突如、トロスト区南門に出現した超大型巨人により、扉が破壊された。その場にいた調査兵団の精鋭の女兵士により、それ以上破壊活動をされることなく、退散に追い込んだ。
大挙して襲ってくると予想される巨人の侵攻に対して、ミーナ達訓練兵にも出撃が命じられます。
(side:ミーナ)
(なんて日なの!?)
風雲告げる事態の急変にミーナ・カロライナは戸惑っていた。つい先ほどまでサシャの肉泥棒について仲間と談笑していたところだったのだ。ありふれた日常が今、終わりを告げようとしていた。
突如、出現した超大型巨人により南門は破壊された。5年前と同じ展開ならば、間違いなく巨人の大群が襲ってくる。
間の悪い事に最精鋭の調査兵団主力は、今朝早く出陣しており不在だった。一騎当千の彼らがいれば、どれほど心強かった事だろう。ない物ねだりしても仕方がない。さきほど出会った”イルゼ”先輩の予想どおり、訓練兵である自分達にも出撃命令が下った。
「トロスト区の全住民の避難が完了するまで、ウォールローゼを死守せよ。なお敵前逃亡は死罪に値する。みな心して心臓を捧げよ」
駐屯兵団の指揮官はそう告げた。
ミーナ達訓練兵は、中衛として、街の中央部付近に布陣していた。前衛の状況はよく分からないが、壁上にある固定砲台群から幾度となく砲撃が行われているようだ。巨人の影はまだ確認できない。壁内への大規模な侵攻を阻止しているようだった。
人類が保有する大砲では、なかなか巨人を仕留める事ができない。そう座学では習っていた。巨人は頭を吹き飛ばされても数分と経たない内に再生してしまう。脅威の生命力を持っている。
いつまで食い止める事が出来るかは疑問だった。それでも住民の避難が完了すれば、自分達は任務完了だった。前衛の駐屯兵団の先輩方に奮戦してもらう事を期待するしかない。
「……」
ミーナ達第34班の訓練兵はみな緊張した面持ちで、南門方向を見つめていた。
「なあ、アルミン。これはいい機会だと思わないか?」
班長のエレンが親友のアルミン・アルレルトに声をかけていた。アルミンは可愛らしい外見の少年兵だった。体力は同期の中では最下位に近いものの、座学では訓練兵トップの成績だ。参謀や技巧が向いているのかもしれない。
「調査兵団に入る前にこの初陣で活躍しておけば、オレ達はスピード昇進間違いなしだ」
エレンは緊張する仲間の士気を鼓舞しようとしているようだった。
「……ああ、違わない」
アルミンも躊躇いがちにもそう応えた。
「……」
(先輩からは初陣は無理せず生き残るように言われているけど……)
ミーナは先輩の言葉が脳裏から離れない。実戦経験豊富な兵士の言葉だ。たぶん正解だろう。ミーナは憧れの先輩の言い付けに従う気になっていた。
「あの調査兵団の先輩を見返してやろうぜ。オレ達だってやる時はやるんだってな」
仲間のトーマスがエレンと張り合っていた。例の調査兵団の女兵士の戦闘シーンを目撃したのはミーナ、トーマス、エレンだけだった。他の兵士は壁からまだ這い上がっていなかったのだ。そして会話したのはミーナだけであり、ミーナは黙っていたので、他の仲間は先輩の名前を知らない。
「ああ、そうだな」
「よーし、どっちが巨人を多く倒すか勝負だ」
「言ったな、トーマス。数をちょろまかすなよ」
「第34班、前進せよ!」
駐屯兵団の上官より命令が出た。
「行くぞ」
おおぉという雄叫びを上げて、部隊は前進を始めた。ミーナは最後尾から付いていった。
街の屋根伝いに、立体機動装置を駆使しながら前進する。南門に近づいた。まだ巨人の姿は見えない。思ったより前衛部隊は善戦しているのかもしれない。
「おい、巨人だ」
路地から3m級巨人が1体現れた。巨人の中では最小サイズの個体である。といっても人間とは比べ物にならない豪腕の持ち主である。腕の一振りで、人間の首の骨を圧し折る事もあると座学で習っていた。
駐屯兵団の前衛は全てを抑え切れなかったのだろう。少しずつ巨人達の浸透を許してしまっているようだった。
「よし、全方位からかかれっ!」
エレンが指示を出した。
エレンが最初に突撃し、掴みかかろうとした巨人の右腕を切り落とす。入れ替わりにアルミンが突撃し、左腕を切りつけた。二人に注意を引き付けている間に、トーマスが背後から襲い掛かった。
トーマスは3m級巨人の延髄を叩き斬った。巨人はうつ伏せに倒れると蒸気が立ち昇ってきた。巨人が絶命した証だった。
「やったぞっ! 討伐数1! 見たか、エレン!」
トーマスは初陣で巨人を倒して大喜びだった。
「何言ってんだ! オレ達がお膳立てしてやったんじゃないか! 感謝しろよ」
エレンは憎まれ口を叩いている。
「ははは、悪い悪い」
第34班の最初の戦闘は、勝利で終わった。
「どうした? ミーナ。硬くなってるのか?」
トーマスはミーナに声をかけてきた。
「だ、大丈夫よ」
「無理すんなよ。巨人ならオレ達がやっつけてやるからさ」
「だよな」
巨人を1体討伐できた事で班全体が浮ついた雰囲気になっていた。ミーナはなんとなく危うさを感じていた。
「また巨人だっ!」
エレンの声で振り向くと、5m級巨人が路地を通ってやってくるのが見えた。さきほど倒した巨人より倍程の大きさだ。
「かかれっ!」
屋根伝いに展開している自分達にとっては上から狙える位置だった。平地ならばこうはいかない。
最初に突撃したのは、今回もエレンだった。エレンは南門での先輩兵士の動きを真似て、巨人の頭上を飛び越え、そこで別方向にアンカーを射出、一気に垂直降下を図る。二対のブレードを斬り下ろした。が、傷は浅かったようだ。巨人は平然としていた。
次に突撃したのはニック・ティアスだった。トーマスの友人で背の高い彼は大人びたところがある。いつもはトーマス達の馬鹿騒ぎの火消し役といったところだ。
ニックは巨人にアンカーを打ち込む。巨人は何気ない動作で腕を払った。巨人の腕がワイヤーに引っかかり、ニックは振り回されて、そのまま建物の壁に叩きつけられた。ずるずると壁から落ちてきたところを巨人の手に捕まる。
「に、ニック!?」
トーマスは叫ぶが、遅かった。骨や肉が潰れていく鈍い音が響いた。巨人の手の中で、ニックは胴体を握り潰されたのだった。大量の血潮を吹きながらニックの頭ががっくりと垂れている。絶命したのは明らかだった。
「よ、よくもニックをっ!」
トーマスは激しく憤りながら巨人に斬り掛かった。巨人は捕まえたニックを食べようとしたところだったので、背後がガラ空きだった。そのまま延髄を切り落とした。巨人は膝をつくとそのまま前のめりに倒れこんだ。気化が始まったので絶命したようだった。
5m級を一体討伐。しかし、初の戦死者を出してしまった。さきほどまでの戦勝気分は完全に醒めてしまっていた。
「……」
皆重苦しい雰囲気のまま、誰も口を開こうとしない。同期の仲間が目の前で死んでいく。つい先ほどまで仲良く会話していた相手が物言わぬ遺体となっている。これが厳しい現実だった。しかし、遺体を弔っている余裕はなかった。
「また、巨人が来たぞ」
周囲を警戒していたアルミンが注意を喚起した。今度は10m級の大物だった。怒りの表情のまま睨みつけているような巨人だった。屋根にいる自分達を見つけたのか、駆け足で接近してくる。
「ちくしょうっ! 奴らめ、生かしておくかっ!」
怒りに駆られたトーマスがその巨人に立ち向かっていった。
「ちょ、ちょっと、落ち着いた方が……」
アルミンの静止を振り切り、トーマスが巨人に突っ込んでいく。遅れまいと仲間の一人ミリウスも突っ込んでいった。
……
15分後、第34班は、屋根の上で一時休息を取っていた。相次ぐ戦闘でトーマスとミリウスは戦死。生存者はミーナ、アルミン、エレン。そしてエレンは片脚に重傷を負っていた。
班全体の戦績は、合計4回の戦闘で討伐数5を記録している。うち一体は10m級だった。新兵としては上出来と言えるだろう。エレンが討伐数2、ミーナ自身は3m級を一体討伐。ただし、エレンが囮役となっていたので、独力で達成したとは言えなかった。
「ぐうぅ」
エレンは痛みに堪えている。エレンの右足、膝から下は皮一枚だけでつながっている状態だった。つい先ほどの戦闘で5m級巨人に止めを刺した際、建物の角に隠れていた別の3m級巨人に奇襲をうけて、脚を握り潰されてしまったのだった。その個体はエレンに気を取られている隙にミーナが討伐していた。
「エレン、頑張って」
ミーナは止血の為に、エレンの太ももを紐で固く縛って応急措置をしていた。
「くそっ! くそっ! こんなところで!」
エレンは怒りと絶望感で震えていた。ミーナにはエレンの気持ちが痛いほど分かった。片脚を失ってしまったのだ。もう兵士として戦う事はできないだろう。誰よりも巨人を憎むエレンだけに、二度と戦いないと宣告されるのは辛い事に違いない。
「あ、アルミン」
応急措置が終わると、エレンはアルミンを呼んだ。
「お、お前が教えてくれたから、俺は外の世界に憧れたんだ」
「エレン……」
「お、お前とミカサで、俺の代わりに外の世界を、見てくれ」
「な、何言うんだよ! 縁起でもないことを。一緒に見に行くにきまっているだろっ!」
エレンの遺言じみた発言に、アルミンは怒ったようだった。
地響きが轟いてきた。10m級巨人4体が近づいてくる。たった1体の10m級を倒すのにもトーマス達二人の犠牲が必要だったのだ。もはや自分達訓練兵が勝てる相手ではなかった。
「お、俺を置いていけ!」
エレンは一呼吸すると決意の言葉を述べた。
「え、エレンっ!」
アルミンとミーナはエレンの言葉に動揺した。
「このままじゃ、3人とも全滅だっ! 俺はもう立体機動できない。せめて囮役ぐらいさせてくれよ」
「嫌だよ、エレン」
アルミンは涙ながらに首を振った。
「お、俺のお袋は、俺とミカサの為にそうしてくれた。俺だって母さんの誇る息子だって事を証明させてくれよ」
エレンは亡き母の復讐のために、巨人を狩る決意を固めたと聞いている。亡き母の事に触れた以上、エレンの決意は固いようだった。
巨人達は自分達に気付いたようだ。周りから一斉に寄って来た。
「ばかやろっ! さっさと行け! 班長命令だっ!」
エレンは怒鳴った。決断を促しているのだ。ミーナはエレンの決意を無駄にしない為にも命令に従う事にした。
「行こう、アルミン」
ミーナはアルミンの腕を取る。留まっていたら全滅は必死だった。エレンを連れて逃げる選択肢はなかった。重傷のエレンを背負って移動するとなると、動きが遅すぎて巨人達に捕まってしまうのは目に見えていた。それに誰かが囮を引き受けない限り、離脱する事はできない。
「え、エレン」
アルミンはポロポロと涙を零している。アルミンとてエレンの判断が正しいと分かっているのだろう。親友の犠牲の上に自分たちが助かるという事実が心に重く圧し掛かっていたようだ。
エレンは敬礼していた。声は聞こえなかったが「アルミンを頼む」と言っていたようだった。
ミーナは虚脱状態のアルミンの腕を引きながら、立体機動装置を使って移動を始める。振り向くと、エレンはブレードを抜刀して片膝を付きながら巨人に向かい合っていた。最後の最後まで戦う姿勢を見せている。
(あ、ありがとう、エレン。そして、ごめんなさい……)
ミーナは心の中で謝りながら、立体機動装置を操って現場から立ち去った。エレンの最後を看取る事はできなかったが、最後まで立派に戦った勇姿だけはいつまでも脳裏に焼きついていた。
【あとがき】
訓練兵第34班、善戦するも巨人達との連戦で、仲間を次々に失う。
エレンが脚を潰される重傷を負い、ミーナが応急措置を行っていた。
そこに、強敵の10m級巨人4体が現れて、エレンが囮役を買って出る。
エレンは壮絶な戦死。
ミーナはアルミンを連れて戦線を離脱した。
第34班の生存者はミーナとアルミンだけだった。
ちなみに討伐数5の内訳は、トーマス2(3m級、5m級)、エレン2(10m級、5m級)、ミーナ1(3m級)。
南門壁上の固定砲台が残っていたため、前衛が奮戦。そのため巨人の流入する数が抑えられ、訓練兵第34班は戦果を上げる事ができたという流れです。