進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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リタはトロスト区防衛戦には直接参戦しませんが、”保険”の設置など重要な役割を果たしています。ハンジの気球を回収後、ようやくフリーハンドで動き始めます。
またアルミン達を引き込む案をハンジが思いつきます。


第3章 暗闘
第22話、振動探知網


 トロスト区から南へ50キロ地点。雑木林の中に鋼鉄製の荷馬車――8輪式装輪装甲車(ストライカー)が停車していた。この装甲車はリタ達秘密結社『グリーンティー』の移動基地であり、壁内世界では最大級の火力投射力を持つ軍事兵器でもあった。

 

 リタ達はハンジ達を回収した後、装甲車の後ろに連結した荷馬車(調査兵団が放棄したもの)に折り畳んだ気球を格納していた。ハンジの部下――モブリットは眠らせて長椅子に縛って固定している。秘密保持の観点から、リタ達と合流する前にハンジが睡眠薬入りの水を飲ませていたからである。

 

 ハンジは装甲車内の後部にいた。運転席がある前部とは厚手のカーテンで仕切られており、そこはリタとシャスタのみが立ち入る事ができる最高機密の空間だった。不必要な機密情報までは例え信頼できる仲間であっても教えないという機密保持の方針に基づいていた。仮にハンジやペトラが敵の手に落ち、尋問されたとしても知らなければ漏らしようがないからである。

 

 車内後部の壁には薄型モニターが設置されており、映し出される画像は遠く離れたトロスト区の様子だった。ミタマに搭載されていたカメラからのものである。

 

「いやー、何度見ても凄いね。本当に鎧も超大型も倒せてしまうんだ」

 ハンジは鎧の巨人が倒れる瞬間を何度もリプレイして鑑賞していた。

 

「ああ、この光景を死んだ仲間にも見せてやりたかったな。ついに人類は宿敵を倒したってね」

 ハンジの目からは少し涙が出ていた。いままでの壁外調査で非業の死を遂げた仲間の事が自然と想い浮かんでいたのだ。

 

「でも危なかったですよぉ。鎧が立ち止まってくれなかったら、北門を破壊する直前まで狙撃のチャンスはなかったかも?」

 ハンジの横にいるシャスタが話しかけてきた。シャスタは秘密結社の技術総監である。リタの世界においても非常に優秀な技術者である彼女は、偵察気球のみならず、様々な技術工作に関与していた。ハンジとは結社の仲間というだけでなく、技術者同士という事もあって(むろんハンジが教わる事が圧倒的に多かったが)、親しい間柄となっていた。

 

「そうだね。私もまさか壁の上に登ってくるとは予想していなかった。あれ(スピア弾)の有効射程が短かったら危なかったね」

「はい。それにハンジさんが弱点を分析していてくれたからですよぅ。脇を狙うようにってね」

「私の予想だよ。昔、人類同士で争っていた頃、鎧が使われていたが、関節部や結合部に弱点があった。鎧の巨人もあれだけの機動性がある以上、全身全てが硬質な皮膚で覆われているはずがないんだ」

「そ、そうなんですか?」

「そうした弱点を遠距離から正確に撃ち抜ける命中精度があったからこそ、今回の成功となったわけだ。ペトラから2キロ先の15m級を倒したと聞いていたけど、やっぱり不安だったね」

「あたしもそうです。実戦例がない以上、鎧の巨人を(スピア弾で)貫通できるのか不安でした」

「特別な弾丸と聞いているけど?」

「はい、通常のスピア弾を加工し、……爆薬を詰め込んだ……弾です。着弾と同時に……効果によって爆発力を増大させ……、あれ?」

「すまない、シャスタ。翻訳機がときどき停止していたようだ。私にはまったく理解できなかった」

「あっ、ごめんなさい。あたし達の世界の用語で話してしまいました」

 リタ達の自動翻訳機は対応語がない場合、そのままの音声で伝えてしまう。リタ達の世界の言葉で言われてもハンジに分かる訳がなかった。

 

「同時に超大型も倒せるとは……」

 ハンジは鎧のみが出現すると予想していた。5年前のウォールマリア陥落時、超大型巨人が出現したのは外門を破壊した第1撃のみである。神出鬼没の超大型巨人を倒すのは至難の技と考えられていたが、今回は自分達が用意した狙撃の有効射程内(キルゾーン)に出現したのだった。当然、そのチャンスを見逃すリタ達ではなかった。すぐさま標的リストに追加するように通信装置を介してミタマに指示を出していた。超大型巨人の撃破は望外の大戦果と言っていいだろう。

 

「はい。でもどうして超大型は現れたんでしょう? 内門を壊すだけなら鎧だけでも十分のはずなのに……」

「それはわからないな。さらに街を破壊するつもりだったのかもしれない」

「そ、そうですか。でも、ちゃんと始末できてよかったですぅ」

 シャスタは胸を撫で下ろしていた。

 

「撃ったのはミタマだったね。あれは本来、君達の世界では”ギタイ”という人類の敵なんだろ?」

「はい、そうです」

「人類の敵が人類の敵を倒すか? なんか皮肉なものだね」

「もともとギタイはただの戦闘機械に過ぎません。善や悪もなく、慈悲も無慈悲もありません。上位存在に命じられたとおりに行動するだけですから」

「それにしても優秀な射手だ」

 ハンジはミタマを褒めた。

 

 仕切りのカーテンから結社のリーダーであるリタが入ってきた。最大の懸念事項だった鎧達を倒したというのにリタは浮かない表情をしていた。

 

「リタ? どうしたの?」

 シャスタはリタに訊ねた。

「駐屯兵団司令部を”盗聴”していた」

「ええっ? いつの間に……」

「ペトラに指示して司令部近くの物陰に集音マイクを置かせた」

「”盗聴”とは?」

ハンジはシャスタに尋ねた。

「機械を使った盗み聞きです。でもリタ、まさか味方を盗聴するなんて……。対象は憲兵団支部が対象じゃなかったんですか?」

「いや、友軍ではあるが、彼らがどう考え、どう動くかは注意深く観察する必要がある。第一、彼らは我々(秘密結社)の事は知らないのだからな」

「そ、それはそうですけどぉ」

「実に興味深い話が聞けたよ。ペトラが怪しいと報告してきた訓練兵3人以外に巨人化した者がいたようだ。人が巨人に変異する能力、巨人化能力というのかな?」

 

「きょ、巨人化能力!?」

 さすがのハンジも予想外の出来事だった。超大型巨人が出現した際、その直前にフードを被った怪しい人物が南門の前にいた事まではペトラから送られてきたビデオ映像で確認できていた。巨人出現と何らかの関連性があるとは思っていたが、人が巨人化するとまでは思っていなかったのだ。

 

「なんて事だ! それだと壁内に人の振りをして簡単に侵入できてしまう。防衛体制の根幹を揺るがす事態だ!」

 ハンジは巨人化能力の持つ危険性を即座に認識した。

 

「そのとおりだ。なんでも一瞬で人から巨人へと変異するようだ。目撃した者がそう話している。訓練兵アルミン・アルレルト、なかなかの切れ者だな。さきほど鎧を足止めしたのはこのアルミンという者の策らしい。ペトラが訊ねた3人の名前を又聞きしていたらしく、そこから中身を推察し、容疑者の気を引くクリスタという少女を使って足止めを図ったのが真相だ」

 鎧が壁の上で静止した理由が始めてわかったのだった。

「へぇー」

「それはまた凄い子だね。ぜひ結社に欲しい人材だね」

「わたしも同意見だ。年齢は15歳だから将来は楽しみだな」

 

「それで、ピクシス司令はなんと話されているのかな?」

「調査兵団の首脳陣と会ってから方針を決めるようだ。それとミタマの狙撃は調査兵団の新兵器と考えているようだ」

「それはまずいな。団長も知らない話だ。ペトラが尋問されてしまう事になる。それだけじゃない、憲兵団に目を付けられ、拉致されて拷問される恐れもある」

「ご、拷問ですか?」

 シャスタが驚きの声を上げた。シャスタは血生臭い話が苦手なのだった。

「この世界では人権なんてないからな。ペトラにはアリバイを作らせてあるが、やはりそれだけでは不安だな」

リタは腕組みをして考えているようだった。

「ど、ど、どうしましょう? ペトラさんが拷問なんて……」

シャスタは急にオロオロとし始めた。

「ペトラには暫く身を隠してもらった方が良さそうだな。ハンジ、あなたも暫くは街に帰還しない方がいいのではないかな?」

「いや、私は技術班の取りまとめだ。気球の次の段階、飛行機械の研究開発の指揮を執る必要があると思う。それにペトラに次いでわたしまで行方不明になれば確実に怪しまれる」

「そうか。ではどうすればいいかな?」

「……」

 

 3人はしばし無言だった。スピア弾を用いた狙撃により鎧達を倒して、ウォールローゼ陥落を防いだものの、壁内世界の人類にとっては余りにも強力すぎる兵器だった。王政の保守派や貴族は是が非でも我が手にしようと企むだろう。

「あ、あのう……」

シャスタがおずおずと手を挙げた。

「外から来たヒーローを用意してはどうでしょうか? 危機に瀕した人類に手を差し伸べる正義の味方みたいな? リタの機動ジャケットは赤ですから、”紅の騎士”なんてのは如何でしょう? 壁内に入らなければ憲兵団を気にする必要はありませんよ。どうでしょうか?」

「しかし、わたしの顔を晒すのは……」

「いえ、別にヘルメットを被ったままでも大丈夫でしょう。シャスタの案でいいと思う。団長とは壁外で会見しては?」

「できればやりたくないな。少し考えさせてくれ」

リタは結論を保留した。裏方から支える戦略でずっとやってきたのに表に出るのは、根底から崩れてしまうからだろう。

 

「とりあえず、ペトラには暫く身を隠すように連絡しておく。今追求されるのはまずいからな」

 リタは携帯電話を使ってペトラに連絡を取っていた。

 

「ハンジ、ぺトラは例の訓練兵――アルミン達も憲兵団に狙われるのではと言っているが?」

 リタが聞いてきた。

「そうだな……。いや、いい機会かもしれない。アルミン達も匿うついでに結社に引き込んではどうでしょう? 準構成員扱いという事にして、教育していけばいい人材に育つと思うけど」

 これはハンジだけでなく、リタ達4人共、構成員が足りていない事と感じているところだった。ただリタ達の秘密を絶対に守るという原則がある以上、そう簡単に構成員を増やすわけにはいかないのだった。自分達がしている事が憲兵団に嗅ぎ付けられたら間違いなく抹殺の対象となるからである。

 

「なるほど、いい考えかもしれない。しかし、どうやって確保する?」

「ぺトラに頼りになる先輩を演じてもらうという手はどうでしょう?」

 ハンジはちょっとしたアイデアを披露した。

 

「ふふっ、それは面白いな。聡明なアルミン君が目を回すかな?」

 リタは悪戯っぽく笑った。

「後、ミカサ・アッカーマンも確保しましょう。彼女、逸材と呼ばれるほどの優秀な兵士だからね」

 ハンジはまもなく入隊予定の第104期生の主要メンバーを把握していた。特に首席のミカサは調査兵団を志望していると聞いているので、期待の新人である。工作員として秘密結社にぜひ欲しい人材だった。

 

 リタは再び携帯電話でぺトラに連絡を取っていた。

 

 

「……」

 シャスタは腕に付けている端末をいじって何か操作していた。

「リタ、ハンジさん。今、気が付きましたが、妙な動きをしている巨人の群れがいます」

「妙な動きとは?」

 リタが聞いた。

「えーと、他の群れはほとんどが街に向かっていますが、この群れだけはトロスト区の南西8キロ地点で停止したままで、2時間が経過しています」

「数は?」

「大型巨人が最低でも10体以上です。正確な数は分かりません。あくまで中継器に取り付けた振動センサーを連動させて拾っているだけなので……」

 

 シャスタの説明によると、携帯電話を使えるようにするため、ウォールマリア内の高い樹木などに、植物に擬態させた通信アンテナ(中継器)を配置しているという。(優れた観測装置付きの装甲車のおかげで、リタ達は特に夜間ならほぼ無制限にウォールマリアを行動できる。今回の壁外調査に先駆けて通信網の設置を行っていた) その中継器には振動センサーも取り付けてあり、複数の中継器を連動させることで移動する巨人達の大まかな二次元的な分布が分かるという。敵に気付かれないという点では優秀な索敵網だった。しかも個々の装置はそれほど高度な精密機械を使っているわけではない。シャスタの創意工夫の表れと言っていいだろう。

 

(動きを止めている群れか? 確かに怪しい。もしかしてこいつが本命か!?)

 ハンジはそう閃いた。

 

「ハンジ、どう思う?」

 リタはハンジに訊ねてきた。

「その群れの中に、今回のトロスト区侵攻の指揮官、すなわち総大将がいると思う。鎧や超大型は前線指揮官でしょう」

 上空から観察していていたことで巨人達の動きを操る存在が壁外のどこかにいた事は確証できた。巨人達を一箇所に集合させ、一斉に街に向かわせていたのはこの総大将で、訓練兵に化けていた巨人(鎧や超大型)は工作員だろう。そう考えれば全ての辻褄が合ってくる。

 

「なるほど、真の親玉というわけか?」

「おそらく」

「どう対処するべきだと思う? 攻撃するか否か?」

 リタは二人に意見を求めた。

 

「あ、あたしは攻撃には反対です。未知の巨人ですよぅ。鎧みたいなのがいるかもしれません。それに(対鎧用の)特殊弾頭はもうありません。現在タマ達に装備させているのは通常のスピア弾です。残弾だって十分じゃありません。打撃戦ともなれば相当数の弾を使用してしまいます」

 シャスタは反対意見だった。

 

「私は攻撃するべきだと思う。狙撃の件はまだ奴らには伝わっていないはずだ。奴らは鎧を倒す遠距離攻撃兵器(スピア弾)の存在を知らない。いずれは知られることになるが、今はこの優位性を生かすべく先手を打って撃滅するべきだ。シャスタのいうように弾の不足については懸念すべき事柄だが、今は敵に情報を与えない方を重視するべきだと思う」

 ハンジは攻撃を主張した。

 

 秘密結社における軍事作戦ではリタに全ての決定権がある。ハンジとシャスタは固唾を呑んでリタの顔色を伺った。

「……よし、ここはハンジの考えを採用しよう。敵の本国に情報を与えないという点から考えても敵の総大将は討ち取っておくべきだ」

「わかりました。リタがそう言うなら……」

シャスタは自説を引っ込めてリタに従う姿勢を示した。

 

「これより『グリーンティ』の総力を挙げて、敵総大将の群れを殲滅する!」

 リタは力強く宣言した。

 

 周囲に展開している生体戦車(ギタイ)にもシャスタからの通信装置を解して命令を伝えたようだ。装甲車の上部からずしんと振動音が伝わってきた。

「タマ達を装甲車の上に乗せてます。移動速度は装甲車の方が速いので、装甲車に載せて移動し、敵に近づいたら降車させます」

シャスタが解説してくれた。この装甲車を輸送手段として使うという事だろう。シャスタはそのまま運転席に行き、装甲車のエンジンをかけて発進させた。

 

(敵の総大将か!? 巨人化能力にしろ、今日は次々と新事実が浮かび上がるな)

 今日ほど巨人の実態に迫った日はないのかもしれない。突如始まった巨人の侵攻ではあったが、リタ達のおかげで、ウォールローゼ陥落という最悪の事態は逃れ、体勢を立て直しつつある。人類の反撃はこれからだった。

 

 

 装甲車は荒野を全力疾走して、目的地に向かった。付近の巨人達は街へ移動してしまった後らしく、遭遇する巨人はほとんどいなかった。目的地に近づくと、敵に見つからないように雑木林のあるコースを選んで近づいていく。

 

 その間、ハンジとリタは時折来るペトラからの報告に対処しながら、さほど会話を交わす事もなく、車内後部の長椅子にかけたまま無言だった。30分程、走行した後、装甲車の揺れが小さくなった。どうやら速度が落としたようだった。装甲車の上部から何かが降りたような振動があった。タマ達を展開させているのだろう。

 

「リタ、ハンジさん。望遠カメラで敵の姿を捉えました。そちらのモニターに映します。確認してください」

 運転席にいるシャスタがハンジ達に声を掛けてきた。ハンジはモニターの映像を覗き込む。複数の巨人が映りこんでいて、その巨人達の群れの中央に一際背の高い巨人がいた。巨人に詳しいハンジですらも今まで見たことのない巨人の姿だった。手足が異常に長く全身が毛のようなもので覆われており、人というより獣に近い印象だった。

 

「獣の……巨人?」

 ハンジは思わず呟いていた。




【現在公開できる情報】
リタ達秘密結社の情報収集手段
・振動センサーによる索敵網……携帯電話の通信アンテナと共に振動センサーを設置し、それを複数連動させることにより、移動する巨人達の大まかな二次元的な分布がわかるという。相手に気付かれないという点では優秀な索敵システムである。

・駐屯兵団司令部に対する盗聴……友軍だがリタが観測対象にしていた。これによりアルミンの得ていた情報もすべてリタが知ることになる。(ユミルの巨人化など)

【あとがき】
巨人によるトロスト区侵攻は、ライベルアニだけで行ったのではないと考えています。3人は前線指揮官です。巨人達を集めて一斉移動させていた存在(総大将)がいるものとして、物語を組み立てています。

原作では”獣の巨人”の謎がそれほど明かされていないので、この辺りは筆者の独自解釈です。



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