進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

4 / 92




第2話、初戦

 850年5月、ウォールマリア内トロスト区南東50キロ地点

 

(なんか嫌な感じね)

 第55回壁外調査に参加中の調査兵団兵士ぺトラ・ラルは、不吉な予感を覚えていた。

 

 荷駄隊の幌馬車1両が脱輪したため、修理を行う間、自分達5名の兵士が護衛についたのが、つい10分前の事だ。ここは低い樹木が多い雑木林だった。アンカーを撃ち込む場所が必要な立体機動装置本来の性能を発揮できない地形である。林の中で視界が悪いのは巨人達も同じなので決定的に不利な地形というわけではなかったが、それでも安心できそうになかった。

 

 調査兵団はそれほど資金に恵まれているわけではない。王国が保有する三つの兵団を人数規模で並べるなら軍団規模の駐屯兵団、旅団規模の憲兵団、連隊規模の調査兵団という事になり、予算は割り当ては最小である。その上、巨人との戦闘で人員物資の消耗が激しい部署だからだ。それゆえ可能な限り補給物資は持ち帰りたい処だが、上官のリヴァイ兵長からは巨人の襲撃がある場合は、退避を優先するように命令を受けていた。

 

 昼過ぎには別の索敵班との消息が途絶えた。恐らく巨人に襲撃されて全滅したものと思われた。巨人達の姿は見えないが確実に近くにいるのだ。

 

(まだ直らないの? 早く本隊に戻らないと……)

すでに夕暮れ時、周囲の視界は落ちてきていた。いつ巨人達が現れるか分からない焦燥感の中、時間だけが過ぎていく。

 

 突如、周囲の雑木林から鳥達が一斉に飛び立った。そして聞こえてくる地響き。巨人達の足音だった。

 

「作業中止っ! すぐに退避に取り掛かりなさいっ!」

 ぺトラは荷駄隊の兵士に命令した。

「し、しかし、もうまもなく修理は終わります」

荷駄隊の兵卒の一人が答える。

「いますぐ退避しなさいっ! 巨人達に食い殺されたいの?」

「は、はい」

兵士達はようやく馬に乗り始めた。

 

 雑木林の間から巨人達が次々と姿を現した。その数、10体、いや20体、さらに増えて30体を越す大群となった。

 

「なんなんだよ!? この数!?」

 部下の一人は呻いた。巨人の半数以上は3m級だが、7m級に加えて、最も脅威となる15m級が1体混じっていた。この辺りの地形は雑木林で背丈は数mほどで立体機動には向かない。2、3体だけならともかくこれだけ数はとても捌き切れないだろう。

 

 パニックを起こした荷駄隊の兵卒達は、各々が無我夢中で逃げ始める。縄に絡んで転んだ者、衝突して落馬したものも出た。統制は全く取れていない。

「落ち着いてっ!」

ぺトラは統制しようとするが、混乱は収まる気配はない。

「もうだめだ……」

ぺトラ配下の兵士達もパニックが伝染し各々が潰走しはじめた。こうなると組織的戦闘は不可能だった。

 

 惨劇が始まった。巨人達に捕獲されて頭から丸齧りされる者、胴体を引きちぎられて内臓をぶちまけたまま、下半身の方から食べられている者。

 

 乗り手を振り落としてパニックに陥った馬がぺトラに突っ込んできた。衝突の弾みでぺトラは振り落とされ地面に叩きつけられる。ぺトラの乗馬も錯乱が伝染したらしく勝手に逃走していった。

 

「!?」

 立ち上がったぺトラの目の前に迫る7m級巨人。とっさにワイヤーを巨人の斜め後方の樹木に打ち込み、立体機動装置を使って跳躍。さらに空中でワイヤーを別の樹に打ち込んで方向旋回、ガスを吹かして上昇。7m級巨人の背後に飛翔する。

 

「ここよっ!!」

 ぺトラは幾たびの死地を潜り抜けてきた経験と訓練の成果を存分に発揮した。二対の刀を両手に持って7m級巨人の延髄をV字型に切り飛ばす。その巨人は地響きを立てて崩れ落ちた。

 

 巨人は頭を吹き飛ばされても数分で再生し、不死身に近い肉体を持つ。その唯一の弱点が延髄の縦1m、幅10cmの部分だった。ここを削ぐ様に切り裂くと巨人は死ぬ。過去に人類が膨大な犠牲を払って突き止めた貴重な情報だった。

 

 さらにぺトラはガスを吹かして再度方向転換。3m級巨人の背後に回り込み、延髄を叩き切って潰す。巨人2体を討伐した。

 

(やったっ! えっ!?)

 喜んだのもつかの間、木に撃ち込んでいたワイヤーが急に跳ね飛んだ。ぺトラはバランスを崩して遠心力で振り回された。低い樹木の細い幹は強度が低く、ぺトラの無理な機動でワイヤーの固定が外れてしまったのだった。

 

「ぐっ!?」

 体を地面に打ちつけながらも受身を取って回転しながら着地した。なんとか起き上がり辺りを再度見渡してみると、ぺトラの周りに10体以上の巨人が迫ってきた。

 

 馬は無く走って逃走することは不可能、駆けっこをして巨人に適う訳がない。調査兵団の最精鋭リヴァイ兵長の指揮の下、高い戦闘力を持つぺトラでもこれだけの数を同時には捌き切れない。笑みを貼り付けた巨人の群れがじりじりと迫ってくる。

(ああ、お父様、お母様……)

ぺトラの心は絶望で占められていった。

 

 

 そのときだった。突如、甲高い空気を切り裂く音が鳴り響いた。ぺトラの目の前にいた7m級巨人の後頭部が炸裂した。7m級巨人は前のめりに倒れこんだ。体から蒸気が上がり気化が始まっていた。再生することなく絶命に至っている。巨人の弱点である延髄を粉砕する砲撃だった。恐ろしいまでの正確な狙撃精度と威力だった。ライフル程度では巨人に対しては無力であり、大砲も精度が低くて牽制ぐらいしか役立たないというのが、この世界の常識だった。それがぺトラの前では完全に覆されていた。

 

 次に最も脅威だった15m級巨人の頭部、顎から上の部分が炸裂して吹き飛んだ。15m級巨人は足元の3m級巨人数体を下敷きにして大きな地響きと共に倒れていった。

 

 木陰より赤い人影が猛スピードで突進してきた。いや、全身を真っ赤な鎧で包んだ騎士だった。その騎士は桁外れの巨大な戦斧(バトルアックス)を構えていた。比率を考えれば巨人が扱う方がしっくりくる程の巨大な斧である。斧もまた揃えたように真っ赤だった。

 

 巨人達は赤い騎士の出現には気付いていない。背後から完全な奇襲だった。赤い騎士は立体機動装置すら使う事なく軽々と跳躍する。空気を切り裂く旋風と共に戦斧が舞った。7m級巨人の首が宙に舞う。首を失った7m級巨人は前のめりに倒れた。

 

 赤い騎士はそのまま3m級巨人の群れの中に突っ込み、着地と同時に戦斧を一閃。首を叩き切られた3m級巨人の頭部がごろりと地面に落ちる。赤い騎士は戦斧を軽々と振り回して、巨人達の体を次々に叩き潰していく。倒した巨人の骸を一種の障害物となし、敵中にあっても囲まれる事を巧みに避けていた。立体機動装置を用いる自分達とは違う戦い方だが、卓越した戦闘技量の持ち主だという事は分かった。

 

 全身を覆いつくす鎧、巨大な斧、いずれも相当な重量があるはずだが、赤い騎士は踊っているかのように軽やかにステップを踏んでいた。さらに遠距離からの精密狙撃も加わって巨人達は次々に討伐されていく。

 

「すごい……」

 調査兵団で何度も戦ってきた事で、ぺトラは巨人の強さを身に染みて知っている。その巨人達が赤い騎士の前では一方的に狩られる存在となっていた。

 

(この人、強い……、桁外れに強い。でも巨人の弱点を知らないみたい)

 一見、赤い騎士が巨人達を一方的に蹂躙しているようだが、半数以上の巨人は、致命傷となる延髄への攻撃を受けていない。巨人達は驚異的な回復力を持つ。たとえ頭部が粉砕されても数分で再生させるほどだ。

 

 頭を潰されて地面に倒れていた15m級巨人が頭部を再生しながらゆっくりと立ち上がろうとしている。それを見た赤い騎士はしばし躊躇しているようだった。

 

「うなじっ! うなじを狙ってくださいっ! 巨人はうなじを潰さないと何度でも再生しますっ!」

 ぺトラは巨人の弱点を赤い騎士に伝える。赤い騎士はこちらを一瞥する。ぺトラは念の為、ジェスチャーで首の裏側を切る仕草をした。赤い騎士は頷いたように見えた。誰かに話しかけているような仕草をする。

 

 赤い騎士は戦闘を再開、再生中だった巨人達を今度は延髄を潰してしっかりと止めを刺していく。ぺトラの助言は伝わったようだった。

 

 頭部の再生を終えて再び立ち上がった15m級巨人。その後頭部が炸裂した。延髄を潰す砲撃だった。再び地響きと共に倒れ込む15m級巨人。今度は再生することなく絶命に至っていた。

 

(それにしてもどこから撃ってきているの?)

 やや落ち着いてきたぺトラは周囲を見渡した。砲撃してくる方角はおよそ見当はつくが、その大砲がどこにも見当たらない。ぺトラは兵士として大砲の扱う訓練を受けていた。直ぐには判断できないが、大砲の砲撃音が聞こえないという事で、かなりの遠距離から撃ち込まれているという事は想像できた。

 

 数分の経たずして出現した巨人の群は全滅していた。斃れた巨人達の体からは濛々と蒸気が上がり、鼻をつく腐敗臭が漂ってくる。赤い騎士は斧を振って巨人達の気化を始めていた肉片を飛ばす。ゆっくりとぺトラの方に近づいてきた。

 

 女の甲高い声が響いてきた。

「……」

ぺトラは相手の言葉が全く理解できなかった。赤い騎士は何度か意味不明の言葉を繰り返した。

 

「こんにチわ。だいジョウぶですカ?」

 変なイントネーションだったがようやく意味の有る言葉が聞こえてきた。

「あ、ありがとうございます。あの、あなたは……」

「……」

赤い騎士はしばらく考え込んでいるような仕草をする。

 

「一つ聞きたい事がある。この世界には食後にはグリーンティーが出るのかな?」

 今度は流暢な言葉だった。ただ言葉は理解できたが、質問の意味はまったく理解できなかった。

「グリーンティー? 何のこと?」

「いや、こっちの話だ。わたし達の世界のとある地域で使われている言語に似ているようだ。おかげで翻訳機が使える」

(翻訳機?)

ぺトラは頭をかしげる。赤い騎士の単語はところどころわからなかった。赤い騎士はぺトラの傍らに来た。否が応でも重量感溢れる戦斧が目につく。

 

(こんな巨大な斧を軽々と振り回すなんて!? この人、人間なの? それともまさか小型の巨人!?)

 立体機動装置無しに巨人達を殴殺する存在は人間なのだろうか? ペドラは後退りしていた。

 

「ああ、すまない。怖がらせてしまったようだな」

 そう言って赤い騎士は大斧を傍らに置くと、被っていたヘルメットは脱いだ。

「!?」

そこには赤毛のショートヘアで、端正な顔立ちの女性、いや少女といっていい容姿の顔があった。街中で見かければ愛らしい女性だろう。さきほど巨人達を斧で殴殺しまくっていたとはとても想像できなかった。

 

「わたしはリタ・ヴラタスキ。お前の名は?」

「わ、わたしはぺトラ・ラル。調査兵団の兵士です」

「そうか、少し聞きたい事がある。我々の所まで同行願えないだろうか?」

「しかし、わたしは班を預かる班長の身です。部下を助けないと……」

 リタは首を振った。

「……残念だが、この周囲2キロ圏内にいる生存者は君だけだ。無事に逃げ切ったのか、それとも死体となったのかどちらかだろうな」

「そ、そんな!? どうして分かるんですか?」

「わたし達は君達より優れた観測装置を持っている。残念ながら間違いはない」

リタはきっぱりと断言する。

「そ、そんな……。全滅だなんて……」

せっかく憧れのリヴァイ兵長に引き立ててもらって班を任されていたのに、これでは会わせる顔がなかった。確かに初陣の隊員も2人いて経験不足だったことは否めない。それにしても敵の数が多すぎた。

 

「もうじき日が日が暮れる。夜間の移動は危険だと思うのだがな。悪いようにはしない。食事と寝床は用意しよう。明日になってから戻ればいいだろう」

 リタの言うとおりだった。既に日が暮れており、まもなく辺りは暗闇に包まれるだろう。巨人がどこに潜んでいるか分からない壁外の荒野を一人で徒歩で移動するのは危険を通り越して無謀とも言えるだろう。巨人達は夜の動きが鈍いとはいえ、人を見れば襲い掛かってくるからだ。

「わかりました。それではお願いします」

「では付いてこい」

リタは兜を再び被ると早足で歩き始めた。ぺトラは後ろから付いていく

 

(リタ・ヴラタスキ? 聞いたことのない名ね。これだけ凄腕なのにね)

 赤い騎士の話は聞いたことがなかった。それにここウォールマリアは壁外――巨人達の領域である。とても人類が生息できる領域ではない。ウォールマリア陥落以降、4年間、ずっと隠れ住んでいたのだろうか?

 

(さっきの砲撃、甲高い音が聞こえたけど、あれ、大砲じゃないよね。大砲にしては音が小さかったし……)

 リタは斧以外に武器らしきものを持っていない。リタは『我々』と言う以上、仲間がいるようなので、そのうちの誰かが砲撃したのだろう。それにしても驚異的な命中率だった。ペトラの助言以降、全弾、巨人の弱点である延髄を撃ち抜いている。よほど優秀な狙撃手なのだろうか? ペトラはよく分からなかった。

 

 森の木陰から背の低い人影が現れる。樽のような丸い体型、人ではなく大蜥蜴のような動物だった。

「!?」

ペトラは驚くがリタは平気なようだった。

「心配するな。我々の忠実な下僕だ。お前達でいう馬みたいなものだ」

馬と言われてペトラは納得する。リタの使役動物なのだろう。リタが指で指図すると先に歩き始めた。思ったより賢い動物なのかもしれない。

「連れはタマと呼んでいる」

「タマ……ですか?」

「もっとも馬というより生体戦車といったところかな」

(戦車?)

リタの言葉にはところどころ意味不明の単語が混じっていた。

 

「リタ、あなたは調査兵団の兵士ではないですよね。どうして、ここに? ここは巨人達が徘徊する場所ですよ」

「そのようだな。わたしも巨人なんてものを先ほど初めて知った」

 ペトラは余計困惑した。巨人を知らないという事があるのだろうか。しかし、先の戦闘はリタは当初確かに巨人の弱点を知らなかったようだった。ペトラが教えてから延髄を狙うようになった意味もそれで筋が通る。

 

「き、危険すぎます!」

「そういう君もここにいるじゃないか?」

「わ、わたしは調査兵団の兵士だからです。壁外調査の最中です」

「壁? なるほど、壁なら巨人の脅威から身を守れるという訳か?」

「え? あ、はい」

(まさか、この人、壁の事を知らない? どうなっているの?)

 ぺトラには疑問だらけだった。

 

 ぺトラの視界はかなり暗くて見えにくくなっていた。月明かりもなく木々の間から見える星空だけが唯一の明かりだった。にもかかわらずリラは颯爽と歩いていく。遅れないように付いていくのがやっとだった。




【あとがき】
ぺトラは初の班長に抜擢されたという設定です。

リタ達が最初に接触したのはぺトラでした。ぺトラはリタと出会ってしまった事で、今後の行動に最も変化が出るキャラクターという事になります。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。