(side:グンタ)
調査兵団主力の騎馬隊は、街まで10キロというところまで来ていた。現在までのところ、味方の被害は軽微だった。往路復路ともに遭遇した巨人の数がわずかだったからである。しかし、それは巨人達がトロスト区襲撃の為に、一箇所にまとまって行動していたからだ。今、街では巨人達の猛攻を受けて甚大な被害が出ているであろう。
(頼む! 間に合ってくれよ!)
精鋭班の一人、グンタ・シェルツは必死で祈っていた。5年前と同じ展開ならば超大型巨人の奇襲によって南門が破壊され、街に巨人の大群が侵攻した後、内門である北門を鎧の巨人が破壊するだろう。そうなれば、ウォールローゼ陥落が確定してしまう。空前絶後の被害、いや人類滅亡に直結する事態かもしれないのだ。
「前方に巨人の群を確認、数は12! 10m超級が4! 街に向かって移動中!」
偵察班の伝令兵から報告があった。
「総員に通達、配置を転換! 楔型陣形で精鋭班を最前列に! 突撃体勢を取れっ!」
スミス団長は攻撃を決意したようだった。通常、平地での巨人との戦闘は避けるべきだが、今はなにより時間が惜しい。それに巨人達が街を指向している為、背後という有利なポジションを占めている。敵は10体あまり、人類最精鋭部隊である調査兵団主力ならば突撃して撃滅可能だろう。
陣形を組み直した味方騎馬隊は、速力を上げていく。巨人の群が見えてきた。巨人達は小型巨人が先攻している形で大型巨人達は最後尾に固まっていた。依然としてこちらに背を向けたままだ。群の中で一番大きいのは12m級だった。
「リヴァイ、任せた!」
団長から命を受けたリヴァイが精鋭班の各自に伝達する。
「12m級は俺がやる! ミケ、エルド、オルオ、グンタ! それぞれ目の前の大物を潰せ!」
「「「了解!」」」
巨人達の脚もかなり速い。馬の速力を上げて距離は徐々に詰まってきたが、まだ少し時間は掛かる。
(くそ、もどかしいぜ!)
攻撃位置まで気付かれない事を祈るばかりだ。奴等は街を目指しているとはいえ、目の前に餌(自分達)が現れたら、方向を変えて襲ってくるだろう。そうなれば乱戦になる。自分達が巨人討伐のプロ集団だとはいえ、平地で戦いは基本的に不利だった。なにより時間をロスするのが痛い。
(後、少し……)
グンタは、立体機動装置のワイヤーをいつでも射出できるように準備する。目の前に10m級巨人が近づいてきた。巨人達はまだ街の方角を向いたままだ。
リヴァイから信煙弾が放たれた。攻撃開始の合図だった。
リヴァイが立体機動に移った。そこからは電光石火だった。リヴァイはアンカーを巨人の動きが少ない腰に撃ち込み、急接近。途中、ガス噴射で方向を変えて一気に後ろ首に躍り出る。延髄を抉った。と同時に空中で体位を入れ替えながら、巨人が倒れる方向を予測してアンカーを巨人の身体に撃ち込み直して急減速。ガス噴射をうまく使いながら、勢いを殺して、地面に一回転しながら着地、すぐに自分の馬を呼んでいた。
流れるような鮮やかな巨人狩りだった。ただしかなり危険な狩り方である。卓越した技量を持つリヴァイでも平地では今のような戦い方はあまりしない。少しでもタイミングを間違えたり、アンカーの撃ち込み場所がずれていたら10m以上の高さから地面に叩きつけられてしまう。時間が惜しいという切羽詰った状況なので持てる最高難度の技を駆使したといったところだろう。
自分達はまず巨人の足首を狙う。リヴァイを真似して一人で倒す必要はない。討伐補佐チームが時間差で足首を切り裂いた。この辺りでようやく巨人達は後ろから攻撃されている事に気付いたようだった。何体かが立ち止まって振り返り始めた。
もちろん、これも予測のうちだ。止まった瞬間を狙って巨人達が振り返るより先に、グンタはワイヤーを射出、首筋を狙う。ミケ、エルド、オルオもほぼ同じタイミングで立体機動に移った。
(くらえっ!)
グンタは、今朝から巨人達に翻弄された怒りを込めて斬撃を見舞った。グンタの一撃は10m級の急所を捉えた。巨人はそのまま崩れ始める。好都合な事に5m級1体に向けて倒れていく。グンタはすぐさま離脱する。倒した巨人はそのまま5m級を下敷きにしていた。
(馬鹿め! 固まりすぎなんだよ!)
餌を喰らう事しか考えていない通常巨人は力が強くても、行動が読みやすいので組みやすい相手だった。
(他のみんなは?)
グンタが周りを見ると、ミケ、エルドは討伐に成功していた。しかし、オルオがなぜか失敗していた。8m級巨人の首筋を斬り付けただけに終わっていた。その巨人は己が斬り付けられたのを認識すると急に四つんばいになった。犬のように俊敏で飛び跳ねてオルオを追い回していた。
「くそっ! 奇行種か!?」
オルオ以外の精鋭が倒した巨人はほぼ不意打ちで倒していたので、奇行種だったかどうかは分からない。しかし、オルオが討伐に失敗した巨人は間違いなく奇行種だった。
奇行種――特異な行動を取る巨人で行動が読めない為、通常種より遥かに危険な存在である。この奇行種は俊敏性と仕返しの感情を持ち合わせているようだった。
近くにオルオ以外の兵士がいるのにも関わらず、オルオだけを執拗に狙っている。踏み潰されそうになったオルオは馬から飛び降りた。馬は巨人に踏み潰された。
(まずい!)
仲間の兵士達が援護とばかりに信煙弾を目潰し代わりに撃った。しかし四つん這い巨人が俊敏すぎる為、全弾空振りに終わった。相手の動きが早いので、その巨体にアンカーを打ち込むのも危険だった。かといって周囲に立体機動の足場となる樹木や家屋も存在しない。不利な平地戦での影響がモロに出ていた。
オルオの綻びが伝染しはじめた。四つん這い巨人がを暴れているうちに、先行していた他の巨人達が引き返してきて自分達の方に向きつつあった。乱戦になれば、背後から強襲という自分達の優位性がなくなってしまう。
リヴァイが単騎で突入した。
「ばかやろっ! さっさと離れろ!」
リヴァイは怒鳴りながら信煙弾を巨人の目を撃ち込む。経験豊富なリヴァイだから相手の動きを予測した上で、放ったのだろう。リヴァイの一撃は巨人の目に命中した。巨人は片目を潰されて遠近感がなくなったはずだ。ただし巨人は驚異的な再生力を持つ。すぐに目を回復させてしまうだろう。それまでに決着を付けねばならなかった。
(さすがだな!)
リヴァイが戦線に参加するとそれだけで安心感が出てくる。が、それでもその巨人は、徒歩で逃げ回るオルオに襲い掛かった。
「オルオっ!」
土煙が上がり、すぐに状況はわからない。その四つん這い巨人はオルオのいた位置に留まっている。巨人は首を高く持ち上げた。巨人の大きな口には、あらぬ方向に曲がった人の両足が生えていた。誰のものかは言うまでもない。巨人は咀嚼を始めた。
「オレがやるっ!」
調査兵団No2の実力者ミケ・ザカリアスが巨人の死角から馬で突撃した。ワイヤーを射出、一気に首筋へと向かう。途中でアンカーの固定を外したようだ。俊敏すぎる相手に振り回されるのを避けるためだ。ミケは慣性だけで空中を機動、斬撃を繰り出した。
ミケの一撃は四つん這い巨人の急所を捉えた。巨人は目をかっと見開くと恨めしそうにミケを睨み付けながら崩れ落ちた。ミケはそのまま、勢い余って地面に身体を何度もリバウンドさせながら着地、というより落下した。なんとか立ち上がったところを見ると大きな負傷はないようだが、頭から血を流していた。
「ミケ! 大丈夫か!?」
エルドが声をかけていた。ミケは手で頭の傷口を抑えながら頷いていた。
「まだ終わっていない。来るぞっ!」
リヴァイが一同に注意を促す。大型巨人は全て討伐したとはいえ、7m級以下の巨人6体が残っている。油断は禁物だった。
……
数分と経たない内に残りの中小型巨人すべてを討伐する事に成功した。しかし死傷者4名を出す結果となった。そして最精鋭の一人オルオが戦死者に含まれていた。背後からの奇襲に成功したという条件を加味すれば、痛い損害だった。
「くそっ! なんでだよ! オルオ……」
明らかにオルオは精彩を欠いていたとしか思えなかった。彼の実力からすればさほど難易度は高くなかったはずだ。考えられるのは昨日の幹部会議でのペトラとの諍いだった。オルオは隠しているつもりだったかもしれないが、ペトラが想い人であることは衆知の事実だった。今朝方もペトラとは和解できていなかったようだ。精神的な悩み事が集中力を欠く原因となったのかもしれない。
おまけに運悪く討ち漏らしたのが奇行種だった。40体近い討伐数を誇るオルオだったが、それでも死ぬときは呆気なかった。巨人との戦闘は常に苛酷なのはわかっていたが、なんとも言えぬ無力感が漂っていた。
「陣形を元に戻す。進め!」
スミス団長の命令で再び進軍を始めた。
じきにトロスト区の壁が視界に入ってきた。壁の外には今だ巨人が何十体も蠢いていた。それら巨人は全てトロスト区を指向していた。壁上固定砲台からはまばらにしか砲撃がなされていない。どうやら弾切れ寸前になっているようだった。それだけ激戦だったのだろう。門が壊されているのが見えていた。やはり超大型巨人が出現したようだった。
そのときだった。トロスト区上空に爆裂音が鳴り響いた。打ち上げ花火だった。幾多の花火が空を閃光で彩っていた。
(なんなんだ!? 花火ってどういう事だ?)
グンタはさっぱり意味が分からない。街の中は多数の巨人が侵入しており、駐屯兵団が巨人達と死闘を繰り広げているはずだ。花火を打ち上げたところで巨人を倒せるわけでもない。周りにいる調査兵団の兵士達も呆気に包まれていた。