進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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中衛の殿(しんがり)として戦ったミーナ達のその後です。


第23話、隔離

 駐屯兵団のリコ班長に率いられた中衛の訓練兵の殿(しんがり)部隊は、数度に渡って巨人達の追撃を撃退した後、ようやく壁の上に退避することができた。しかしながら撤退戦の最中、4名の戦死者を出していた。戦死者の中には、マルコ(第19班班長)、レオン(ジャンと同じ班)が含まれていた。リコが来てくれなかったら組織だった撤退戦は出来ず、大きな被害が出ていたのは確実なので、この程度で済んでよかったと評価されるかもしれない。

 

 壁の上に登ったミーナ達は、駐屯兵団の兵士達から朗報を聞かされた。鎧の巨人および超大型巨人が新兵器で倒されたという。さらに調査兵団の主力が帰還してきたというのだった。

 

「あの超大型巨人が?」

「鎧の巨人も?」

「新兵器って、なんだろうね?」

「くそっ、オレも見たかったぜ!」

「俺たち、勝てるんじゃないか?」

 周りにいる訓練兵達は戦況が好転したためか、話し振りに余裕があった。

 

「なにが勝てるかもだ! くそっ! マルコが死んだんだぞ!」

 ジャン・キルシュタインは朗報を聞かされても、一人不機嫌なオーラを醸し出していた。そんなジャンには誰も近寄らなかった。それもそのはず、ジャンと仲の良かった同期のマルコが戦死したのだった。さらにジャンの班は班員を2名(ハンス、レオン)失っている。

 リコの説明ではマルコの班が戦った巨人の群れの中に奇行種がいたという。立体機動中の兵士のワイヤーを狙うという存外に危険な敵で、マルコを含め3人の訓練兵が地上や建物の壁に叩きつけられたのだ。リコが一瞬の隙を突いてその奇行種を討伐したが、マルコを含め2人が別の巨人に捕食されて助からなかった。

 

「わ、わたし、巨人に屈服してしまいました。も、もう駄目です」

 巨人に襲われて醜態を晒してしまったサシャ・ブラウスは、頭を抱えて座り込んでいた。

「初陣なんて、そんなものよ。貴女は十分立派に戦ったわよ。反省点を次回に生かせば良い事よ」

リコが慰めているが、サシャには届いていないようだった。サシャはしきりに頭を振って自己否定しているようだった。

 

「……」

 アニ・レオンハートは無言のまま、冷めた目で街の方を見ていた。撤退戦ではそれなりの働きがあったようだが、ミーナは疑いの目を持ってアニを眺めていた。

 

(アニが巨人側のスパイなら、確かに今の状況は納得していないよね?)

 鎧の巨人達は後一歩で目的を完遂していたはずだった。それが予想もしない新兵器により最強クラスの巨人が2体(鎧、超大型)も倒されたのだから、計画は大いに狂ってしまっている事だろう。

 

「!?」

 アニと目線が合ってしまった。ミーナは慌てて目線をそらした。アニは何を思ったのかミーナの方に近づいてきた。

「ミーナ」

アニが話しかけてきた。

「な、なに?」

「なぜわたしを見ているの?」

「え、え? あの、その……」

 ミーナは動揺してうまく答えられなかった。捕食者に捕らえられた哀れな獲物になった気分だった。

 

 そのとき傍にコニー・スプリンガーが通りかかった事に気付いた。ミーナはアニから飛び退くとコニーの影へと逃げ込んだ。

「な、なんだよ? ミーナ」

コニーは不機嫌そうな声を出すが、すぐにアニがミーナを睨みつけている事に気付いたようだ。

「なんだぁ? お前ら、喧嘩でもしてんのか?」

「……」

アニはミーナを呪いの篭ったような視線で睨みつけている。コニーという邪魔者が入ったため、諦めたのか踵を返して離れていった。

 

(ああ、怖かった……。アニってあんな怖かったかな?)

 普段から一人でいる事の多いアニは、他の訓練生とつるむ事はなかった。むろんミーナは彼女とはほとんど会話した事がない。

 

「いつまでオレにくっついてんだよ!?」

「ご、ごめん」

 ミーナは慌ててコニーの腕を放した。

 

「訓練兵第31班、および訓練兵34班! 居たら返事しろ!」

 伝令兵らしき兵士がやってきて大声で自分達を呼んでいた。

 

(わたし達だ。なんなんだろ?)

 第31班はジャン達で、第34班はミーナ達だった。ただし第34班の生き残りはミーナとアルミンのみである。

 

「ジャン・キルシュタインだ。第31班の班長だ」

 ジャンが名乗りを挙げた。

「第31班のコニー・スプリンガーだ」

「ミーナ・カロライナ。第34班です」

コニーとミーナも名乗りを挙げた。

 

「これで全員なのか?」

 伝令兵は意外そうな顔をしていた。名乗りを挙げたのがたった3名だったからだろう。通常の班構成なら2班で12名のはずだからだ。

「そうだ。後2人は司令部に行ったはずだ。それ以外の者は……全員戦死している」

ジャンが答えた。正確に言えばユミルは違うが、ユミルの件を話すと面倒なのでこれでいいだろう。伝令兵は自分達が死闘を生き延びた事を理解してくれたようだった。

「そうか……、ご苦労だったな。お前達は司令部に直ちに出頭するように命令が出ている」

「了解した」

ジャン達は敬礼して応えた。伝令兵は付いてくるように促した。

 

「なあ、なんで出頭命令なんだ?」

 コニーは疑問を口にした。

「たぶんユミルの件だろ? ここではあまり話さない方がいいぜ」

ジャンは出頭命令の理由に検討をつけていたようだ。確かにそれ以外に第31班と第34班が呼び出される理由が想像できない。

「アルミン達が報告に行ったんだろ?」

「オレらにも事情聴取ってやつか! めんどくせーな」

「兵士の義務だ」

「わかってるよ。ったく……」

コニーは不満たらたらだった。

「……」

ミーナは黙ってジャン達の後に付いて行った。

 

 

 北門壁上の司令部近くに来ると、大勢いる駐屯兵団の兵士達に混じって、金髪の少年少女が立っているのが見えた。アルミンとクリスタだった。二人は手をつないでいた。普段からそれほど親しかったようには見受けられなかったが、たった1時間、目を離した隙に親睦を深めたようだった。

 

(なんでクリスタが!? ユミルとベッタリだったくせに!)

 ミーナは面白くなかった。エレンにアルミンの事を託されたのは自分である。それなのにクリスタが割り込んできたのだった。クリスタは同期の中では一番人気のある女の子だ。美貌に加えて優しい性格で惚れている同期の男子諸君も多いに違いない。一方のミーナは至って平凡な女の子だ。クリスタに敵うはずもなかった。

 

「よかった。ジャン達は無事だっただね」

 アルミンが声をかけてきた。

「ここにいるオレ達はな。マルコも死んだ。レオンもだ」

ジャンはつれなく答えた。

「!?」

アルミンとクリスタの顔が曇った。

「あの後、しばらくして撤退の鐘が鳴り、成績上位10番以内と志願兵で殿をやったよ」

「……」

アルミンは何も言えないようだった。殿(しんがり)は味方の撤退を支援する為に最後まで戦場に留まる部隊である。いかに苛酷な状況だったかは言わずともわかるだろう。

 

「大変だったのね。でも貴方達だけでも無事でよかった」

 クリスタが労ってくれた。

「まあ、オレが天才だから皆が生き残れたようなもんだ」

クリスタに声をかけられてコニーは嬉しいのだろう。元々ある自慢げな体質が出ていた。

 

「で、お前ら、なんで手を握り合っているんだ?」

 ジャンが指摘した。

「え?」

アルミンは特に驚いたようだった。どうやらアルミンはクリスタと手をつないでいるという認識はなかったようだ。慌てて手を離していた。

「ち、ちがうよ。ほ、ほら、ミカサの事もあったから心配で……」

「な、なに!? ミカサだと! あいつ、後衛だったはずだろ? どういう事だ!?」

ジャンが詰問口調でアルミンに迫った。確かジャンはミカサに執着していたはずだった。ミカサは口を開けばエレンの事ばかりなので、ジャンの完全な片想いだろう。

 

「お、落ち着いてよ、ジャン」

 アルミンは冷静な参謀ではなく、いつもの気弱な少年になっているようだ。

「怪我しているけど命には別状ないわ。さっき野戦病棟に運ばれていった」

クリスタが冷静に答えた。

「怪我だと!? なんでミカサが……」

「ごめんなさい。機密らしいからそれ以上は言えないの」

クリスタは口を閉ざしてしまう。

「そうなのか?」

「……」

アルミンは頷いただけで無言だった。機密を持ち出された以上、アルミン達が口を開く事はなさそうだった。

 

「くそっ! 何が機密だ。ミカサに万が一の事があってみろ? オレは許さないからな」

ジャンは苛々した様子でアルミンを睨み付けた。

「……」

アルミンは何も言わない。険悪な雰囲気だけがあった。

 

「訓練兵第31班と第34班か?」

 駐屯兵団の参謀らしき士官が話しかけてきた。

「ああ、そうだ」

「これで全員だな?」

ジャン達は頷いた。

「お前達はこれ以降、作戦終了まで外部との接触を禁ずる。またこちらが用意した兵舎の一室に暫く留まってもらう」

どうやら自分達は隔離されるようだった。ミーナはコニーと顔を見合わせた。

「心配するな。食事は士官と同等以上のものを用意してある。初陣にしては大変な戦いだったんだろ? お前達は兵士として十分責務を果たした。ゆっくり身体を休めておくといい」

 

 ミーナ達は参謀の士官に案内されて、ウォールローゼ内にある臨時兵舎へと連れて行かれる事になった。アルミンとクリスタは司令部から再度の呼び出しを受けて自分達とは離れていった。

 

 リフトを使って壁から下ろされるミーナ達。上下にすれ違うリフトで、ミーナは気になる人物を見かけた。

(い、イルゼ先輩!?)

 上昇するリフトに乗っている一人の女兵士、南門壁上でミーナと会話した調査兵団の先輩だった。黒縁眼鏡を掛けているだけの兵士服であり、おしゃれとは程遠いはずだが、素が美人なのだろう。凛々しい表情は一層美貌を際立たせていた。ミーナにとっては憧れの先輩だった。壁の上に行くという事は司令部に用があるのだろうか? もう少し壁の上に留まっていたら会話が出来たのかもしれない。

 

(あっ? わたし達、外部との接触が禁止されているんだった。でも挨拶ぐらいなら……)

 ミーナは先輩と言葉を交わせなかった事を残念に思いながら、上昇していくリフトを見送っていた。




【あとがき】
マルコの戦死は、原作でも詳細は語られていません(トロスト区奪還作戦) ただマルコの死により、ジャンが調査兵団に入るきっかけとなっていますので、原作に似せて戦死する流れとします。

ミーナ達は巨人化能力(ユミル)を知っていますので、機密保持の為、出頭したまま隔離される事になりました。(食事も豪華なのでゲスト待遇です)

最後に出てきた”イルゼ”はむろん彼女です。

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