偵察気球に乗っているハンジは上空から巨人達の動きを観察していて、巨人達が戦術を使っていることを確信する。
同時刻、トロスト区南門での出来事。第104期訓練兵初登場です。
(side:ミーナ)
この日、トロスト区南門の壁上に、第104期訓練兵ミーナ・カロライナはいた。ミーナは長い黒髪を双房にまとめた少女兵である。前日、解散式を終えたミーナを含む訓練兵達はいくつかのグループに分かれて、壁の補強工事実習、武器の整備実習などを受けていた。ミーナが所属する訓練兵第34班は、壁上での大砲の整備実習に当たっていた。後日、配属兵科に別れて、それぞれの部隊の任地に散っていくまではこの仲間は一緒だった。
3年間の訓練兵生活。厳しい訓練で何度もくじけそうになった事もあった。涙しながら寝床に潜り込んだ日が何回あったことだろう。それらを乗り越えてこれたのは仲間の支えがあったからこそだ。和気藹々と将来を語れる仲間達と共に過ごした時間はミーナにとっては何よりも換え難い大切な時間だった。
(あれ? 誰だろ?)
ミーナは壁上で、周りの兵士とは違うオーラを纏っている女兵士に気付いた。フードを被りゴーグルを掛けている小柄な女性兵だった。フードの隙間からは金髪の前髪が覗いている。臨戦態勢に入っているかのように鋭い眼差しで油断なく周囲の気配を探っている感じだった。肩の徽章を見ると、”自由の翼”――調査兵団だった。
(うそっ! 調査兵団の人!?)
ミーナは驚いた。調査兵団の主力は今朝早く出陣しており、残っているのは裏方の兵だけと思っていたからだ。
その女性兵の横顔を見ていると、ミーナはどこかで見覚えがあった。ミーナはハッと思い出した。いつかの壁外調査から帰還してきたリヴァイ兵長の横で、この女性兵がいた記憶がある。リヴァイの横にいるぐらいだから精鋭班の一人だ。つまり巨人討伐の凄腕という事だった。
ミーナはその女兵士に話しかけてみる事にした。
「もしかして調査兵団の方ですか?」
「そうですが、あなたは?」
「わたし、ミーナ・カロライナっていいます。調査兵団に憧れています。えーと、先輩は前々回の壁外調査ではあの人類最強、リヴァイ兵長の精鋭班におられたんじゃ?」
「いいえ、人違いでしょう」
あっさり否定されてしまうとミーナも自信がなくなってきた。それでも彼女が放つオーラは歴戦の戦士のものとしか思えなかった。
「で、でも、精鋭のお一人ですね? 先輩のお名前を聞かせてもらっていいですか?」
「イルゼよ」
ミーナはこの時聞いた名前が、2年前に壁外調査中に戦死している兵士の名前だとは知らなかった。
「じゃあ、イルゼ先輩。先輩は巨人を一杯やっつけたんですよね」
「まあね」
「わー、やっぱり。すごくかっこいいです。お目にかかれて光栄です」
「……」
(でも、そんな精鋭の一人ならどうして今日の壁外調査に同行していないんだろ?)
ミーナは少し疑問に思った。そんな疑問が顔に出ていたようだった。
「今は事務班にいるわ」
女兵士は答えた。
「えっ?」
「調査兵団にもいろんな職種があるわ。最前線で戦う部隊だけじゃない。補給班、輸送班、看護班、技術班、事務班。そういった様々な職能が集まって一つの軍団を形成しているのよ」
座学で習っている内容だったが、ミーナは前線で戦う事に集中していて、後方支援の重要性については深く考えていなかった。
「そうだったんですか? あまり考えていませんでした。参考になります」
「どの職種向きかは入ってからでも考えたらいいわ」
「はーい」
「それと、わたしの事は他の仲間には言わないでいてくれる?」
「先輩の頼みでしたら」
ミーナは何かの理由があって女兵士は事務班にいるのだろうと思った。その理由については周りにとやかく言われたくないのだろう。
「おーい、ミーナ。サシャが馬鹿やって肉持ってきたんだとよ。なんか言ってやれよ」
ミーナの仲間が呼んでいた。サシャは卒業成績9位と優秀だが、とにかく食に貪欲な女の子だ。入団式の最中に教官の前で芋を食って怒られた事もある。またどこからか失敬してきたのだろう。
「あ、ごめんなさい。また、ゆっくりお話聞かせてください。イルゼ先輩」
ミーナは手を振ってその女兵士に別れを告げた。自分は調査兵団に入団するつもりだから、また会えるだろうとミーナは思っていた。
それからミーナは仲間達と談笑していた。思えばこれが仲間と交わした最後の平和な一時だった。
数分後、突如、雷が落ちたような衝撃で空気が震えた。ミーナは振り向いた。
(……!?)
50mあるはずの壁と同じ高さに巨人の顔があった。つまりこの巨人の高さは60m、信じられない程の巨体だった。顔の皮膚がなく筋肉丸出しの異形、噂に聞いたことがある超大型巨人だった。圧倒的な威圧感が眼前に出現していた。
ミーナはあまりの事に思考が停止していた。
「全員、立体機動用意!」
すぐさま女の声で指示が飛んできた。先ほどの女兵士の声だった。さすが調査兵団の元精鋭、非常事態でも冷静で、動揺する訓練兵達に指示を与えてくれたようだ。
女兵士のおかげでほぼ全員が立体機動装置の使用準備に入る。次の瞬間、凄まじい量の熱の篭った水蒸気が壁の上を吹き荒れた。ミーナ達は吹き飛ばされ、壁の上から放り出された。地上50m、墜落したらまず助からない高さだ。ミーナは立体機動装置のワイヤーを射出して、壁にアンカーを撃ち込んで落下を逃れる。他の者もほとんどがミーナと同じく立体機動装置を使って落下を回避していた。
(先輩の指示がなかったら……)
いきなり吹き飛ばされたまま、地上に叩き付けられて大勢が墜落死していたのかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
仲間の一人が声を掛けてきた。
「ええ、なんとか」
ミーナはワイヤーにぶら下がりながら答えた。
轟音、全身が揺さぶられるような衝撃が走る。南門が弾け飛んだようだった。大量の破片が周りの家屋へと飛んでいく。周りも皆も唖然として声が出ない。
「うそっ!?」
「門が壊されたっ!?」
「このままじゃ、巨人が入ってくる!?」
誰しもが顔色が蒼白になった。巨人達が大量に街に雪崩込んでくるのだ。5年前のウォールマリア陥落と同じ惨劇が起きようとしているのだった。
ミーナはすぐさまワイヤーを戻して壁上へと躍り出た。超大型巨人には1人の兵士が挑んでいた。さきほどの女兵士だった。空中機動しながら持っていた信煙弾の銃を超大型巨人の目に連射して目潰しをしていた。連射できる信煙弾、しかも煙の量も通常のものに比べてかなり多い。技術班の試作武器なのかもしれない。超大型巨人が嫌がって顔を背けている間にもう一人の影が猛然と敵に突進する。
同じ班の訓練兵エレン・イェーガーだった。エレンは卒業成績5位。憲兵団を進路に選択できる上位10名に入っている。しかしエレンは入団当初から調査兵団への志願を変えることはなかった。昨夜の宴会でも、憲兵団志望のジャンと喧嘩になっているぐらいだった。
そのエレンの機動、さすがと思わせるものだった。連携訓練をした事はないはずの女兵士と巧みな連携攻撃を行っていた。女兵士が信煙弾で目潰しを喰らわせた隙に、エレンは左周りに、女兵士は右周りから、超大型巨人の首筋に目掛けて突進していく。速度、敏捷性ではやはり熟練者の女兵士が勝るようだ。そして超大型巨人は通常の巨人に比べていささか動きが鈍いようだった。
(なんて速さなの!? これが調査兵団最精鋭!?)
折り返しの鋭角の深さといい、速さといい、自分達訓練兵とは格段の動きで差で宙を舞っていた。女兵士はあっという間に巨人の弱点とされている延髄が狙える上空へと機動、そのまま一気に垂直降下。ブレードを斬り下ろしていた。その後にはエレンが続いていた。
超大型巨人は突如、凄まじい量の水蒸気を発した。辺りの視界は一気に曇って何も見えなくなった。
(ううぅ、なによこれ!?)
風が吹いてきて水蒸気の霧が晴れてくる。超大型巨人はもういなくなっていた。
女兵士は壁の上に戻っていた。ブレードを仕舞いながら辺りを油断なく見渡している。エレンも壁外でワイヤーにぶら下がりながら周囲を見渡していた。
「せ、先輩。すごいです」
ミーナは女兵士に駆け寄り声を掛けた。
「いや、手ごたえはなかった……。逃げられたわ」
「5年前と同じだ! こいつ(超大型巨人)は突然現れて突然消えたんだっ!」
エレンが壁際で叫んでいた。巨人を憎むエレンは自分が一太刀浴びせたかったようだが、第一撃は実戦経験豊富な女兵士の方が勝ったのだろう。南門こそ破壊されたが、女兵士達がすぐさま反撃していて、それ以上の破壊はされる事なく、相手を退散に追い込んだようだった。
「もう壁が壊されてしまったんだっ! 早く塞がないとまた巨人達が入ってくるぞっ!」
血の気の多い仲間が喚いていた。
「何をしているんだ、訓練兵! 超大型巨人出現時の作戦は既に開始はされている。ただちに持ち場に戻れ!」
壁上にやってきた駐屯兵団の上官が自分達に命令してきた。
「ミーナ」
仲間と一緒に戻ろうとしたところを女兵士に呼び止められた。
「わ、わたしですか? なんでしょう?」
女兵士はミーナの直ぐ傍に来ると小声で囁くように聞いてきた。
「あそこにいる3人の訓練兵の名前は分かる?」
女兵士が目配せする方向、100m以上離れた固定砲台の近くで訓練兵3人が会話している様子だった。むろん同じ第104期生なので名前は知っている。
「あの3人?」
「そうよ、誰?」
ミーナは彼らの名前を教えた。
「そう、ありがとう」
ミーナはなぜ女兵士が彼らの名前を聞いてきたのか分からなかった。
「あの3人がどうかしましたか?」
「大した事じゃないわ。ただ今聞かれた事を誰にも喋っては駄目よ。いいわね?」
「はい」
ミーナは頷いた。憧れの先輩の頼みならば断れるはずもなかった。
「この調子じゃ訓練兵も動員されるでしょうけど、無理しないで。初陣はまず生き残る事。それだけを考えて」
女兵士はミーナにそう告げると踵を返して壁の上を駆け足で去っていった。緊急事態の発生で壁の上を慌ただしく動き回る兵士達に隠れて女兵士がどこにいったのかはわからなくなっていた。
影の3人が会話していた。
「何やってんだ!? 壁の上もしっかり壊しとけよ!」
「邪魔が入った。エレンと調査兵団の精鋭だ。エレンはともかく、調査兵団の精鋭の方は危なかった。ヘタすればこっちがやられるところだった……」
「そんなわけないだろ!? あいつら、全員、今日の壁外調査で出払っているはずだ!」
「いや、確かにいたんだ。あの動きは調査兵団の精鋭以外考えられない」
「顔は見たの?」
「いや、目潰しを先に喰らった。それにフードを被っていた。どんな奴かもわからない」
「くそっ! 忌々しい奴だな。そいつのせいで砲台が残っているじゃないか!?」
「いいえ、これでも十分よ。この街が餌場に変わるのが少し遅れるだけ。特に問題はないわ。それに今回は前回よりも数を多く揃えているからね」
壁の上の固定砲台を壊す事が出来ればより良かったというだけで作戦遂行には問題はなかった。巨人の驚異的な再生力を考えれば人類の大砲程度ではせいぜい足止めぐらいしかならない。健在な砲門が予定より多く、抵抗はあるだろうが結果は同じはずだった。
「くくっ、それもそうだ」
リーダー格の影は残忍な笑みを浮かべた。いかに人類軍が奮戦しようと数に勝る巨人達の猛攻を防ぎきれるはずがない。まもなくショータイム。巨人による晩餐会の開幕だった。メインディッシュはもちろん人間達である。
【あとがき】
トロスト区南門に超大型巨人が出現。南門が蹴り破られてしまう。
偶然(?)その場に居合わせた調査兵団の精鋭(?)が即座に反撃。
エレンとも連携して、それ以上の破壊活動をさせる事なく相手を退散させた。