進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】卒業成績4位のアニ。訓練兵ゆえに情報不足のまま置かれている。大きな策謀が動いている事を知らなかった。


第28話、謀殺

 アニが連絡役のジョージと密談した後、訓練兵達が屯する臨時兵舎の大部屋に戻ってしばらくした時だった。突如、駐屯兵団の兵士達十数人程が入ってきた。箱が積まれた台車を押している兵士もいる。半数ほどの兵士はライフル銃を背負っており対人装備のようだった。何事かと訝る訓練兵達を前に指揮官らしき人物が前に出た。

 

「訓練兵! お前達の本日における任務は終了した。ご苦労だったな。これよりここで武装を解除してもらう!」

「し、しかし、まだ戦いが終わったわけでは……」

訓練兵の一人が異議を申し立てた。

「まもなく他地区から増援部隊が到着するとの事だ。お前達が武装している必要はない。装備一式は記名した後、箱に積めてこちらで責任を持って保管する」

 

(立体機動装置を取り上げられる!? 訓練兵の中に他に巨人能力者がいると怪しんでいるの? くっ! ここで反抗するわけにもいかない)

 増援部隊の到着。理由としては自然なもので、それ自体反論の余地はなかった。訓練兵を動員している現状が苦しい状況なのだから、解消されるのは本来望ましい事だろう。アニ以外にとっては。

 

 そもそも今頃は内門を破ってウォールローゼ内に巨人達が雪崩れ込んでいる予定だったのだ。すべては想定外の出来事だった。ライナー達が倒された事を早く知っていれば、撤退戦の最中に死んだ兵士から立体機動装置を奪って隠匿する事もできただろう。

 

 裏の出口も見張りがいるようだった。勝手に抜け出すのは不可能な状況だった。訓練兵の多くはもう戦わなくて済むと知り、ほっとした表情を浮かべている者が多かった。

 

(大丈夫、わたしの事はバレていないはず。ライナー達は即死しているし、ジョージが捕まるわけがない。憲兵団に潜り込む為にも大人しくするしかない)

 他の訓練兵達は素直に武装解除に応じていく。アニは渋々武装解除に応じた。しばらくして訓練兵全員の武装解除が終了した。

 

「お前達は、しばらくここで待機していろ! 追って指示は出す」

 そう言い残して駐屯兵団の兵士達は去っていく。残ったのは丸腰の訓練兵達だった。

 

「アニ、よかったですねぇ。もう戦わなくていいんですって」

 マイペースなサシャ・ブラウスが話しかけてきた。サシャは撤退戦でかなり巨人に怯えてしまったようだが、今は立ち直ったようだった。

 

「ああ、そうね」

 アニは無愛想に答えた。

「ああ、ごめんなさい。アニの班、ライナー達が……」

サシャは行方不明と言おうとしたのだろうが、そこで言い淀んでしまった。

「別に……」

「そ、そうですか!? 気を悪くしたらごめんなさい」

サシャは頭を下げると罰が悪くなったのかアニから離れていった。訓練兵達は普段から親しい者同士で固まっている。アニに話しかけてくるものは誰もいなかった。

 

「……」

 アニは周りの訓練兵達の様子をそれとなく眺めていた。入り口から小柄で金髪の少女が入ってきた。同期のクリスタ・レンズだった。クリスタも武装していない。何人かの訓練兵と二言三言交わした後、なぜかアニの方にやってきた。

 

「あ、アニ。ああ良かった……。無事だったんだね」

 クリスタは可愛らしい少女だが、アニにとってはどうでもいい非力な存在だった。卒業成績10位も過大評価だろう。ユミル達によって成績を押し上げられたと見ていた。馬術や直観力には優れるようだが……。

 

(ユミルは死んだんじゃなかった? その割には元気ね……)

 アニはジャンからユミルの戦死を聞かされていたのだった。正確にいえば第31班はジャンとコニーと後1名が生存と聞いている。その生存した1名がクリスタとなれば、それはつまりユミルの戦死を意味する。

 

「まあね、それでユミルは……その、なんて言っていいのか……」

 適当に受け流すつもりでアニは話に付き合うことにした。

「ううん、はぐれただけだよ。まだ死んだって決まったわけじゃないよ。ライナーやベルトルトもそうなんでしょ?」

「そ、そうだね」

アニは一瞬どきっとした。実はライナーが鎧の巨人で、ベルトルトが超大型巨人で、新兵器で倒されましたなど言える訳がない。

 

「ところでわたしに何の用?」

「え、えーとね。あのね、アルミンの事なんだけど……」

「アルミンがどうかしたの?」

「うん、エレンがアルミンを助けるために囮になったって聞いたから」

「ああ、そうらしいね」

 アニはエレンの壮絶な戦死をミーナから聞かされていた。アルミン達を逃がす為に囮になったという。同期として3年間も過ごしてきただけに心が痛まないわけがなかった。

 

「アルミン、かわいそう。親友を亡くした上に、もう一人の幼馴染も生死の境を彷徨っているなんて……」

「えっ? どういう事?」

「わたしも詳しくは聞いたわけじゃないけど、ミカサ、かなりの重傷らしいの」

「あのミカサが? うそでしょう?」

 アニは少し驚いた。戦士である自分達は身体能力が高いのは当然としても、ミカサの戦闘能力は超人的だった。経験を積めば人類最強といわれるリヴァイに匹敵する実力を持つようになるかもしれない。ミカサが負傷するというイメージが思いつかなかったのだ。

 

「ミカサって確か後衛じゃなかった?」

 後衛は戦闘がなかったと聞いているから無事なはずだった。確かに訓練兵のほぼ全員が集まっているこの待機場所にミカサの姿が見えない。負傷しているとするならクリスタの話の筋は通っていた。

 

「そう聞いているんだけど、よくわからないの。アルミンは落ち込んでいて話を聞けなかったから……」

「……」

「それでね、わたし達は今、待機中だけど、お見舞いに行こうと思うの。ミカサ、あまり人付き合いしない方だけど、アニとは訓練とかでよく話していたよね? わたしよりもアニが来てくれたらミカサだって喜ぶと思うの」

どうやら病棟まで一緒にお見舞いに来て欲しいようだ。

 

(そういえば、アルミンとクリスタの班は司令部へ出頭命令が出ていたわね。何だったんだろ?)

 アニはふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「ねぇ、ところであんた達、さっき出頭命令が出ていなかったの?」

「あ、あれは自分達の戦果の再報告だよ。犠牲は多かったけど新兵としては討伐数が多かったから再確認するという話だったの」

「ふーん。じゃあ、結構がんばったんだね」

「討伐数なんて意味がないよ。エレンもみんな生きていて欲しかった……」

 クリスタは俯いてしまう。心優しい女の子だけに大勢の仲間の死は堪えているのだろう。

 

「いいわ。付き合ってあげる」

 アニは承諾した。今は同期の仲間として自然に振舞うのが一番だろう。病棟にいったところで大して情報収集できるわけではないが、時間つぶしにはいいだろう。あのミカサが重傷という事も気になった。

「ありがとう、アニ」

クリスタは少し上目遣いで微笑んでいた。女の自分には通用しないが、男だったら可愛らしい仕草で心を虜にされてしまうかもしれない。

 

(あの3人、仲が良かったのよね……)

 いつも一緒だったエレン達3人の幼馴染。もう彼らが一緒の時間を過ごせる事はない。母国”故郷”が仕掛けた戦争とはいえ、哀れみを感じた。

 

 

 ウォールローゼ側の街の一角、普段は露天商で賑わう広場に幾多の天幕が設営されており、野戦病棟として使われているようだった。ミカサが収容されている天幕は、やや人気が少ない端の方にあるようだ。アニは先を急ぐクリスタの後に付いていった。

 

(なぜミカサだけ、離れた場所に?)

 アニは少し疑問に思った。周囲には数人の兵士が暇そうに雑談しているだけだ。特に怪しい雰囲気はなかった。

 

 

 天幕の前には、衛生兵らしき兵士がいた。眼鏡をかけた小柄な男で、白衣を着ており、白頭巾にマスクをしていた。

「あの、ミカサの容態はどうですか?」

クリスタが訊ねた。

「ああ、君か。命には別状なさそうだが、依然として意識が戻っていない。処置は済ませたから後は見守るだけだ。そちらは?」

「同期のアニ・レオンハートです」

アニは答えた。

「会ってもいいですか?」

クリスタが訊ねた。

「少しだけならな。ただし患者の身体には触れるなよ」

「はい」

クリスタは頷く。

「アルミン! アニが来てくれたよ」

クリスタはそう言いながら天幕の中へと入っていった。中には病床に伏せているミカサと傍らで付き添いをしているアルミンがいるのだろう。アニはクリスタの後に続いて中に入った。

 

(痛っ!?)

 突如、アニの右脚に激痛が走った。足元を見て驚く。狩猟用の罠の一種――トラバサミが足首にがっちり食い込んでいた。脚を挟む板に鋸歯状の歯が付いており、脱出を困難にさせている。

 

「なっ!?」

 アニは驚愕した。野戦病棟の入り口に、こんな危険な物が落ちているわけがない。クリスタはこれには引っかからなかった。となるとクリスタはこの罠を知っていたことになる。クリスタみたいな性格の少女がこれほど悪辣な事を思いつく事自体が信じられなかった。

 

(クリスタ……、なぜこんな事を? ま、まさか!? そんな……)

 次の瞬間、アニは巨大な殺気が迫り来るのを感じた。それ以上、考える時間はアニには与えられなかった。

 

 

 

 少女の背後から襲い掛かったのは、衛生兵に化けていた調査兵団兵士長のリヴァイだった。リヴァイは予め抜刀し天幕の影に隠してあったブレードを握ると、一閃した。金髪の少女の首が宙を舞う。頭部を失った胴体からは噴水のように大量の血が迸り、天幕の中を深紅に染めていく。転がり落ちる首、それを合図にしたかのように首を失った少女の胴体は崩れ落ちていった。

 

(悪く思うなよ。そもそもお前らが仕掛けてきた戦争なんだからな!)

 リヴァイは驚いた表情のまま固まっている少女の顔を見下ろした。リヴァイはスミス団長から、巨人側の潜入工作員(スパイ)――アニ・レオンハートの暗殺命令を受けていた。

 アニは南門で超大型巨人の容疑者が人間体で壁に戻ってきた際、積極的に協力していたという。またその場には鎧の巨人の容疑者も居た。それに加えてアニと密談していた謎の男が失踪したというのが司令部を決断させた要因だった。

 尾行していた兵によれば、その男はアニと別れた後、街の外れにある雑木林の中に隠してあった馬に乗って、西の方向へ逃走していったのだ。軍事作戦中に勝手に離脱すること自体が重罪だが、馬を隠していたというのは容疑を固めるに十分だった。巨人側の工作員はおそらく内門破壊を見越して先回りするつもりで馬を準備していたと考えられるからだ。

 

 アニ自身の巨人化能力の有無は不明だが、第二の鎧の巨人になる可能性もあり、捕縛は失敗した場合のリスクが高すぎると判断された。暗殺命令は妥当だろう。

 

 こうして軍上層部(ピクシス司令・スミス団長)が結託した暗殺作戦は実行に移されたのだった。むろん諜報員抹殺という事実を知っているのはごく一握りだったが……。

 

 訓練兵アルミンの提案を元に、スミス団長がアイデアを付け加えて、罠を仕掛ける事になった。まずアニを含めた訓練兵全員を武装解除させておく。敵が巨人化を解除した際、素早い逃走を防ぐためである。

 次に誘導役が訓練兵の仲間として会話して現場まで誘導してくる事、そしてトラバサミで身動きできなくする事だった。人間体での反撃を防ぐと共に、巨人化された場合、人間体に大ダメージを与える事を目的としていた。

 巨人のうなじ部分に人間体が入ると予想されているので、当然、地面よりかなり高い位置となる。人間体にワイヤーなどが密着していれば、引き千切られる事になると予想したからである。これは超大型巨人の2度の出現で、立体機動装置や衣服をつけたままだった事から推理した事だった。すなわち、巨人化能力は体の組織を変異させるのではなく、周囲に巨人体を生み出すものであると。

 

 さらに念を入れて複数の壁上固定砲を事前に照準を合わせていた。巨人化された場合、即座に発砲するためだった。保険といってもいいだろう。

(そこまでするか!? 正しいのは分かるがな)

アルミンは15歳にして末恐ろしいほどの謀略を提案してきたのだった。

 

 リヴァイは保険に頼るつもりはなかった。一撃で殺す。それだけの自信はあった。対象が15歳の少女というのは引っかかったが、今まで巨人に殺された仲間の事を思えば、許せるものではない。

 

「よし、片付いた! 後始末するぞ!」

 リヴァイは周りに隠れていた部下達に呼びかけた。万が一に備え、ミケ、エルド、グンタ、ネスといった精鋭ばかりを集めていたのだった。調査兵団最強の布陣と云ってよかった。部下達は素早くアニの亡骸を死体袋に入れて、天幕を片付けはじめた。

 

 天幕の中での暗殺だったので、無関係な目撃者は誰もいない。巨人化されることなく始末できたので、後処理はかなり楽だった。公式記録においては訓練兵アニ・レオンハートは消息不明という事になるだろう。

 

 傍らでは後片付けする兵士達をクリスタが見守っていた。クリスタは一旦天幕を抜けて退避していたので、殺害現場を目撃していたわけではない。しかし中で何が行われるかは知っていた。

 

 クリスタの表情からは一切の感情が消えていた。アニの前では仲間想いの優しい少女を演じていたが、今は仮面を外している様だった。

 

(仮面を付けたようなガキだな。だとしたら天性の役者か!?)

 リヴァイはそんな印象を持った。愛らしい外見で騙される者も多いだろう。

 

「おい、訓練兵レンズ」

 リヴァイはクリスタに声を掛けた。

「はい」

「なかなか見事な演技だったな。お前らの策もよかったぞ」

クリスタは誘導役を完璧に演じきったのだ。

 

 もともとはアルミンが自分の幼馴染2人の悲運を利用した誘導だった。エレンの戦死、ミカサの重態、どちらも事実である。事実の上に自然な会話で容疑者を誘導するという事だった。

 アルミンは外見こそ軟弱な少年だが、幼馴染を奪った巨人達に対して強い憎しみを持っているのだろう。その巨人を操っている敵勢力の存在を知り、復讐を決意したようだった。

 

 当初、誘導役はアルミンがするつもりだったらしいが、クリスタ自ら代わりを申し出たのだった。ただでさえ大切な人を亡くして辛い思いをしているアルミンをこれ以上苦しめたくない。当のアルミンでは冷静に振舞える事自体が不自然で演技が見破られるかもしれない。演技なら自分の方が得意だと言った。どうやらクリスタはアルミンに想いを寄せているようだった。

 

「はい、兵長も見事な手際でした」

 クリスタはリヴァイを称えるが、表情は硬いままだった。

「騙まし討ちした事を恥じているのか?」

「いいえ、必要な事だと思っていました」

「一つ言っておく。(アニ)()ったのは俺だ。お前らではない」

「はい」

「ならいい」

「わたし、ミカサのところに行っています。団長にはそう伝えてください」

 

 アルミン達は、事前の打ち合わせの際、ミカサの搬送を提案していた。鎧達が巨人化した現場を目撃しているミカサは憲兵団に狙われる可能性がある。そのミカサを調査兵団本部で最も安全な場所と聞いた研究棟で匿って欲しいとの事だった。スミス団長は少し考えて許可を出していた。

 

 アルミン、クリスタ、ミカサは未だ正式な団員ではないが、3人とも進路を調査兵団を希望しており、手続きが前後するだけと考えていいだろう。

 

(クリスタか……。こいつ、見かけによらず肝がすわっているな。経験を積んだらぺトラを抜いてしまうかもしれん)

 リヴァイは去っていくクリスタを見送った。頭脳派のアルミンといい、第104期は優秀な新人が多いのかもしれない。




【あとがき】
アルミンの策とスミス団長のアイデアにより、
・事前に武装解除(訓練兵全員を武装解除)
・訓練兵の仲間を使って、現場まで誘導
・トラバサミで捕獲
・保険として大砲を事前に照準
・最精鋭班が待機
その直後、最精鋭の兵士(リヴァイ)がアニを暗殺した。アニ達は一瞬にして巨人化する能力を所持しているため捕縛も困難であり、密談していた男が失踪したというのが暗殺を決意させたトリガーとなった。
(”イルゼ”先輩からアルミンはヒントをもらっている)

敵が鎧の巨人に変異する可能性があると考えれば、どれだけ用心に用心を重ねても十分とはいえないかもしれません。


人類存亡の時を迎えていますから、容疑者の証拠が固まるまでという悠長な事をしている状況ではありません。巨人化能力は強すぎるが故に不幸な結果をもたらすかと思います。原作でもエレンは味方に何度も殺されかけています(砲撃や審議所の裁判)

原作でもアルミンの策でアニをおびき寄せる事には成功しています。(ストヘス区での捕縛作戦) 捕縛ではなく暗殺だったら巨人化させる事なく任務達成していたかもしれません。

クリスタは原作においても、訓練兵になる前から”クリスタ”という仮面を被っていたという事になっています。

アニにとっては最悪の結末になりました。敵(人類)の情報収集能力が想像を超えたものになっています。(リタ達の通信機・録画装置・振動索敵網) トロスト区攻防戦時点にて正体が判明し、敵司令部の冷徹な決断が下された。

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