進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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ピクシス司令、ついにトロスト区奪還作戦を発動します。演説が行われた時刻は原作とほぼ同じ、午後4時頃の設定です。軟禁されているミーナ達は宿屋から演説を聞きます。


第29話、演説

(side)ミーナ

 

 訓練兵のミーナ、ジャン、コニーの3人は駐屯兵団が借り上げている宿屋の3階の客室に軟禁されていた。もともと宿泊客が滞在する客室で、ツインベッドやソファーセット、暖炉も備え付けられている。壁際には風景画が描かれた絵画が掛かっており、比較的豪華な部屋だった。

 ウォールローゼ側にあるこの宿は最重要防衛地点である内門から150m程の北の位置にある。3人共、武装解除させられていた。これはミーナ達だけでなく訓練兵全員が武装解除されているという事だった。増援部隊の到着が理由との事だったが、本当の理由は違うだろう。ミーナはアルミンほど鋭いわけではないが、それでもなんとなく分かった。

 

(イルゼ先輩の案が取り入れられたんだよね、きっと。訓練兵の中に巨人側の諜報員(スパイ)がいるかもしれないと怪しんでいるんだ)

 ミーナはこの部屋に連れてこられる直前、壁上に上るリフトで憧れの先輩とすれ違っていた。先輩は司令部に出頭したのだろう。先輩が怪しいと言った訓練兵3名、そしてユミル、合計4人。第104期訓練兵218名のうち、実に4名が巨人側の諜報員(スパイ)もしくは巨人化能力者という計算になるのだった。比率にして2%。そんな現状では訓練兵を実戦投入はむろんの事、武装させたくないのは当然だろう。

 

(早く、イルゼ先輩に会いたいな……)

 ミーナは以前から調査兵団に対する憧れを持っていたが、今はイルゼ先輩に対する想いの方が強くなっていた。あんなに強くて綺麗な人はいままで見た事がなかった。ミーナにとってイルゼ先輩はまさに戦女神(ワレキューレ)だったのだ。

 

 遅れた昼食、普段滅多に食べられない肉料理だったのでかなり贅沢なものだった。サシャが横にいたら涙を流して感激していただろう。自分達をこの部屋まで案内してくれた駐屯兵団の参謀の説明どおり、軟禁されているとはいえ厚遇はされているようだった。

 

(こうして生きて食事ができるなんて……)

 ミーナは少し涙を浮かべながら食べ物を喉に通していく。味そのものよりも生きている事を実感していたからだ。巨人との連戦で壊滅したミーナ達訓練兵第34班、その後も幾度と無く巨人達と交戦、さらに撤退戦で殿(しんがり)までしたのだった。生きているのが奇跡と思えてくる。

 

「いやー! 食った、食った!」

 自分の分を平らげたコニーがソファーで寛いでいた。

「……」

 ジャンは半分ほど食べただけで食事を止めていた。ほとんど無言だった。

「ジャン、もういいんですか? せっかくの肉料理なのに?」

「いや、俺はいい」

 ジャンは親友マルコの死が堪えているのだろう。撤退戦の殿で過酷な状況だったとはいえ、やるせない想いがあるようだった。

 

「欲しければやるぞ」

「えっ、えーと……、特には……」

 ミーナもそれほど食欲があるわけではなかった。自分の分だけで十分だった。

「そうか……」

 ジャンはそれっきり口を閉じてしまう。

「なんだよ、ジャン。もったいない事すんなよ。じゃあ、俺がもらうぜ」

コニーが割り込んできた。食糧事情が厳しいこの世界である。サシャでなくても食べられる時に食べておくのは基本だからだ。

 

「なあ、ジャン。俺達、いつまでここにいるんだ?」

 ジャンの残りの分まで食った後、コニーは聞いてきた。

「さあな。作戦終了までだろ?」

「作戦って内門の守りを続けているだけだろ? せっかく新兵器もあって、調査兵団も帰ってきているんだから反撃すればいいのによ」

「いろいろと都合があるんだろさ」

「くそっ、どんな都合だよ」

 コニーは慎重すぎる司令部を歯痒く思っているようだった。

 

「なあ、ミーナ。お前はどう思う?」

 コニーが聞いてきた。

「何がですか?」

「お前だって、このままここに閉じ込められていたら嫌だろ?」

「ええ、まあ。でも仕方ないじゃないですか? 誓約書、書かされちゃいましたしね」

 

 駐屯兵団の参謀からは、巨人化する人間に関する一切の情報を他人に話さない旨の誓約書にサインさせられていた。違反した場合は懲戒処分、下手すれば恩給無しで兵士を辞めさせられ開拓地送りとなる可能性すらもあるという。つまり3年間の訓練が全て無駄になるのだった。ただ機密保護に協力すればいくらかの報奨金は出すというので鞭ばかりではなかった。

 

「そこまで信用ないってのかよ。くそっ……」

「……」

 コニーは毒突いているが、ジャン、ミーナは黙ったままだった。

 

(もしかして……訓練兵の武装解除、そしてこの待機命令って巨人の諜報員(スパイ)対策なのかなぁ? 彼女(アニ)もこっそり連行されていたりするんだ……)

 ミーナはそんな事を考えていた。

 

 ……

 

 ドアがノックされた。

「どうぞ」

ミーナが答えると、一人の兵士が入ってくる。ドアの外で自分達の警護(見張り)をしている兵士だった。

「お前達、屋上に来い! まもなく司令の演説が始まるそうだ!」

「ぴ、ピクシス司令が!?」

ミーナ達は顔を見合わせた。兵士全員の前での演説、おそらくトロスト区攻防戦の戦況説明、もしかしたら奪還作戦を立案したのかしれなかった。

「へっ! 司令部もようやくやる気になったかな」

コニーは鼻を摩っていた。

 

 ミーナ達が3階建ての宿屋の屋上に出ると、通りには大勢の兵士達が待機しているようだった。司令の演説が始まるという事で、みな屋外に出てきたようだった。

 

「ちゅーもーく!!!」

 内門の壁上で大発声した人物がいた。ピクシス司令だった。司令は全兵士に向けて何か演説するようだった。ざわざわと雑談していた兵士達が話すのをピタリと止めてピクシス司令を注視していた。

 

「これよりトロスト区奪還作戦について説明するっ!」

 ピクシス司令はそこで言葉を区切った。

 

「やっぱりか。でもどうやって扉に開いた穴を防ぐつもりだろ?」

 コニーがミーナの横で呟いた。コニーの疑問は最もだった。超大型巨人によって蹴り破られた穴は8m級巨人ならば屈む必要もなく歩いて入ってこれるほどの大きなものだった。それを即座に塞ぐ技術は今の人類には無いだろう。

 

「まず、穴を塞ぐ手段じゃが、急いで穴を塞ぐ必要はないっ! 街内にいる巨人の掃討を優先するっ!」

 ざわざわっと兵士達は話し始めた。穴を塞がなくては巨人達が流入する一方ではないのかと思っているからだろう。司令部は何か考えがあるのだろうか。

 

「なぜ穴を塞ぐのを後回しにするのか!? それは巨人達が街に向かうのを止めたからじゃ! これは調査兵団の壁外遠征部隊、さらに南門守備隊の観測班からも同じ報告が来ておる。例の超大型巨人達が死んでしばらくして街に流入する巨人の数は激減しておるとなっ! 奴らが他の巨人を誘導しておったのは間違いないっ!」

 巨人達が街に向かうのを止めた。もしそれが事実なら見通しは明るかった。

 

「うそだっ!」

 兵士の一人が叫んでいた。

「どうやって壁の外を確かめるっていんだよ! もう入ってこないって言い切れるわけがないじゃないかぁ! 街に入ってあんな地獄はもう嫌だあ! そ、そんなに手柄が欲しいのかよ! お、俺達は使い捨ての刃じゃないんだぞ!」

その兵士は喚いていた。兵士の間に動揺が広がり始めていた。

 

「おいっ!! そこのクズ野郎っ! 調査兵団(オレ達)に喧嘩売ってんのかっ! グタグタいってんなら表に出ろっ!」

 南門の手前にいた一人の兵士が大声で怒鳴った。”自由の翼”の紋章が入ったマントが翻っている。叫んでいた兵士やその周りにいた兵士達はその威圧感に後ずさりしていた。

「お、おい! あれ、リヴァイ兵士長だ!」

「あの人類最強の!?」

「一人で一個旅団に匹敵するっていう?」

「そうだよ、そのリヴァイ兵士長だよ」

リヴァイの一喝で空気は変わったようだ。確かに調査兵団に正面切って喧嘩を売る馬鹿は兵士の中にはいないだろう。

 

「新たに流入するはぐれ個体の巨人がいれば、調査兵団(オレ達)が蹴散らすだけだ! なんか文句あるかっ!」

 リヴァイはハッキリ宣言した。確かに巨人殺しの達人集団がいれば、流入を阻止できるだろう。兵士達の動揺も止まったようだった。

 

 リヴァイの一喝で士気が上がったとみたピクシス司令は説明を続けた。

「誘き出す役の兵が巨人達を壁際まで引き付けて大砲で仕留める! これを基本じゃ! 焦る必要は無い! 確実に何度でも繰り返す! 十分、巨人の数が減った後、一気に攻勢に出るのじゃ! よいかっ! 我が方には新兵器ありっ! 第2の鎧の巨人が出現しようとも恐れる事はない!」

おおっという喊声が上がった。やはり鎧の巨人達を倒した新兵器の威力は絶大だった。

 

「巨人が進んだ分だけ人類は後退を繰り返し、領土を奪われ続けてきた! しかし、この戦いで勝利すれば人類は初めて巨人から領土を奪い返す事に成功するっ!」

 ピクシス司令の演説は続いた。今まで巨人達に奪われてきた領域に比べるとトロスト区は小さな領域である。しかし人類の怨敵である鎧の巨人達を新兵器で倒し、奪還に成功すれば反撃の狼煙は十分上がったと言えよう。人類の進撃はこれからだという。

 

 ピクシス司令の演説が終わると兵士達は持ち場へと戻っていった。

「俺達訓練兵は作戦に参加しなくていいのか?」

ジャンが監視役の兵士に聞いていた。

「本日における訓練兵の作戦参加は不要と聞いている。奪還作戦が今日中に終わる訳ではないだろう。明日以降はまた追って指示が出るだろう。今は部屋に戻っていろ!」

そう言って兵士は屋内に戻るように促した。

 

「あのぅ、ジャン。あなたは作戦に参加したいんですか?」

ミーナは訊ねてみた。

「そうだ。反撃の第一歩に参加しないのは不甲斐ないからな」

「そ、そうですか?」

「おい、ジャン。討伐数なんて言ってたら誰かみたいに足元掬われるぜ」

 ミーナはコニー達に自分達第34班の戦いの経過を説明していた。むろんトーマスの事を含めてだった。コニーはその事を言っているのだろう。

「ちがうな、コニー。俺はやるべきことをやらなきゃいけないと思っただけだ」

ジャンはそもそも内地指向だったはずだ。今日の一連の戦いや親友マルコの死で思うところがあるのかもしれない。

「俺は明日、参加が可能なら志願するつもりだ。別にお前らには強制しねーよ。第一、参加が認められるかはわかんねーもんな。まあ、その時は自分で決めるんだな」

 ジャンはそう言って手を振りながら屋内へと戻っていた。

「ジャンの奴、本気なのか? あれ、本当にジャンかよ?」

「わたしも少し分かります。わたしだってエレンが生かしてくれたようなものですから……。わたしだって巨人は怖いですけど、戦わなくちゃいけないときもあると思います」

「ミーナ、お前まで……」

コニーは驚いているようだった。

 

「……」

 ミーナは空を見上げた。既に日は傾き、夕刻が近くなっている。空はどこまでも澄んでいて美しかった。




【あとがき】
駐屯兵団司令部は、トロスト区奪還作戦を発動する。原作と異なり、大岩で扉を塞ぐのではなく、街内の巨人を掃討するのが目的だった。巨人達の街への流入が止まった以上、掃討後に扉を閉塞する工事をすればよいからである。

巨人の流入が止まった事をなぜ司令部が知ったかはネタバレになるため伏せますが、リタ達が何らかの手段で伝えました。

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