進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話のあらすじ】
出陣前夜、スミス団長とリヴァイの会話。団長はハンジの2枚目の設計図”飛行船”について政治的な危険性を感じ取り、ハンジに最重要機密として扱うように指示していた。

同時刻、謎の3人組の不気味な会話があった。

(side:グンタ)


第8話、敵群見ゆ

 夜明け前、東の空が明るくなり始めた頃、トロスト区南門前の路地には100騎を超える調査兵団の騎馬隊が車列を組んで待機していた。日中の出陣ならば見物客で賑わい、祭りのような騒ぎになるのだが、今は人影はまばらだった。出陣が前倒しで夜明け前に早まったからである。見送りに来ているのは兵士の家族や恋人など特別な関係にある者たちだろう。

 

 その騎馬隊の前衛精鋭班にグンタ・シェルツはいた。グンタはつい先ほど新妻と抱擁を交わしたばかりだった。妻は手を振って精一杯の笑顔で答えてくれている。異例の早朝の出陣で不安に思うところがあるのだろうが、それを口にはしなかった。

 

「兵長、”例のもの”、よろしくお願いします」

 ペトラ・ラルの声が聞こえたので振り向くと、ペトラはリヴァイ兵長と挨拶を交わしていた。”例のもの”とは偵察気球のことだ。緘口令が引かれている以上、はっきりとした単語では言えないだろう。ペトラは外征用のコートを羽織っておらず未だに騎馬に乗ろうとはしない。どうやら今回の壁外調査には参加しない模様だった。同僚のオルオはペトラが気球に乗るのではないかと心配しているようだったが、杞憂だったようだ。

 

「ああ、当然だ。団長がそれだけ価値があると認めているものだからな……」

 リヴァイはペトラを騎乗から見下ろしていた。

「……」

「お前はだいぶ前から”あいつ”にそれだけの価値があると認めていたのだろう?」

「はい」

「ならいい。自分の信念に従って行動しているなら最後まで貫いてみろ」

「兵長、ありがとうございます」

ペトラは目が潤んでいるようだった。

(わかりやすいな。これじゃ、オルオにはなかなかチャンスが回ってこないよな)

グンタはペトラ達のやり取りを見てそう思った。

 

「みなさん、よろしくお願いします。どうかご無事で……」

 ペトラは以前の精鋭班の仲間達にも声を掛けていた。見送る立場になって、今生の別れになるかもしれないという想いがあるのかもしれない。壁外調査では何が起こるかは分からないのだから。

 

 

「駐屯兵団南門警備班から報告。視界内に巨人は見当たらず、繰り返す、視界内に巨人は見当たらず」

 衛兵からの状況報告が来ていた。どうやら幸先のいいスタートが切れそうだった。

 

「これより出陣する。開門せよっ!」

 団長のエルヴィン・スミスの号令と共に南門の重厚な扉がゆっくりと開いていった。

「出陣っ!」

 団長の号令で馬の戦慄きと共に騎馬隊は一斉に駆け出す。壁外調査への出陣だった。怒涛の勢いで騎馬隊は壁外の荒野へと飛び出していく。ちらっと後ろを振り返るとグンタの妻が手を振っているのが見えていた。

 

 

「散開、長距離索敵隊形っ!」

 団長の号令で、騎馬隊は一斉に散開し距離を取り始めた。いつもの手順で騎馬隊は行軍していく。

 

 今回は通常の壁外調査とは趣きを異にしている。機動力優先のため、普段より荷駄隊の数はかなり少ない。兵員の数もその分少なくなっている。100騎あまりでハンジ達技術班を護衛する。ハンジが厚遇されすぎのような気もするが、例の空飛ぶ乗り物――”気球”はそれだけの価値があると団長が判断しているのだろう。

 

(それにしても本当に空を飛ぶのか?)

 グンタ自身はまだ半信半疑だった。実際、この目で見るまでは信じる事はできそうにない。

 

 騎馬隊は猛然と荒野を駆け抜けていく。荒廃した家屋や壊れた風車が見受けられた。5年前まではこの辺り――ウォールマリアは普通に人が暮らしていた場所だったのだ。今や人が住めない巨人が徘徊する場所となっていた。

 

 夜明けと共に周囲が明るくなってきた。そろそろ巨人達が起き出して行動を始める時間帯である。いつ巨人が襲ってくるかわからない。

 

 

(……おかしくないか? なぜ、こんなに順調なんだ?)

 グンタは首を捻った。トロスト区を出て3時間、遭遇した巨人は合計5体。それも7m級以下の小物が1体ずつだった。周囲に他の巨人がいない事をリヴァイ達精鋭班が確認すると、リヴァイは経験の浅い班員達で構成する班に討伐させていた。若年兵達に実戦経験を積ませてやるほどの余裕があった。

 

(巨人達が全員居眠りというわけじゃないだろうな? このままだとあっさり目的地についてしまう。それはそれで好都合なのだが……)

 いつもなら餌にありつけると喜んで姿を現す巨人達は、今日に限っては不気味なぐらい姿を見せていない。戸惑っているのはグンタだけではないようだ。

 

「なあ、グンタ。これ、絶対おかしいよな。巨人がほとんどいないなんてどういう事だよ?」

 同じ精鋭班のエルド・ジンが声を掛けてきた。

「お前もそう思うか?」

「ああ、静かすぎる」

「こんな事は過去に一度もなかった」

「こういうのって嵐の前の静けさっていうんだろな」

「じゃあ、どこかで大群が待ち構えているのか?」

「想像したくないが……」

グンタはどうしても不吉な予感が拭えなかった。

 

 

 団長が信号弾を放った。停止の合図だった。

「まもなく目的地に到着だ。散開して周囲を警戒せよ!」

シガンシナ区北東方向22キロ地点、ここは周囲に立体機動が可能な森がある空き地だった。兵士達が一斉に散開して周辺警戒にあたる。空き地の中央にハンジ達技術班の荷馬車が進入してきた。

 

「さあ、組み立て開始! 急いで!」

 技術班分隊長ハンジ・ゾエの号令で技術班の部下達は一斉に気球の組み立て作業に取り掛かった。ハンジ達の周囲には精鋭班が配置に付き、警戒に当たっていた。グンタは周辺警戒しつつもハンジ達の気球組み立て作業を見守った。

 

 ペダル式の送風機を回して風を球皮に送り込んで膨らませていた。網籠のゴンドラを取り付け、ガスボンベとガスバーナーをセットし、燃焼試験を行って正しく取り付けれれているかを確認しているようだ。暖かい空気を送り込む事によって球皮が膨らんでいき、昨日の巻物に描かれていた気球本来の形態へと変わっていく。

 

「巨人出現、いずれも7m級以下3体」

 伝令兵からの知らせが入った。外縁部に位置する護衛班が森の中で中型巨人と戦闘を交えているようだった。敵としては大した事がない。精鋭班は動くことなく状況を見守る。しばらくして討伐を完了したとの報告が入った。

 

 その間に気球の組み立て作業はほぼ完了、最終段階に入ったようだ。ハンジ、副分隊長のモブリット・バーナー。2人が気球のゴンドラに乗り込んだ。観測員はハンジ、モブリットが操縦員のようだ。2人とも防寒服を着込んでいる。「高い場所は高山と同じく気温がかなり下がるからね」とハンジは昨日の会議の後、話していた。聞けば納得だが、そういった細かいところまで配慮されている処からしてかなり念入りに準備をしてきているようだ。残りの班員達が気球浮上の為に使った小道具などの片付けをしていた。

 

 騎乗のスミス団長がハンジに声を掛けていた。

「頼んだぞ、ハンジ」

「はい、お任せください」

「ハンジ分隊長、いつでも浮上できます」

操縦員の部下が報告していた。

 

「よし、浮上っ!」

 ハンジの合図と共にガスバーナーが最大限吹かされた。気球はふわりと宙を浮いた。地面を離れ蒼穹の大空へと舞い上がっていく。周りにいる兵士達からは一際大きな歓声が上がっていた。ハンジは護衛していた皆に手を振って応えていた。

 

(うおぉぉぉ! 本当に空を飛ぶんだ……。ハンジ。お前、やっぱ、すげーよ、天才だわ)

 グンタは畏敬の念を込めて、空高く登っていく気球を見送っていた。

 

 

「総員、撤収っ!」

 団長の合図で、今度は慌しく撤収準備が始まった。自分達の作戦目的はこれで完了である。気象観測を続けて風向きを考慮してあるとの事なので、ハンジは自分達よりも安全にウォールローゼに帰還できるそうだ。

 

(これで終わりなのか? いや、確かに街に帰るまでが任務だが……)

 順調すぎる壁外調査、グンタの違和感はまだ払拭されない。古参の経験で嫌な予感がずっとしていた。

 

 

 ハンジ達が浮上してから半時間後、調査兵団の騎馬隊は一時休息を取っていた。

「おい、ハンジの気球だぞ!」

「もう追いついてきたのか、早いな!」

 兵士達の声で振り返れば、ハンジの気球が森の合間から姿を現した。高度はおよそ800m。自分達が迂回路を取っているため、追いつかれてしまったようだ。

 

 ハンジの気球から何かが投げ落とされたようだ。長い紐がついたような筒が螺旋を描きながら落下してきた。後で聞けば”通信筒”といい、厚紙を丸めて作った直径数cmの筒に文書を入れて地上に落とすという連絡手段だった。信号弾のみでは詳細な情報を伝えられないからだ。ハンジの気球からは黒の信号弾が放たれている。巨人発見、それもかなりの規模のようだった。

 

(やはり、悪い予感があたったのか!?)

 ハンジの気球からは相当な範囲が見渡せているはずだ。巨人の群れを見つけるのも難しくないだろう。

 

 兵士の一人が通信筒を回収して、団長のところに持って行った。団長は一時停止の合図をした。団長の表情は距離が離れていて分からないが、リヴァイら腹心達が集まって協議している模様だった。

 

「総員、傾注っ!」

 団長は全員に呼びかけた。

「ハンジ班からの報告だ。読み上げろ」

団長は通信筒を持っている兵士に指示した。

「はっ。我、シガンシナ区偵察、完了!」

おぉぉぉという歓声が周りから沸き起こった。団長は手で制した。

「本隊の周辺20キロにも巨人の影なし。されど本隊の北北西方向25キロ、トロスト区南西40キロ付近に巨人の大群を確認。数はおよそ400!」

 

(400!?)

 グンタは思わず唸った。周りに兵士達も驚いている。過去にこれほどの大軍勢が現れた事など1度もないからだ。いや1度だけあった。5年前のウォールマリア侵攻の際、数え切れないほど大群が現れたと聞いている。

 

「この大群はトロスト区の方向に向けて、一斉に移動を開始している模様!」

 周囲にいる全員がその意味を理解していた。巨人達の一斉侵攻が始まったのだ。今朝方、巨人達が姿を見せていなかった理由が今はっきりと分かる。奴らは1箇所に密集していてタイミングを計ったかのように進撃を開始したのだ。

 

「恐らく5年前と同じだ。超大型巨人が出現した、もしくは出現する可能性が高い。これより時間との勝負になる。一刻も早くトロスト区に戻る必要がある。技術班以外の荷馬車は放棄。不要な荷物は捨てていけ」

 団長は機動力に勝る騎馬隊のみで戻る事を決めたようだ。

 

(くそっ! 小賢しいマネを! 俺たちの留守を狙いやがって!)

 グンタは毒付きながらも事態の急変に頭を切り替えた。ハンジの空中偵察のおかげで巨人の動きが分かったのだ。巨人の群れは過去最大級の大群だが、大まかな位置を把握しているので、自分達は動きやすい。ハンジの敵群発見の報告はシガンシナ区偵察よりも大戦果かもしれない。

 

(これが空中偵察の威力なのか……)

 いままでならかなりの距離まで近づかなければ巨人の群を発見できなかっただろう。そして自分達が発見したときは、巨人達もこちらを発見している。回避できない戦闘が幾度も発生し、少なからぬ犠牲者を出していた。だが空中偵察により、一方的に自分達だけが巨人達を遠距離から見つけることができるのだ。戦略的意義は計り知れない。

 

(ハンジ、生きてかえれよ。死ぬんじゃねーぞ)

 グンタは空に浮かぶハンジの気球を見上げた。


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