捕獲していた被験体巨人が殺され、トロスト区の実験場に向かうハンジとペトラ。そこには中央第一憲兵団が出張ってきていた。
一方、壁外の敵巨人勢力も動き出します。
第38話、隠密指令
(side:ペトラ)
ぺトラはハンジと共に騎馬を駆って、トロスト区の捕獲巨人の実験場へと駆け付けた。
現場に着くと、兵士達の人だかりが出来ている。立入禁止の札が付いたロープを張ってあり、中で現場検証しているのは憲兵団のようだった。
先に現場に来ていた副分隊長のモブリット・バーナーがハンジ達に声を掛けていた。
「ハンジ分隊長! あいつら、私達にも現場に近づくなと言っています」
「何言ってるんだ? ここはわたし達の実験場じゃないか?」
「そうは言ったのですが……。それと私が見つけた時は、遺体は喉首を切られた状態でした」
「二人ともか?」
「はい」
「……となると、殺しのプロの
「私もそう思います」
ハンジの問いかけにぺトラも同意した。一人は背後から襲われて喉を掻き切られたのだろう。抵抗する暇もなかったようだ。もう一人もあっという間に殺されたところを見ると相当の凄腕のようだった。
ハンジ達が近づくと巨人の大きな亡骸がある。気化がかなり進行しており、骨が崩れ始めている。
「ソニー!? ビーン!? な、なんて事だ!?」
ハンジは捕獲巨人に付けていた名前を叫びながら駆け寄ろうとした。
「おい、調査兵。現場を荒らす気か!?」
「勝手に近づくな!!」
憲兵団の徽章を付けた二人がハンジの前に立ち塞がった。
「わたしはこの実験場の責任者だ。無関係な部外者とは違うだろ!?」
「駄目だ! これは殺人事件、つまり我々の仕事だ。まあ、犯人は巨人が憎くて仕方なかったんだろ? もっとも巨人を憎くない人間なんて少ないから容疑者を絞るのは大変だろうがな」
「……そんなわけないだろう?」
ハンジが腹の底から搾り出すような凄みのある声で抗議した。
「何だと!?」
「これは組織的な犯行だ。巨人の生体調査を妨害する目的で行われた殺しのプロによる犯行だ。巨人を殺すのだって、立体機動装置を使わなければ出来ない事だ。それだけでも犯人はかなり絞れるだろう?」
「ごちゃごちゃうるせーな。貴様!?」
やや老けた憲兵はハンジをぎろっと睨み付けた。その憲兵は後にジェル・サネスと名乗った。
「貴様、どこの所属だ?」
ハンジの襟首を掴んだ手をモブリットが抑えた。
「第四分隊分隊長のハンジ・ゾエ。副分隊長のモブリット・バーナーです」
「はん、組織が小さいと大層な階級も虚しく聞こえるな」
「くくっ、違いない」
憲兵団の相棒が嫌らしく笑っていた。
「お前らの仕事はどうした?」
サネスが威嚇してきた。
「な?」
「お前らは、壁の外で人を減らすのが仕事だろ? 今回は新兵が多いらしいから大勢減らしてくれる事を期待しているぜ。いっそ壁の外に住んだらどうだ? お前らに食わす税金が省けて助かるぜ」
サネスは嫌味ばかりを並べてきた。
(なんなの? この憲兵!?
少し離れた位置にいるぺトラにもハンジ達のやり取りは聞こえていた。
「いいか、調査兵! これは巨人が人を殺したんじゃない! 人が人を殺したんだ! 俺達はこういう仕事を何十年もこなしてきたんだ。事件現場から犯人にたどり着いた経験など無いくせにでしゃばるなっ! さっさと巨人の数でも数えてこいよ!」
「……」
ハンジとモブリットは罵倒されて立ち尽くしていた。
「ビビらせすぎちまったか? おいおい、歩けるか?」
「中央第一憲兵団?」
ハンジはその憲兵の胸の徽章に気付いたようだ。通常の憲兵と異なり親衛隊ともいうべき中央第一憲兵団は徽章の上に独特の紋様が付いている。
「ああ、そうだ。俺は中央第一憲兵団のジェル・サネスだ。憶えておけ!」
「なぜ王都の憲兵団が最南端のトロスト区に?」
「どうりで妙に歳を喰っていると思ったら」
「あん? そんなに不思議か? 巨人の襲撃直後で治安が乱れて兵士が足りない状況だろうが。貴様らみたいな役立たずと違って、俺達は忙しいんだよ。着いて早々こんな面倒事だからな」
「……タイミング良すぎだろ?」
「なんだと?」
「ハンジ分隊長! 駄目です」
怒り心頭のハンジをモブリットが必死に押さえていた。
「くそっ!」
ハンジは毒づきながらも退散するしかなかった。
結局、ハンジ達調査兵団技術班は中央第一憲兵団に追い払われて現場に立ち入る事ができなかった。ハンジとぺトラは調査兵団が借り上げている近くの民家に入り、その3階で密談することにした。モブリットには状況を調査兵団本部に伝えるよう託をして体よく人払いしている。
携帯電話を使ってリタを呼び出す。リタは一昨日から戦車部隊(装甲車、生体戦車3体)を伴って、
「わかった。巨人の生体調査を妨害するという意味ならハンジや君達技術班が狙われている可能性もある。とにかく慎重に行動してくれ」
「はい。それで例の索敵網でなにか発見できましたか?」
「いや、特に異常はない」
「という事はやはり中の敵でしょうか? わたしは中央第一憲兵団のサネスが絡んでいるような気がします」
「いや、君の言うようにその男が怪しいようだが、証拠がない以上、決め付ける事はできない。また何か変化があったら連絡をくれ」
「はい、では」
リタとの会話を終了すると、ハンジに声をかけた。
「リタの方は異常無しという事です」
「そうか……、まさか捕獲した巨人を殺しにくるとは……。貴重な被験体なのに! なんてことするだっ!」
ハンジはさきほどのサネスに侮辱された事がよほど腹が立っているらしい。
「リタはハンジ分隊長や技術班が狙われる可能性もあるといっています」
「そうだな。今日のところは敵にしてやられた。だが絶対にこの借りは返す!」
「そうですね。この犯人が中央第一憲兵団なら奴らこそ人類の敵ですね」
「まったくだ!」
ハンジとぺトラは3階で、中央第一憲兵団の現場検証(実際は証拠隠滅だろうとぺトラ達は推測)を待つことにした。
……
半時間ほど経過したときだった。リタから電話が掛かってきた。
「はい、
「緊急事態だ! 例の索敵網で知性巨人と思われる個体群の移動を確認した。シガンシナ区方面に出現後、一直線にウォールローゼに向かっている。おそらく敵の偵察部隊だろう」
「なっ!?」
ついに敵巨人勢力が動き出したのだ。トロスト区侵攻部隊が全滅し連絡途絶となれば、状況把握のため偵察部隊を繰り出してくる。これは前もって予想されていたことだった。
ぺトラはハンジを手招きして、二人でリタの話を聞く事にした。
「わたしの戦車部隊は引き続き、敵の後続の警戒にあたるので動けない。敵は二手に分かれている。一群はカラネス区方面、もう一群はクロルバ区方面だ。カラミティ2、3を指揮官として特別作戦班を編成、迎撃に当たってもらいたい。
ハンジは分隊長としての役割があるので、隠密作戦には向かなかった。
「
”球”とは隠語で、研究棟で隠匿している
「そうだ。したがって
「了解しました」
「カラミティ2にはわたしから指示を出しておく」
リタからの秘密結社独自の作戦命令が下った。ペトラは任務の重要性をよくわかっていた。敵巨人勢力の偵察部隊を生きて返せば、次は敵の大規模な侵攻を招くだろう。トロスト区を襲った敵の数倍、いや数十倍規模かもしれない。そうなれば人類滅亡に直結する事態である。
「ペトラ、頼んだよ」
事情を知っているハンジは余計な事を言わない。ペトラは出撃準備を整える為、研究棟に急ぎ戻る事にした。