進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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軍上層部およびリタ達秘密結社にマークされている訓練兵アニ・レオンハート。

彼女はそんな事も知らず憂鬱だった。

(side:アニ)


第27話、アニの憂鬱

 トロスト区の北門近くにある臨時兵舎、その大食堂は訓練兵達の溜まり場になっていた。犠牲は多かったものの、人類の怨敵である例の2体が撃破された事で比較的明るい口調の会話が目立った。最精鋭の調査兵団主力も帰還してきたので、なんとかなるんじゃないかという期待があるからだろう。

 

 そんな訓練兵達に混じって大部屋の片隅で、訓練兵アニ・レオンハートは誰とも会話することなく不機嫌な表情を浮かべていた。実際、内心かなり苛立っていた。

 

(やってくれるわね。悪魔の末裔のくせに!)

 アニは”故郷”の戦士である。アニはライナー達が倒されたと知って動揺したが、すぐに冷静さを取り戻した。確かに謎の新兵器には驚かされたが、ありえないとは言い切れなかった。5年間、何の対策も打たないはずがないのだから。やはり”お上様”の言う様に悪魔の末裔(壁内人類)の軍事技術の発展は脅威的だった。

 

 自分達の母国”故郷”を支配する”お上様”からの命により、アニ達3人は人類を滅ぼす為、4年前から壁内世界へと潜入していた。自分達以外にも人類の軍事技術を盗み出すために工房に潜入しているスパイもいるはずである。”お上様”の命令は絶対である。背けば自分の家族まで抹殺されてしまうからだ。もっともアニを含め大半の戦士にとっては忠誠の証として人質を差し出している。反逆する奴は許しがたい裏切り者という雰囲気があった。

 

 それに悪魔達はかつて自分達の先祖に人体実験を繰り返した種族の末裔である。”故郷”では悪魔たちの所業を子供の頃から教わってきた。どれほど多くの祖先の家族や友人が惨たらしく殺され、婦女子が陵辱されてきたことだろう。奴らの罪は決して消えるものではない。壁の外にいる無知性巨人の多くが悪魔の末裔によって生み出されたものだ。100年前に先々代の”お上様”の活躍によって苦しんでいた”故郷”の人々は解放されたのだった。

 

 ”お上様”の大いなる慈悲で100年間の不可侵協定を結んだにも関わらず、奴らはその恩を忘れ、再び巨人制御の技術を手にしようと企んでいるという。軍備強化も著しい。いずれ”故郷”の脅威となる前に滅ぼす必要があるという事だった。訓練兵として同じ釜の飯を食った同期生に同情しないわけではないが、悪魔の末裔達は滅びる時期が来ただけのことだ。

 

 

 今回のライナー達の作戦もそれなりに考え抜かれたものだったが、人類側の新兵器はそれすらも上回るようだった。この新兵器に関しては一切の情報が入ってきていなかった。作戦遂行に問題があるほどの強力な新兵器ならば定期連絡してくる工作員を経由して連絡が来るはずだが、それは皆無だった。つまり極秘裏に研究開発されていたようだった。

 

 新兵器の詳細は依然として不明だった。大砲なのか爆弾なのかもよく分からない。アニは中衛の訓練兵部隊の殿として戦っていた為、ライナー達が倒されたのを知ったのは撤退して壁に登ってからだった。何人かの駐屯兵団の兵士に聞いてみたが、同時に花火が打ち上げられたせいで気が付いたら2体とも倒されていたという事しか分からない。

 

(ベルトルト、どういう事?)

 内門を破壊するのはライナーの任務であり、ベルトルトは無理に巨人化する必要はなかったはずだ。聞くところによれば上半身で片腕しかなかったというから体力の回復が追いついていない状態だったのは間違いない。そして巨人がまだ浸透していない段階で出現したという。

 

(何があったの?)

 ベルトルトに緊急事態が起きたことを暗示していた。無人の市街だったはずだが誰かと鉢合わせしたのだろう。それも巨人化しなければならないほどの傷を負わせる誰かが……。となるとライナー達が巨人化するところを見られたかもしれない。

 

(まさか、あいつ? あいつがいたの?)

 南門壁上にいたと思われる例の調査兵団の精鋭。偶然にしては出来すぎだった。確信があって南門にいたとしか思えない。ベルトルトをして精鋭と言わしめる程だから人類最強というリヴァイに近い腕前を持つ兵士だろう。後衛が展開していた街のどこかに潜んでいたのかもしれない。巨人に占拠されつつある街に残る事は普通は考えにくいが、先読みされた可能性があった。新兵器も奴の仕業のような気がしてきた。見えない相手だが、戦闘力の高さに加えて、恐ろしいまでに洞察力に優れる強敵だった。

 

(これではわたしは動けない。でもあの子は……)

 今回の遠征に自分達の家族が人質として壁外の近くまで連れてこられている事を知っていた。作戦が成功すればすぐに会わせるとの事だったが、万が一失敗したり裏切ったりすればどうなるかは言うまでもない。今回の作戦は失敗する事はないと思っていただけにショックは大きかった。アニを慕ってくれている小さな女の子。あの子だけは生きていて欲しかった。

 

 ライナーとベルトルトは任務に失敗した。このままではライナー達の家族は見せしめとして処分される事だろう。アニは人質として叔母がいるが、それほど親密な間柄ではないのが救いだった。

 

(あの子を助けるためにもなんとしても作戦を成功させないと……)

 作戦が成功すれば自分の発言力が高まり、あの子を守ることができるかもしれない。

 

 アニは日が暮れるのを待つことにした。暗闇に紛れてウォールローゼ側から北門を強襲する。夜ならば精度の高い砲撃を避けられるだろう。例の新兵器は極少数しか配備されておらず、ウォールローゼ側には配置されていないだろうと予測した。そうでなければ前衛や中衛に甚大な被害が出ていても使わなかった理由が思いつかない。決定的なタイミングまでずっと待っていたのだろう。ただし新兵器があるといっても、依然として自分達”故郷”側が有利であることは違いない。巨人の数は呆れるほどいるのだから。

 

 

 アニの隣ではフランツとハンナのバカップルが自分達だけの世界に浸っていた。

「ああ、フランツ。無事でよかったね」

「ハンナ、当然さ。俺たちの愛は巨人よりも強いのさ」

「そうよね。じゃあ、わたし達の愛を確かめましょう」

二人は周りに訓練兵が大勢いるのにも関わらず接吻を交わしていた。

「ちっ!」

 アニは露骨に舌打ちしたが、バカップルには聞こえていないようだった。

 

 

「”故郷”の者だ」

 アニの耳元で誰かが囁いた。アニはさっと振り向く。駐屯兵団の制服を着た細身の青年が立っていた。アニやライナー達と外にいる上層部との連絡役にあたる戦士で、ジョージという名前だったはずだ。本名かどうかは知らない。ときおり自分達のところにやってきて作戦の打ち合わせなどを行ってきた。ジョージ自身がどのような巨人化能力を持っているかはアニも知らない。ライナーが倒された現在では、ジョージが最先任であり、アニの上官である。アニはこの無気力そうな男があまり好きではなかった。

 

「ここではまずい。場所を変えよう。裏の倉庫前に来い」

 ジョージはそう言い残して去っていった。確かに大部屋で他の訓練兵が大勢いる中で密談するのは不味いだろう。

 

 ジョージが部屋から去って1分ほど時間を空けてから、アニはお手洗いに行く振りをして部屋を出た。そして建物の裏口を出て人気がない倉庫前に来た。

 

「こっちだ」

 ジョージは壊れた荷馬車の影にいた。アニはその横に座り込んだ。

「ジョージ……」

「ああ、不味い事態になったな」

 ジョージとこの距離で話すのは初めてだった。極力接触を避けたいという事で必要最小限の接触しかしてこなかったが、現在の状況はそうも言っていられないのだろう。

 

「鎧達を倒したもの。お前は何か知っているのか?」

「いいえ。貴方は?」

「いや、わたしも離れていてよく分からなかった。大砲なのかすらもな」

「そうですか……」

「ただ、あれは威力が強すぎる。あんなものがあれば内門を破壊するのは不可能だ」

 鎧の巨人は、大勢いる戦士の中でも最強ともいえるべき個体だった。装甲の厚さといい、機動性といい、人類のいかなる兵器も通用しないはずだった。その彼ですら撃破されてしまった以上、戦略そのものを根本から練り直す必要があるかもしれない。

 

 アニは南門にいたという調査兵団の精鋭の話をした。

「なるほどな、確かにそれは怪しいな。やはり新兵器は調査兵団絡みか?」

「そう思います」

「……」

ジョージは考え込んでいるようだった。

 

「作戦はどうしますか? 夜を待って、内門の攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか?」

「いや、止めておけ。駐屯兵団司令部から新たな通達が出ている。北門付近は厳重警戒区域とし、一般兵士は立ち入りが制限されている。さらに大砲の配置もローゼ側からの攻撃をも想定したものに変わりつつある」

「えっ?」

 アニは訓練兵なので、軍に関する動きはさほど掴めていなかったのだ。

「奴らの軍上層部は(巨人化)能力を知っただろうな」

「やはり(ベルトルトが)2度出現したせいですね」

「あれはまずかった。あれでは(巨人化能力を)教えてしまったようなものだ」

 

 超大型巨人の図体では門は通れない。そしてまだ巨人達が街の後衛付近に到達していない段階で再度巨人化すれば、怪しまれるには十分だった。それにいくつか情報があれば推察されてしまうだろう。巨人化能力を知られているとなると、以前のように事は簡単には運ばないだろう。

 

「それに加えておそらく鎧の死骸から彼の死体も見つかっただろう」

「くっ!」

 アニは歯軋りした。人類側とて馬鹿ではない。鎧の巨人を倒した後は現場検証をするはずだった。体内が爆発するようにして死んだ鎧の巨人だったが、鎧部分や中身の遺体は気化せず残っているだろう。爆発によって損傷をうけているとはいえ、ライナーが中身であることすらも判明してしまったかもしれない。鎧の巨人が倒されて落下した位置も悪かった。壁の交差点の外側の角で、支援砲撃もしやすく街の中にいる巨人達の妨害を受けることもない。安全に調査することができただろう。

 

「この作戦は失敗だ。だがここまで罠が用意されていたとなるとお前か私が裏切ったのではと”親方様”に思われても不思議ではない」

「わ、わたしはそんな事しません」

「わたしもするわけがない。”故郷”の家族を守る為に戦っているのだからな。だから我々の裏切りではないことを証明する必要がある」

「どうするつもりですか?」

「ウォールローゼ内に村がいくつかある。そのうちの一つを襲って村人を皆殺しにする」

 ジョージはさらりと虐殺計画を打ち明けた。

 

「戦士(知性巨人)が壁を登れるのはもう分かってしまった事だから、巨人がいきなりウォールローゼに出現しても不思議ではないだろう。新兵器とやらで奴らはお祭り気分かもしれないが、巨人の恐怖を嫌というほど味あわせてやるんだ。自らウォールローゼを放棄したくなるぐらいにな。くくっ」

 そういってジョージは陰惨な笑みを浮かべた。

「避難民がウォールシーナに殺到して、奴らは勝手に内輪もめを始めるわけというわけだ」

「いい考えですね」

 アニは感心して頷いた。ウォールシーナの中だけでは残された人間の半分も養うことはできない。となると待っているのはシーナの住民とローゼの住民の深刻な対立だ。4年前、ウォールマリアを失った人類は人口の2割を減らすために奪還作戦という名の集団自殺を強行したぐらいだ。今度は人数が多すぎてその手は使えないだろう。火種はあるから、内戦すらも期待できた。もともと自分勝手な種族共だ。仲間割れをして自滅してくれれば手っ取り早い。

 ウォールローゼ攻略という当初の目標が達成困難な現在、次善策としてはいい考えかもしれない。敵の守りが最も堅い所にわざわざ突っ込む必要はないのだった。

 

「手土産があれば”親方様”の怒りも収まるだろう。お前は当初の予定通り憲兵団に潜り込んで次の作戦に備えるんだ。勝手に動くなよ」

「はい」

「じゃあな。次はウォールシーナで会える事を期待している」

 ジョージは去っていった。アニは少し時間を置いてから立ち上がった。そして何食わぬ顔をして大部屋へと戻った。




【あとがき】
敵勢力”故郷”の設定は筆者独自です。強国が弱小国を脅威と感じて滅ぼした例は歴史上、幾多も見られます。第3次ポエニ戦争(経済復興著しいカルタゴを滅ぼしたローマ)など

巨人側工作員はアニライベル以外にもいたとして本作では扱っています。
工作員達は作戦の失敗を認識して、別の手段をとろうとしています。

フランツとハンナのカップルは生存しており、人前でもいちゃいちゃしています。

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