進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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リタがぺトラと会う数時間前の出来事です。


第1章 出会い
第1話、目覚め


(ここはどこだ? どうしてここに?)

 目を覚ましたリタ=ヴラタスキは辺りを見回す。狭い装甲車内の長椅子に寝かされていた。低い天井、壁際にはリタ専用の紅い機動ジャケットが固定されており、戦斧、銃火器、物資食料が入ったバックパックなどが所狭しと並べてあった。

 

(昨晩、わたしは基地の個室で寝ていたはずだ。ボウソウ半島沖のコイシウシ島奪還作戦まではまだ日数があるはず……)

 リタは昨日までの記憶を探った。自分が所属する統合防疫軍US(ユーエス)特殊部隊は、北アフリカ防衛戦を終えて、日本本州防衛戦に配置転換されてきたところだった。フラワーライン前線基地の士官用の個室で寝ていたところまで記憶はあるのだが、装甲車の中にいる現状と記憶が繋がらなかった。

 それ以上、無理に思い出そうとすると強烈な頭痛が襲ってくる。リタは記憶から探るのを諦めた。

 

(外に出れば何かわかるだろう)

 鋼鉄製の扉を開いて外に出てみた。

「な!?」

 リタは驚いた。そこには雑木林の中だったが木の間から地平線が見え荒野が広がっていた。周囲には低樹木が植生しており、遠くには針葉樹の森が見えている。人工物は何一つして見当たらない。狭い島国の日本ではありえない光景だった。

 

 雑木林と荒野の入り混じった大自然の中に、この8輪式装輪装甲車(ストライカー)が駐車していた。40ミリ自動擲弾銃を装備するが、戦闘ではなく輸送をメインとする車両だった。リタはこの装甲車に見覚えがあった。北アフリカ防疫戦では陸路で移動する事が多かった為、リタ専用の個室代わりに割り当てられた車両である。多少なりとも愛着のある車両だった。

 

「あっ、リタ。目が覚めましたか?」

 車両の傍らにシャスタ・レイルがいた。シャスタはリタ専属の整備士で中尉待遇の技術士官である。アメリカンネイティブの血を引く黒髪をミツアミにまとめ、丸い黒眼鏡をかけている。最高学府たるMIT大学を首席で卒業し最新鋭の機動ジャケットの設計に携わるなど頭脳は抜群に優秀なのだが、どこか抜けているところがあった。

 

「ここはですね、ひゃあぁぁ!?」

 悲鳴と共に何かに躓いて転ぶ音がする。シャスタが地面に顔から突っ込んで転んでいた。

「あいたた……」

シャスタはうずくまったまま土で汚れた顔を摩っている。あいかわらずのドジっぷりだった。

 

「で、中尉。この状況……」

シャスタは拗ねた顔を近づけてくる。

「ああ、もう。またあたしの事を中尉だなんて! よしてください、シャスタでいいです」

「いや、中尉……」

リタは准尉なので、階級的にはシャスタが上官にあたるからだ。

「シャスタです。じゃないと返事しませんから」

シャスタはそう言ってぷいっと顔を背けた。

「わ、わかったよ、シャスタ」

「はい、リタ」

シャスタはにっこりと笑った。

 

「それでシャスタ。この状況の説明を求めたいのだが……」

「はい、実はですね……」

 シャスタはそこで一区切りいれる。

「よくわかりません。あはは……」

シャスタは頭を掻いて笑ってごまかしている。リタはがっくりと肩の力が抜けた。

「あっ、でも、あたし達の世界じゃない、どこか別世界なのは確かですね」

「別世界……。これもギタイのループなのか?」

 

 リタ達の世界では、ギタイとよばれる天敵と人類は生存をかけて戦っていた。実のところ、ギタイは異星人が地球をテラフォーミングするための一種の自動工作機械のようなもので、現地生物(人類)が邪魔なので排除しようとしているというのが一番確度の高い通説だった。

 ギタイの特殊能力――時間の巻き戻しにより、人類は徐々に追い詰められていた。いかに人類が多大な戦果をあげようとも時間を巻き戻してなかったことにされてしまえば、勝てるはずがない。奴らは自分達の都合のいい戦果になるまで何度でも時間を巻き戻してしまう。

 リタはフロリダ奪還作戦の際、そのギタイの時間ループに巻き込まれ、幾たびの出撃と戦死を繰り返したのだった。ギタイの時間ループを引き起こす張本人たる存在――通称ギタイサーバを適切に破壊する方法を見つけ出すのに210回もの戦死を繰りかえした。

 それだけの死地を潜り抜けたことで超越した戦闘技量を身につけ、戦場の牝犬とのあだ名まで付けられるほどだった。ちなみに時間ループの事は限られた人間しか知らない。シャスタはその数少ない一人だった。

 

「リタ、リタはどこまで記憶を持っていますか?」

「……日本との共同作戦の為にフラワーライン基地に移動してきた事は憶えている。確か出撃は3日後だったはずだ。シャスタは?」

 シャスタは首を振る。

「わたしは記憶があいまいです。タテヤマでカプセルトレイを買いに行った事は覚えているのですが……」

シャスタは自分の趣味であるオモチャを買出しに行った事までは覚えているようだった。

 

 ギタイの時間ループはおよそ30時間。戦闘が始まってから奴らは巻き戻しを行うと考えられる。そうなると出撃3日前に戻るのは奇妙だった。そもそも未来のリアルな予知夢として記憶に挿入されるだけであり、別世界の移動とは性質が異なるだろう。思い入れがあるとはいえ装甲車まで一緒というのも摩訶不思議な話だった。

 

「……」

 シャスタは頬に人指し指を当てて考えている。

「……やっぱりループとは違いますよね。あたし達はあの装甲車ごと別世界に飛ばされてきたと考えた方が自然です。それも地球に似ているけれども地球でない惑星にです」

「地球ではない?」

「はい、周りを見て違いはわかりますか?」

「いや何も。ただの荒地にしか……」

リタは辺りを見渡してみた。無人の荒野だが地球でないと思えるものは特に見つけられなかった。目が慣れてきたのか全体的に暗い感じがする。

 

「そういえば太陽の光が普段より暗い気がするが……」

「そうです。あたし達の世界と太陽の大きさが違います。天体観測機器がないので正確には言えませんが、この惑星自体があたし達の地球より太陽から遠くにいるみたいです。夜、星空を観測して既知の天体の有無が分かれば、ここがどこなのか分かるかもしれません」

「……」

シャスタのいう事が事実ならば、ここは既存の地球とは異なる惑星のようだった。地球の公転軌道が一晩で変わるはずがないからだ。

 

「でも原因は皆目見当がつかないですぅ。すみません」

「シャスタが悪いわけじゃない。とりあえず生き延びる事を考えよう。それで、わたし達以外でこの世界に飛ばされてきた人は他に誰かいないのか?」

「今のところは誰も……」

 シャスタは首を振った。

「そうか、仕方ないな。わたしとシャスタと装甲車だけか……」

 さきほど見たところ、装甲車内には自分専用の赤い機動ジャケットと戦斧があり、その他にも多数の銃火器が格納されている。敵がいるかは不明だが、一戦交えることは可能だろう。

 

「あ、あの、リタ。驚かないで見て欲しいモノがあるんですけど……」

「なんだ?」

「落ち着いてみてくださいね」

 シャスタは随分大げさに言う。

「?」

リタは首を傾げた。すでに異世界に飛ばされている異常事態が起こっているのだ。それ以上に驚くものがあるとは思えなかった。

 

 シャスタに促されるままに装甲車の反対側に赴くと、地面にツインベットほどの大きな穴が開いており、中から土が次々に掻き出されていた。土木用重機でも用いているのかと思って覗き込んでみた。

「なっ!?」

リタは信じられないものを見た。ヒキガエルがぶくぶくに膨れたような丸い樽のような生き物が3体いた。リタはもちろんその姿を良く知っている。リタの世界では人類の天敵――ギタイだった。

 

 リタは急ぎ車内に戻って武器を取ろうとした処をシャスタが制した。

「大丈夫です。あのギタイ、今はあたし達の手下ですから」

シャスタの落ち着いた声にリタは戸惑う。

「オールタマ! 作業中止! リタ=ヴェラキスタ准尉に敬礼」

シャスタが号令すると、そのギタイ達は掘削(くっさく)を止めて見上げるような姿勢で短い手で敬礼していた。人類の天敵たるギタイが敬礼している。なんともシェールな姿だった。

「……」

リタは非常識な事態に頭が痛くなってきた。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか? 襲ってこないのか?」

「はい、ちゃんと命令を聞いてくれます。現に掘削をしてくれていますから」

「そ、そうか……。それでなぜ掘削させている?」

「トラックですぅ」

シャスタが指差すところを見ると、ギタイ達が掘削しているすぐ傍にほとんど地面に埋っており天井付近だけが見えている軍用トラックが見えていた。

「もしかしたら誰かが乗っているかもしれませんし……」

「それもそうだな」

 リタは暫く思案して考えた。このギタイ達はシャスタに忠実なようなので、すぐさま始末する必要はないだろう。なにより異常とも言えるこの事態で仲間が増えるならそれほど心強い事はない。仮に仲間がいなくても軍用トラック内に物資があるかもしれない。

「わかった。続けてくれ」

リタはシャスタに掘削作業を継続するように命じる一方、万が一、あのギタイ達が自分達を襲ってきた場合も考えて、機動ジャケットを装着する事にした。

 

 それから半刻ほど後、埋まっていたトラックの後部ドアが露わになるまで掘り進んだ。

用心を兼ねてギタイ達を回りに散開させたところで、リタ達はトラックの中を検分する事にした。

 

 斜めに傾いた軍用トラック(4t)の荷台の中身だが、大量の補給資材やレーザーカッターを始めとする工作機械や水素電池や太陽光パネルなどが満載されていた。リタ専用の戦斧(バトルアックス)の素材となるタングステン鋼材も含まれている。整備兵のシャスタがいるので、機動ジェケットのメンテナンスは一定回数は可能だろう。

 

 運転席に誰かがいるのではないかと期待したが、運転席は無人だった。窓ガラスは割れており、大量の土砂が流れ込んでいるだけだ。結局、補給資材などは手に入ったものの、仲間を見つける事はできなかった。

 

 そしてさきほどの怪しげなギタイ達だが、どうやらシャスタに忠実な事は疑いないようだった。リタが命令しても動く事はなかったが、シャスタが一時的な権限委譲命令(「これより5分間、リタの命令に従いなさい」など)を出せばリタの命令にも従うようだった。それでも時々は無視されてしまうようなのでシャスタが必要な事には変わりない。ちなみにシャスタはそれぞれの個体に名前をつけていた。『イタマ』、『二タマ』、『ミタマ』というらしい。

 

「本当にシャスタを(あるじ)としているようだな」

「うう……、すみません」

 シャスタはギタイ達に引き続き見張りを続けるように命令した。

 

「これはあたしの推測なんですけど、あのギタイ達もあたし達と一緒にこの世界に飛ばされてきたようです。ギタイサーバがいないこの世界では、あたし達を上位存在と認識しているようです。あたしの命令が最上位なのはあたしがリタより先に目覚めたせいでしょうか?」

 ギタイの時間ループにおいて人間の脳がデバイスの役目を果たす事があると聞いたことがある。それも影響しているのかもしれない。

 

「さ、最初はあたしも本当に驚きました。てっきり殺されるかと思いました。でも命令を聞くという事がわかって、本当に便利なんですぅ」

 シャスタの説明が熱を帯びてきた。

「……」

「力作業でも警備でも偵察でもなんでもこなす戦闘ロボットみたいで……。ちなみにタマというのは、日本では猫に付けられる一般的な名前でして、タマには(ボール)の意味もあるんです。ぴったりでしょう?」

「……」

突っ込みどころが多すぎてリタは反論するのも馬鹿馬鹿しくなった。

 

「それでですね。日本の数字にもじって順番に名前をつけちゃいました」

 良く見れば同じ体型でも身体の紋様などが若干異なっている。見慣れればそれぞれを認識する事も出来そうだった。シャスタに喋らせていると関係ない事まで延々と話してそうだった。肝心の事について聞いていなかった。

 

「わかった、わかった。あれが手下として使えるならそれでいい。それでこの世界についてなのだが、何か分かっているのか?」

「えーと、大気成分ですが地球に良く似ています。気圧が若干低く、酸素濃度がやや高いぐらいで特に生存には問題なさそうです。有害な病原体の存在が懸念されますが、それについては心配してもどうしようもありません。気密服などはありませんから」

「まあ、その場合はもうとっくに手遅れというわけだ」

「はい、あと周囲の地形については見てのとおり見渡す限り荒地です。現在、シタマに周辺を偵察させています。何か情報が入り次第、通信を入れるように命じました」

 シャスタは手下となっているタマ(ギタイ)に偵察を命じていたようだ。やるべき事はやっているようだった。

 

「ということはギタイは全部で4体か?」

「え? はい、そうです。大勢いたらマスゲームでもさせたかったのですが……」

シャスタの応答はどこかずれていた。

 

「あのギタイ達だがスピア弾を撃てるのか?」

 スピア弾とはギタイが持つ射出兵装である。40ミリ機関砲に相当する威力を持つこの兵器は、数キロの有効射程を持ち、リタ達の世界では人類軍を散々苦しめてきた。

 

「はい、弾丸を装填すれば可能です。現在、あたしが弾丸を預かって車内に保管してあります。あたしも最初は信用できなかったので、弾丸の提出を命じました」

 納得のいく判断だった。確かにいつでも射撃可能な状態で傍に居られては怖いだろう。銃口を向けられているのと変わらないからだ。

 

「それに無闇やたらと撃たせる事はお薦めしません。この世界では補給は期待できませんから」

「それもそうだ」

 タマ(ギタイ)達はスピア弾が撃てなくても手下として扱えるなら十分役に立つだろう。

 

「それでね、リタ~。お願いがあるんですよぉ」

 シャスタが急に甘えた声を出してリタに顔を近づけてくる。

「なんだ?」

「リタが目を覚ますまで、あたし、頑張っていたんですよ~。ご褒美くださいよぉ」

「褒美といわれても、わたしはシャスタが喜びそうな物は何も持ってないぞ」

「物じゃないですぅ。この世界にいる間だけでも姉妹って事でいいですか?」

「うん? まあ、別に構わないが」

「じゃあ、あたしが今日からリタのお姉ちゃんですよぅ。うんうん、一度、リタのお姉ちゃんになってみたかったんですぅ」

シャスタはリタに抱きつくと頭を撫でてくる。これぐらいなら許容範囲なので、リタはされるがままだった。

 

 ピピッという電子音がシャスタの持つ端末から鳴り響いた。

「あ、シタマが何か見つけたようです」

 シャスタとリタは急ぎ装甲車内に戻った。シャスタの説明では画像通信できるように頭部補助カメラと通信機器を持たせたとの事だ。車内のモニターにシタマからの映像が映し出された。望遠レンズで撮られた映像は、やや不鮮明なノイズで乱れていた。

 

「へぇー、騎馬隊のようですね」

 モニターに映っているのは、馬に乗った兵士の集団と、馬に引かれる荷馬車だった。自動車の類は見当たらない。

「なんか随分古めかしい感じですね。もしかしたら彼らは自動車の類を持っていないのかもしれません」

「いや、たまたま彼らが持っていないだけかもしれない。地球でも砂漠の遊牧民やエスキモーなら動物を使役しているじゃないか?」

「それもそうですね。でも人がいる世界で少し安心しました。無人の惑星だったらと思うと……」

シャスタのいう事ももっともだった。無人の惑星に放り出されていたら、これからどうするか途方に暮れたところだった。前近代的な文明であっても、人々の営みがあれば物資の補給などはやりやすくなる。またこの世界の情報を得ることも可能だろう。

 

「あれ? なんでしょう? あれも人でしょうか?」

 シャスタはモニターの中を指差した。姿形は成人男性のようだが、その大きさは常識を超えていた。騎馬隊の人々に比してその大きさは際立っていた。全長は10m以上、全裸で胴体が長く異常に大きい口には数多くの歯が見られる。嬉々とした表情のまま騎馬隊の方へと向かっていった。騎馬隊は算を乱して潰走しはじめた。そのうち騎馬隊の兵士一人が落馬した。巨人はその哀れな兵士を捕まえると口を大きく開ける。食事を始めそうな仕草だった。

 

「ま、まさか!?」

 シャスタは驚きの声をあげた。巨人は兵士を頭から丸齧りしていく。胴体、腰、脚と順番に咀嚼していった。人が人を食べているような無残な光景だった。

 

「な、な、なんなんですか? あれ?」

 シャスタは気分が悪くなったのか胸を押さえている。リタは戦場で惨状でいくつも見てきているので耐性はあった。

「この世界にはヒトと巨人がいて、ヒトは巨人に捕食される存在のようだな。食物連鎖の頂点に巨人がいるという事か……」

リタは冷静に分析していた。巨人といっても所詮生物だ。重火器で武装している自分達は十分撃退可能だろう。装甲車の機関砲、それに機動ジャケットもある。襲われても撃退は可能だろう。もっとも不必要な戦闘は避けるに越したことはない。

 

「巨人はどう考えても敵だな。まずはヒトと接触してみよう」

「えぇ!? まさか、行くんですか? 巨人に食べられちゃいます」

「このまま、じっとしていても巨人が襲ってくる可能性がある。ならば情報が得られる選択をするべきだろう。この世界にいつまでいるかは分からないが、情報は集めておくに越したことはない」

「わ、わかりました。リタがそういうなら」

 リタ達は周囲を警戒しながら装甲車で移動を始めた。




【現在公開できる情報】
リタの戦力
・8輪式装輪装甲車(機関砲搭載)
・リタ専用機動ジャケット
・機動歩兵用兵装:戦斧(重量200kg)、その他銃火器
・生体戦車(ギタイ)4体。(タマと命名)――スピア弾搭載

その他:(地面に埋まっていた軍用トラック内)
 補給資材、鋼材、蓄電池、太陽光パネル、ect

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