進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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敵の総大将の群れを、振動センサーによる索敵網で探知したリタ達秘密結社(グリーンティー)の戦車部隊は、背後からの奇襲攻撃を行う。

そして真の敵の正体が解き明かされる。


第25話、督戦(とくせん)

(side:リタ)

 

 トロスト区南西8キロ地点。ハンジに駐屯兵団司令部の盗聴作業を任せた後、リタは8輪式装輪装甲車(ストライカー)を降りた。機動ジャケットを着用しているリタは、巨大な戦斧(バトルアックス)を構えながら配下の生体戦車(ギタイ)3体と共に敵群へと忍び寄っていく。

 

 荒野に佇む奇妙な巨人の群、大小合わせて17体。中央にいる獣の巨人はよくよく観察してみると、胸に乳房らしき膨らみがある。雌の獣巨人とも言い直すべきかもしれない。その他の巨人は、一応すべて人型だった。いずれの巨人もほとんど身動きせず、ぼんやりと街の方を眺めているようだった。

 

 雌の獣巨人の足元には、一台の荷馬車が停まっている。熱源探知センサーで内部を確認すると、中に10人程の人間がいるようだった。巨人と共にいながら襲われない事は、敵側の人間だろう。おそらくは巨人化能力を持つに違いない。

 

(獣のような奴が総大将だな)

 リタは敵の配置から最重要目標を割り出した。敵巨人の大半は街の方角を向いており、背後の警戒はさほどしていない。しかし、リタが現在いる茂みから敵群までは遮蔽物が殆どない荒地が続いていた。距離は100mほどある。

 

 生体戦車(ギタイ)のタマ達は基本的に狙撃部隊と考えるべきだった。相手が人間ならタマ達の殴りこみでも大きな効果を発揮するが、巨人の場合、急所の位置が高い為、人より小さいタマ達の背丈では届かない。必然的に近接戦闘はリタの役割となった。指揮官自らが最前衛に立って敵陣への斬り込みを担当するのは本来好ましいことではない。しかし、現状はリタ以外にこの役割をこなせる人材がいなかった。

 

 

「シャスタ、砲撃準備は?」

 リタは通信機でシャスタに聞いた。

「いつでも可能です」

「よし。シャスタ、機関砲は獣の巨人だ。どでかい花火を上げてやれ。タマ達にはそれぞれ大型巨人を一体ずつ割り振ってくれ。第2射も頼む」

「……割り振りを完了しました」

数秒ほどで攻撃目標の割り振りが完了したとの報告が来た。これだけ迅速なのはHUD(ヘッドアップディスプレイ)を使った画像処理で対象を指示したからである。

 

「ではタイミングを合わせてくれ。タマ達も同様だ。10秒よりカウントダウンを頼む」

「了解です。……10秒」

 シャスタはカウントダウンを開始した。リタは戦斧を構え、いつでもダッシュできるように身構える。

「5、4、3、2、1」

 

「今っ!」

 シャスタの合図と共にリタは巨人の群れに目掛けて飛び出した。タマ達からも一斉に超音速のスピア弾が放たれる。装甲車の機関砲も火を吹いた。

 

 たちどころに雌の獣巨人の後ろ首付近に爆炎が出現する。その他、10m超級の3体の延髄付近が炸裂した。無傷の巨人達は何事かと顔をキョロキョロとさせているようだが、現状を理解していないようだった。

 

 機動ジャケットのおかげで驚異的な身体能力を持つリタは、100mを10秒足らずで駆け抜けて巨人の群れに吶喊(とっかん)した。最初に狙いを付けていた8m級巨人に向けて跳躍し、その後ろ首に重量200キロの巨大な戦斧(バトルアックス)を叩き付ける。その一撃で巨人は前のめりに倒れていった。

 

 絶命した巨人がまだ倒れていない内に、その躯を利用して再度跳躍、隣にいた5m級巨人の脳天から戦斧を叩き込む。むろん急所の延髄まで届くと計算してのことだった。巨人の群れの中に飛び込み、戦斧を奮って片っ端から巨人を葬っていく。手に負えない高さの15m級などの大物は、あらかじめ砲撃で潰してあるので、リタとしてはさほど困難な闘いではなかった。

 

 戦闘時間は1分あまり、しかしながら最初の15秒で勝負はついていた。その時点で敵の主力を潰していたからである。後は残敵掃討戦に近かった。最後の4m級巨人を叩き潰して、リタは一息つく。砲撃で7体、戦斧で10体を討伐した計算だった。

 

(後は荷馬車の中の奴らを始末するだけか?)

 リタは荷馬車に向けて戦斧を振るおうとしたときだった。

 

 

「リタ! ボスがまだ生きていますっ!」

 シャスタからの緊急通信だった。リタはすぐさま状況を確認する。雌の獣巨人(ボス)は片膝をついた状態だったが、頭部の再生が始まっていた。榴弾砲弾の直撃を受けたはずだが、致命的な部位を破壊するまでには至っていなかったらしい。

 

(ちっ! 思ったより頑丈な奴か!?)

 リタはすぐさま雌の獣巨人(ボス)に向き直る。ボスは長い手を振り上げるといきなり振り下ろした。リタがいない見当違いの場所だった。

 

 ボスが叩き潰したもの、それは荷馬車だった。センサーで中には10人以上の人間がいることが確認できていた。

 

(どういう事だ? 巨人化能力を持つ仲間ではなかったのか?)

 リタは疑問に思ったものの、今はボスを倒す事に集中する。18m級ともなれば高すぎて跳躍しても届かない高さである。立体機動装置が使えればいいが、リタは立体機動装置を使えなかった。一度はぺトラに習おうとしたが、習熟に時間がかかりすぎて諦めたのだった。

 

「リタ、タマ達に撃たせますか?」

「いや、待て。できるだけ弾薬は節約したい」

 たとえ相手が大物であっても残るは1体だけである。鎧の巨人と違って撃破が困難なほどの硬質な皮膚というわけでもない。今後の戦いを思えば弾丸は温存したかった。

 

 雌の獣巨人(ボス)はようやくリタに向き直った。だがリタは反撃を許さない。一気に間合いを詰めた。相手が何かする前に巨大な戦斧(バトルアックス)をボスの膝に叩き込む。

 

 ボスはバランスを崩しながらも長い腕をリタに向けて振り下ろしてきた。リタは機動ジャケットを最大出力にして疾走する。人間ではありえない動きだろう。ボスはリタの速さには付いてこれていない。ボスの背後に躍り出たリタは、振り向き様、残ったもう一方の脚に戦斧を一閃した。ボスは反り返ったように倒れていく。

 

 雌の獣巨人(ボス)が地面に倒れこんだ瞬間を狙ってギロチンのように戦斧を振り下ろした。2度3度、振り下ろし首筋を切断する。巨人体の体の方から水蒸気が立ち昇り始めた。どうやら絶命させてしまったようだ。中からは原型を留めない肉片が零れ落ちてきた。死骸は体毛で覆われたゴリラのような生き物だった。人間並みに知性のある猿の種族なのかもしれない。

 

 リタはさきほどボスが叩き潰した荷馬車のところに赴いた。人と荷馬車の残骸が交じり合ったような惨状だった。臓器や脳漿があたりに飛び散っており、血溜まりが広がっていた。リタは血肉の中に微かに動くものを見つけた。小さな人の手だった。子供のようだった。

 

(子供? いや、巨人化能力を持つのか?)

 リタは警戒しながら戦斧を構えて近づく。

 

 よく見れば血まみれになった子供のようだった。他の死体もよくよく見れば、子供か老人のようだった。ボスが振り下ろした手で大半は上半身や頭部が叩き潰されており、特に幼かったこの子だけが他の人間をクッションとして助かったようだった。死体はすべて首輪でつながれており、着衣は布一枚の薄いもので足枷を着けられている。敵兵にしては様子がおかしい。まるで捕虜として連れ回されていたかのようだった。

 

 その幼い女の子も腹部に裂傷が見られた。荷馬車の部材が飛び散って切り裂いたのだろう。

 

「い、痛いよ、痛いよぅ」

 その子は泣いていた。

「リタ、どうしたんだんですか? 返事してください」

 シャスタが呼びかけてくるが、リタは答えられなかった。

「……」

 リタはその子に顔を見せることにした。ヘルメットの透過をかけて顔をその子に見せて呼びかけた。

「おい、お前」

「あ、アニ……お姉ちゃん」

 その子はリタを誰かと勘違いしたようだ。

「アニ? わたしはリタだ。お前は誰だ?」

「リーゼ。ごふっ」

 リーゼと名乗ったその子は何かを言おうとして血を吐いた。どうやら相当、内出血も酷いらしい。

 

「シャスタ。ハンジに医療キットを持って来るように伝えてくれ。どうやら荷馬車の中身は捕虜だったようだ」

 リタはシャスタに呼びかけた。

「で、でも、巨人達はその人達を食べようとしなかったんでしょ? や、やっぱり巨人の仲間じゃ?」

「いや、違うと思う。全員首輪を付けられ拘束されている。生存者は幼い子供だ。重傷だ。シャスタとタマ達は周囲を警戒してくれ」

 リタはハンジを呼び付ける事にした。

 

______________________________

 

(side:ハンジ)

 

 

(さすがね、リタ。戦女神(バルキリー)と呼ばれるだけの事はある)

 敵の群れを全滅させたとの知らせを聞いてハンジは感嘆した。味方の被害は無し。平地戦でこうも一方的に巨人を撃滅できるのは、今の人類では考えられないことだった。軍事技術も去ることながら、作戦指揮能力、さらに卓越した戦闘技量を持つリタだからこそできる戦果だろう。

 

「ハンジさん、医療キットを用意してください。負傷者がいるそうです」

「負傷者?」

「捕虜がいたみたいです」

 装甲車はリタの近くで停車した。観測装置を扱うシャスタは周辺警戒のため、装甲車を離れられない。ハンジは医療キッドを持ってリタの元に駆け寄った。リタは戦斧(バトルアックス)を傍らに置き、ヘルメットを脱いでいた。リタの傍らには幼い女の子が横たわっていた。

 

「リタ、その子は?」

「リーゼとか言っていた。わたしの事をアニと呼んだぞ」

「ま、まさか!? アニ・レオンハートの身内か?」

 アニはぺトラから怪しいと報告を受けていた3人の訓練兵の一人だった。

「わからない。とにかくこの子を助けよう」

 リタはその子の止血を試みていた。見た感じ、内臓に相当なダメージを蒙っているように思える。リタは簡易医療診断装置を使って女の子の容態を診ていた。

 

「リタ、どうなの?」

 リタは首を振る。どうやら助かる見込みはなさそうだった。

「ハンジ、手を握ってやってくれ」

 リタは無骨な機動ジャケットを着ているで怖がらせると思ったのかもしれない。

 

「リーゼ」

 ハンジはリーゼの小さな手を握ってやった。

「ら、ライナーお兄ちゃんは……来てないの?」

「いや、まだだよ。どうして一緒だと思ったんだい?」

ハンジは優しく語りかけた。

 

「お、お兄ちゃん達は戦士なんだよ。……あ、”悪魔の末裔”を滅ぼす正義の戦士なんだよ。はぁはぁ……、今日は悪魔をやっつけた後、夕方には帰ってくるって……約束していたもん……」

 ハンジはリタと目線があった。リタは目配せして頷いている。この子はもう助からない。せめて聞き出せるだけ情報を聞いておこうという事だろう。

「戦士とは巨人になれる力かな?」

「そ、そうだよ。お兄ちゃん達は……”名誉の儀式”をして戦士になったんだよ……。”故郷”にいる”お上様”にも褒められているんだよ……」

「アニはリーゼのお姉ちゃんなのかい?」

「ううん、ライナーお兄ちゃんが……リーゼのお兄ちゃん」

この子はライナーの妹らしかった。

 

「”故郷”はリーゼが住んでいるところかな?」

 リーゼは頷いた。

「”お上様”はあの大きな猿の事かい?」

「ううん、あの猿は怖い……。”お上様”……守り神なの……」

「戦士は大勢いるのかな? 100人ぐらい? 違う? じゃあ、50人」

 リーゼは頷いた。巨人化能力を持つ者は数十人ぐらいいるという事だった。

「”故郷”には”お上様”がいつからいるんだい?」

「ずっと昔から……、ごふっ、ごふっ」

 リーゼがまた血を吐いた。どうやら内出血は肺にも達しているらしい。呼吸も弱まっている。もう今際の状態だった。

 

「あ、お兄ちゃん。アニお姉ちゃん、お帰り……」

 リーゼは誰もいないはずの空間に向けて語りかけていた。

「よ、よかった……。また一緒に暮らせるんだね……」

リーゼは笑みを浮かべていた。やがて意識がなくなったのか目を閉じた。ハンジが握っていた手からも力が抜けていく。ハンジはもう一方の手でリーゼの脈を測った。もう脈拍はなかった。

 

「ハンジ……」

「死んだよ」

「そうか……」

 ハンジはそっとリーゼの体を横たえると胸元で両手を組ませてやった。

 

「ハンジ、この子を含めた彼らはおそらく人質だと思うのだが……」

「でしょうね。ここにいるのはライナー、ベルトルト、アニ・レオンハートの家族親族でしょう。裏切ったら巨人に喰わせる。だから任務に励めというところでしょう」

「卑劣な奴らめ! 要するに督戦していたわけだ」

 リタは吐き捨てるように言った。督戦とは自軍部隊の後方から監視し、命令違反などをすれば制裁を加えるなどして強制的に戦闘を続行させる事をいう。

 

「それだけでなく洗脳もしているみたいね。わたし達、壁内人類を”悪魔の末裔”と呼ばせているぐらいだったから」

「なるほど、巨人化能力を持つ者が皆、少年少女だったのが気になっていたのだが、それだと納得がいく。少年少女の方が洗脳しやすいからな」

 もしかしたら扱いにくくなった年長の巨人化能力者は始末しているのかもしれない。

 

「リタ、この子のおかげで敵の正体が掴めてきた。ライナー達の”故郷”を支配する”お上様”と呼ばれる存在らしいね。なぜ人類を滅ぼそうとしているかは分からないけど……」

「そして知性巨人は最低でも数十体はいるという事だな。それだけでも圧倒的な戦力だ。今の人類がまともにぶつかって勝てる相手ではない」

 

 リタの指摘はもっともだった。人類だけでは知性巨人2体(鎧と超大型)だけで本日ウォールローゼが陥落するところだったのだ。リタ達の参戦により、鎧の巨人達や雌の獣巨人(ボス)達を倒せているが、それとて未知の新兵器(スピア弾)の存在が大きい。警戒されていたり弱点を補強するなどの対策を採られたらスピア弾でも厳しいかもしれない。

 

「ハンジの案で正解だったな。敵本国にはしばらくは情報が伝わらないだろう。しかし遠征部隊が連絡途絶ともなれば、必ず偵察部隊を繰り出してくるはずだ。そして事態を把握すれば、全力で我々を滅ぼしにかかってくるだろうな」

 リタは敵勢力の今後の動きを予想した。十分在り得る話だった。

「……時間との勝負なのかもしれない」

 リタとハンジは目を合わせて頷いた。これほど事態が切羽詰っているとは、今日までわからなかったのだ。慎重で先読みが得意なリタすらも想定できないほどである。リタは今後の展開について考えているようだった。




【あとがき】
謎が多い原作が完結していないので、ここからは筆者の独自設定になります。
ライベルアニは洗脳されている上に督戦されていました。(裏切ったら家族を巨人の餌にする) アニは比較的冷めているようですが……。

ライナー達は被支配者の住民の一人で、儀式により巨人化能力を獲得しています。ただし反乱を恐れて洗脳した上に督戦されています。これならたとえ人類に思い入れがあっても裏切れません。

猿は支配者の一人でしょう。

ライナーの妹、もしかしたらクリスタ似だったかもしれません。

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