進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

35 / 92
トロスト区奪還作戦完了から1週間後、遅れていた新兵勧誘式が行われます。


第33話、通達

(side:ミーナ)

 

 トロスト区奪還作戦完了から1週間が過ぎた。大穴の閉塞工事が終わり、街中からも遺体回収作業が一段落しており、現在は瓦礫の撤去が主な作業となっていた。超大型巨人討伐現場・捕獲巨人の実験場・南門周辺など立入禁止区画があるものの、避難していた人々も街に戻ってきて、復旧作業が本格的に始まっていた。北門近くの広場では市場が再開され、人々の賑わいも戻りつつある。

 

 第104期訓練兵達は街内の駐屯兵団宿舎を活動拠点にしていた。建物自体は大きな損傷は無く、巨人襲撃前と変わらず施設の利用が可能だったからだ。

 この建物に戻ってこれた訓練兵は218名中、120人割程度だった。死者・行方不明者は約40人、負傷者は約50人(戦争神経症(シェルショック)も含む)、自発的に兵士を辞めていった者もいた。それを責める事は出来ないだろう。まさか本当に巨人の大群が襲撃してくるとは誰も思わなかった。そして、これほど多くの仲間が死ぬとは考えもしなかっただろうからだ。巨人との戦闘がいかに凄惨なものか思い知らされた格好だった。

 遺品の整理もほぼ終わり、引き取り手のない遺品は箱に詰めて倉庫に置いてあった。

 

 今日は延期されていた兵科選択の日だった。夕方までは自由時間とされていて、ミーナは自室で両親宛に手紙を書いていた。激戦だったトロスト区攻防戦は世間一般に知られているので、両親は自分の事を心配しているだろう。里帰りできれば一番だが、内地にある実家まで移動だけで丸一日掛るので、まとまった休日でもない限り帰れなかった。

 手紙の内容は、怪我もせず無事にやっているという内容にした。調査兵団に志願している事は書いていない。そんな事を書けば余計心配させるだけだろう。何度か書き直してようやく書き終えて封をしたところだった。

 

(夕方までは時間があるよね。市場にでも行ってみようかな?)

 ミーナはそんな事を考えていた。

「み、ミーナ! 大変ですっ!」

サシャが慌てた様子でミーナの部屋に駆け込んできた。

「どうしたの?」

「さ、さっき、広間の掲示板に総統府からの通達が貼り出されて……」

「通達!?」

「今年からは訓練兵全員、調査兵団の一時配属になるって!」

「ど、どういう事?」

「え、えーと……、その……」

サシャはうまく説明できないようだった。ミーナはサシャと共に急いで階段を駆け下り、大広間にある掲示板の前へと向かった。

 

 掲示板の前には訓練兵の人だかりが出来ていた。ミーナは人垣を押し分けて掲示板の前に出た。通達はトロスト区防衛戦での重傷者を除く第104期訓練兵全員に対するものだった。逼迫する戦況下、対巨人戦闘技能向上のため、調査兵団において最低3ヶ月間の実地訓練を義務づけるとあった。延期されていた新兵勧誘式は予定通り本日行われるとも書かれている。

 

「お、おい、冗談じゃないぞ! なんで全員が調査兵団行きなんだよ!」

「まさか……、壁外調査もか?」

「たぶんな。実地訓練って実戦の事だろ?」

「マジかよ……」

「うそ……」

「い、嫌だよ。巨人なんて……」

 訓練兵達の間からは、不満の声が上がっていた。上層部からの一方的な通達。しかしながら兵士である以上、命令に従う義務がある。嫌なら兵士を辞めるしかない。

 

「み、ミーナは調査兵団志望だから、あまり関係ないでしょうけど」

「う、うん」

「わ、わたし、どうしたらいいのでしょうか?」

 サシャは俯いてしまった。

「だ、大丈夫よ。みんな一緒なんだから……。3ヶ月間訓練兵の期間が延びたと思えばいいのだから」

 

「てめー! ふざけた事を抜かしてんじゃねーよ!」

 ミーナ達のやり取りを横で聞いていた大柄な男子訓練兵がミーナに絡んできた。

「そんなに巨人が好きならてめーらだけで行ってこいよ! なんで俺らまで巻き込むんだ!?」

ミーナはその男子に襟首を掴まれた。

「おい、やつあたりはやめておけ!」

ジャンが止めに入ってくれた。

「しかしよ……」

「総統府からの正式な通達だ。仲間にあたっても仕方ないだろ?」

「わ、わかったよっ!」

その男子は忌々しそうにミーナを突き放した。ジャンを敵にする度胸はなさそうだった。ジャンは現在暫定首席であり、また今回の戦いでは同期の中でも表彰されるほどの英雄的活躍を見せていた。初陣にして10m級巨人2体を含む討伐数4を記録。さらに撤退戦では殿をつとめ、多くの仲間の生還に貢献している。もともと指揮官特性に優れているのだろう。その本領が発揮された形だった。

 

「あ、ありがとう。ジャン」

「ああ……。それにしても随分な仕打ちしてくれるな。上は……」

 なぜ、このような通達が出たのか? ミーナはある事を思いついた。

「ジャン。もしかして、これって、例の諜報員(スパイ)対策?」

「ミーナ。人前でその話はするな! 俺達には……」

ジャンはミーナに顔を近づけて口を噤むように身振りで示した。巨人化能力について知っているミーナ・ジャン達には守秘義務が課せられているのだった。

「ご、ごめんなさい」

「!?」

横にいるサシャは首を傾げている。何の事かわかっていないようだった。

 

「とにかくだ。俺達にやましい事なんて何もない。堂々としていればいいんだ」

「そ、そうですね」

「なんか、荒れそうですね。今日の新兵勧誘式……」

 サシャがぼそっと感想を漏らした。

「うん」

ミーナも頷いた。なんとなく嫌な予感ばかりがしていた。

 

 

 ……

 

 その日の夕刻、ミーナ達訓練兵は野外劇場にいた。ここはトロスト区に近いウォールローゼ内にある場所だった。まもなく調査兵団による新兵勧誘式が行われる予定だった。

 

 ミーナはサシャ、コニー、ジャンと固まっていた。

「アルミンとクリスタがいませんね」

「そういえばそうね」

「どうしたんでしょうか?」

「ミカサと一緒なんじゃない?」

 

(どうしてなんだろう?)

 重傷のミカサが出席できないのはわかるが、アルミン達がいない理由は付き添いだとしても少し違和感があった。新兵勧誘式は訓練兵全員が出席するように命じられているはずだった。

「じゃ、じゃあ、もしかしてアルミン達も兵士を辞めるんでしょうか?」

 ミカサは兵士を辞めるかもしれないと言っていたので、アルミン達もそれに引きづられたとサシャは思ったようだった。

「そ、そんな事はないと思うけど……」

ミーナはアルミン達がイルゼ先輩と一緒だったところを目撃しているので否定できた。新兵勧誘式に出席する必要がないというのは、もしかしたら二人とも既に調査兵団に入団しているのかもしれない。

 

 しばらくして急に周りが騒がしくなってきた。大勢の若い兵士達が野外劇場内へ雪崩れ込むようにして入ってきた。年頃はミーナ達と同じ十代の新兵だった。顔は見た事はない連中だ。その数は二百人を超えていた。確か他地区の訓練兵達はすでに配属を終えていたはずだった。

(どうしてわざわざ遠方の南の新兵勧誘式に来るの?)

ミーナには訳が分からなかった。

 

「おい、お前らが南(南方面駐屯隊)の訓練兵か?」

 連中の一人が大きな声を出して聞いてきた。何人かが頷いた事で連中の一人がずいっと前に出てきた。

「ジャン・キルシュタイン! 出て来い!」

背の高いその男はジャンを名指しして呼んだ。

「俺だ! 何の用だ?」

「へぇー、あんたがジャン・キルシュタイン?」

縮れ毛のいかにも軽薄そうな女兵士が前に出てきた。胸の徽章を見れば、一角獣の紋章(ユニコーン)、つまり憲兵団だった。

「南のあんた達は、成績1位から5位までがリタイア、6位のあんたが暫定首席なんだってね」

「……お前達は誰だ!?」

ジャンは負けじと問い返した。

「あっと、自己紹介がまだだったね。わたしは憲兵団ストヘス区支部のヒッチ、こっちは同支部のマルロさ。例の通達のせいで新兵全員が調査兵団に一時配属、それでこんな辺鄙なド田舎にやってきたってわけ」

その女兵士ーーヒッチはいかにも侮蔑した視線で名乗った。

 

 マルロはジャンをギロッと睨み付けた。ヒッチは手元にあるメモを見ながら話を続ける。

「あと、コニー・スプリンガー、サシャ・ブラウス、クリスタ・レンズはどこかしら?」

 ヒッチは周りをじろっと見渡した。嫌な視線だったので、ミーナは視線を背けた。

「いるはずよね? 出てきなさいよ!」

「……コニーだ」

「さ、サシャです」

 コニーとサシャが前に出た。サシャは嫌々そうにしているが、名指しされている以上、隠れようがなかった。

「クリスタ・レンズはどこなの?」

「ああ、彼女ならここにいない。たぶん重傷のミカサ・アッカーマンの付き添いをしていると思う」

「あっ、そう」

「それより俺達を名指しした理由を言え!」

「あんた達が卒業成績十位以内ねぇ」

ヒッチがふんっと鼻を鳴らした。

「なんだ、こいつら? いかにも弱そうだな? 本当に十位以内か? よく巨人の餌にならなかったもんだな」

「大方、どこかに隠れていたんだろーぜ? ちびっているのを見られるのが恥ずかしくて人前に出られなかったんだろーな」

「ぎゃははっ。それ、受ける」

「まあ、こんな奴らが十位以内だから南の連中も大した事ねーな」

他地区の新兵達はサシャ達を見て(あざけ)り始めた。

「貴様ら! 好き放題言いやがって!」

コニーが怒り心頭して飛び掛ろうとする。ジャンが腕を引いて制止した。コニーは少し冷静さを取り戻して悔しそうに相手を睨み付けていた。

 

「俺達を嘲笑(あざわら)うのが目的か?」

 ジャンは怒りを抑えて静かに訊ねたようだった。

「はん! こっちはてめーらの仲良しごっこのせいで大迷惑なんだよ!」

大柄な憲兵団の新兵がずいっと前に出てきた。

「何の事だ!?」

「今回の総統府からの通達の事だよ! てめーらの中に巨人の潜入工作員(スパイ)が3人いたそうじゃないか? 三年間一緒に生活していてなぜ気付かない? 人類に対する悪意を持っているなら普通分かるだろ? どれだけ鈍いんだ!?」

「なっ?」

 ジャンは驚いたようだった。

(どうしてそれを?)

ミーナも驚いた。スパイの人数が3人というのはイルゼ先輩が怪しいと睨んだ人数と一致している。偶然では有り得ない。どこかで情報漏えいがあったようだった。

 

「大方、お前らの行方不明者の中にスパイがいたんだろうな。巨人だから身体能力が高いと聞いているぜ。ということは上位で行方不明の奴らが巨人って事だよな? ライナー、ベルトルト、アニ、エレン、この中で誰がスパイだったんだ? 心当たりぐらいあるだろ?」

「そ、そんなのわかるかよ! 分かっていたらとっくに通報している!」

ジャンが強く否定した。

「総統府は訓練兵の中に他にもスパイがいると踏んでいる。だから訓練兵全員をこんな僻地の自殺志願兵団に押し付けたんだよ。それぐらい気付けよっ! 馬鹿共が!」

どうやらこの憲兵の新兵達は、他の兵団兵士を見下しているようだった。

「まあ、あんたらが仲良しごっこをやっていたせいでウチらに大迷惑が掛かっているって事は理解してくれたかな? うん、理解したよね」

「……」

ジャンをはじめ、南の訓練兵達は一様に黙り込んでしまった。

 

「というわけで、南代表のジャン・キルシュタイン、コニー・スプリンガー、サシャ・ブラウスの3名には謝罪をよーきゅーします!」

 ヒッチは纏めるように言い放った。

「さっさと土下座しろ!」

「そうだ、そうだ!」

「謝・罪! 謝・罪! 謝・罪!」

他地区の新兵達は囃し立てるように騒ぎ始めた。人数的には他地区の新兵の方が多い。しかも憲兵の新兵20人程が含まれており、勢いは完全に相手側にあった。

 

「っざけんな!」

 ジャンが怒鳴り声を上げた。

「俺達は(やま)しい事は何一つしていない! 悪くないのに謝罪を要求される(いわ)れはない!」

「てめー! 調子に乗ってんじゃねーぞ! こっちが謝罪一つで許してやろうと思っていたのに! なんだ、態度は!?」

「憲兵団をなめてんじゃねーぞ! こらっ!」

他地区の新兵達は騒ぎ始める。乱闘寸前かと思われたその時だった。

 

「全員っ! 静まれっ!!」

 野外劇場のステージ中央で一喝した人物がいた。




【あとがき】
憲兵団新兵のヒッチ、マルロが登場。原作ではアニとの絡みしかありませんが、総統府通達により、南の新兵勧誘式に出席します。

なお、他地区の訓練兵たちは、南の訓練兵(ジャン達)より先に所属兵団に配属になっていたと考えています。他地区の訓練兵に対する調査兵団の新兵勧誘式はすでに実施済み。(第56回壁外調査以前に、他地区の訓練兵団に調査兵団の幹部が赴いているはずです。僻地のトロスト区近辺に全訓練兵を集めるのは非効率ですから)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。