クリスタとアルミンはミーナと別れた後、街の西側の壁を登った。壁の上に登ると警戒配備中の兵士達に呼び止められた。撤退の鐘は鳴っておらず敵前逃亡だと思われたようだ。アルミンは総司令部に緊急に報告しなければならない事案だと告げた。
「もし嘘偽りなら、お前達、間違いなく死罪だぞ! 今なら見逃してやる。前線に戻れ!」
「もとより覚悟しています! 僕は、いえ私は人類復興の為に命を捧げると誓った兵士です! 私の報告は作戦全てに関わるかもしれない重要な事柄です。お願いです。司令部に行かせてください!」
「女、お前もか?」
兵士達は厳しい視線をクリスタに投げつけてきた。
「はい、そうです」
クリスタは臆する事なく答えた。親友ユミルを助けたい一心だった。このままではユミルは巨人達との戦いを生き延びたとしても駐屯兵団や調査兵団に狙われてしまう。一刻も早くユミルの事情を司令部に伝えなければいけないと思っていた。
「どうします? 班長」
兵士の一人が上官に伺いを立てていた。
「そこまでいうならいいだろう。アルレルトとレンズだったな。わたしはお前達が特別な理由で戦線を離脱したと報告させてもらう。意味はわかるよな?」
その班長は凄みを利かせた。報告内容に嘘偽りがあれば、自分達二人には死刑が待っているということだった。クリスタ達は頷いた。
「急いで行くがいい」
「あ、ありがとうございます」
クリスタは感謝の言葉を述べた。
「いくよ、クリスタ」
クリスタとアルミンは壁の上を走った。ウォールローゼの北門壁上付近にて全軍の指揮を取っている駐屯兵団総司令部へと向かった。
途中、撤退の鐘が鳴った。住民の避難はようやく完了したようだった。クリスタ達はトロスト区の壁とウォールローゼの壁の交差点、T字路になっている場所まで来たときだった。
「ちょ、ちょっと待って! クリスタ……」
アルミンが息切れして立ち止まっていた。思い起こせばアルミンは訓練兵最下位の体力だった。男子だから自分より体力があると思ったのが間違いだったのだ。仮にも卒業成績10位のクリスタである。小柄で華奢な体格に似合わず持久力はある方だった。
「はぁ、はぁ……」
アルミンはかなり苦しそうだった。
「ご、ごめん。急がなくちゃいけないのに……」
「ううん、アルミンはすごく頑張っていると思うよ。辛い事も一杯あって……。さっきだってあの2体を倒せたのはアルミンの作戦がよかったからだよ」
アルミンは首を振って否定した。
「で、でも、はぁはぁ、僕の作戦のせいで……、ハンスは死んでいるよ。ぎ、犠牲が出ない作戦があったかもしれないのに……」
「そんなに背負い込まないで、アルミン」
クリスタはアルミンの肩を擦った。演技ではなく本心からアルミンを慰めているつもりだった。もともとクリスタは困った人を見れば世話を焼きたくなる性分だった。ユミルには窘められるが、クリスタは構わないと思っていた。
「クリスタはやさしいね」
「そ、そんな事ないよ。さっきだって、ジャン達とは諍いになっちゃったし……」
「仕方ないよ。巨人は人類の敵なんだから。でも僕はユミルの事、味方にしたいと思っているよ」
「本当に?」
クリスタはアルミンを信じたい気持ちもあり揺れていた。実のところ、アルミンを監視するつもりで付いてきたのだった。
「ユミルがあの場から去ったのは、僕達とは戦いたくなかったからだよ。口は悪いけどユミルは悪い奴じゃないと思う。そうじゃなかったらクリスタみたいな子とは友達にはなれないと思うから」
「わ、わたしだってそう思ってるよ」
「そっか、じゃあ、そろそろ行こうか? もう休んだから大丈夫だよ」
「うん」
そのときだった。急に周りの兵士達の様子が騒がしくなった。緊急事態を知らせる信煙弾が多数上がっている。街の中を見てクリスタは驚いた。後衛が展開していた無人の街の中に、超大型巨人が出現していたからだ。傍らには鎧の巨人がいた。
「あ、あれって、まさか……!?」
クリスタにとっては初めて見る人類の天敵の親玉だった。朝方、クリスタはユミル達と共に駐屯兵団本部で武器の点検実習をしていた。超大型巨人の出現を直接目撃したわけではなかったからだ。
「ど、どうしよう? アルミン」
「……」
アルミンは超大型巨人達をじっと見つめていた。その横顔は気弱な少年ではなく、作戦参謀として戦況を観察している引き締まったものだった。
「急いで司令部に……」
「いや、今行っても無駄だよ。それどころじゃないって取り合ってもらえないよ」
「じゃ、じゃあ、どうするの?」
「ここでしばらく様子を見よう。……あいつ等の動きがおかしい。早すぎる? もう少し巨人が来てからなら巨人化能力は誤魔化せたのに……」
どうやらアルミンの頭の中は、フル回転で思考中のようだった。
「もしかして、誰かに見つかって止むを得ず巨人化したのかな?」
「誰かって?」
「わからない。でもあの二体だけでも十分脅威だけど……」
「み、味方は大丈夫なの?」
「そう思いたいけど……」
クリスタは超大型巨人達が奇妙な動きをしているのに気付いた。北門から離れていっているのだ。やがて鎧の巨人の方が、トロスト区の西側の壁に近づいてくる。さきほどクリスタ達が壁を登った場所に近いところだった。
「ど、どうなってるの!?」
クリスタは聞いた。
「そうか、そういう事か! あいつ、壁を登るつもりだ」
「えっ? そんな、まさか……」
クリスタは驚いた。巨人が壁を登るなど聞いたこともなかったからだ。
「出来ると思う。あいつは普通の巨人じゃない。巨人が壁を登ってくるなんて考えていないから味方は大混乱だ。このままじゃ、北門の守備隊は壊滅してしまう」
「そんな……!?」
「クリスタ、僕に考えがある」
アルミンの瞳には強い意志を感じた。決して諦めない者の瞳だった。
「何か、思いついたの?」
「クリスタにしか出来ない作戦だ。嫌なら無理にとはいわないよ。でもクリスタなら時間稼ぎが出来ると思う。そうすれば味方は立ち直る時間を得られる。お願いだ。みんなを助けてくれ!」
予想もしないアルミンの言葉だった。クリスタはさっぱり意味が分からない。
「わ、わたし? 何をすればいいの?」
「僕達のいる場所はうまい具合に交差点だ。鎧がこっちに向かってきても直線状に飛んでくる破片は直撃しない。鎧が近づいたら、クリスタはここで鎧に向けて手を振るんだ」
「?」
「鎧の中身は訓練兵の可能性があるんだ。クリスタに関心がある男子なら立ち止まるかもしれない」
アルミンの説明でクリスタは閃いた。
「それって、ミーナが例の精鋭から口止めされていた話ね?」
アルミンは頷いた。
「確証はないけど、やってみて損はないと思う。もし鎧が止まらない場合は、立体機動装置を使って壁の外に逃げよう。かなり危ない賭けだけど……」
「うん、いいよ」
クリスタはアルミンの策に乗ることにした。同期の男子に好かれているという自覚は少しはある。仮に自分が成果を挙げれば、クリスタ自身の発言力が増すだろう。それはユミルを守る事につながる。親友の為なら命を賭ける事だって怖くない……と思う。ユミルだってそうしてくれたのだから。
鎧の巨人は壁を登ると、アルミンの予想通り、北門に向けて進撃してきた。蹴り飛ばすという単純極まる方法だったが、それだけに駐屯兵団の兵士達は打つ手がないようだった。頼みの大砲は速射性が遅い上に、壁の上にいる巨人を撃つ事を想定していないので役に立たない。
自分達を呼び止めた駐留兵団の兵士達は真っ先に蹂躙されてしまった。僅かな時間とはいえ、会話して自分達の行動に理解を示してくれた班長はもう生きていないだろう。
(ひ、ひどい!? こんな事をするなんて!? 誰か知らないけど酷すぎる……)
クリスタは目の前の惨劇を見ながら、近づいてくる鎧の巨人を睨み付ける。
次々に飛来してくる破片。いや、人や大砲やその他の残骸だった。鎧の巨人は15m級だった。見上げるような巨躯、大きな山が移動しているのかと錯覚するぐらいの圧倒的な威圧感があった。
鎧の巨人は眼下にいるクリスタを見つけたようだ。目玉は影に隠れて見えなかったが、視線を感じた。クリスタは逃げ出したくなる恐怖心で一杯だった。
(ユミルの為だもの!)
クリスタはユミルの事を想って勇気を振り絞った。両手を広げて鎧の巨人の前に立つ。T字路の角を挟んだ壁の上だった。
「もう止めてっ!!」
クリスタはありったけの大きな声を出して叫んだ。
「……!?」
クリスタの必死の叫びが届いたのかは不明だが、あれだけ破壊を続けていた鎧の巨人が急に動きを止めた。ということはアルミンの予想どおり、中身は訓練兵の誰かなのだろうか。クリスタは鎧の巨人をじっと見上げた。
【あとがき】
アルミンは、調査兵団の精鋭(ペトラ)がミーナに訊ねた内容(第10話)をミーナから聞いています。そして巨人化能力(ユミル)の件とあわせて、アルミンは鎧の中身を同期の彼と推察した。そしてクリスタならば足止めができると考えた。
原作でもアルミンは相手の性格を読んで機転を利かします。