進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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新兵勧誘式において、他地区の憲兵団新兵に難癖を付けられた南の訓練兵達。騒ぎを鎮めたのはリコだった。


第34話、新兵勧誘式

(side:ミーナ)

 

 野外劇場のステージ中央に立っていたのは眼鏡を掛けた銀髪の女性士官――リコ・プレツェンスカだった。小柄な彼女だが、彼女の一喝はこの野外劇場内にいる新兵全員を黙らすほどの迫力があった。

(リコ班長!?)

ミーナは意外な場所でリコを見かけた事で驚いた。ここは調査兵団の新兵勧誘式が行われる場所だ。駐屯兵団の現役兵士が来ているとは意外だった。

 

「わたしは南方面駐屯兵団精鋭班班長、リコ・プレツェンスカだ! 良く聞けっ! 新兵(ひよっこ)どもっ! お前達が今回調査兵団に召集されたのは、通達にあるようにこれからの戦いで対巨人の戦技向上が必須だからだ! お前達は腕が未熟すぎる! その事をよく思い知るがいい!」

「し、しかし……」

 マルロが言いかけた。

「今回、味方の勇戦の甲斐あってトロスト区に侵攻してきた巨人達(奴ら)を全滅させる事ができた。しかし、奴らが一度ぐらいの失敗で人類を滅ぼす事を諦めたと思うか?」

リコは鋭い目付きで新兵達を睥睨する。

「……」

「奴らは再び襲ってくる。それも今回以上の大群でな! そして攻撃目標は次もトロスト区とは限らない。わかるか? 今、人類がどれほど危機的状況に置かれているかを!」

 リコの指摘どおりなら、もっとも防備の固いはずの南地区(トロスト)ですらも危うく突破されかけたのだ。他の地区なら言うまでもない。

 

「だからこそ各自の戦技向上は必須なのだ。今は非常時だっ! 憲兵団もこれからは対巨人戦に参戦するべきだ。そう考えたからこその総統府の通達だとは思わないのか? 兵士は人類を、市民を守る盾とならねばならん。その事を足りない脳みそでよーく考えろ? 仲間いびりをしている暇はないはずだ!」

「……」

「それと諜報員(スパイ)の件だ! 軽々しく仲間を疑うのは止めてもらおうか!? そもそもその情報の出所はどこだ!?」

「……」

 憲兵団の新兵達は仲間の一人に視線をチラチラとやっている。リコはステージを降りるとつかつかとその新兵の元に近づいた。リコの周りには部下らしき駐屯兵団の兵士が何人か続いていた。

「お前の名前は?」

「……です」

「情報の出所はどこだ?」

「……」

「ほう? 言えないのか? という事はありもしない憶測で南の訓練兵達を罵倒し貶めたという事だな!? 軍の秩序を乱した罪で厳罰に処されても文句は言えないな」

「ち、違います。そ、その……、教えてくれた人に迷惑が掛かるので……」

「わかった。ではお前、詰め所に来てもらおうか? そこでじっくり話を聞かせてもらうぞ。連れて行け!」

 その新兵は悔しそうにしているが、相手は最精鋭部隊の班長である。新兵が敵う相手ではなかった。駐屯兵団の兵士二人に肩を掴まれてどこかへと連れて行かれた。

 

(すごい! 騒ぎを恫喝で(しず)めちゃったよ、この人)

 ミーナは感心した。リコは作戦指揮能力だけでなく、士気高揚の演説などに優れているかもしれない。

 

「久しぶりだな、キルシュタイン」

「はっ、リコ班長も壮健そうで何よりです」

「罵倒されてもよく手を出さずに我慢したな。少しは成長したと見ていいのかな?」

「いえ、自分はまだまだ未熟者であります」

 ジャンはリコに対しては敬語を使っていた。

 

「うそっ! ジャン、あんたって精鋭班の班長と知り合いだったの?」

 ヒッチは驚いた表情をしていた。

「ん? ああ、そうだな。撤退戦では共に殿を務めた戦友というところだ」

リコはジャンの代わりに答えた。そしてヒッチに向き直った。

「お前の名前は?」

「ヒッチです……」

「扇動するのは得意なようだが、喧嘩を売る相手を間違えたようだな。ここにいる南の訓練兵達は死線を潜り抜けた者たちだ。実戦経験のないお前らよりよほど頼りになる」

「……」

ヒッチは何も言えないようだった。

 

 ミーナは劇場のステージの影から女兵士が出てきた事に気付いた。その女兵士はミーナの憧れの先輩だった。先輩もリコと同様、黒縁眼鏡を掛けている。

(イルゼ先輩!?)

 ミーナは驚く。よく考えれば調査兵団の新兵勧誘式だから、調査兵団所属の彼女がいてもおかしくないのだった。

 

「リコ、ありがとう。騒ぎを止めてくれたみたいね」

「やあ、ぺトラ。元気にしていたかい?」

「お陰さまでね。今回の戦いは収穫物が多すぎててんてこ舞いよ」

「じゃあ、変人の上官(ハンジ)は狂喜しているんじゃないのか?」

「あはは。まあ、そんなところね」

リコとイルゼ先輩――ぺトラは旧知の仲のようだった。

 

(ぺトラ!? それがイルゼ先輩の本当の名前……)

 ミーナは初めて偽名だった事を知った。それでもぺトラ先輩に対する想いは変わらなかった。

(理由があって偽名を使っていたんだよね。第一、スパイ対策で色々と活動されていたみたいだもん)

 ぺトラが防衛戦に参加したのを目撃したのは南門の超大型巨人出現時だけだった。それ以外は上下するリフトですれ違った時だけである。

 

「やる気のない新兵を大勢押し付けられるとは調査兵団(あなた達)も難儀だね」

「だから駐屯兵団(あなた達)にも協力をお願いしているのよ」

「とりあえずは今日の勧誘式だが、団長は不在と聞いているけど?」

「まあね、今年は例の通達のせいで色々と混乱しているのよ」

「困った事があればいつでも手を貸すよ」

「ありがとう」

リコとぺトラは親しげに会話を交わしていた。

 

「傾注っ!」

 ステージの上で発声した調査兵団の男がいた。

「西区からの新兵が少し遅れるとの事だ。彼らが到着次第、新兵勧誘式を執り行う。それまで暫く待機しておけ!」

新兵全員が到着するにはまだ少し時間が掛かりそうだった。

 

 リコとの話を終えたぺトラはステージの方に戻ろうとしている。ミーナは思い切ってぺトラに話しかけることにした。

「あ、あの……」

「ん?」

「み、ミーナ・カロライナです。ぺ、ぺトラ先輩、お、お、お久しぶりです」

ミーナは思いっきり噛んでいた。

「えーと、貴女は?」

ぺトラはすぐに自分の事を思い出してくれなかったようだった。ミーナは少し落ち込んだ。

 

「み、南門のあの直前、先輩とお話しました」

「ああ、あのときの子ね。生還おめでとう」

「あ、あの……、わ、わたし、一人じゃ全然駄目で、エレンに助けてもらったり……、リコ班長が撤退戦の支援に来てもらってますし……」

「初陣だからそんなものよ。わたしだって初陣は全然駄目だった」

「え? まさか、ぺトラ先輩が!? どんな初陣だったんですか?」

「う、うん。その、まあ、大変だったって事ね」

ぺトラは初陣について聞かれると誤魔化した。言いたくない事があったのかもしれない。

 

「先輩は今、どの部署でしょうか?」

「そうだったね。南門のときは偽名使っていたからね」

 ぺトラは一息つくと答えてくれた。

「改めて自己紹介するわ。わたしはぺトラ・ラル。第四分隊、通称技術班所属。今はハンジ分隊長の研究助手をしているわ」

「えっ? 戦闘班じゃないんですか? 先輩ほどの腕なのに?」

「前にも言ったけど最前線で戦うだけが能じゃないよ。わたしは最前線にいたからなおさら武器の良し悪しは判る」

「そ、そうですか?」

「ミーナはまだ調査兵団に憧れているの?」

「はい、そうです。それに憧れだけじゃなくて自分にできる事をしたいって思ってます」

「そう……。あなたは戦いの中で何かを学び取ったという事よね」

ぺトラはじっとミーナの瞳を覗き込んできた。ぺトラの目にはどことなく哀しみの色が見て取れた。

「あ、あのう。アルミンとクリスタは?」

「あなた、アルミン達の友達なの?」

「はい、班も一緒でしたし、よく話す仲でした」

「……二人とも元気よ。今はそれしか言えない」

ぺトラはアルミン達に関しては口が重いようだった。理由は分からなかったが、アルミン達はより重大な機密に触れてしまったのかもしれない。

「そ、そうですか……」

「そんな顔しなくても直に会えるわよ。じゃあ、また後でね」

 ぺトラは手を振って去っていった。ミーナは先輩と話せた事の余韻が残っていた。

(わ、わたし、先輩とお話しできました。やっぱり先輩素敵です)

ミーナはぺトラの後ろ姿を見送っていた。

 

 

 ……

 

 その後、西区の新兵達が到着。新兵勧誘式は異例のものとなった。団長が不在のため、ステージの上に立ったのはエルド・ジンと名乗る調査兵団の幹部だった。そのエルドから伝えられた内容は厳しい内容だった。

 前々から噂されていた事だが、超大型巨人・鎧の巨人は知性を持つ巨人であると断定された。そして奴らが属する巨人を操る敵勢力の存在が明らかになったという。確認されてはいないが、知性巨人が複数いるらしい事もわかっているという。そして例の新兵器についてはあまり当てにするなという事だった。

(そんな!? 鎧の巨人が他にもいるなんて……)

 ミーナ達訓練兵は驚きが隠せない。リコが言ったように戦況が厳しいのは本当だったようだ。

 

新兵(ひよっこ)どもっ! 通達では対巨人戦技の向上の為に調査兵団(我々)の一時預かりとなっているが、はっきり言おう! 我々はやる気の無い者を指導監督するほど暇ではない! よって貴様らにはここで三つの選択肢を与えるっ!」

 エルドは、待機している同僚の兵士に何かを指示した。三人の兵士達が野外劇場内の端の位置にそれぞれ旗のついた幟を持って立っていた。

 

 一つ、自由の翼――調査兵団。

 二つ、薔薇の紋章――駐屯兵団。

 三つ、交差する二本の剣――訓練兵団。

 

「調査兵団入団希望者は『自由の翼』の旗の下へ。配属が決まっている新兵でも転属は歓迎するぞ。そして他兵団入団希望者で巨人と戦う意思があるものは『薔薇』の旗の下へ。むろん壁外調査には参加してもらう! そしてそれ以外の者は後ろに下がれ! 何か質問は?」

 憲兵団新兵のマルロが手を上げていた。

「その後ろの旗は?」

「知っての通り訓練兵団のものだ! 3ヶ月間、遊ばせているわけにはいかないので、その間、通常訓練をしてもらう! またトロスト区の復興作業に奉仕活動として参加してもらう! 壁外調査に同行は求めないからその点は安心しろ!」

「何か罰則はあるのか?」

別の憲兵団新兵が訊ねていた。

「特にない。ただし脱走は厳罰に処す! 他に質問は?」

エルドは新兵達を見渡した。

「……」

「では考慮時間を10分与える! その間にさっさと決めろっ!」

エルドはそう締めくくるとステージの中央から脇の控え室へと下がった。

 

(わたしは決めているけど……)

 ミーナ自身は進路を決めているので真っ先に動いた。ジャン、コニー、サムエルらが後に続く。巨人との戦わなくて済む後ろの旗を選んだ者もいた。ハンナ、フランツ、ダズ、その他、巨人と戦う事に怯えていた訓練兵の多くが続いた。

 

 すぐに決められない者もいる。サシャはその場に立ち尽くして脚が震えていた。やはり巨人に対する強い恐怖があるようだった。それでも勇気を振り絞ったらしく、ミーナ達がいる『自由の翼』の旗の下へと歩んでくる。

「お、おい、サシャ! 無理しなくても……」

「わ、わたしも調査兵団を希望します」

「大丈夫なの?」

「たはは……、だ、大丈夫ですよ。そもそもウォールマリアを奪還してお肉を一杯食べようって言ったのはわたしですから」

「そんな事も言っていたな」

「はん。恐怖を食欲で打ち消すとはサシャらしいぜ」

コニーがからかう様に言った。ミーナ達は仲間が多く調査兵団に来てくれた事で明るい雰囲気になっていた。考えてみれば驚きの結果だった。今期の南の第104期訓練兵で憲兵団志願者はゼロだったのだから。

 

 

(side:ヒッチ)

 

 憲兵団ストヘス区支部の新兵達はマルロの周りに固まって、ヒソヒソと話をしていた。

「どうすんの? マルロ」

エルドが示した選択肢は、巨人達と戦う意思があるかを確認するものだった。

「俺は『薔薇』の旗だ」

「おいおい、巨人とやりあうつもりかよ?」

同期のボリス・フォイルナーが訊ねていた。

「俺は憲兵団を正しくするために入団した。そのためには自身の発言力を上げる必要がある。3ヶ月間遊んでいたと言われない為にも戦う意思を見せる必要があるだろう」

「うわー! あんた、本物じゃん」

「ヒッチ、お前はどうする?」

「そうね。面白そうだからマルロに付き合う」

「お前、わかっているのか? 命が懸かっているだぞ。巨人相手なんてどう考えても割りに合わないだろ?」

ボリスが反対した。

「ばっかねー。点数稼ぎするにはどう考えても『薔薇』の旗じゃん! 辛気臭い奉仕活動なんてやってられるかっての! 壁外調査さえうまくチョロまかせば絶対得だって。三ヵ月後、戻ったときの評価は高いはずよ。これが出世するかどうかの分かれ道だよ、きっと」

「そ、そうか。なるほどな……」

「よし、俺もマルロに付き合おう」

「俺も行くぞ」

「俺もだ」

ヒッチの仲間達は次々にマルロに付いて行く意思を示した。

 

(あらら? こいつら、乗せられて来ちゃったよ。ホント、馬鹿ばっかね。まあ、いざ巨人に襲われたら囮に使えるし……、きしし)

 ヒッチは自分にとって好都合な方向に話が進んだ事に満足していた。それにジャンという男に少し興味を持ったのも事実だった。

(あいつ、もしかしたら出世頭かも? 最精鋭の班長と顔なじみになるなんてやるじゃない!? だったらコネを持っておくのも損はないはずだよね)

ヒッチはそんな目論見も持っていた。こうして憲兵団ストヘス区新兵6名が、『薔薇』の旗の下に移動した。(1名は情報漏えいの疑いで拘束中)

 

 

(side:ジャン)

 

「おい、あいつら、『薔薇』の旗に行くぞ」

 コニーが驚いていた。憲兵団新兵のヒッチやマルロは嫌々だったはずだが、なぜか巨人と戦う事を意味する『薔薇』の旗の下に移動していたのだ。他地区の憲兵団新兵も多くが同様だった。意外に骨のある連中かもしれない。もともと憲兵団新兵は各地区の訓練兵団で成績上位十名以内の者たちだ。実力はある方だろう。手強いライバルかもしれない。各地区の上位陣が戦う意思を示した事で、それに従う他の新兵も多かった。

 

(ミカサ。どうだ? 俺はリコ班長にも褒められたぞ。お前の言うようにいい指揮官になってやる。早く戻ってきてくれよ)

 エレンが亡くなった事は不幸な出来事だった。一方でジャンにチャンスが生まれてきたのも事実だった。エレンがいる限り、自分とミカサが結ばれる可能性は限りなく低かったのだから。

 火葬場でミカサに褒めてもらった事はジャンにとっては大きな事だった。今後、自分が活躍していけばミカサから好印象を得る事ができるかもしれない。

(やっぱり、俺はお前が好きだぜ。ミカサ……)

ジャンは心の中でミカサに語りかけていた。

 

 結局、調査兵団入団希望者は訓練兵・新兵全体の1割(約50人)程だった。残り2割(約百人)が他兵団希望者でかつ巨人と戦う意思を持つ者という事になった。




【あとがき】
新兵勧誘式といっても配属を終えている他地区の新兵を含むので、異例のものとなりました。選択肢は3つです。
・一つ、自由の翼    ――調査兵団入団。
・二つ、薔薇の紋章   ――他兵団希望者で、壁外調査に参加する
・三つ、交差する二本の剣――他兵団希望者で、壁外調査に参加しない

注意深い読者ならお気づきかもしれませんが、最後の選択肢は「壁外調査に参加しない」であって、壁外に連れ出さないとは言っていません。

リコとぺトラは、戦技講習などで接点があり、ほぼ同年齢のため友人関係にあるとしています。
ミーナ、ついに憧れのイルゼ先輩(ぺトラ)と会話。
ヒッチら憲兵団新兵も戦う組を選択します。



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