あるてまが2期生として採用したのは全部で7人。
つまり、俺には6人の同期が居る事になる。
ここは、かつての記憶と全く同じ。
皆の配信前にDisRordで2期生が集ってグループを作成し、顔合わせならぬ声合わせをした事があった。
その時既に簡単な挨拶はしているので、友達登録をしたぐらいでそれぞれ個別にメッセージは送信していない。
初配信の1時間くらい前に、我王神太刀から応援のメッセージが届いた事はあるのだが。
恐らく俺以外にも、同期全員に同じような事をするつもりなのだろう。
キワモノのキャラの癖にあれで結構律儀なのだ、彼は。
閑話休題。
俺はつぶやいたー外交にはそこそこ気合を入れて臨んだが、DisRordには消極的だった。
大抵の場合はつぶやいたーで事足りるからだ。
つぶやいたーは、性質上ダイレクトメール以外のやり取りが外部から見えるので仕事の一環と割り切って運用しているが、DisRordは違う。
同僚や諸先輩方と私的なやり取りをするようなアカウントの運用に割くリソースもなく、辛うじて通知だけは届くような状態で放置していた。
「それで、日程はいつがいい? 私は今週なら火、木、金は夜に時間取れると思う。土曜日ならいつでも空いてるし」
そんな忘れ去られたDisRordは最近同期の夏波結さん専用SNSと化し、今日に至っては通話機能まで有効活用されていた。
どうしてこうなった。
端的に言えば、押し切られた。
それ以上に語る言葉はない。
俺は人を傷付ける事なくやんわりと断る術に長けていない。
「お……
「お?」
「お腹が減ったな……と。軽食を取って参ります、一旦離席しますね」
「あ……そっか、今19時20分だもんね。ご飯時にごめん、配慮が足りなかった」
「いえそんな、謝っていただく程の事では……」
流石に、同期の前で『俺』などと言うわけにもいかない。
上手いこと誤魔化し続けて限界が来るよりは、ここを好機とみて今後は思考する時の一人称も未だ慣れない私とする方が建設的か。
どことなく高貴な育ちっぽい、と庶民丸出しの所感を抱いているが、一人称だけで他ライバーと差別化できるため割と実用的かもしれない。
いずれ元の身体に戻った時にこの一人称のままで考えられる弊害は幾つかあるが、この際気にしない。
それにしても、夏波さんの話はどれも新鮮で面白い。
何より面白いのは、どのエピソードにも彼女の大らかで世話焼きな人柄が透けて見える所。
猫を拾って、乗り掛かった船だと里親になってくれる人を探していたら愛着が湧いてしまい、いざ引き取ってもらう際に人目も憚らず号泣してしまった話。
後輩が本当にダメな男の人ばかり捕まえてきてしまい、いつも相談に乗っているがあまりにも幸せそうなので何も言えず悩んでいる話。
この人は、きっと小さな嘘も吐けない程に誠実な人だ。
ネット上でよく、寛大で面倒見の良い女性の事を『ママ』と形容するスラングがあるが、彼女もその例に漏れない。
かつての世界ではよく『黒猫の事認知して?』という意見も挙がっていたが、そういう冗談にも笑顔で対応できるような懐の深さが、人を惹きつけるのだと思う。
視聴者の事を本当に大切に想う彼女は、だからこそ視聴者に深く愛されていた。
夏波さんは、信用の置ける人だ。
その分、こう思わずにはいられない。
「夏波さんの初コラボが面白味のない私で本当によろしいのでしょうか。戸羽さんや終理さん等、適任の方が他にもいるのでは……?」
コラボの提案に際して、率直な感想はこれでしかなかった。
端的に言えば、黒猫燦の弱点はVtuberではなく社会人である事。
まだ一度しかしていない配信で、自己分析と客観的評価により浮き彫りになった問題点は、'予定調和'だった。
一から十まで、配信の全てに裏切りがない。
配信で起きる全ての出来事が視聴者の予想の範疇にあり、良く言えば安心して視聴できるが、悪く言えば退屈。
バラエティ番組だらけの放送枠に1局だけニュース番組で戦っているようなもので、他ライバーとの土俵の違いを強く感じた。
真面目一辺倒では安定があっても魅力がない、子ども教育番組は一部の愛好家以外には娯楽足り得ないのだ。
今、黒猫燦に求められているのは『親しみやすさ』だった。
その点、マイペースなキャラクターとコラボし強引にあちらのペースに振り回してもらえば、あちらのブランディングを崩す事なく私も新たな一面を見せる事に繋がるんじゃないかという打算が多少なりともあった。
勿論それなりにアドリブ力は要求されるものの、現状のスタンスのまま遮二無二突き進んだ所で停滞は目に見えているし、遅かれ早かれ変化は必要だ。
なればこそ、夏波さんのコラボ打診は私にとっては得でしかなかった。
しかし、彼女にとってはどうか、という話だ。
どちらかと言えば今の所面白味に欠ける私がコラボ先で、本当にいいのだろうか。
傍目には夏波さんにあまり利点がないように思えた。
「……敬語。結。はい、もう1回」
「うぅ……ゆ、結の初コラボのお相手を私が務めさせていただくのに自信がない、と。これぐらいで勘弁して……」
「ん~ギリギリ及第点! 許します」
「ほっ……」
通話を始めてから、ずっとこの調子だ。
終始向こうのペースだし、夏波さんの距離の詰め方は尋常じゃない。
最初こそおっかなびっくりといった調子の敬語だったけれど、この1時間にも満たない通話中に気付いたら既に敬語は外れていた。
特に彼女の腑に落ちないのは'敬語'と'呼称'のようで、度々こうして矯正させられるのだ。
すんでの所でお許しをいただいていても、ひとたび私が「黒猫燦」の活動を卑下した態度でいると、こうだ。
彼女的には、'私が好きな燦の事を燦自身が過小評価しているのが嫌'らしい。
その気持ちはとても嬉しくてなんだか面映ゆいものだけど、そんな彼女だからこそ心配だった。
私が夏波さんの魅力を引き出す事などできるのだろうか。
相手が誰でもいいなら、私じゃ不適任じゃないのか。
「燦の配信見てて、キッチリした人だなって感じたから! 最初にコラボするなら、信頼の置ける人がいいなって。 燦じゃなきゃ、駄目なんだ」
「っ……そ、そうですか」
この人は、何でこう……
訴求力の高い言葉選びが本当に上手な人。
夏波さんは多分、天然の人タラシという奴なんだと思う。
人を惹き付けるカリスマにも幾つか種類があって、この人の場合はとにかく親しみやすいタイプ。
パーソナルスペースが最初からかなり薄くて、スッと懐に入り込んではすぐに警戒心を解きほぐしてしまう。
気遣いがよくできるのも人の事をよく見ているからだし、他人との適切な距離感を見極めるのに相当長けている。
押しの強いように見えて本当に嫌な所までは踏み込んでこないし、無遠慮だけど私が自分を卑下するとこうして怒ってくれる。
求められてしまえばできるだけ力になりたいと思ってしまうのが人の性で、あるてまライバー2期生最速となるコラボ配信は斯くして決定したのだった。
「じゃあ、今週土曜、20時から! 夕方くらいから時間までは打ち合わせしよ?」
「承知しました。夏波さんの迷惑にならぬよう努めますね」
「燦??」
「……ゆ、結の足を引っ張らないように頑張ります、あ、頑張る、ね?」
「……」
「い、一緒に頑張ろ?」
「うん! おやすみなさい」
陽キャ特有のマイナス発言を絶対許さない感も、没出しされない言葉選びもまだまだ掴めない。
曇ることを知らない高気圧ガール、無意識に人を惹き付ける心泥棒な夏波さんは正しく私の天敵と言えた。
本当に、鮮やかな手腕。
DisRoadで一方的なファーストコンタクトをもらってからコラボ配信決定まで、わずか5日。
まんまとしてやられたわけだけれど、不快感を覚えないのは彼女から悪意や怨恨といった思惑を一切感じないからだろうか。
私は多少浮ついた心を平常心に落ち着けるため、おもむろにエゴサーチを始めた。
つぶやいたーから匿名掲示板まで、ありとあらゆる場所で悪評だけを切り取って読み漁っていく。
概ね好意的に見られていたのは喜ばしくもあるが、私の一挙手一投足全てを礼賛する信者が既に何人か確認できてしまい、苦笑いを浮かべる。
称賛、長文リプライ、電子の海で散々使い古され擦り切れたコラ画像。
そういったエゴサーチにおけるノイズを通り過ぎた先に、価値のある意見は有る。
広大な砂漠から砂金を見つけるような途方もない作業も、幾度も経験すればかなり効率化できるようになってきた。
隠語、検索避けは私の前では意味をなさない。
全部見てるからな。
やはり想像していた通り、匿名掲示板からの実りは大きい。
匿名性の強いコミュニティにこそ、飾り気のない真実は宿る。
真に参考にすべきはそういった、希釈される前の忌憚のない意見だ。
そろそろ特定の語彙を含んだ呟きだけを抽出する便利なツールでも作るか、有用性を実証した後に同期の希望者にだけ配布するような形で交友を広げるのも悪くないかもしれない。
いやしかし、それで2期生の技術担当と思われるのも後々の厄介ごとを増やしそうで少し煩わしいな、と益体もない事を考えていると、2期生のリストが更新された。
| 夏波結@あるてま2期生/@natunami_yuiyui たった今、初コラボが決まりました。 同期のしっかり者猫さん、黒猫燦ちゃんと5月5日にコラボします。 詳細はまたツイートします! 楽しみ!!!!!!!!!!!!! #ゆい生ライブ #黒猫さんの時間 |
| @20 ↺100 ♡89 … |
| Reply to @kuroneko_altm |
| タオルケットさん/@xxxxxx 3m Replying to @blanket_sun しっかり者コラボ!期待大 @ ↺ ♡4 … |
| マカデミアナッツに命を捧げろ/@xxxxxx 2m Replying to @Macadamia_nuts 清楚とギャルの化学反応、コラボを座して待つ @ ↺4 ♡6 … |
いや、早すぎるだろ。
通話切ったのついさっきぞ。
というか、今の今で反響ありすぎ。
この瞬間も、ふぁぼもリツイートも怖いぐらいどんどん増えている。
……用意されてない事が分かるライブ感のある文面、そんなに嬉しいものなのか。
喜色満面。
彼女の人柄そのものが表れたようなツイートに、完全にスイッチが入ってしまったのを感じる。
退路は塞がれた。
私は、何としても夏波結の魅力を引き出さなければいけなくなった。
言っちゃなんだが、コラボ打診に彼女側も打算を見出していないとは言い難いだろう。
夏波さんの初配信の結果があまり芳しくなかった事は知っていた。
あるてま2期生として横並びで一斉にデビューさせられた私達。
初配信日はそれぞれ違えど、登録者数には開きがある。
かといって夏波さんに魅力がないかと問われれば、その答えは否。
夏波さんに足りていないのは実力ではなく、セルフプロデュース力。
私達Vtuberは、皆等しく商品だ。
強者が犇めく業界の中で、輝く一等星のように唯一無二の存在となれるべく、日々創意工夫を凝らして自分の商品価値を高めている。
独自のマーケティング戦略を構築し、それに則ったブランディングを徹底する事で市場に自身のイメージを定着させる。
あるてまはライバーの活動方針に関して一切干渉しない。
それぞれが思い描く人気の出るライバー像を体現し、試行錯誤しながら人気を獲得していく私達は、契約の形態こそ契約社員であっても実態としては個人事業主に近い。
夏波さんも私も、スタイルに疑問を覚えて、あるいはスタイルを貫こうとして、現状を変えようとしている。
そして夏波さんは、自分の意思でそのパートナーに私を選んだ。
私が知覚している元の『黒猫燦』ではないにも関わらず。
私はこれを、運命だと思う。
人生を長い道だとするのなら、岐路はきっとここにある。
この分かれ道は、今後の夏波さんの活動に大きく波及するような重要な選択肢。
……正直、光栄に思う事はあっても、ご期待に沿えるかどうかは分からない。
けれど、他の誰でもない私を選んだ事を後悔させたくない事だけは確かだった。