる。

 

「………」

 

 何か口に出そうとして閉じる。言葉は掛けれそうになかった。

 

「……行く…ぞ」

 

 ぶれぶれのその声は何かを堪えていることを想像するには容易かったけども、それにかける言葉も感情も今は持ち合わせてはいない。

 

「……ふぅ」

 

 軽く息を落とし、彼女に続きその部屋を後にする。

 

 だが、それがいけなかった。二人とも感情に揺られっぱなしのその状況で警戒心が極端に下がってしまっていたのだろう。

 

「あら?おチビちゃんと………あなたは誰かしらね?」

 

 そこに立っていたのは黒のコートを着た女。そしてそのコートに除くのは蛇と剣のマーク。

 

「第八席………」

 

 ぼそりと、呟いたウィルの声が妙に響き渡った。

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