進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話あらすじ】
ユミルは巨人化能力の持ち主だった。倒した巨人の下敷きになりかけたクリスタを、巨人化して助けたユミルは、クリスタ達の下を去る。アルミンとクリスタが上官に報告に行く事になった。

ミカサ、ようやく行動開始しますが……。


第16話、怨敵

 駐屯兵団のイアン・ディートリッヒ班長率いる精鋭班が暴動鎮圧に赴いてから30分ほどが経過した。後衛部隊は幸いな事に巨人とは一戦も交えていない。しかし住民の避難が遅れている為、前衛や中衛は巨人との戦いを強いられているだろう。

 

 鐘が幾度となく打ち鳴らされた。待ちに待った撤退の鐘だった。遅れていた住民の避難はようやく完了したようだった。

 

(はぁ、やっと終わったんだ……)

 ミカサ・アッカーマンはため息をつく。イアン班長率いる精鋭班が暴動を武力で鎮圧したのだろう。恐らく死者は出たのだろうが、同情する気持ちにはなれなかった。身勝手な商会のボスや略奪者の話を聞いていたからだ。

 

「よし、撤退だ。壁を登るぞっ!」

 イアンから後衛部隊の指揮を任されていた第2班班長が指示を出していた。今なら自由行動しても任務放棄にはならないだろう。

 

「前衛の撤退を支援してきます」

「お、おい。アッカーマン!?」

 第2班班長からは制止されたが、ミカサは無視した。ミカサは仲間の訓練兵達がいると思われる街の中央部へと向かった。幸い巨人との戦闘がなかったので、立体機動装置のガスを補給する必要はなかった。

 

(エレン、待っていて。さっきの事、謝るから……)

 ミカサは立体機動装置を使い、先を急ぐ。無人となったトロスト区の街を立体機動装置を駆使して、屋根伝いに移動していった。

 

(ん? 誰?)

 途中、下の路地を北門の方向に向けて走ってくる不審な影があった。ミカサは気になったので、その場に留まり下の様子を伺う。その影は二人組の男だった。兵服を着ているようだが、フードを深く被り顔を見られないようにしていた。

 移動している方角も奇妙だった。撤退の鐘が聞こえたのなら近い壁を登るはずだ。わざわざ後衛の方に移動してくるのは怪しい。

 

 気になったミカサは少しだけ調べる事にした。時間は惜しいが、報告した際「怪しい二人組を見かけました」と告げるだけでは情報としての価値は低いだろう。

 

 ミカサは階下を通り過ぎる人影をやり過ごした後、屋根の上から尾行した。人影は北門の方へと向かっている。尾行を続けていると、二人組は扉が開けっ放しになっていた一軒の民家の中に入っていった。

 

(どういう事? あの家に何かあるの?)

 ミカサは首を傾げた。その民家はどうみても庶民の家だった。窃盗目的ならもっと裕福な家を狙うだろう。少しだけ様子を伺うが出てくる気配はなかった。

 

 ミカサはあの家に接近して二人組の詳細を調べるべきか迷った。ただの窃盗犯なら捨て置いても構わない。巨人達に襲われるかもしれないが自業自得だろう。他に目的があるのだろうか、ミカサには見当がつかなかった。

 

(エレンならどうする?)

 ミカサはそう考えた。エレンに会いにいくのは私事だ。エレンなら任務を優先するように言うだろう。兵士の義務として怪しい二人組の正体を掴んでおく必要はあると思った。

 

 路地に降り立ち、その家に足音を立てないようにして近づく。開けっ放しになったドアの傍らに立ち、中の気配を探った。物音は二階から聞こえてくる。雨戸を開けているようだった。

 

 建物の中に入り、階段の下まで来て、上の様子を伺った。ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。よく聞こえなかった。忍び足で階段を登り、細い廊下を通って、部屋の前に来た。耳を立てて会話を盗み聞きすることにした。

 

「……北門の上に大砲を並べてやがるぜ。あれで防いでいるつもりか? 笑わせてくれるぜ。5年たってもこの程度の対策しかできないとは……。ったく、進歩がない連中だ」

「いいじゃないか。こっちの仕事が楽で終わるんだからな」

 

(この声!? あの二人? 一体何の話をしているの?)

 ミカサは聞き覚えのある声だったことに驚いた。同期の二人だった。訓練兵は中衛に配置されていて、撤退の鐘が鳴ったのだから、壁の上に登るはずだった。北門近くの無人の家屋にいる事自体が怪しい。

 

「もう少し浸透してくれると思ったが、誘導してやらないとなかなか来てくれないな」

「仕方ないさ。知性を失った哀れな亡者どもだ。目の前の餌を喰らう事ばかり考えているんだろうよ」

「まあ、いままではただの前菜だ。主食はこれからだ。なんせウォールローゼの全住民だからな。喰いたい放題だろ?」

「ああ、そうだな」

「ここであれはまだ使えないな。ウォールシーナを突破する際にも必要だからな」

「もう少し待とう。撤退の鐘がなったのだから邪魔する奴もいないだろうし、直に来るだろう」

「ああ、そうだな」

 

(ウォールシーナを突破!? こいつら、何話しているの!?)

 ミカサは驚いた。二人の話している内容が人類絶滅を狙う巨人達の指揮官のような会話だったのだ。冗談にしては悪質すぎる内容である。

 

(問い詰める? いや、もし本当に巨人達の指揮官なら、会話を聞いてしまったわたしを逃がすはずがない!)

 ミカサはこの場から立ち去るのが賢明だと思った。

 

 階段をそっと降りようとしたとき、突如ドアが開いた。二人組の一人、訓練兵ベルトルト・フーバーと視線が合ってしまった。

 

「お、お前!? ミカサ!?」

「ベルトルト。こんなところで何しているの?」

「そ、そういうお前こそ、こんなところで何しているんだ?」

「ミカサだと!?」

 訓練兵ライナー・ブラウンが顔を出した。ライナーは卒業成績二位、ベルトルトは卒業成績三位。いずれも優秀な訓練兵である。

 

「ミカサっ! お前、なぜここにいる?」

「わたしは後衛だから……。あなた達こそ中衛のはず……。ここに居るという事は撤退の鐘が鳴る前に戦線を離脱したという事。命令違反ね」

「ま、まあ、ちょっとした野暮用でね。巨人に占拠される前に思い出の場所に来ただけだよ」

 ライナーは笑って誤魔化そうとするが、いかにも苦しい言い訳だった。

 

「そう……。どんな思い出?」

「べ、別にそんなのどうでもいいだろ? それよりお前、今の話、聞いてないよな?」

「何の事?」

 ミカサは努めて冷静に言葉を返した。さすがにあの話は聞かれては困る内容だろう。

「そうか、ならいいんだが……。同期の仲だろ? 命令違反は分かっているが見逃してくれないか?」

「それはできない。営倉入りは覚悟しておいた方がいい」

「ったく、つれない奴だな」

そう言いながらライナーの目には殺意が宿っている。

 

(こいつ、殺る気なの!?)

 ミカサは用心の為、後ろ手に棚にあった花瓶を手に取った。

 

「だったら、ミカサ。悪いが……死んでくれっ!」

 次の瞬間、ライナーは隠し持っていたナイフを取り出すと、ミカサの目を狙って突き出してきた。ミカサはとっさにバックステップを取り、ライナーの一撃をかわす。ナイフの切れ先が眼前を横切った。ミカサが用心していなければ、目を潰されていた。その刃に乗せた殺意は本物だった。

 

(だったらやるだけ!)

 ミカサは即断した。ライナー目掛けて後ろ手に隠し持っていた花瓶を投げつけた。ライナーの意表を突いたようだった。花瓶はライナーの額を直撃し、盛大な音を立てて割れた。ライナーは思わず手で額を抑えている。指の間からは血が滴り落ちていた。

 

(殺す!)

 もしライナー達のさきほどの会話を聞いていなければ、仮にも同期の仲間を殺す気にはならなかっただろう。巨人達の指揮官、もしくは内通者の疑いが濃厚で、しかもミカサを殺そうと襲ってきたのだ。目の前の二人は敵、敵は倒す。理由などは考える必要はない。殺さなければ殺されるだけだ。

 

 ミカサはライナーが怯んだ隙にブレードを抜き放ち、斬撃を見舞った。巨人を殺す為に作られたブレードはむろん人間を殺す事もできる。狭い通路なので壁や天井に食い込まないように注意したのは言うまでもない。

 

 ライナーの右肩から袈裟斬りにした。同時に右腕を切り落し、肋骨を叩き斬り、肺を粉砕していた。肺にこれだけの穴を開ければ呼吸することすらままならない。致命的な一撃である。ライナーはそのまま大量の血を撒き散らしながら崩れ落ちていく。

 

「ミカサっ! よくもライナーをっ!」

 ベルトルトがブレードを抜き放って突進してきた。ベルトルトがブレードを振るう。が、土壁にブレードが食い込み、そこで斬撃が止まってしまった。狭すぎる通路で薄いブレードの運用は難しい。ミカサのようにブレードの軌道を注意する必要があるのだった。

 

 ベルトルトが土壁に引っかかったブレードを抜こうとしている。ミカサはその隙を逃しはしなかった。ブレードを一閃、斬り上げた。ベルトルトの両腕が宙を舞う。

 

「うあぁぁぁぁ!」

 痛みで喚くベルトルト。さらにミカサは突進、振り上げたブレードを一気に斬り下ろす。両腕を失っているベルトルトを左肩から腹まで一気に切り裂いたのだった。大量の血が噴出した。こちらも死亡は確実だろう。

 

(はぁはぁ! 最初の実戦で殺したのが人間になるなんて!? いや、こいつらは巨人のスパイか? どう報告しよう?)

 そんな事を考えながら、ミカサはブレードについた血を振って飛ばした。

 

(!?)

 ミカサは異様な殺気を感じて振り向いた。そこには怒りの表情を見せているライナーがいた。確実に致命傷を与えたはずだ。瀕死の重傷で動けるはずがない。にもかかわらずライナーは立ち上がっていた。傷口からは水蒸気のような煙が立ち昇っている。

 

「……ミカサ、確かにお前は強い。だがそれは所詮、人間という枠の中の話だ。今、俺がお前に本物の絶望を教えてやるよ!」

 ライナーはそう言うと、陰惨な笑みを浮かべた。

 

「ベルトルト、お前もやれっ! そのままだと死んじまうぞ!」

「あぁ、そうだな」

 ミカサが足元を見ると、致命的な一撃を加えたはずのベルトルトが立ち上がろうとしていた。まるで巨人のような回復力だった。

 

(こいつら!? やはり巨人!?)

 ミカサは直感で敵の正体を見抜いた。突如、落雷が起きたような衝撃が走った。猛烈な風が舞い込んでくる。

 

(まずい!?)

 ミカサは通路を駆け抜け、二階の窓から飛び出すと、そのまま空中でアンカーを別の建物に打ち込み、一気に離脱を図った。

 

 民家の壁や屋根が吹き飛ぶ。水蒸気の煙が猛然と立ち込めていた。煙の中から現れたのは巨人だった。それもただの巨人ではない。人類の怨敵ともいうべき『超大型巨人』と『鎧の巨人』だった。

 

(あの二人が変異した!? これが人類の怨敵の正体!? ウォールマリアを陥落させ、カルラおばさんや多くの人々を死に至らしめた奴らの親玉!?)

 

 5年前のあの日、シガンシナ区に住んでいたミカサ(当時10歳)は50mの壁から顔を覗かせた超大型巨人を目撃している。あの時はただ恐怖に震えるだけの幼い女の子だった。

 

 超大型巨人(ベルトルト)は変異前にミカサの一撃が効いたせいなのか、腹から上の部分しかなく腕も1本しかなかった。それでも高さ25m以上ある巨体である。剥き出しとなった肋骨を交互に動かして脚代わりにしていた。

 

 鎧の巨人は首周りがやたら太く硬質な皮膚で防護されているようだった。5年前のシガンシナ区での戦いでは大砲ですら効かなかったという。自分が持つブレードでは傷を付ける事すらできないだろう。

 

(は、早く味方に知らせないと……。奴らの正体を……)

 ミカサはすぐに戦況を判断する。たった一人で超強敵に立ち向かう程、無謀ではなかった。それよりあの二人が巨人化したという情報を味方に伝える方が重要だろう。

 

 ミカサは全速力で街の中央部へと向かった。壁の上からは非常事態を伝える信煙弾が多数上がっている。超大型巨人および鎧の巨人が出現したという事は目撃されているだろう。駐屯兵団の後衛は臨戦態勢に入っているはずだった。

 

 鎧の巨人はその場にあった家の柱を掴むと、ミカサの方に投げてきた。立体機動装置を使っているミカサの着地地点を狙った投擲だった。軌道変更が間に合わなかった。

 

(そ、そんな……)

 ミカサが出来たことは、ガスを吹かして進路を僅かに変更する事だけだった。敵弾の直撃こそ逃れたものの、転倒し路地に転がり落ちた。家屋の倒壊し、大量の瓦礫がミカサに降り注いでくる。後頭部に衝撃が走り、意識が遠のいていった。

 

「ごめん、エレン。もう会えない……」

 ミカサの意識はそこで途切れた。

 

 

「ふー、やっと終わったか」

 北門の壁上に上がった駐屯兵団精鋭のイアン・ディートリッヒ班長は溜息をついていた。暴動鎮圧に赴くと、そこは阿鼻叫喚の地獄だった。通路を塞いでいた荷馬車を退けきらない内に我先にと避難民が殺到したため、群集事故が発生し、大勢の老人や女性や子供が圧死していたのだ。さらにそのような状況下でも荷馬車からの略奪を企む不届き者達が下敷きになっている避難民を踏みつけていた。イアンは暴徒達に三度警告したが、彼らは聞き入れる様子はなかった。仕方なく配下の兵士に暴徒達をその場で殺すように命じた。

 

 負傷者を運び出す為、かなり時間が掛かってしまった。撤退の鐘を鳴らすのが遅れたため、前衛や中衛には相当な犠牲を強いたであろう。

 

 今回の騒ぎを起こした張本人――商会のボスは、群集のリンチを受けて殺されていたようだ。自業自得とはいえるが、一個人の身勝手な振る舞いのおかげでどれだけ多くの犠牲者が出たことだろう。つくづく嫌な仕事をさせてくれると愚痴をこぼしたいところだった。

 

「い、イアン班長……!? あ、あれを……」

 部下の一人が街の方を指差した。イアンは部下の指差す方向を見た。北門から300m程の街の一角で水蒸気がもうもうと立ち昇っている。その中には悪名高き『超大型巨人』と『鎧の巨人』がいた。

 

「な、なんだと!?」

 イアンは驚愕した。後衛が撤退し街が無人になっているとはいえ、巨人達はまだ後衛の辺りまでは浸透してきていない。そもそも超大型巨人は図体が大きすぎて門を潜り抜けてこられるはずがないからだ。にもかかわらず街の中に突如出現したのだった。

 

 超大型巨人は上半身だけでしかも片腕しかない。それでも全長は30m近い。7~8m程の街並みの中では圧倒的な存在感を示していた。

 

 鎧の巨人は、近くにあった柱をどこかに投擲したようだった。邪魔になる兵士がいたのかもしれない。

 

 北門の壁上固定砲台群から超大型巨人目掛けて一斉に砲撃が始まった。超大型巨人の顔や胸の部分が白くなっている。どうやら鎧の巨人と同じく硬い外皮で守られているらしい。大砲は次々に命中しているが、あまり効いている感じがしなかった。

 

 北門に向かってくるのかと思いきや、超大型巨人は前を向いたまま、後ろに下がっていく。距離が離れるについて大砲の命中率は落ちていった。周りの街並みは超大型巨人と人類の砲撃によって破壊されていった。鎧の巨人の方は敏捷な為、大砲は一発も命中していない。

 

(どういうつもりだ!?)

 イアンは超大型巨人達の意図が読めなかった。出現した位置もやや中途半端だった。北門を破壊するつもりならもっと近い位置に現れて奇襲を狙うだろう。300mも離れていては前進してくるうちに相当数の砲撃を喰らう事になるからだ。

 

 そして鎧の巨人も北門から離れていく。鎧の巨人はトロスト区の壁に近づいた。北門からは優に500m以上離れている。壁の麓まで来ると、突如、壁を登り始めた。

 

 壁上であっても重点防衛地点でないため、配備している固定砲台はわずかだ。予期せぬ鎧の巨人の行動のため、わずかな砲門は照準を合せる時間がなかった。

 

(ま、まさかっ!? そんなっ!?)

 イアンはここでようやく鎧の巨人の意図を察した。奴らは警戒厳重な北門正面からの攻撃ではなく、壁の上に登ってからの攻撃を企んでいるのだ。壁上固定砲は巨人が壁の下にいることを前提として設計・運用されている。巨人が壁の上に登って来るとは想像すらもしていない。

 

 壁の上に登った鎧の巨人は、北門の方向に身体の向きを変えると、進撃を開始した。

 

 壁上にあるものを片っ端から蹴り飛ばしながら突き進んでくる。人も大砲もレールも機材もお構いなしだった。次々に地上50mの壁の上から蹴散らされて地面に落下していく。鎧の巨人に立ち向かおうとする兵士もいたが、踏み潰されるか、飛んでくる破片に巻き込まれて、地上へと落下していった。幾多の命が次々と消えていく。まさに一方的な虐殺だった。

 

「何たる事だ……!」

 イアンは呻いた。やはり人類は巨人には勝てないのか。今日、ウォールローゼは陥落するだろう。鎧の巨人達の狡猾さを考えるとウォールシーナすらも危うい。人類終焉の日が目前に迫っている。イアンは絶望的な思いに囚われていた。




【あとがき】
トロスト区防衛戦の最大のターニングポイント。鎧および超大型、出現す。

原作と違ってエレン巨人が出現せず、また撤退の鐘が鳴るのが遅れたため、最悪の事態となります。(鎧達にとっては計画どおり!でしょうけど)  人類最後の希望は……。

ちなみにミカサは意識を失っただけです。生死は不明です。

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