”荷物”を連れて敵(巨人勢力)の偵察部隊を待ち受ける事になった。
(side:ミカサ)
西の空に浮かぶ雲が夕日に彩られた頃、カラネス区(東端の城塞都市)に近い壁際の寂れた村の近くに、一台の幌馬車がやってきた。シャスタ達の特別作戦班の馬車である。
「先輩、目的地に着きました」
「……」
シャスタからは応答がない。ミカサが幌の中をのぞくとぐったりとした様子のシャスタが転がり落ちてきた。とっさにミカサは彼女を受け止めた。
「ううっ~! き、気持ち悪いですぅ」
シャスタは揺られる馬車で車酔いになってしまったのだった。長時間、馬車に乗るのは初めてと聞いていたが、ここまで酷いとは意外だった。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃないですぅ」
シャスタは立ち上がるのもやっとのようだった。ミカサは肩を貸してシャスタを抱きかかえながら地面へと降り立った。足腰に力が全く入っていない様子だった。
(こ、こんなので、大丈夫なの?)
これから知性巨人と一戦交えるというのに先が思い遣られた。もっとも実際に知性巨人と戦闘を行うのはシャスタでもなければミカサでもない。幌馬車に乗せている”荷物”の方である。
研究棟を出発する直前、ミカサはシャスタから”荷物”の正体について説明を受けている。研究棟を出発する直前、用意されていた荷馬車の荷台にその”荷物”が置かれていた。布の中身はずんぐりとした体系の大
ミカサはどこまで頼りにしていいのか判断はつかなかったが、技術者のシャスタが「対知性巨人の切り札」というぐらいだから頼もしい味方のようだった。ただ異様な外形からして人目につくことは絶対にさけるべきとの事だった。この狭い壁内世界ではすぐに噂になってしまうだろう。そういうわけで常時マントを羽織っているのだった。
シャスタがミタマに手振りで何かの指示を与えた。見張りをしていろという意味らしかった。ミタマは荷馬車から飛び降りると地面にずしんと振動が走った。相当な重量があるからだろう。短い尻尾をパタパタさせながら歩いていき、木陰に入って動かなくなった。
「しゅ、周囲の警戒はあの子に任せて……、だ、大丈夫ですぅ」
シャスタはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。
「ミカ……、いえ
シャスタはミカサの名前を呼びかけて慌てて訂正していた。作戦行動中はお互い番号で呼ぶ取り決めだった。万が一、敵に聞かれた場合でもこちらの正体を知られないようにするためである。
「あの……、
ミカサはミタマの事を聞いてみた。
「ええっと、そ、そうですね。心配されるのもわかりますが、実証済みですよぅ。夜ならこの世界では無敵だと思いますよ。あの子はどんな暗闇でも関係ないですから」
「……それって?」
「
「?」
ミカサは意味が分からず首を傾げる。
「実はですね、人間が見える光というのは限られているんです。これを可視光っていいます」
「可視光?」
「はい。あの子は可視光以外を見る事ができるですよぅ。だから夜の戦闘の方が都合がいいんです。向こうからは見えずとも、こちらからは丸見えですから。巨人の視覚は人間と同じで可視光のみを見ている事は研究結果からも判明しています」
「そ、そうですか……」
ミカサは難しい話は分からなかったが、夜の戦闘ならミタマに期待してよさそうだった。
「じゃあ、しばらく隠れていましょう」
シャスタとミカサは幌馬車を雑木林の中に入れて周囲を葉っぱや木の枝で囲み、周りから見えなくした。
……
待つこと3時間、日がすっかり暮れて辺りは暗闇に包まれる。新月の時期でかすかな星明りだけが周りをぼんやりと照らしていた。
「え? なになに?」
シャスタは不思議な言葉を小声で話し始めた。誰かと会話しているような感じだが、むろん周囲にはミカサ以外に誰もいない。独り言にしては少し奇妙だった。
「
シャスタは断言したように言う。ミカサはなぜ分かるのか疑問だったが、上官であるシャスタに従う事にした。
「
シャスタがいつ命令したかはわからないがミタマが先行して歩き始める。ミタマの尻尾にはぼんやりと光る(蛍光塗料)リングがついており、それを目印に付いて行く事になった。
前方には再び雑木林が広がっている。ウォールローゼの壁から100mほど離れた場所で、暗がりの中、星明りが途切れているラインで壁際に居る事がわかった。
「
「!?」
ミカサは目を凝らしてよく見てみると動く松明の光が出現した。複数の人間がいるようだった。距離は200m以上離れている。
「敵と思われる不審者は4人ですね。……おかしいですね。さきほどまでは彼らは確認できていませんでした。まるで地面から沸いて出てきたようです」
「地面から?」
「はい、ミタマの目は人間の出す体温をも捕らえます。誤魔化す事は不可能です。となると彼らは地下から来たという事でしょうか?」
敵は壁を乗り越えたのではなく、地下から来たようだった。
「ち、地下ですか?」
「隠しトンネルが掘ってあると考えるのが自然です。今まで発見されなかったのも納得ですぅ。壁を乗り越えるのは駐屯兵団の警戒の目もあるでしょうから。たぶん過去に何度も行き来しているのでしょう」
(なるほどね。奴ら、地下トンネルを掘っていたわけね)
ミカサは少し納得した。高さ50mの壁を一度ならずも何度も越えるとなると発見される危険性も増すわけだが、地下トンネルならその危険性はない。壁の下を掘る事は憲兵が厳しく規制しているようだが、壁外の連中には壁内のルールなど無関係だろう。
「奴らを討伐した後、トンネルの捜索も行いましょう。今は奴らを尾行することにします。こちらにはミタマが居るので、見失う恐れは少ないでしょう。もしかしたら奴らの協力者が釣れるかもしれません」
「そうですか……」
(協力者……。ようするに裏切り者というわけね。これが中央第一憲兵団につながっているとすれば……)
ミカサはアルミンのように状況分析は得意でなかったが、中央第一憲兵団が怪しい事は聞いて知っている。権力の中枢にいるものが、人類の敵とつながっているとすれば、非常に厄介だった。同時にこの悪質な敵を倒すのは調査兵団である自分達以外にないだろう。
(裏切り者めっ! 絶対に許さない!)
ミカサは裏切り者への憎しみがふつふつと湧き上ってくる。ミタマを先行させて尾行すること15分。やがて敵の4人は一軒の古びた農家にやってきた。ドアベルを鳴らし、中の住民と会話しているようだった。住民はすんなりとその4人を受け入れて農家の中に招待したようだった。
「マリア、ローゼ、シーナ。3人の女神の健在を、神の作りし偉大なる壁の祝福あらんことを。農家の住民はそう言ってますね」
「え? この距離で会話が聞こえるのですか?」
「あたしじゃなくて
シャスタはミタマとは不思議な言葉で会話できるようだった。その点は疑問に思っても仕方ない。問題は農家の住民の話した内容である。
「ウォール教ですか?」
「はい、おそらく信者の一人と思われます。でもこれで大体構図が見えてきましたね。ウォール教の末端はともかく中枢は敵とつながっている可能性が濃厚です」
「どうしますか?」
「ちょっと待ってください……」
そういってシャスタは黙り込んでしまった。何か考えているのかと思いきや、また不思議な言葉を話し出す。
「……」
横に誰かがいるような話ぶりだった。シャスタは何度か頷いた後、ミカサを手招きした。
「敵の4人は寝込みを襲って始末しましょう。農家の住民は捕虜にして尋問して吐かせるた方がいいです。拷問はしたくないですが、この世界の命運が掛かっている以上、仕方ないです」
「どうやって攻撃しますか?」
「
「わかりました」
「敵が巨人化した場合は、すぐに離脱してください。そのための
「はい」
ミカサは返事するも別の事を考えていた。
(今度は失敗しない。一撃で頭を叩き潰す)
ミカサは小型の
シャスタとミカサは敵が寝静まるのを待つことにした。夜は意外に冷えてきている。毛布で身を包み、身動きする事なくひたすら待ち続けた。