幻想世界円舞曲   作:Fabula

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井の中の蛙大海を知らず

 帝国。強大な軍事力の下、他国を支配し勢力を伸ばし続けたその国。しかし、近い過去、ある時を境にその侵攻がパタリと止んだころがあった。

 

 その理由は明らかだった。皇帝アフトクラトルの死。彼の突然の死により、帝国軍ないし、帝国臣民全ての士気がゼロどころかマイナスまで下がってしまった。それほどまでに、皇帝の威厳と畏怖が世界各国に広まっていたのだ。

 

 しかし、それで逆に士気を上げるのは今まで帝国の侵攻に恐れをなしていた周囲の各国。跡継ぎはいたものの、未だ幼き少年。そんな子供に何ができるかと、ここぞとばかりに侵攻を開始した。

 

 始めはうまくいった。決起するものもいたものの、それでも大局における士気の違いは明らか。帝国軍はあっという間に敗戦に追い込まれた。

 

 そんな時だった。その存在が現れたのは。

 

 魔導。

 

 皇帝アフトクラトルが生存しているころ、極秘に開発を進めていたそれ。

 

 物理法則を捻じ曲げ、精神を支配し、無から有を生み出す神の如き力。

 

 その力を一身に受けたその人間は、戦場を一瞬にして支配した。

 

 近づけば風の刃に切り刻まれ、まとまれば燃やし尽くされ、背後を向ければどこからともなく刃が降り注ぐ。

 

 戦術なんて通用しない戦略レベルの歩く災害。

 

 その戦争の後に、帝国は極秘に研究していた魔導のことを公表し、ある組織を立ち上げた。

 

 それが、帝国魔導院。

 

 あっという間に皇帝アフトクラトルに変わる旗印となったそれは各国への牽制と共に、内政にも大いに働いた。

 

 魔導に関する更なる研究は勿論、その危険性を十分に把握したうえで活用の幅を広め、管理、運営等。

 

 そういった背景事情があることから、当然その機関に属するには優れた能力を持ち、秀でた魔導適正があるものになった。

 

 故に、その機関には帝国中からエリート中のエリートが集まるのだ。特に、魔導でも戦闘に長けた者は戦闘部門と呼ばれる部に属され、軍事力としてその力を振るうことが許可される。

 

 そして、その戦闘部門内でも魔導とそれ以外の得物のエキスパートと判断されてようやくその席を獲得することができる。

 

 それが所謂、席持ち。

 

 つまり、何が言いたいのか。

 

 嫌でも脳裏に埋め込まれた情報を思い出し、目の前に立つ黒のコートを揺らす女を見て心の中で一言呟いた。

 

 

 

 

 最悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、おチビちゃん。そちらの男性はどなたかしら?」

 

「こいつは……」

 

「そういえば、さっき侵入者の報告があったのだけれど。もしかしてあなたがそうなのかしら?おチビちゃんが一緒にいるということは、おチビちゃんが手引きしたということ?」

 

「な……違う!!」

 

 幸いにも侵入者がいるということは気づいているようだが、その姿まではわかっていない様子。なんとか誤魔化しきれるかと考えたが、どうやら幸先がよくないな。

 

 こいつ、ウィルも席持ちなら、話が通ると思ったがそんなに甘くはねぇか。

 

 なら、俺がやることは一つ、か。

 

「おい動くな!動けばこいつの命はないと知れ!」

 

「な!お前何を!」

 

「へぇ?」

 

 抜刀し、背後からウィルを羽交い絞めするとそのまま大剣を首筋に当てる。余裕からか腕を遊ばせたままだったその女もさすがにこの行動は意外だったのか、その手を腰へと当てる。

 

「貴様どういうつもりで!」

 

「ちょっと黙ってろ」

 

 腕に力を加え、その締めを強くする……ふりをする。その不可解な行動を見てようやく俺の行動が理解できたのか、視線を俺と合わせた。

 

「何を考えている馬鹿が!そんなことしても意味がないだろう!第一、お前が恨むべきは……」

 

 訂正。理解はしても納得はしていないみたいだ。ほんと扱いにくいというか、こちらの事情をガン無視というか、めんどくさい女だよ。

 

 仕方ないので、今度はふりじゃなく少しだけ力を加える。漏れ出した苦し気な声に罪悪感が浮かんだが、同時に笑みが浮かび上がりそうになるのを必死に堪えた。

 

 ………本当に気持ちが悪い。

 

「ふぅん?人質のつもりかしら?ふふふ、あははははははは!!!これは面白いわね!」

 

「………何が可笑しい?」

 

「だって、考えて見なさいよ。時代の寵児と呼ばれ第五席という立場まで上がった彼女が、こうも無様に囚われているのですわよ?これを笑わずには居られませんわ」

 

 甲高い笑い声が響き渡る。それが侮蔑の笑い声ということは耳にしなくても理解できた。

 

「それに、もう一つ教えてあげますわ。彼女、つい先日まで軍を脱走していましたの。それが、ここに戻ってきているということはもうお分かりですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

「彼女、必死に隠れていたのに見つかって連れ戻されたのですわ!あっはははは!滑稽ですわよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ成程。そういうこと、だったのか。

 

 ようやく合点がいった。

 

 彼女がなぜあの敗戦後の町にいたのか、あんなボロボロの家に住んでいたのか、高級なブローチを持っていたのか。

 

 そしておそらく、なぜ軍から離れたのか、も。

 

 視線を落とした先に見えるウィルの後ろ姿。物動じない姿を見せつつも、細かに震えているその姿。

 

 ………強いな。

 

 心の底からそう思った。だからこそ、俺は。

 

「ウィル。すまんな。お前の帝国軍での立場無くなるかもしれんわ」

 

「……お前何を」

 

「何、簡単なことだ」

 

 ウィルを解放し、一歩前へ。ウィルの前に立った俺は剣をその第八席とやらに向ける。

 

「仲間を馬鹿にしたやつをこらしめる。それだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ。もう戦い始まっちゃいましたかー。お早いことでー。早いのはあまり好まれませんよ?」

 

 黒のコートを着たその少女は、激しい物音をバックグラウンドにゆらゆらと歩みを進めていく。

 

「地下で工作をしたり、誘導したんだけどー、予想以上に有能だったかにゃ?まーた怒られちゃうよー。第一席怖いのですー」

 

「あ……第四席!この物音は一体誰が……」

 

「んにゃ?」

 

 第四席という言葉。その言葉を耳にした少女は、ゆったりとした動作で振り返ると何かを閃いたように口元を歪ませる。

 

「はい!第四席です☆」

 

「は……えっとはい」

 

 キラーンという効果音が流れるくらいの華麗な横ピースとポーズを前に、思わず素で返しそうになったその隊員だったが、辛うじて上司という認識が残っていたようだった。

 

「うみゅみゅみゅみゅ?反応が悪いですねー。これだから帝国の皆さんは」

 

 やれやれといったポーズを見せる彼女。やれやれと言いたいのはこっちのほうじゃい!というツッコミを全力で抑えながらも、理性がまだ残っていることを信じてもう一度聞いてみることにした。

 

「あのこの物音は……」

 

「んー?あーこれーそうだねー。()()()()()()()()()

 

「え………はい、了承致しました」

 

「あ、でも近づかないでねー危ないから」

 

「はい」

 

 失礼しますと、去っていくその兵士にバイバーイと手を振ると、彼女は再び歩き始めた。

 

「粗方かけ終わったかにゃ?いやー、縛られちゃったときは危なかったけど、こうして無事に分断できてよかったよかったよかたんたん。……それにしても、私皆にかけちゃったんだ。えへへ」

 

 気持ちの悪い笑みを浮かべながら彼女は一人どこかへ足を進めていく。

 

「ふっふふ。敵に自分の能力を正直に教える馬鹿がいるもんですか。もし、そういうやつがいたら、それは騙すために決まってますよねー。いやーもしかして私魔性の才能があるのかもですね!もしかして天才?神?ゴッド?ゴッドハンドクラッシャーとかできちゃう系?」

 

 イエーイイエーイと一人ほざく彼女。

 

 だが、彼女は直後、戦闘の余波であろう石が頭部に直撃し、そのまま気を失うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃぁよっ!!」

 

「その程度ですの?はっ」

 

 大振りの一撃は容易く躱され、そのお返しにと、鞭が猛威を振るう。牽制の薙ぎ払いに、即座に返しの一撃。

 

 回避する方向を読まれたその一撃に、体を捻り辛うじて躱すと続けざまに弾丸が放たれた。

 

「魔導ってのは厄介だな!」

 

 地に足をつけ剣を振う体制を整え、一閃。守ることには成功するが、再び距離を取られた。

 

「あら、誉め言葉として受け取っておくわ」

 

 優雅、という言葉が似合いそうなその笑み。しかし、その笑みに含まれているものはすでに理解している。

 

 それにしても………この魔導、あの戦争では見たことがないタイプだな。即座に弾丸を形成、発砲できるってとこか?俺が見てきたものに比べれば単純でわかりやすい能力だが、厄介なことに違いはない。

 

 さて、どう対処するか。

 

「もう来ないので?ならば私からいくまでですわ!」

 

 何かが来ると剣を構えた俺の目に入ったのは、彼女の正面に通路一杯に形成された魔法陣。

 

 嫌な予感がすると同時、俺は急いで駆け出した。

 

「撃て」

 

 失われた右腕があったところへ、弾丸が通り抜ける。それに思わず冷や汗を流しながらも、なんとか角を曲がることに成功する。

 

 あれは……せこくないか?ただでさえ大剣振り回すのに厳しい環境だというのに回避点なしの広域破壊はダメだろ色々と。

 

 だけど否定はしない。俺があいつ側なら間違いなく使っていたし、戦場に卑怯なんて言葉はない。

 

 要は殺せば勝ちなのだ。

 

「あらら鬼ごっこですの?あれだけ吠えていたのに残念ですわね」

 

「戦場でペラペラペラペラと。ルーキーかよてめぇは」

 

「言葉は人という種に与えられた才能の一つですわよ。それを活用しないなんて……随分と野蛮ですわね」

 

「遠回しに馬鹿宣言ありがとよ」

 

「あら褒められるまでもなくってよ」

 

 ヒュン。

 

 壁を砕いてまで強引に狙いにきたその弾丸を躱し、更に奥へと進んでいく。ここだと戦いにくいどころか相手の手に対応する手段がない。せめてどこか広いところへと移動できれば。

 

 途中なぜか倒れていた見覚えのある黒コートの少女を乗り越え更に足を進めていく。

 

 ……あいつは大丈夫だろうか。

 

 戦いが始まってすぐその場から離れさせたが、こうも施設ごと俺を殺しに来る相手だと流れ弾が心配になってくる。

 

 あぁでも、あいつは第五席だって言ってたな。あの炎もあるなら問題はない、か。

 

「っ!」

 

 正面から爆発音、咄嗟のこと一瞬だけ足を止めてしまったが、すぐさま走り出す。

 

 途端、背後から聞こえた空を斬る音。舌打ちがわずかに聴こえた気がした。

 

「ちょこまかと!」

 

 地図上だと、この先に大広間があったはず、そこまでいけばとりあえず回避できなくなるといった事態は避けられるはずだ。それに。

 

 そっちのほうが俺も戦いやすい。

 

 

 

 

 

 

 

「追い詰めた……というより、自らここに歩みを進めていたようですわね?そんなにこれが恐ろしいので?」

 

 走り続けること数分。数多の攻撃を潜り抜けてようやくたどり着いた大広間。普段は訓練用に使っているのか所々に傷が見られるものの視界を遮るものはなく、ただただ広い空間であった。

 

「そりゃな。魔導なんて他国からしたら、恐怖以外の何物でもねぇよ」

 

「魔導が……ね」

 

 正面に再び魔導陣を展開した彼女は、にやりと笑った後、それを打ち消し口を開いた。

 

「じゃあ、魔導なしで戦ってみましょうか」

 

「そりゃ……何のつもりだ?」

 

「ふふ、簡単なことよ?あなた程度魔導なしでも十分という意味よ」

 

「へぇ?大した自信だな」

 

 帝国魔導院戦闘部門第八席。席持ちということもあり、魔導なしの素の戦闘力というものも大したものなのだろうということは容易に想像がつく。それに、席持ちになるには魔導なしの力も必要とされるとも聞くし。

 

 でも、それでも、それが油断っていうことは馬鹿でもわかることだろう。

 

 まぁ今のこの状況。油断してくれるのはありがたいに越したことはない。

 

 ただ、腹立たしくは思うがな。

 

「ねぇあなた。もしかして開けた場所は自分だけが優位とは思ってない?」

 

「思ってねぇよ」

 

「……つれないわね。まぁいいわ、私の得物もバレているものね」

 

 パチンと床を打つそれ。蛇柄の模様のついたその鞭を床に滴らせた彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「さぁ始めましょ?」

 

 途端、俺の足下が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「魔導なしってのはなんだったんだよ!」

 

「あら、戦場で相手の言葉を信じるなんて……ルーキーかしら?」

 

「上等じゃねぇか!」

 

 地面が完全に砕ける前、すぐさま飛び上がった俺は辛うじてその攻撃に巻き込まれることなく再び地面に足をつけた。

 

 横目で眺めたその場はすでに破壊されつくしており、残った瓦礫がその威力を物語っていた。おそらくあそこに立っていたままだったら生き埋めになっていたことに違いないだろう。

 

 それにしても……綺麗に騙された。戦場では何でもあり、嘘も方便か。

 

「ボケッとしている場合でして?」

 

「っ!」

 

 素早く身を引けば、空を斬る音。鞭をしならせたに違いないそれだったが、初動が早すぎる。さすがは、といったところか。

 

 反転して打ち上げのようなその一撃を躱し、そこから振り下ろされたものを前へステップ。

 

 少しでも距離を詰めたいところだが!

 

 地面の揺れ。嫌な予感と共に背後へ飛ぶと案の定、その場が破損した。

 

「相変わらず厄介だな魔導は!」

 

「あら、心外ね。じゃあ鞭の味も楽しませてあげる」

 

 上下左右から、様々軌道を辿って迫ってくるそれ。辛うじて回避はできているものの、いつこの一撃が当たってもおかしくはない。

 

 それに。

 

 目の前に再度展開された魔方陣。そこから飛び出す弾丸を走り続けることでなんとか避ける。

 

 鞭による中距離と遠距離魔導。これじゃ俺が攻撃する間もなく終わってしまう。

 

「あははっ、逃げるだけかしら?」

 

「なわけだろ!」

 

「っ……と危ないわね」

 

 拾った瓦礫の破片を投擲。すぐさま鞭にて弾かれたものの、そこで鞭を使ったのがキーと見て良いのだろうか。

 

 つまり、魔導は瞬時には使えない?

 

 回避のついでに更に瓦礫を蹴り飛ばす。同時に舞った砂煙に身を隠し、突貫しようとしたが。

 

「……ま、させてくれないよな」

 

 鞭の一振りで、その煙は断ち切られ、魔導と組み合わせで背後への回避を余儀なくされる。

 

 一見、チキンプレイにも見えるそれ。だが、命のやり取りにおいて自分の有効な距離をずっとキープし続けるというのは実際、厄介極まりないのだ。

 

 そして、その戦況を変えるための一手は俺は持ち合わせてはいない。

 

 ……また負けるのか。

 

 思わず脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 

 いや、そんなことはない。相手も人間、どこかで隙は生まれるはず。

 

 だが、生まれたとて、この距離を詰めれるか?

 

「ちっ」

 

 弱気な言葉が生まれたことに思わず舌を鳴らしてしまう。

 

 気にくわない。この程度で弱気になるなど、この程度で諦めるなど。

 

 こいつなんかよりも、もっともっと強い相手はいた。力で押し負ける相手がいた。読み合いで負ける相手がいた。数で負ける相手がいた。当然、遠方からの攻撃で負ける相手もいた。

 

 でも、それでも俺は最後は勝ってきたんだ。全てを使い、全てを擲って。

 

『俺は所詮、蛙だったんだよ』

 

 認めたくなかったよ。言いたくなどなかったよ。だって俺は勝ってきたのだから。殺して生き残っているのだから。

 

 それは、殺してきた奴らへの侮辱だから。

 

 でも、それでも、認めざるを得なかったんだよ。それほど、魔導ってものは強すぎたんだよ。

 

 だってそうだろう?今だってほら、

 

 

 前に進めてない。

 

 

「……うるさいな」

 

 

 回避しながらも、脳裏に浮かぶ言葉の数々。喧しいけども消せなくて、どこか納得しているそれ。

 

 ……もう駄目かもしれないな。

 

「っ!」

 

「ようやくかすりましたわね?」

 

 回避し損ね頬を掠めたその弾丸。致命傷には到底及ばなかったものの、その事実は深く刺さった。

 

 魔導。また、魔導。

 

 さっきから右腕が酷く痛む。痛い、なぜ?

 

「あらら?動きが鈍くなってきていますわよ。もうお仕舞いかしら?」

 

 鈍ってきた?なぜ?俺は勝たなきゃいけないんだろ?失った皆のためにも、俺自身のためにも、そしてウィルのためにも。

 

 ………ウィル?

 

『先の戦争の……炎の魔術師だ』

 

 それはつまり、仲間たちを殺した一角ということ。ならば、なぜ俺は仲間だと言えた?

 

 …………。

 

 仲間………?戦場での仲間ってなんだっけか。

 

 仲間ってのはお互いの傷をなめ合うことなのか?

 

 そこまで考えてようやく、自身の中で歪んでいた歯車が動き出した気がした。

 

 あぁちげぇわ。

 

 何もかもが違うわ。

 

「急に立ち止まってもう諦めましたの?あれだけ威勢よく吠えてながら、呆気ないものですわね」

 

 仲間を失ったから?自身が損傷したから?魔導が強すぎて?ウィルを助けたくて?

 

 何言ってんだ俺は。

 

「的外れにも程があるだろ」

 

「……?まぁいいですわ。とっとと散りなさい」

 

 女が腕を伸ばすと同時に展開された魔法陣。それを前に俺はようやく理解することができた。

 

 いや、取り戻すことができた。

 

 喧嘩を、戦闘を、戦争を、血なまぐさく争ってきたころの過去の心を。

 

 戦場というものを。

 

「撃て」

 

「………ぁは」

 

 興覚めにも似た表情を浮かべ非情にもその宣言を告げるその女を見て、俺は笑みが浮かんだ。

 

 仲間が失った?戦場ではそんなことは日常茶飯事だ。数の問題だろ、戦場まで持ち込むな。

 

 自身の損傷?知るか。命の代わりにくれてやったものだろ、何を痛む必要がある。

 

 魔導?今更、新たな力が出てきたってだけだ。対応してやればいいだろ。それより強い力を得て。

 

 ウィル?…………お前の好きにしろよ。強大な力を持っているが、敵になったわけじゃないんだ。生かすも殺すも犯すもお前次第。

 

 呆れるくらいの正論。甘えた考えで一体何を悩んでいたのか。馬鹿かよ。いや、馬鹿に違いない。

 

 戦場に殊勝な考えで挑むなど………ルーキーかってな。

 

「甘いな」

 

「そんな!」

 

 広範囲を撃ち抜くその魔導。しかし、総数が同じであれば広範囲になればなるほど密度というものは必然的に薄くなる。

 

 つまり

 

「全て切り伏せた……ですって!?」

 

「はっ、案外切ってみれば大したことねぇな。実弾よりは軽い」

 

「っ!」

 

 魔力と呼ぶべき力が魔方陣に集まり、再び弾丸が形成される。

 

 また断ち切ってもいいが………。もう我慢する必要もねぇか。

 

「ははは!こっちから行くぜ?」

 

 弾丸が放たれると共に剣を振り、足を踏み出す。

 

 こうなりゃ全てを断ち切る演出もする必要もない。ただ自分への決定打になるものだけで構わない。

 

 そして、走り、切るそれだけ。

 

 それだけで終わるのだから。

 

「通させると思って!?」

 

 弾丸が通らないとわかるや否や、鞭を振り回す女。一見乱雑に見えて、足、腕、首と確実に効果的な場所ばかり徹底して狙いにきてやがる。

 

 両手がありゃ、わざと腕に巻きつけて引っ張り斬りつけるなんて真似もできただろうが、生憎こちらは片手のみ。

 

 さてどうしようか。

 

「燃えつくせ!炎環花!」

 

 途端、響き渡った声と共に吹き上がる炎。それはあっという間に黒コートの女を包み込んだ。

 

「ちっ!こんなときに邪魔が……!」

 

 なんとかその炎を退けたその女は、距離を取ったのをいいことに鞭はそのままに再び魔法陣を形成する。

 

 しかし。

 

「ふん、その程度の魔導で私の一撃が防げると思うな」

 

「五席ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 瞬時に足下一杯に形成された魔法陣。気を取られたのも一瞬、素早くその場から身を引くとその魔導を放ってであろう少女の下へ走る。

 

「おいおい、俺まで巻き込もうとするとはいい度胸だな?」

 

「ふん、少しは離れやすい様に配慮している。それに、この程度の魔導に巻き込まれるならばそれまでだ」

 

「そうかよ」

 

「………貴様、少し雰囲気変わったか?まぁいい、ともかく見ろ」

 

 少女_ウィルが指差した先に見えたのは、魔法陣からあふれ出た炎を、これまた自らの魔法陣で形成したであろう炎で打ち消している様子。しかし、悲しいか威力も範囲も違いすぎる。

 

「第八席、奴の魔導は記憶の具象化。威力は実物よりは劣るが長期戦になれば苦労したのは貴様だろうな」

 

「そりゃどうも」

 

 記憶の具象化ね。足下一杯を爆発させたりとか、天井を落とすとか、水中に閉じ込めるとか、えげつない手段使われていたら負けていたのかもな。ただ、そんな記憶がないのかもしれないけど。

 

 相変わらず魔導は恐ろしい。

 

「………貴様は私を殺さないのか?」

 

 そんなことを考えていた矢先、ウィルは少しの沈黙の後、口を開く。

 

「なぜだ?」

 

「私は貴様の仲間を殺したのだろう?そして自覚なしときた。恨むには十分だと思うがな」

 

 視線を落とし、けれどもはっきりとした口調で淡々と語るウィル。その様子を前に、少しいら立ってしまった。

 

「おい、ウィル」

 

「なん…!痛い!な、何をする!」

 

 乱暴に頭を掴むとそのまま顔をこちらへと向け、その視線がこちらに向くようにする。

 

 ようやく見えたその目は案の定、揺れ動いていた。

 

「泣き虫なガキが何強がってんだよ」

 

「な、泣いてないし、私はガキじゃない!」

 

「そういうとこがガキなんだよ」

 

「違う!私は、わた、しは……」

 

「別にガキは悪いことじゃねぇよ」

 

 今にも崩れ落ちそうなウィルの身体を支えるとその頭に手を置く。

 

 ………そういや、いつだったっけか。同じことを妹にもやっていた気がする。

 

 今となっちゃらしくねぇけど…………まぁ悪くはねぇか。

 

「だから……悔やむな。俺はここにいてやるからよ」

 

 小さな嗚咽の音が耳に響きながら、俺の目には目の前のウィルの姿が妹の姿と重なって見えた。

 

 気の強くて常に周りにツンケンな態度を取ってしまうが、実は根は優しくて泣き虫だったあいつ。

 

 ……どっかで元気にしているといいけど。

 

 

 

「よくも……よくもやってくれましたわね……」

 

「っ!」

 

 明確な殺気と言うものを前に、俺は思わず頭に置いていた手を離し、剣を手に取った。

 

「お前よくあの中で生き延びたな?」

 

「随分と……舐められたもの……ですわね」

 

 燃え盛る炎の中から脱出していたその女。見るまでもなく虫の息と言える様子だったが、ウィルの話を信じるに、まだ警戒の余地は残っているだろう。

 

 あれだけの炎を展開されちゃこっちがたまらない。さっさと仕留めるか。

 

「ウィル!別にあいつをやっても構わないのだろう?」

 

「……あぁ問題はない」

 

 なら話は早い。横目でウィルが距離を取るのを眺めながら、俺は標的を定める。

 

 戦術と言うものでもない単純な攻撃。

 

 ただ近づいて斬る。それだけの話。

 

「私がこんなところで死ぬわけには!」

 

「終わりだ」

 

 勢いよく飛び出した俺は、その勢いのままに剣を振りそして。

 

 

 

 

 

「遅い」

 

 呆気なく弾かれた。

 

「っ!」

 

 何が起きたかは把握できなかったものの、弾かれたのは確か。すぐさま体制を整えるといつの間にか女の前に立っていたその男を眺め見た。

 

 黒のコートに蒼の長髪。腕には長太刀を携えたその姿。

 

 誰かはわからなかったものの、邪魔をしてきたことから敵なことには違いはないと剣を構え、気づいた。

 

「大剣が……折られている!?」

 

 嘘だろ?いつの間に?そんなに痛んでなかったろ?

 

 驚きと混乱が脳裏を渦巻いているころ、再び声が響いた。

 

「はぁはぁ……ようやくたどり着きましたよー。もう私が眠っている間にどんだけ移動しているんですかー君たちはー。いやーもうほんと散々な一日ですー、第一席には無茶ぶり言われるし、誰かには放置プレイされるし、飛んできた瓦礫が頭に直撃するしで……もう全く温厚な第四席ちゃんもぷんぷんですよ?ぷんぷんすぎるので、これから毎日第一席の家焼こうぜ?ってあれ」

 

 

 

 

「第一席?」

 

 

 

 

 突然現れたその黒コート少女。確かここの地下の入口で見た子だったが……。第四席だったのかあいつ。いや、そんなことは今どうでもいい、肝心なのはその言葉だ。

 

 第一席。確かにそう言ったよな?だとすればこいつが帝国最強の………。

 

「あ、あ、あのーそのー。これにはちょっとばかし語弊がありましてですねー。言葉の綾と言いますか何というか……。あ、そう、そうですよ!これは外国の言葉なのですよー!第一席すごいって意味の!ハハハ全くもうコレカラマイニチダイイッセキノイエヤコウゼなんですからー!アハハハハハハハ」

 

「第四席」

 

「……はい」

 

「これから毎日第四席の家焼こうぜ?」

 

「え……あ、あはは、全く第一席もお上手なことでー。………え、冗談ですよね第一席?」

 

「余興は置いておいて、そろそろこの場の区切りを付けさせてもらおうか」

 

「え、余興?余興ならセーフ的なエッセンス?え、わからないわからないわかんないよ!!」

 

「……第四席」

 

「……はい」

 

「黙れ」

 

「……はい」

 

 しゅんと怒られた後の子犬のように縮こまるその少女。少し気の毒に思えてきたが、今はそれを気にする場合でもないだろう。

 

 剣がいつの間にか折られたこともそうだが、目の前のこの第一席という男からはただならぬ気配を感じる。普段なら高揚感を抱いたかもしれないそれは、今回ばかりは脳が警鐘を鳴らし続けていた。

 

「第四席」

 

「え、ま、また私?ちゃんと黙っていたじゃないですかー!もしかしてあれですかー、心臓の音がうるさいとか言うのですかー!パワハラだ!パワーハラスメント反対反対!」

 

「……黙るついでに、そこの第八席を回収して医務室に連れていけ」

 

「あー、そういうことですか。はい、了解ですー」

 

「なっ!私はまだ戦えま……」

 

「第八席。これ以上私を失望させるつもりか?」

 

「っ。はい……」

 

 そう言われてしまえばどうしようもないのだろう。実際、虫の息だった彼女は第四席に掴まれ、扉を抜けどこかへ去っていく。

 

 残ったのはこいつ一人だが………この状況、ウィルを逃がしながらと考えるとさすがに厳しいか。

 

「安心しろ。別にすぐ殺そうというわけではない」

 

「顔に出てたか?まぁその言い草だと、いずれ殺すという意味になりそうだけどな」

 

「戦場で私の前に立とうと言おうものならな」

 

「はっ、そうかよ」

 

「それにしても………戦場の鬼、その名は伊達ではないようだな」

 

「そりゃどうも、帝国の英雄さん」

 

 傭兵として数多の戦場を渡り歩き、自身は生き抜きながらも数々の将を討ち取り、軍を勝利にもたらした。その過程で得られたその名は勝手に肥大されていき世界中に響き渡った。

 

 強さを認められることは嫌いではないが………この本物の英雄にそれを言われると見劣りするのも確か。

 

「皮肉ではなかったのだがな。まぁいい」

 

 彼はそうやって一区切りをつけると、再び口を開いた。

 

「貴様がなぜここにいて、なぜ第八席と戦うことになったのかはすでに承知している。その目的も、な」

 

「………」

 

「だから好きにするといい。貴様の目的を果たす分は邪魔はしないと誓おう」

 

「……は?」

 

 完全に予期していなかった言葉。それはつまり。

 

「見逃してやる、ということだ。第五席、貴様もな」

 

「……それはどういう意図か聞かせてもらおうか。第一席」

 

 俺が口を開く前に、横から響いた言葉。同僚であるはずのウィルにとっても容易に信じることのできないってことか。

 

「何、ただ一つ条件があるという話だ」

 

「それを……聞かせてもらえるか?」

 

「ああ、構わない。それは………」

 

 

 

 

 

 

 

 ______________▼

 

 

 

 

 

 

 

「まさか俺がこの服を着ることになろうとはな」

 

 蛇と剣のマークの入った黒のコート。あの戦争で、基地に侵入したときも含め散々目にしてきたその服に腕を通しながら俺はぼやいた。

 

「ふん、服に着られるとはまさにこのことだな。似合わないにもほどがある」

 

「ストレートに言うなよ……。俺だって思ってるわ」

 

 袖を通させるために服を持ちあげるなりなんなり、俺の手伝いをしてくれるウィルに言葉を返し、改めて鏡を見る。

 

 うん、似合ってねぇ。

 

「それにしてもなんだてめぇ。着替え手伝ってくれたのはありがたいが、わざわざそれを言うために来たのか?」

 

「……ほう?私に喧嘩を売るとはいい度胸だな《側付き》。魔導も満足に使えないお前が私に敵うわけ……いたっ!何をする!」

 

 調子に乗ったウィルを()()で軽く小突き、口を開く。

 

「うん、これ案外使い勝手いいのな」

 

 義手。機械チックなデザインのそれだが、中に魔導的な構築がされており耐久性は抜群。それに加え、指の一本一本までしっかりと動かせることもあり、機能性も十分にある。難点としては外見が鉄なこともありその力の加減がしにくいところだが……まぁ慣れていくしかないな。

 

「帝国の最高技術の結晶、だからな。当然だろう」

 

 口ではそう言いながらも、小突いたことを根に持っているのか露骨に脛を狙って蹴ってくるウィル。シンプルに痛いから止めてくれ。

 

「……にしても、俺なんかがこれを使ってもいいのかねぇ」

 

「どういうことだ?」

 

「先の戦争では第九席を殺した元凶。その後、基地に単独で侵入し基地の一部を破壊、第八席を負傷させた。細かいことを含めればもっとあるとは思うが、ざっと考え付く理由だけでも十分警戒するに値すると思うが」

 

 それに、兵や将の心情や内政のことも含めれば、俺がここにいるということは後々まずい事態になりかねないということは俺でも十分に把握できる。それをあいつ……第一席が理解していないはずはないが…。

 

「……第一席にとってはそれほど警戒していないのかもな。貴様も、私も、帝国自体も」

 

「……どういう意味だ?」

 

「それがわかれば私も困惑はしていない」

 

「それもそうか」

 

 真実は第一席のみぞ知る。ただ一つ言えることは、俺もこいつも、もしかしたら帝国自体も第一席の手中にいるということ、か。全く末恐ろしいことだ。

 

「……なぁ」

 

 服も着替え終わり、目的の時間まで何しようかと考え始めた時、何かを考えこんでいた様子のウィルはおずおずとした様子でそう尋ねてきた。

 

「なんだ?」

 

「貴様は………私と来たこと後悔していないのか?」

 

「……それはつまり帝国軍に入ったことってことか?」

 

「…あぁそうだ」

 

 第一席が語った条件。それは、俺が帝国軍に加入するといったものだった。半ば強制だったそれだが、確かに元々の目的がウィルを助けることだったことを踏まえれば、目的には反していないのかもしれない。

 

 それに、お咎めなしでこの帝国魔導院戦闘部門第五席側付きなんていうポストにまで就いたんだ。それを見逃すと表すならば条件には沿っているのかもな。

 

 ただ、強引すぎる手法だとは思うが。

 

 ウィルもその流れでというか、元々帝国の人間だったのもあり帝国軍に残ったが、どうも俺が帝国軍に入ったのを自分のせいだと思い込んでいるみたいだ。

 

「まぁ後悔はしてないが……思うところはあるってのは確かだろうな」

 

「そう、だろうな。………無理させ…」

 

「ただ、な」

 

 ウィルのその弱気な言葉を強引に断ち切り、俺は言葉を続ける。

 

「俺は残念ながら皆みたいに殊勝な心掛けを持って生きてはないんだよ。何かの約束のために、とか、仲間を守るために、とかそういった理由は思いはしたものの俺には似合わなかった」

 

「……」

 

「俺に似合ったのはやっぱり、自分の好きに行く生き方。それで、俺が一緒にいて楽しいと思ったのが」

 

 

「てめぇだよ、ウィル」

 

 

「まぁなんだ。俺は俺の好きでやってんだ。てめぇが気にする必要はないって話だ」

 

 言ってて恥ずかしくなってきたため、途中からウィルの顔をはっきり見ることはできなかったが、確かに言い切った。

 

 これで失望するもどう思おうもウィルの勝手だが、こういう立場になった以上、下手に嫌わないでほしいものだが。

 

「そうか……ありがとう」

 

 まさか礼を言われるとは思いもしていなかったため、思わずその顔を正面から覗いてしまう。

 

 目じりが下がり、口角が上がったその姿。

 

 思えばウィルが笑っている姿は始めて見たかもしれない。いつも仏頂面のこいつでも、こんな顔は見せれるんだな。

 

 そこまで思ってようやく自身が笑っていることに気が付いたのか、はっとした表情の後、顔を赤らめそっぽを向く。

 

「もっとその顔を見せていれば、お前も寂しがらず帝国軍での立ち位置できるだろうに…」

 

「うるさい黙れ愚図が」

 

「おぉ、久しぶりにその語尾聞いたな」

 

 ぷん、と効果音が付いていそうなくらい拗ねてしまった彼女。いずれ元に戻るのだろうが、仕方ない。俺が一肩脱いでやるか。

 

「それに、言ったろウィル。俺は蛙なんだって」

 

 何を言い出しているんだこいつはといった視線を向けるウィル。話は最後まで聞いて判断してくれよ。

 

「井の中の蛙大海を知らず、だよ。だから、よ。俺に大海という名の、魔導を、帝国を、世界を教えてくれないか?」

 

 我ながらうまいこと言えたのではないか?と思いウィルを除けば、馬鹿かこいつ、とでも言いだけな姿。なんだよこいつは。

 

「私が見せれるのは、大海は大海でも火の海だがな。それにそのことわざには続きがあるのだよ」

 

「あ?」

 

 軽く落ち込む俺に降り注いだその声に思わず言葉が漏れた。

 

「井の中の蛙大海を知らず、されど空の蒼さを知る。……貴様はもう十二分に知っているであろう?」

 

 空の蒼さ。………あぁそっか。そういうことわざだったのか。

 

「そろそろ時間か。行くぞ()()()

 

「はいよ」

 

 外は眩しいほど明るい。これならば当面の間は問題ないのだろう。

 

 だって俺は、空の蒼さを知っているのだから。




読了ありがとうございました!
また後日、補足も兼ねたキャラ紹介がありますのでよければそちらもご参照くださいませ。
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