ラガコ村を見殺しにせざるを得ない理由を修正しています。
(side:アルミン)
クロルバ区(西端の城塞都市)とトロスト区のほぼ中間地点にあたるウォールローゼの壁近くに、アルミンはいた。傍らには先輩のペトラと同僚のクリスタがいる。3人は2頭の騎馬に駆って、この地へとやってきたのだった。アルミンは馬術に優れるクリスタの後ろに乗せてもらっていた。意図したわけではないが、クリスタに後ろから抱き付いていた事になる。そのせいか妙にクリスタの事を意識していた。
(僕は何考えているんだ!? これから敵との戦いが待っているというのに……)
クリスタはそんなアルミンの苦悩を知らないのか、平然としたものだった。
既に日が暮れており、周囲には徐々に夜の帳が降りてきていた。少し離れた場所には廃城となったウトガルド城がある。見張りをするなら城の尖塔でもいいのではないかと提案してみたが、ペトラからはあっさり否定された。袋小路のところにいたら、いざというとき身動きが取れない可能性があり、また城自体が盗賊のねぐらになっている噂もある。たしかに不用意な接触は避けるべきだろう。
日没後、程なくして50mあるウォールローゼの壁上を動く松明の群れがあった。トロスト区襲撃以降、警戒が厳重になった駐屯兵団の見回りである。以前は巨人が壁を登ってくるとは考えれていなかったため、巡回は一日一、二回程度だった。しかし鎧の巨人の前例でも分かるように知性巨人は壁を登る知恵と能力がある。一度でも前例がある以上、今後もないとは言い切れない。そういうわけで一日に何度も巡回が行われているのだった。
その見張りの松明が遠くに行き、見えなくなった頃、ペトラが声をかけてきた。
「敵が動き出したようね」
「えっ!? わかるの?」
「ほら、壁の上を御覧なさい」
ペトラはウォールローゼの壁上を指差す。数百メートル離れた微かな暗闇の中に動く何かが居た。しかし暗すぎるのではっきりとは見えない。やがて微かな影は壁をゆっくりと降下してくるようだった。
「
クリスタは随分積極的だった。ちなみに名前ではなく番号(コードネーム)で呼び合うのは万が一、敵に聞かれた場合でも身元を分からなくするためである。
「
「で、でも……」
「焦りは禁物よ」
さすがに歴戦の
「奴らを尾行するわ。
「はい」
「
「……了解です」
クリスタは少し気落ちしたような声で答えた。
影はどうやら二人組のようだった。星明りがなければ、完全に暗闇の中だろう。敵の二人組はウトガルド城の脇を通って北へと向かっていく。アルミン達も見失わないようにかつ気付かれないよう一定の距離を空けて尾行を続けた。
「この方向に確か村があったわね」
ペトラが話しかけて来た。
「はい、確かラガコ村です」
「そうだったわね。辺境の寂れた村に一体何の用かしら? 情報を集めるのが目的なら街の方が都合がいいと思うんだけど……」
「僕も不思議に思います」
「誰かと待ち合わせているの?」
「それもあるかもしれません」
「……」
(ラガコ村か……。確かコニーの出身の村だったよな)
アルミンは同期のコニー・スプリンガーの事を思い出した。お調子者だが根は真面目で曲がった事の嫌いな性格だ。口は悪いが仲間想いの事は知っており、エレンとはいい意味でライバルだったかもしれない。コニーの妹や弟も村にはいたはずだ。コニーから聞いた限りでは可愛らしい弟や妹らしい。
(まずいな。こんなところで巨人化されたらコニーの家族が……)
アルミンは少し不安になってきた。敵の二人組は、ラガコ村近くに来るとそこで木影に入って休息をとっているようだった。
ラガコ村では松明の明かりがちらほらと見えていた。自警団と思しき男が二人一組で村の周囲を見回りをしているのだった。村が警戒レベルを上げているのは別段不思議な事ではない。10日前のトロスト区襲撃の夜、混乱に乗じた盗賊が近隣の村を襲撃して、死傷者50人を出す大惨事が発生していたからである。盗賊を警戒しての事だろう。
(でも本当は……)
アルミンは先輩のペトラからこれは虚偽の報道である事を教えてもらっていた。事実は知性巨人の残党(1体)による虐殺である。その知性巨人は壁外に逃亡後、”ユーエス”軍が討伐したらしいとも聞いていた。
敵の二人組はどうやら村の様子を伺っているようだった。
「あのう、あいつらって村を襲うんじゃ?」
クリスタも不安な声で訊ねてくる。
「いや、それだったらもう襲っていてもおかしくない。誰かを待っていると思う。様子を見ましょう」
「……」
リーダーのペトラが傍観を選択している以上、クリスタも何も言えないようだった。
やがて敵の二人組は見張りの巡回のタイミングを見計らって、村の中央へと進んでいった。ペトラ達は尾行を再開する。敵の二人組は村の中央広場の水場へとやってきた。大きな井戸があり、ここが村人の生活用水になっているのだろう。アルミン達はいよいよ誰かを接触するのかと注意深く周囲を観察を続けた。しかし誰かが現れる気配はなかった。やがて敵の二人がもと来た道を戻り始めた。アルミン達は急ぎ物陰に隠れてやり過ごす。そして距離が離れたところで再び、尾行を開始した。
「どういう事? 偵察が目的じゃない?」
ペトラは小声で呟いた。敵の二人組は来た道を引き返して壁際へと向かっていったのだった。このままでは壁際に到達するのは時間の問題だろう。
「
「わかったわ。
「はい」
アルミンは一人、ペトラと別れて、敵の右翼側へと忍び寄る。一方、ペトラは左翼側から敵へと接近する。作戦は単純なもので、アルミンが牽制役である。護身用に拳銃を持たせてもらっているが、アルミンには撃てる自信は毛頭なかった。やはり攻撃の鍵はペトラの
敵の二人組は壁際の麓まで来るとアンカーを射出しているようだった。やはり壁外に出るつもりらしい。二人組は立体軌道装置の操作そのものがうまくないようで、壁へのアンカーの打ち込みに数度失敗していた。
その隙に忍び足で接近したアルミンは、もう一つの隠しアイテムを取り出す。石灰を詰めた袋だった。それを立体軌道装置のワイヤーアンカーの先端にくくり付け壁際にいる敵に向けて射出した。
壁に命中し、袋から石灰がばら撒かれ、敵の二人に降りかかる。
「ぐほぐほっ!」
敵の二人組は石灰を吸い込んだためか咳をしているようだった。聞いた事のない意味不明の言葉を発している。おそらく奴らの言葉で「何事だ」と驚いているのだろう。石灰が降りかかった事により白い影がくっきりと見える。これこそがアルミンの真の目的だった。夜間戦闘で見え難い敵をマーキングすることである。
連続した閃光――マズルフラッシュが煌くと同時に、高速タップを踏むような連続する銃声が鳴り響く。ペトラが放った
(い、いまのが銃撃!? なんて弾丸数だ!? どうりで先輩達が自信を持っているわけだ……)
アルミンが初めて知る連射銃だった。この世界一般に普及しているライフル銃は一発撃つごとに弾込めする必要があり、とてもじゃないが連射は不可能だ。数秒にも満たない時間で30発近い弾丸を撃ち出せるのはもはや革命としかいいようがない。一個班の一斉射撃に相当する銃というシャスタの説明は、誇張ではなく事実だったのだ。このような武器を装備しているからこそ、少人数での極秘迎撃作戦が行えるのだろう。
ペトラは
「
「はい」
アルミンは拳銃を持って近づいく。自分の持っている拳銃はこの世界標準のものなので連射性能はない。そもそもペトラの持っている銃が高性能すぎるのだった。血の匂いが鼻につく。アルミンは恐る恐るランタンに火を灯して、辺りの様子を調べる。
「うっ!?」
思わず吐き気を催すような惨状が目の前にあった。敵の二人は大量の弾丸を浴びたらしく体中から出血している。頭部にも何発も弾丸を喰らったようで、頭蓋が割れ、ピンク色の内容物が飛び出していた。頭部を破壊すれば、さすがの知性巨人も死ぬと分かっているので間違いなく死んでいるようだろう。よくよく見れば若い男女のペアだったようだ。年頃もおそらく自分達と変わらない十代半ばだろう。顔には驚愕の表情が浮かんでいた。まさか待ち伏せされているとは思っていなかったようだ。それも普通ではありえない銃弾の嵐を叩き込まれたのだからなおさらだろう。
完全な不意打ちだが、これは仕方のない一面もあった。そもそも投降を促すことは出来ない。戦士(知性巨人)を捕虜にする事自体が困難なのだ。巨人化されてしまうと通常装備で倒す事は容易でない。
「
ペトラからの叱責が飛んでくる。
「は、はい。頭部の破壊を確認。二人とも死亡は確実です」
「そう」
ペトラは近づいてくると死体に一瞥する。
「
「はい」
クリスタは離れた場所に留めてある馬を取りにいった。
「
「はい」
アルミンとペトラは死体から衣服を全て剥ぎ取る事にした。荷物も全て回収する。これは身元を隠す意味と敵勢力に関する情報を少しでも仕入れるためでもあった。アルミンが男の死体、ペトラが女の死体を担当する。死体の体液には直接触れないように注意を受けた。知性巨人の血液には悪性の病原体に相当する異物が含まれているらしい。
アルミンは敵が身に付けている立体軌道装置に注目する。自分達兵士が使っているのと同じ型で、かなり傷んだ中古品のようだった。壁外遠征で死んだ兵士から回収した可能性が高いだろう。装置の扱いが下手だったようだが、自分達でも3年間厳しい鍛錬の末に身につけれられる技能である。専任の教官もいない壁外の奴らがそう簡単に習熟できるものではないだろう。敵の潜入工作員だったライナー達は技能習得も目的としていたのかもしれない。
(情報を得られなければ敵に好き放題されていただろうな。危なかったな)
アルミンは手を動かしながら考える。敵の動きを事前に察知していたからこそ的確に迎撃体勢を取れたのだった。”ユーエス軍”からもたらされた情報のようだが、情報こそが勝敗を分けたと言えるだろう。上官のハンジはもしかしたら”ユーエス軍”と裏取引をしているのかもしれない。ペトラとアルミンは敵の死体を雑木林の中に隠す事にした。人里離れた辺鄙な場所なので見つかる可能性は低いが、それでも見つからないに越したことはない。死体の処理が終わった後、ペトラとアルミンは銃弾の薬莢を回収していた。
(それにしても……、あいつら一体何が目的だったんだ?)
いざ帰還しようとした段階になって、アルミンは一つの懸念を思いついた。この二人組の意図である。ラガコ村に向かい、村の中央広場の水飲み場に留まった後、すぐに引き返して壁外へと向かっている。となると彼らの目的は偵察ではなく、ラガコ村の水飲み場に行く事が目的という事になる。
「
「そうかもしれないわね」
「じゃあ、急いでラガコ村に戻って村人に伝えるべきでは?」
「それはできないわね。
「しかし、そ、それでは毒で村の住民が……」
もしかしたらコニーの妹や弟達に危害が及ぶかもしれないとアルミンは思ったのだ。
しかしぺトラは冷静だった。
「……そもそもどうして井戸に毒が入れられた事を知っているの?」
「えっ!? あっ、そうか!」
アルミンはすぐにぺトラの指摘に気付いた。奴らが壁外からやってきた事を通常知りえるはずがない。極秘作戦の内容を説明できない以上、村人にうまく説明できないだろう。
「それに研究棟に籠っているはずのあなたがなぜ遠く離れた場所にやってきたかを説明できる?」
「……できません。でも偽名を使って伝えれば……」
「それもできないでしょう? 仮に毒が入れられたのが事実とすれば犯人しか知りえない情報という事になるわよ。憲兵団に捕まって言い逃れできると思っているの?」
「……」
アルミンは何も反論できなかった。下手すれば自分たちが犯人にされてしまう可能性すらあるのだ。アルミンは必死に頭を回転させるがコニーの家族を救う方法が見つけられなかった。
(だめだ! 知っているのに助けることができないなんて……)
アルミンは無力感に苛まれた。
「まだ毒が入れられたとは限らないわ。とにかくこの場を早く離れましょう」
「は、はい……」
ぺトラのいう淡い期待にすがることしかできなかった。それにラガコ村の住民に接触すれば、自分達の事を知られてしまう。今後の展開を考えて自分達の存在は秘匿する必要があるだろう。敵に正体を知られていない事が最大の強みなのだから。
【あとがき】
ペトラ特別作戦班は迎撃作戦を完遂。敵の二人組を抹殺に成功しました。敵である若い男女のペアは、あまりにも不幸でした。待ち伏せされているのも知らず、ただ上官の言われたままに行動しただけですから。ただペトラも完璧というわけではなく、敵の真の目的を察知できませんでした。原作をよく知っている読者なら『ラガコ村』と聞いて想像は付くかもしれません。