なお、リタは壁外にて敵状偵察を継続中です。同時に司令塔の役目です。シャスタ、ペトラとは通信機で交信可能。
(side:アルミン)
(一体何事なんだろう? 戦闘待機って……、こんな時に訓練とも思えないし……)
調査兵団研究棟2階の小会議室には、アルミン・クリスタ・ミカサの3人がいた。さきほど先輩のシャスタがペトラからの伝言として、戦闘待機するように伝えてきたのだった。同時に保管庫に預けられていた各自の立体機動装置を持ち出してきて、装着するようにも言われていた。
シャスタは兵士訓練は受けていないそうだが、ハンジ・ペトラからの評価は高く、優秀な技術者らしい事は聞いていた。医療技術にも秀でており、重傷だったはずのミカサを1週間ほどでほぼ完治させるほどである。
(捕獲した巨人を殺した連中は巨人勢力とつながりがあるのか……、それとも……)
今朝方起きた事件は、敵側の破壊工作活動だろう。次に狙われるのは調査兵団関係者かもしれない。
「アルミン、ペトラ先輩達、大丈夫かな?」
クリスタが憂いた表情で訊ねてきた。
「ペトラ先輩は、まあ、強い人だから大丈夫だと思うよ」
アルミンはそう答えたものの実は不安だった。調査兵団の精鋭であるペトラだが、敵は手段を選ばない奴らだ。闇討ちや一般人を巻き込んでの爆弾攻撃もあるかもしれない。そうなればいかにペトラと言えども危ないのかもしれない。
「うん、そ、そうだよね」
クリスタは何か奥歯に物が詰まったような言い方をしていた。ちらちらとミカサに視線を飛ばしているところを見ると、ミカサが気になっているようだった。一方、ミカサは淡々と自分の立体機動装置の点検をしている。問題がない事を確認した後、装置を装着しはじめた。
(どうしてクリスタはミカサの事が気になっている?)
アルミンはクリスタの慮るところがよく理解できなかった。
立体機動装置の装着が終わった頃、シャスタが部屋にやってきた。シャスタは裁縫ハサミを手に持っている。
「ペトラさんがもうすぐ戻ってきます。みなさんの兵服の徽章ですが、外してもらえませんか?」
「どうしてですか?」
「これもペトラさんから指示です。これからみなさんは特別任務に参加してもらう事になるからです」
「特別任務?」
アルミンはクリスタ、ミカサと互いに顔を見合わせた。クリスタもミカサも怪訝な表情を浮かべている。
ハンジ分隊長の技術班は技術開発だけでなく、諜報活動のような事をすると聞かされてはいた。自分達はその秘密部隊に配属された事は知っているが、まだトロスト区防衛戦から10日ほどしか経っていない。
「あまり時間的余裕はありません。お願いします」
シャスタは普段から物腰低い姿勢だった。
「わかりました。じゃあ、言われたとおりにします」
ミカサはシャスタからハサミを受け取るとすぐに作業に取り掛かった。ミカサに続いてアルミン達も兵服の徽章を外す事になった。
しばらくして馬の戦慄きが聞こえてきた。ペトラがトロスト区の実験場から戻ってきたようだった。ほどなくして会議室のドアが開き、ペトラが駆け込んできた。
「ペトラさん、おかえりなさい」
「全員そろっているようね。その前にあなた達の意思を確認させてもらうね」
ペトラは新兵のアルミン達を見渡した。
「どういう事でしょうか?」
「今回の特別任務は相当危険だと思う。だから志願者のみにする。無理強いはしないわ。最悪戦死の可能性だってあるから。降りるなら今のうちよ。話を聞いたら拒否する事は認めない」
「わたしは参加します。エレンならそうしたから」
「……僕は参加します。兵士になると決めた時から人類の為に心臓を捧げる覚悟を持っています」
「わたしも参加します」
アルミン、クリスタ、ミカサの3人とも志願した。
「ミカサ、身体は大丈夫? 本当に無理しなくてもいいのよ」
「大丈夫、問題ないです」
ミカサは淡々と答えた。腹筋できるぐらいに回復しているから訓練兵最下位のアルミンよりは働きがいいかもしれない。
「シャスタ、ミカサの身体はどうなの?」
「昨日まで病棟にいた事もあって、体力は落ちていますが、それ以外は問題ないと思いますよ」
ミカサの医療担当者であるシャスタも許可を出していた。
「そう……、じゃあ、話を続けるわ。特別任務はあくまで極秘作戦。事実は一切公表されないし、この作戦中の出来事は決して口外してはならない。それに仮に戦死したとしても訓練中の事故死という事になるわよ。それでもいいのね?」
「……」
どうやらかなり危険な任務のようだった。もっとも自分達は巨人と戦う為に兵士になり、調査兵団に入団したのだ。いまさら怖気づいたりするわけではない。
「兵士になると決めた以上、危険は覚悟の上です。大丈夫です。話を続けてください」
ミカサはハッキリと答えた。
「そう、わかったわ」
ペトラはアルミン達新人の顔を見渡して、意思の確認をしたようだった。
「じゃあ、状況を説明するわ。シャスタ、地図を」
「はい」
シャスタは会議室の脇にある地図をテーブルの上に広げた。トロスト区を中心とする南方方面の地図だった。そしてチェスの駒をいくつか取り出してペトラに手渡していた。
「情報の出所は言えないけれど、極めて確度の高い情報よ。本日朝方、シガンシナ区方面に巨人の群れが出現」
そう言いながらペトラは複数の駒をシガンシナ区のところに置いた。
(シガンシナ区……。5年前まで僕達の故郷だった街……)
アルミンは複雑な想いで地図上の街を見つめた。
「この群れは二手に分かれて、それぞれ一直線にウォールローゼを目指している。一つはカラネス区方面、もう一つはクロルバ区方面」
ペトラは続けて駒を倒して置き、敵の進行方向を表した。
(ど、どうしてこんな離れた場所の巨人の群れの動きがわかるの?)
アルミンは驚いた。シガンシナ区はトロスト区の南方100キロ近い場所にある。その間の100キロ――ウォールマリアは巨人達の領域であり、人が立ち入る事のできない場所だった。普通に考えれば人外領域の遥か彼方の敵の動きがわかるはずがなかった。
(そ、そうか!? もしかしてユーエス軍!?)
この情報をもたらしたのが謎の壁外勢力”ユーエス軍”ならば在り得る話だった。アルミン達はトロスト区防衛戦において、ペトラ達先輩からは鎧の巨人を始めとする知性巨人を倒したのは彼らの特務兵であると説明を受けていた。
「”ユーエス軍”ですか?」
「アルミン、今は質問を許可していないわ。最後まで説明を聞きなさい!」
ペトラに叱責されてしまった。
「はい、すみません」
「じゃあ、続けるわ。これら巨人の群れは動きからして知性巨人の可能性が高い。おそらくはライナー達と同じく巨人化能力を有する者でしょう。奴らは”戦士”を自称しているけどね」
「くっ!」
アルミンの横にいるミカサから歯軋りが聞こえた。横目でみればミカサの瞳には激しい憎悪が宿っている。無知性巨人達を操る敵勢力はエレンを死に至らしめた真犯人だからだ。いわばエレンの真の仇と言える。
「クロルバ区方面は2体、カラネス区方面は3体以上と推定されている。小規模なのはおそらく敵の偵察部隊だからでしょう。無知性巨人が動かされている形跡も確認されていないからね。これに対してハンジ分隊長はわたし達特別作戦班に迎撃を命じています。敵の動きに呼応して特別作戦班を2班編成します」
「……」
クリスタも緊張した面持ちでペトラの話を聞いていた。
「カラネス区方面の担当はシャスタ」
「はい」
シャスタは既に知っていたようで特に驚く事もなく引き受けた。
「シャスタの補佐はミカサ、あなたよ」
「はい」
ミカサは迷う事無く引き受けた。
「シャスタ、例の”荷物”についてはミカサと二人になったときに説明してあげて」
「はい」
シャスタの班には、なにか特別な兵器が配備されるようだった。機密保持の関係でアルミンやクリスタにも知らせるつもりはないようだ。機密保持の原則は知る人だけが知ればいいという事である。
「クロルバ区方面はわたしが受け持つ。補佐はクリスタ、アルミンとします」
「はい」
「了解です」
クリスタは即答する。なぜかクリスタは口元が少し緩んでいた。アルミンにはその意味がわからなかった。
「本作戦の目的、それは壁内に侵入してきた奴らを抹殺し、
「は、はい……」
クリスタとミカサは緊張しながらも頷いていた。
「ここまでで何か質問は?」
「こ、ここにいる5人だけで、この作戦を実行するのですか?」
アルミンは敵に対してあまりにも戦力が少なすぎると思ったのだった。知性巨人相手に2人ないし3人で対処するというのだから。鎧の巨人の例でも分かるように知性巨人の強さは尋常ではない。知恵を持つ分、その討伐は極めて困難だろう。
「そうよ」
ペトラはあっさり肯定する。
「なぜですか? 調査兵団や駐屯兵団には熟練の兵も多く居ますし、そちらの協力を仰ぐべきではないでしょうか?」
「まず団長と兵士長は内地にいて指示を仰ぐ時間はない。それはわかるわね?」
「はい」
エルヴィン団長とリヴァイ兵士長は内地の改革派貴族や有力者を回って支持の取り付けに奔走しているようだった。軍備増強は喫緊の課題であり、そのためには資金援助も必要だからだろう。
「そして何よりも内の敵――中央第一憲兵団のスパイがいるからよ。調査兵団の中にも駐屯兵団の中にもね。内の敵が外の敵と通じている可能性だってある」
アルミンは改めてペトラ達の慎重さに驚かされた。内の敵と外の敵が通じているという最悪の可能性も考慮にいれているのだった。確かに今朝方の巨人被験体殺害事件を考えれば、ないとは言い切れない。
「それに知性巨人が相手なら対知性巨人戦闘を想定していない兵をいくら揃えたところで意味がない。知性巨人の倒し方はアルミン、アナタがよく知っているはずよ」
ペトラの言葉にアルミンはハッとする。かつての
「奴らが人間体でいるうちに首を刎ねる……ですか?」
「正確には巨人化する暇を与えず、殺害するという事になるわね。頭を潰せばいいという事は既に証明済みよ。また仮に撃ち漏らしがあって巨人化された場合の対応についても考慮しているわ」
「……」
「一体ならともかく複数の敵をどうやって一撃で倒すかだけど、それについては考えがあるのよ。シャスタ」
ペトラに促されて、シャスタが前に進み出た。
「試作銃を使います。ペトラさんは使い方を知っているので詳細は省きますが、その銃一丁で、兵士2個班分の一斉射撃に匹敵する威力があります」
「銃一丁で兵士1個班!?」
アルミンは驚いた。兵士10人程のライフル銃の一斉射撃に匹敵する銃。現在の軍事常識では考えられない事だった。
(そんな銃が存在するなんて!? そ、そうか!? まさか、その銃を作った人がシャスタ先輩!?)
兵士訓練を受けていない技術者のシャスタが特別作戦班に加わる事自体が異例ともいえる。となると試作銃や新兵器の開発に深く関わっていると考えるのが自然だろう。
「対人戦に使われたら、とんでもない事になるのはわかるよね。中央第一憲兵団に知られたら間違いなく制圧対象になるでしょう」
ペトラが横から口を挟んだ。
(確かにそうだ。そんなものがあれば軍事バランスが崩れる。巨人相手ならともかく人間相手に使われたら……。だから絶対に極秘なのか!)
アルミンにもこの作戦が極秘である必要性がわかってきた。知る人数が少なければ少ないほど秘密は守れるのだから。
「敵の壁内侵入は日が暮れてからと予想される。それまでに配置につく事。ではこれより班毎に分かれて出陣準備に取り掛かりなさい!」
「「「はい!」」」
3人は力強く応答する。
「アルミン、待って!」
部屋を出る直前、アルミンはミカサに呼び止められた。クリスタも脚を止めてアルミン達の様子を見ている。
「無事に帰ってきて! お願いだから死なないで!」
ミカサは悲痛な表情を浮かべている。無理もない。エレンの件があってまだ10日しか経っていないのだ。
「うん、ミカサこそ気をつけて! ミカサの東班の方が敵は多いから」
「……」
ミカサはもちろんとばかりに頷いた。アルミンはさきほどから気になる事があった。ミカサが纏っているマフラーは新品のように綺麗になっていた。エレンからもらった大切な贈り物といっていた赤いマフラーは、かなりボロボロになっていたはずだった。新品に換えたのだろうか?
「み、ミカサ。そのマフラーは?」
「ん? これ、シャスタに新調してもらった」
「シャスタ先輩に……」
「あのマフラー、瓦礫に埋もれたとき、わたしを守ってくれたと思う」
アルミンはトロスト区防衛戦でミカサが救助された時のことを思い出した。あのマフラーは埃まみれになって生地が裂けてもう使い物にならなくなったようだった。
「そ、そうか、よかったね」
以前のミカサなら、どれほどボロボロになってもエレンのマフラーは絶対に手放さなかったはずだ。ミカサは思考が少し柔軟になったようだった。もっとも哀しみは癒えていないだろう。
「アルミン、クリスタ! 早く来なさい!」
ペトラが呼んでいた。
「じゃあね、ミカサ」
「クリスタも無事でね」
「ミカサこそ」
短く別れの挨拶を交わして、アルミンとクリスタはペトラに付いて行く。こうしてアルミン達は出撃準備の取り掛かった。
【班編成】
・ペトラ特別作戦班(西側:クロルバ区方面)
班長:ペトラ
班員:アルミン、クリスタ
特殊兵器:
・シャスタ特別作戦班(東側:カラネス区方面)
班長:シャスタ
班員:ミカサ
特殊兵器: