クリスタはハンジに拉致されたアルミンを心配していた。
(side:クリスタ)
クリスタはあまり眠れなかった。アルミンの事が気になったからだ。アルミンはハンジに拉致されるようにして連れて行かれた。先輩のぺトラやシャスタから聞いたところによれば、雑談で巨人の話をハンジに振るのは暗黙の禁則事項だったようだ。もともと機密事項が多い為、当然話せる相手は限られてくるので、話す機会があれば話したくて堪らないのがハンジの心情らしい。
(それにしたって先輩達、薄情すぎるよ~。止めてくれてもいいのに……)
クリスタはぺトラ達の対応が不満だった。
クリスタに割り当てられている個室は元物置らしく、かなり狭い部屋である。ニ段ベットと机だけで面積の3割を占めていた。いずれミカサが快復すれば相部屋になる予定だった。ミカサはまだ病室から出てこれない為、現在はクリスタだけの部屋である。
辺りは薄暗かった。夜明けまでには時間があるだろう。クリスタはそっと個室を抜け出した。廊下は暗闇に包まれている。側窓から差し込む微かな星明りを頼りに廊下を歩いた。
裸足なので、石床の冷たい感触が伝わってきた。夜は寒い季節だ。寝巻き一枚だけでは少し寒かった。
隣のアルミンの個室を覗いてみる。ドアは開いたままになっており、人の気配はない。どうやらまだ戻ってきていないようだった。まだハンジの長話に付き合わされているのだろうか? クリスタは階段を降りて1階の医務室前までやってきた。
医務室のドアは少し開いたままになっていた。少し不用心過ぎると思った。研究棟に寝泊りしているのはハンジ、ぺトラ、シャスタとクリスタ達だけとはいえ、ミカサは一応女の子である。
クリスタはそっと医務室を覗いてみた。月明かりの中、ベットの中央に鮮やかな金髪が輝いている。ミカサは黒髪だから彼女ではなかった。
(まさか、アルミン!?)
ミカサのベットに眠っていたのはアルミンだった。アルミンはミカサの胸に顔を埋めて眠っているようだった。一方のミカサはまるで母親のようにアルミンの頭をやさしく抱きかかえるようにしている。
(な、なんでアルミンとミカサが……!? ま、まさか、もう二人は恋人同士なの!? エレンが亡くなったばかりなのに……)
クリスタは一瞬、嫉妬で狂いそうになった。
(ち、違うよね……)
クリスタは邪推を振り払うように、
(”クリスタ”なら、二人が親密なのは素敵な事だと思うはずだよね)
クリスタは理想の人格である”クリスタ”を思い浮かべて自分に言い聞かせるようとした。ミカサとアルミン、擬似的な姉と弟の関係に近いのかもしれない。そして二人はエレンというもう一人の大切な家族を亡くしたばかりなのだから。
(あれ? どうして涙なんか出るの?)
無意識のうちにクリスタの目からは涙が零れ落ちていた。自分には親密な人はいないのだから。親友だと思っていたユミルは巨人で、しかも敵巨人に関する重大な情報を隠していたのだ。ユミルは確かに自分を助けてくれた。その点には感謝はしている。しかし、アルミンに惹かれるにつれてユミルの事がだんだん許せなくなってきた。
(ユミル、あなたにも責任があるんだよ!)
アルミンが一番苦しんでいる原因は親友エレンを見殺しにせざるを得なかった事なのだ。その原因はむろん巨人の襲撃のせいだが、ユミルがきちんと巨人に関する情報を軍上層部に伝えていれば、エレンも含めてこれだけ多くの同期が死ぬ事はなかった。敵巨人勢力の諜報員だった3人だって早めに摘発できたはずだった。
ユミルの遺体は一週間経った現在も発見されていない。巨人化していたとはいえ、無数の巨人達に囲まれれば長くは持たないだろう。おそらく巨人達に喰い殺されてしまったと思われた。ユミルは公式記録では行方不明のままだが、死亡は確実だろう。
アニ謀殺に関与した事はクリスタは一切後悔していない。奴らは何十万人の人々を死に追いやった史上最悪の犯罪者だ。極刑で当然だと思う。
(裏切り者は絶対に許さないっ!)
エレンや多くの仲間を地獄に突き落としたあの裏切り者の三人。三年間の苦しくも楽しかった訓練兵生活、今では裏切り者達がいたせいでその想い出は穢されてしまっているのだから。
(わたしはアルミンが好き……。でもアルミンにはミカサがいるのよね)
二人の強い絆を見た今となっては、とても敵わないと思った。
(あ、アルミンが幸せになってくれるなら、わたしはそれでいいんだ……)
クリスタは壁に寄りかかると、そのまま膝を抱えて座り込み、声を殺して泣いた。
「クリスタ……」
どれぐらい泣いていたのだろうか? 自分を呼ぶ声がする。振り向けば先輩のぺトラが自分を見下ろしていた。
「どうしたの? こんなところにそんな格好でいたら風邪をひくわよ」
「う、うん」
「泣いているの?」
「そ、そんな事ないよ。あ、あくびかな? えへへっ」
「ふーん、アルミンの事を心配していての?」
「えっ? あ、あの、その……。目が醒めて隣の部屋を見たらアルミンがいなかったから」
クリスタはあたふたと手足をバタつかせた。
「ふふっ。可愛い子。わかりやすいわね」
ぺトラは微笑んでいた。どうやら完全にバレているようだった。
「あ、あの……」
「話なら聞いてあげるわよ」
「えっ、あ、はい」
「流石にここではまずいわね。貴女の部屋に行きましょう」
ぺトラに促されて、クリスタは自室に戻った。
クリスタとぺトラはベットに並んで腰掛けた。窓から差し込む月明かりがぼんやりと二人を照らしていた。
(先輩、なんかいつもと雰囲気が違う。優しい感じかな?)
クリスタはそんな印象を持った。クリスタ達は研究棟内で匿われるようになってから、主にぺトラが教官になって、座学や諜報員知識、語学(実はリタの世界の言葉)の教育指導を受けていた。なお許可なく外出する事は許されていない。クリスタ達は総統府すら知らない軍の最高機密事項(諜報員謀殺)に深く関わっているため、外部との接触は極力さけるようにとの団長の指示が出ていたからである。
「辛い事、一杯あったものね」
ぺトラはクリスタの頭を優しく撫でてきた。クリスタはこのときは素直になることができた。アルミンに対する想い、ミカサへの嫉妬、そして訓練兵時代の楽しかった想い出、裏切り者に対する憤り、気がつけば言葉が次から次へと湧き出ていた。ぺトラは頷くようにして話をよく聞いてくれた。
「えへへっ、先輩って怖い人だと思ってました」
「ちょっとクリスタ。普段どんな目でわたしを見ているのよ? こんな優しいお姉さん、他にいないよ」
「だってぇ、教官のときは鬼みたいに厳しいんだもん」
クリスタは甘えた声を出した。
「仕方ないでしょう。あなた達には憶えてもらう事が一杯あるんだから」
「はーい、わかってまーす」
「はぁ、急に調子よくなったわね」
ぺトラは少し呆れて溜息をついた。
「えへっ、先輩のおかげです。そうだ、先輩! 今日は一緒に寝てもらえませんか?」
「なあに? 子供みたいね。まあ、いいけど……」
ぺトラも軽口を叩きながらも了承してくれた。
「おやすみなさい、先輩」
「おやすみ、クリスタ」
(こんなに楽しく寝るのは久しぶりだなぁ)
クリスタは横にいるぺトラの体温を感じながら瞼を閉じた。気付かないうちに深い眠りに落ちていた。