村人は蘇生したら駄目なんですか? 作:釘豆腐2世
葡萄月の二日。私は新しくこの村の教会の管理者に任命されました。
羊皮紙に筆を走らせながら、私はここ数日の出来事を思い出していました。神父様と少女の両親の処刑は、公にはされませんでした。表向きには神父様は他の教会へ栄転、父親は神父様のお手伝いとしてともに旅立った、ということになっているようです。
私はというと、修道女としては異例の話ですが、処刑された神父様の跡を継ぐ人がいなかったため、司祭へと昇格させられ、神父様の代わりに働くことになったのでした。
それでも無論、あの秘密をもらしてしまえば、私も絞首刑を免れないでしょう。だから、その噂については私はひたすら沈黙し、与えられた仕事をかたづけることに集中していました。
「……司祭、お庭のお仕事が終わりました」
少女が私の部屋ー元は神父様が使っていた部屋でしたーに入ってきて、そう告げました。彼女は現在、教会に入って私の代わりを務めています。もしも私が処刑されたら、次はあの子が代わりになるのでしょうか? そんなことを思いながら、私は窓の外を見ました。すでに稜線は赤く染まっており、もう夕方になっていました。
「お疲れ様です。夕飯まで部屋に戻ってゆっくり休んでいいですよ」
「わ、わかりました。……ところで、お話があるのですが」
「なんでしょう」
少女は、言いにくそうにもじもじしながら、やがてこう切り出しました。
「私のお母さんに……お手紙を書いてもいいでしょうか」
ちなみに司教様は、母親が蘇生したと知っている彼女に対しては母親と父親両方を連れて行くと説明しました。さすがに年端のいかない少女を処刑するのをためらったのか、身寄りがない彼女が好都合だったのかはわかりませんが、修道女にしてしまおうというおつもりのようでした。
「……それは、本部の方に問い合わせてみましょう」
問い合わせるも何も、彼女の両親は死んでいるので手紙の送りようがないでしょう。しかし、表向き両親が生きていると説明しているため、嘘をつかざるを得ませんでした。このことについてどうしようと思い悩み始めた時、ふと私は妙に思いました。
「……あなたは文字の読み書きができるのですか?」
普通、これくらいの田舎の人間であれば、文字の読み書きはできません。それができるのは村の運営にかかわる者や教会の人間くらいですが……。
「はい。昔、私の父が旅人に手習いを受けたことがあったそうで……それで私も父から教えてもらって、ちょっとだけ読み書きできるんです」
「そうだったんですか。知りませんでした」
それなら、書類を彼女の目が届く場所に放置することはできません。万一あの死亡通知を見られたら、大変なことになるでしょう。私がそんなことを考えているとは露も思っていないらしく、少女は、「じゃあ」と言ってくるりと回れ右しました。
「もし許可が出たら教えてください! ひょっとしたらお父さんとお母さんは私がちゃんとお仕事できているかどうか不安がってるかもしれませんし」
「………そうですね。分かったらすぐに教えましょう」
少女がばたんとドアを閉めると、私は長いため息をつき、書類の記入を再開しました。さっきよりもずっと重くなった手を動かしながら。
葡萄月の十日。審問官がふたたびこの村を訪れました。
午後に礼拝堂の窓の掃除をしていると、こんこん、と扉をノックする音が聞こえてきました。
「開いています。どうぞお入りください」
私が言うと、扉が開き、訪問者が入ってきました。私はその顔を見たとき、はっとしました。
神父様が司教に連行されていったとき、そこにいあわせた審問官の青年でした。あの日は注視していませんでしたが、どこか抜け目のない印象の顔で、にこにこと笑ってはいるものの、嫌な気配のする人でした。
「お久しぶりです司祭どの。いやあ、この度の出世、おめでとうございます」
「……それはどうも。あなたの方は神への奉仕は順調ですか?」
「いやあ、僕の方はまだまだですよ。面倒な異端審問もやらないといけませんしね。本当に羨ましい」
すっ、と細められた目に、私はある種の嫌悪感を覚えました。私が神父様の死を踏み台に出世できて喜んでいるとでも思っているのでしょうか? からかっているだけだとしても、冗談にしてよいものではないでしょう。
「何の用です? 連絡を受けていませんでしたが」
無意識に声がとがっていましたが、審問官の方は一向に気にする様子を見せず、ああそうだった、と言うと、懐から一冊の書物を取り出しました。
「『引継ぎ』をしに来たんでした。本当はあの通知が送られた時点で一緒に同封する予定でしたが……今回は少し様子見をしてから渡そうということでしたので」
「引継ぎ?」
「はい。『蘇生術』の使用法を記した書物です。一つの教会につき一冊支給されるものです」
審問官が手渡した書物は地味な装丁で、一見して人間を生き返らせる、禁忌と言えるほどの術の使用法が書かれているとは思えないほどみすぼらしいものでした。
「あなたがあの事件に関与していた可能性も考えて、即座にこれを譲渡するのは上層部で意見が分かれたそうです。しかしこの頃異教徒や魔物たちの活動が活発な今は、やはり蘇生術を使えない教会があるというのは不都合な場合もありますからね」
やはり司教様は私を見逃したものの、やはりどこかでまだ疑っていたようです。あらためて自分がどれほど危うい立場に置かれていたかに気づき、ぞわりと鳥肌がたちました。
「そうそう、もちろんこの本の存在をあの少女に教えてはいけませんよ」
審問官が口にした名前を聞いて、私は一つ、聞きたいことがあったことを思い出しました。
「そういえば、あの子は親に手紙を出したいそうです。どうすればいいと思いますか?」
それを聞いた審問官は、片眉を上げ、やがて、ははっ、と笑いました。
「ああ、そうか。そうでしたね。何も知らないのか……うん、それは無理だと言うべきところですが……しかし彼女のためにも、手紙は出させてあげた方がいいでしょう」
「しかし、返事はどうすればよいのです? 返事を書く人はこの世には……」
言ってから、私は少女がいないか、聞き耳を立てている者がいないかを確かめるため、辺りを見回しました。
「大丈夫ですよ。この辺には僕とあなた以外誰もいません………返事なら、あなたが書けばよいのです」
審問官は、何でもないことのように答えました。
「まあ家族でしか知らない話もあるかもしれませんが、そこはうまくごまかして。そのうち親のことなんか忘れますよ。……まあ、両親から音さたがないというのは不安でしょうし、優しい嘘ですよ、優しい嘘」
審問官はそう言い残すと、では、と言って教会の扉の方へと歩いていきました。しかしその途中で立ち止まると、振り返ってこう言いました。
「……あなたはくれぐれも、馬鹿な真似をなさらないよう」
葡萄月の二十日。私は五日前に少女が書いた手紙に目を通していました。
私が手紙を送ることが許可されたことを伝えると、少女は大喜びで古い羊皮紙に手紙を書きつけ、私に差し出しました。五日後、私が部屋に戻って彼女の手紙を見てみると、そこにはいくつか書き間違いがあるものの、懸命に吟味して、伝えたい思いを重ねたらしい言葉が並んでいました。
『お母さん、お元気ですか。わたしは今日も司祭様のお手伝いをして暮らしています。ふたりが急にまちの方にいくって言われて、あと、わたしが教会にいれてもらえるなんてきいてちょっとびっくりしたけど、きちんとお仕事をしていますから、どうか心配しないでください』
私は、静かに手紙を読み進めました。
『司祭様は優しくていい人だけれど、ふたりがいないのは少し寂しいです。もしこの村に帰ってくるようなことがあるなら、おてがみでおしえてください。それと、まちというのはどんなものでしたか。神父様のおてつだいで忙しいかもしれないけれど、ようすを書いてほしいです』
手紙をすべて読み終えると、私は手紙用の古い羊皮紙をとり、「返事」を書き始めました。
『あなたがちゃんとお仕事をしているだろうということは知っています。だからこそ、神父様があなたのことを推薦していたのです。私とお父さんは神父様の身の回りのことや教会での雑事に追われて忙しいので、村に戻ることは難しいと思いますが、もしも暇ができたら必ず伝えましょう』
さて、と私は思いました。彼女の手紙には街の様子を記してほしいと書いてあります。私はここに赴任する前に住んでいた街の景色を思い浮かべて、続きを書きました。
『街というのはまず、石畳のおかげで地面が真っ平らになっています。そして、高い赤レンガの建物が立ち並び、通りは人でごった返しています。道端で商いをする人はたくさんいて、うっかりすると人と人の隙間にいる泥棒にお金を盗られることもあるそうです』
私は普段とは少し違った筆跡で文字をつづると、くるりと紐で結び、机の引き出しにしまいました。しばらく時間をおいて、彼女に渡せばよいでしょう。
そして、残った彼女の手紙は、丸めてかまどの火の中に入れて燃やしてしまいました。私が書いた手紙は仮に見つけられても届ける前だったと言えば問題はないのですが、彼女の手紙があることが知られれば、実際には街に手紙が送られていないことが明らかになってしまうからです。
かまどの中に放り込まれた彼女の手紙は、火にあぶられ、少しずつ灰になっていきました。
私は真に読まれるべき者に読まれることなく燃え尽きていく羊皮紙を眺めながら、胸のどこかにりんごがつっかえたような気持ちを味わっていました。
「……これで、いいのかしら」
もちろん、答えてくれる人はいませんでした。いたなら答えてくれたであろう神父様も、もういませんでしたから。
葡萄月の二十二日。富豪の老夫婦が、教会を訪れました。
表で馬車のとまる音がしたような気がしました。
その日、私は教会のかぼちゃ畑の様子を見ていたのですが、慌ただしく馬車を開く音とともに、大声で私を呼ぶ声が聞こえました。
「おーい、ここの教会の責任者はいるか?」
少し錆びた男性の声でした。私が慌てて畑から戻ると、そこに立っていたのは、こぎれいな身なりをした二人の老人でした。どうやら二人は夫婦のようでした。私を呼んだのは老紳士の方らしく、老婦人は何か人形のようなものを抱えていました。
「はい。私がここの教会の司祭ですが」
私がやってくると、老紳士はぱっと顔を明るくしました。
「よかった。頼む。寄付金はいくらでも弾むから、私たちの孫を生き返らせてくれ」
「え……」
「私の妻が抱いている子が、わしらの孫だ。森で遊んでいて頭を打ったらしい」
さきほど人形だと思ったのは、どうやら子どもの死体だったようです。老婦人の抱えている子供をじっと見ると、その死体ー五歳ほどの少年でしたーの後頭部には大きなへこみができており、鼻や耳からちろりと血がもれていました。
「……残念ですが、私が蘇生できるのは法で規定された人間だけです。勝手に生き返らせることは……」
「それなら心配ない。もしものために、この子が死んでしまったら蘇生できるように保険をかけている」
老紳士が見せたカードは、確かにこの少年が蘇生の対象になりうる法的な根拠を示すものでした。
「失礼ですが、どこでそれを?」
「大枚をはたいて買ったものだ。さあ、頼む!」
老紳士の気迫に押され、私はうなずきました。村の誰かに蘇生の様子を見られないよう、私は老夫婦を招きいれると、礼拝堂の扉に鍵をかけました。
「司祭様。私は何か……お手伝いできることはありませんか?」
振り向くと、少女が礼拝堂の奥に立っていました。おそらく奥を掃除していたところなのでしょう。少女は少年の死体を見て全てを察したようで、遠慮気味に言いました。
「……大丈夫です。ちゃんと蘇生はできますから」
私は少年の死体を床にそっと横たえると、彼に触れ、舌の根で蘇生の呪文を詠唱しました。するとあの日のように、礼拝堂は眩い閃光に包まれました。
少年の頬にだんだん赤みがさしてきました。皆がじっと息をつめて見守る中、彼は目を開け、身体を起こしました。
「……ここはどこ?」
少年が何かを言い終える前に、老紳士が少年を抱きすくめ、おいおいと泣き始めました。老婦人はその様子を見て顔をほころばせながら、安堵のため息をつきました。
「……あなたは死んでいました。次に森で遊ぶときは、気をつけてください」
「え……?」
まだよく状況が飲み込めていないらしい少年に、老紳士はつぶやきました。
「よかった……本当によかった……森で倒れてるお前を見て、本当にだめかと……」
「……あなた。そろそろ離さないと。今度は窒息死しちゃうわよ」
老婦人が言うと、はっとして老紳士は少年から腕を離しました。そして、私の方に向き直りました。
「……私の息子の命を救ってくれてありがとう。もし何か困ったことがあったら、ここに連絡してくれ。力になる」
老紳士が差し出したカードを受け取ると、そこには有名な街商人の名前が書いてありました。命を
「……別に、お金をもらう必要は……」
「私からの個人的な心づけだ。とっておきなさい」
私が目を丸くしていると、老紳士は「それでは失礼」と言い、老婦人と少年を連れて外に置いてある馬車の方へと歩いていきました。
その一部始終を見ていた少女は、老紳士の涙にもらい泣きしたらしく、涙にうるんだ眼で私を見上げました。
「……人が生き返るって、素敵ですね」
「そう思いますか?」
「はい。……司祭様はそう思わないのですか?」
「私は、まあ……」
私は、少女の純粋な問いに、少し気後れしました。彼女はまだ、生き返らせることができるのが一部の特権階級だけであることは知りません。本当ならば教会で雇っている以上、蘇生の決まりについては話しておかなければならないのですが、そうなると彼女の母親は法を犯して蘇生されたことを知るでしょう。
少女がそれを神父様が村から去ったことと結び付ければ、私がついている嘘も、無駄なものになってしまいます。だから彼女に対しては、ただ誰にも蘇生術のことは言ってはならないとだけ言いつけています。
「なるべく蘇生が必要ないように生活をしてほしいと思いますね」
私はそう言って答えをはぐらかすと、作業をしていた畑に戻りました。
葡萄月の二十五日。 夕食のとき、少女に「手紙の返事」を渡しました。
私が書いた返事を渡すと、彼女は部屋に戻るのすらもどかしいようで、その場で手紙を開けました。勝手に私が代筆したものですから、何かがおかしいと気づくのではないかとはらはらしながらそれを見守っていました。
が、それは杞憂だったようで、少女は手紙を読み終えると、ほう、とため息をつきました。
「……向こうの様子が分かってよかったです。司祭様、ありがとうございました」
「それほどあらたまってお礼を言う必要はありませんよ。家族が気になるのは当然のことですから」
私はすました顔でパンにバターを塗っていましたが、少女が大事そうに手紙をしまうのを見届けると、一気に肩の荷が下りたように感じました。
「……古いと言っても手紙に仕える紙がたくさんあるわけではないので、手紙は一月に一回……」
「いいえ、もういいです」
流石に何度も手紙の代筆をするのは負担になるので制限をかけようとしましたが、少女は予想外の一言をつぶやきました。
「……両親は忙しいようなので、仕事の邪魔にならないようにしたくて」
「あなたがそう思うならそれでもいいですが……寂しくないのですか?」
私がそう訊くと、少女は少し照れながら答えました。
「一緒に暮らすのは司祭様でもいいので」
「……でも?」
「ああ、でも、じゃなくてお父さんとお母さんの代わりっていうか……ええと、お姉ちゃんみたいな……私ひとりっ子なんですけど、もし姉がいたらそんな感じっていうか……」
あたふたする少女を見て、自然と顔がほころびました。私がくすくすと笑っているのを見てからかわれたことに気がついたらしく、少女は憮然としていました。
そのとき、教会の扉を乱暴に叩く音が聞こえてきました。ここしばらく急な来客が多いものですから、その日はおよそ警戒心というものが抜け落ちていました。私は急いで扉へ駆け寄ると、不用意なことに相手の確認もせずに鍵を開けてしまったのです。
「一体なんの用ですか?」
私が顔を出した瞬間、髪をつかまれ、私は外へ引きずり出されました。
「声を出すな。おとなしくしろ」
「……!」
私の首元には鈍く光るナイフが突きつけられていました。青々とした髭をさすりながら、その男はどろんとした目を私に向けました。
「……シスターにしとくにはもったいないくらいの上玉だな。ま、
まぎれもなく、その男は盗賊でした。