進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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実はハンジが街に帰還していました。


第30話、未知の壁外勢力

(side:エルヴィン)

 

 既に日は沈み、長かったトロスト区の一日は終わりを迎えようとしていた。奪還作戦が発動され、主に壁上固定砲によって街内にいた巨人の2割を討伐することに成功していた。明日の明朝から再び作戦が継続される予定だった。明日中には街内全ての巨人を掃討できる見込みだった。むろん味方の犠牲は少なくないが、勝てそうだという見通しから全体的に士気が高く、防衛戦の時ほどの悲壮感はなかった。

 

 

 駐屯兵団司令部の控えの天幕内では、調査兵団分隊長のハンジ・ゾエがベットに横になっていた。傍らには団長のエルヴィン・スミスがいた。ハンジは頭に包帯を巻いている。頭部を負傷し、手足にも擦り傷や打撲がある状態だった。気球が不時着した際の衝撃で負傷したとの事だった。

 

「まだ痛むか?」

「だ、大丈夫だよ」

「しかし、よく生きて還ってきたものだな」

「心配をかけたね。あははっ」

「笑い事じゃないぞ」

 

 ハンジ達は司令部が諜報員(スパイ)暗殺作戦を進めている最中に帰還してきたのだった。

 

 布で被った小型の馬と思われる動物に牽引された荷馬車。小型の馬らしきものは壁際にやってくるとその荷馬車を投棄して荒野へと戻っていった。目撃した兵士達によれば、人が乗っているようには見えなかったという。

 

 壁の上にいた駐屯兵団の兵士が投棄された荷馬車の中を調べると、中には偵察気球に乗っていた二人――ハンジとモブリットがいた。モブリットは負傷はなかったが、ハンジの方は負傷したらしく、手当てされた状態だったとの事だ。

 ハンジ曰く、壁外の第三勢力に救助されたとの事だった。ハンジは気球が不時着した際の衝撃で意識が朦朧としている中、目隠しされてしまい、彼らの姿を見る事ができなかったという。モブリットの方は気球が降下し始めたあたりで意識を失っていたそうだ。

 

『ユーエス軍特殊部隊、ヴラタスキ将軍』

 

 彼らのリーダーはハンジにそう名乗った。海を越えた遥か彼方の大陸よりやってきたという。主にこの地の調査が目的のようだが、巨人達とは既に幾度か交戦し、敵勢力としてみなしている。その最中、巨人達によるトロスト区侵攻を知り、急遽特務兵を派遣した。その特務兵が鎧の巨人と超大型巨人を倒したとの事だった。つまり新兵器は彼らのものというわけだった。

 

 敵の敵は味方という理屈で壁内人類を援護しただけであり、過度の接触は望まない。壁内世界の中には、巨人側のスパイと思われる者たちや、情報隠蔽という巨人側への利敵行為をする者がいるため、下手に情報を渡せば敵勢力に情報が漏れる事を恐れているとの説明だった。

 

「我々はあまり信用されていないのだな」

「はい、そうですね。とても一枚岩とは言えませんから」

「再接触はできるかな?」

「わかりません。ただ彼らが教えてくれた情報は貴重なものです」

「それはそうだな」

 

 ユーエス軍が教えてくれた情報は、過去に調査兵団が知ろうとして知る事ができないものだった。すなわち、巨人達を操る敵勢力に関する情報である。

 巨人化制御技術を持つ敵勢力は、5年前のウォールマリア侵攻とは異なり、工作員を潜入させた上で、入念な準備を行ったようだった。ユーエス軍の予想では、人類側が思ったより軍事技術の発達が見られたので、それらを収奪した上で、滅ぼすつもりではないかという事だった。

 

 さらにユーエス軍は巨人側潜入工作員の容疑者個人名、現時点でのトロスト区周辺にいる巨人達が街へ向かっていないという事実、例の特務兵は遅くとも2日以内に撤退させる旨を伝えてきた。

 

我が軍(ユーエス)にお前達を助けてやる義務もなければ義理もない。本来なら救援費用を請求したいところだが、今回だけは免じてやる。ここまで教えてやったのだから後は自力でなんとかしろ!』

 そういった趣旨の文章をハンジは持たされていた。つまり奪還作戦を実行するなら早くやれという事だった。

 

 ピクシス司令と相談した結果、ユーエス軍の意図はともかく情報の信頼性は高いと判断し、ただちに奪還作戦を実行する運びとなった。兵士達にはあえてユーエス軍の事は伏せた。ユーエス軍が堂々と姿を現して巨人達と交戦したのならともかく、彼らは隠密行動に徹しているようだった。今の状況では兵士達に説明するには奇抜すぎて信頼性が乏しいからである。

 

「しかし、敵勢力がこれほどとは……」

 エルヴィンは敵勢力の圧倒的軍事力の前に寒気を覚えるほどだった。戦士(巨人化能力者)が最低でも数十体。さらに戦士を監督するという親衛隊もどきの戦士。巨人達を誘導する力を持つ彼らはさらに何百、いや何千という巨人を動かす事ができるだろう。今回のトロスト区襲撃は敵勢力からすればただの尖兵程度にしか過ぎない事になる。その尖兵ですらユーエス軍の助力無しには撃退不可能だった。敵が本気を出して主力を送り込んできたなら、人類に対抗する術はないと思われた。

 

 王政府の保守派達は調査兵団を解体し、門の閉塞を望んでいるが、愚かとしかいいようがない。ここまで圧倒的軍事力を持つ敵に狙われている以上、壁を閉塞したところで気休めにしかならない。鎧の巨人が壁を登った実例でわかるように、敵の戦士達は壁を越えてどこからでも侵入できるのだから。

 

「敵は知性を持っています。無知性の巨人とは違います。今回、諜報員を送り込んで調査兵団の壁外遠征の日を狙って襲撃してきました。訓練兵にスパイがいたからこそ、訓練兵が動員される状況を見込んでのことでしょう」

「ハンジ、お前は知らないだろうが、駐屯兵団の兵士にも敵の工作員が紛れ込んでいた」

 

 エルヴィンは消えた謎の男の話をした。

「どういうつもりだと思う? 内門の破壊を諦めたのか?」

「……。仲間に知らせに行ったのかもしれません」

「西側のどこかの壁を越えていくか? だとしても我々に阻止できる戦力はない」

「ユーエス軍が展開している場所なら、彼らが討伐してくれる可能性はあります」

「なぜ、そう言える?」

「ユーエス軍は知性巨人を集中的に狙って撃滅しているようですから。壁を昇り降りできるのは危険な個体とみなしてくれるかもしれません」

「他力本願だな」

エルヴィンはため息をついた。人類の現有戦力では知性巨人を倒すのは困難を極めるのだった。ユーエス軍の存在は有難いが、彼らは彼らの都合で動いているだろう。こちらの都合を押し付ける事は出来ない。

 

「ところでエルヴィン、総統府にユーエス軍の事は報告するつもりなのかな?」

「むろんそのつもりだ。新兵器の事もうるさく聞かれるだろうしな。壁外勢力のものなら奴らも諦めるだろう」

「世間一般にはどう説明するのかな?」

「総統閣下の胸三寸だな」

 総統とはダリス・ザックレーの事だった。三兵団を統括する軍事部門の最高権力者である。

「ユーエス軍とは協調関係にない以上、公開されないのかもしれない。それより、ここまで敵が強大な以上、軍備強化は急務だと思う」

 

「まあ、私としては調査兵団への予算が増額されるならそれで嬉しいよ。それと気球の件もうまく報告しておいて欲しい。あれがあったからこそ、今回調査兵団は素早く街に帰還でき、さらにユーエス軍とも接触する機会を得る事ができたのだから」

 ハンジの意見はもっともだった。本来なら気球の飛行試験が今回の壁外調査の目的だったのだから。十分に成果が上がった以上、憲兵団から難癖を付けられる可能性も減っただろう。

 

「ハンジ、お前が作りたいのは例の飛行機械か?」

「もう次の段階に入っているよ。後、エルヴィンにお願いがあるんだが……」

「何かあるのか?」

「明日の奪還作戦では、なるべく多くの巨人を捕獲して欲しいんだ」

「わかった。リヴァイ達にはそう伝えておこう。わたしからも頼みがある。訓練兵のアルミン、クリスタ、ミカサの事だ。特にアルミンとクリスタは重要機密を知っている立場だ。技術班でしっかり守って指導してやってくれ」

「大丈夫だよ。ぺトラと共にそこら辺は抜かりないよ」

ハンジは力強く請け負った。




【あとがき】
軍首脳部は、未知の壁外勢力――ユーエス軍の存在を知ります。ユーエス軍はハンジ達を救助した後、壁際まで送り届けてくれました。そして貴重な情報をもたらしてくれました。

というのが団長達の認識ですが、実際はハンジが一芝居打っています。
技術班に対する憲兵団からの追求を避けるのが主な目的です。(新兵器絡み)
未知の壁外勢力、詳細不明ならば、憲兵団も手が出せないと踏んでいます。

実は、ユーエス軍=秘密結社軍、であり、
リタ達はたった1個戦車分隊にすぎない戦力なのですが……

『ユーエス軍特殊部隊』 
リタの世界の元の所属部隊そのままですが、異世界なので構わないのではないかと。

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