進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

48 / 92
第46話、敵群見ゆ、再び

 内地ウォールローゼ南方の平原を疾走する大規模な騎馬集団がいた。行軍演習を実施している調査兵団の主力部隊である。今年度入団した新兵40名、調査兵団預かりとなっている他地区新兵約100名(選抜した志願者)、駐屯兵団から参加している野戦戦闘部隊、総勢500人にも上る大所帯だった。騎馬集団は比較的密集している。そのため軍馬の蹄の轟が想像以上に大きく、地響きを鳴らしながら突き進んでいるといった感じだった。

 

 新兵ミーナ・カロライナは、同期の仲間達と共に荷馬車に詰め込まれていた。駐屯兵団側の参加が急遽決まったため、軍馬の手配が追いつかず新兵達が割りを喰った格好だった。いや、一概に不愉快というわけではない。集まっているために仲間同士で会話がしやすかったからだ。

 

「何度見てもすごいですねぇ。これだけ大規模な騎馬軍団の進撃は初めて見ます。人類の主力部隊ここにありって感じですねー」

 サシャは周りの友軍の勇姿を見ながら感慨深げに感想を述べた。

「当然だろ? 調査兵団の最精鋭部隊が参加しているだもんな」

コニーはしたり顔で話していた。コニーの言うとおり、今日の演習には人類最強と噂されるリヴァイ兵士長を欠くもののそれ以外の調査兵団最精鋭兵士達、さらにイアンやリコといった駐屯兵団の精鋭班も加わっており、まさに強兵(つわもの)達の揃い踏みといった感じである。

 

「あっ、ハンジ分隊長の姿も見えますねぇ。どうでした、コニー? 二人っきりでお話できて」

サシャは意地悪い笑みを浮かべてコニーに話しかけた。今朝方、コニーはハンジ本人の目の前で悪口を言ったため、罰直を喰らっていたのだった。ハンジ自身は意地悪い人柄とも思えないが、兵団の規律上、罰を与えないわけにもいかないだろう。

「う、うるせーよ。大体お前が話題を振ってきたんだろうが? なんでオレばっかり……」

コニーは拗ねていた。

 

(それにしても随分と物々しい雰囲気だよね~。安全な内地を進撃しているはずなのにまるで実戦に赴くみたいな……)

 ミーナは少し怪訝に思った。今日に限っては先輩兵士達は異様に神経を尖らせているようだった。それだけでなく立体機動装置用のガス・(ブレード)、食料物資・大量の銃火器を積んだ荷馬車を伴う補給班も随伴しており、ただの行軍演習にしてはかなり異質である。

 つい2週間前にはトロスト区攻防戦があったばかりではあるが、警戒しすぎている感じがしていた。幹部連中には上層部からの特別な通達があったのかもしれない。

 

「わぁ、見えてきましたよ~。あれが噂の偵察気球って奴ですか~?」

 サシャが感激の声をあげた。サシャが指差す方角、遥か上空にポツンと浮いている物体が小さく見えていた。球皮の下に吊り下げられた(ゴンドラ)があり、そこに数人の兵士達が乗り込んでいるのが見えていた。球皮には薔薇の紋章――駐屯兵団のシンボルが艶やかに描かれていた。当初開発したのは調査兵団のハンジ達技術班であるが、その後の試験運用以降は駐屯兵団側が行っていると聞いている。

 

「マジで空に浮かんでいるなんて……」

「もう実用化されているんだな。確かにあれがあれば、遠くまで偵察可能だろうな」

 コニーやジャン・キルシュタインも初めて見る空飛ぶ乗り物に驚いている様子だった。偵察気球に関しては入団以降の座学の講義で概要は教官から教わっていた。現時点ではまだ運用ノウハウが不足しているため、試験運用の段階らしい。

 第49回壁外調査(トロスト区戦当日)では実戦証明するために、各種運用試験工程を省略して、シガンシナ区に対する空中偵察を行ったらしい。結果、気球は目的である偵察任務は達成した上にそれ以上に、当日の巨人達の異様な行動を偵察するという大きな成果を挙げている。ただ気球そのものはウォールマリア内に不時着してしまったという。通常なら巨人の支配領域に不時着した時点で生還は絶望的だが、当日は巨人達のほとんどがトロスト区に集結していたため、搭乗員は全員生還できたとの事だった。(一般兵士にはユーエス軍の事は伏せられている。ユーエス軍の事を知るのは軍上層部、王政府高官のみ) 今回の行軍演習に並行して試験運用がされているようだった。

 

「そうですよね。あれがあれば見張りが大分楽になりますよね?」

 ミーナはジャンに聞いてみた。

「そうだな」

「オレ、乗ってみたいな。あれだけ高いと眺めはいいだろうなぁ」

「偵察班って事ですか? いやいや、コニーは辞めた方がいいじゃないですか?」

「なんでだよ?」

「だって見張りっていうのは観察力が要求されますしね。飽きっぽいコニーは向いてないでしょ?」

「そういうお前だって同じようもんだろ? 一日中、食い物の事しか考えらないくせに……」

「失礼な!? わたしだって真剣に兵士としての義務を考えてますよ」

コニーとサシャがくだらない事で諍いをしていた。

(案外、この二人、お似合いなのかな?)

 程よく喧嘩するのは仲の良い証拠なのかもしれない。

 

 やがてミーナ達の騎馬軍団は気球を真横に眺めながら突き進んでいった。ミーナはぼんやりと空に浮かぶ気球を眺めている。その時、気球から信煙弾が発射されたのだった。それも緊急事態を示す赤の信煙弾だった。

(えっ!? なに!?)

 ミーナは何が起こったのかわからない。

「全員、その場で停止せよ!」

 上層部は行軍の中止を命じたようだった。馬の戦慄きと共に騎馬軍団は歩みを止めた。兵士達は互いの顔を見渡しながら困惑の表情を浮かべている。幹部連中が集まってなにか協議をしているようだった。

 

「これがなんらかの想定なのかな?」

 ミーナはジャンに訊ねてみた。突発的な事態を織り込んだ演習と聞かされているのでそう思ったのだ。

「さあな」

ジャンも予想はつかないようだった。

 

 数分ほどして、伝令兵が事態の急変を告げた。

「傾注! これは訓練ではない! さきほどの空中偵察班より緊急連絡が入った! ラガコ村近郊に多数の巨人の群れが確認! 数は最低でも30体以上! 繰り返す! これは訓練ではない!」

 兵士達に衝撃が走った。

「じょ、冗談だろ!? ここは壁の中だぜ!?」

「巨人が出現するはずが……」

「トロスト区であれだけ討伐したばかりだぞ!?」

「ま、まさか、壁が破られたのか!?」

「ウォールローゼが陥落する!?」

兵士達の間に急速に同様が広がっていく。

(ど、どういう事なの?)

ミーナはサシャやジャンと顔を見合わせるばかりだった。

 

 騎馬軍団中央の騎馬の上で一人の大柄な男が訓令した。リヴァイ兵長に次ぐ実力者であり、この部隊の指揮官であるミケ・ザカリアス分隊長だった。

 

「慌てるなっ! 壁が破られたとは決まっていないっ! 敵は巨人を操る力を持っている。壁を登る巨人も居る! 偵察気球で観測する限り、巨人の数が極端に多いわけではない。トロスト区で数百体を相手にした事を考えれば、たかが数十体程度、十分殲滅可能だ! これより我々調査兵団は全軍を持って巨人の群れを殲滅するっ! 総員、戦闘準備っ!」

ミケは素早く全兵士に迎撃の意思を明らかにした。この時点でミーナは気付かなかったが落ち着いて考えてみれば、ミケの積極策はかなり大胆と言わざるを得ないだろう。偵察気球のおかげで索敵範囲が広いとはいえ、敵の戦力規模や侵入経路が不明な以上、極端な積極策は外れた場合、一気に窮地に陥る可能性があるからだった。

 

 ミケの作戦は調査兵団本隊が敵の群れの大多数を撃滅、奇行種と見られるはぐれ個体を精鋭班が遊撃するという事だった。もともと巨人の通常種はより多くの人間の群れに集まってくる習性がある。こちらは500人を超える集団であり、通常種は本隊に釣られるであろう。

 

 伝令兵がやってきて、ミーナ達新兵にも任務が与えられた。近くの森に待機して偵察班の先輩達が誘い込んだ巨人の群れを迎撃せよとの事だった。

 

 ミーナ達新兵は補給班からガスの充填を受ける事になった。見れば立体軌道装置のベルトを身体に装着しようとしているサシャの手は震えていた。トロスト区の戦いで巨人の恐怖を嫌というほど味わったせいだろう。

「み、ミーナ、今日は演習じゃなかっんですか? 実戦なんて……」

「そ、そんなの。わたしだって分からないよ!」

ミーナも予想外の事態に頭がついていかなかった。ただ理解できるのはこれから実戦、すなわち人喰いの化け物――巨人の群れと戦闘を交えるという事だけだった。




【あとがき】
 ウォールローゼ南西方面で行軍演習中だった調査兵団主力部隊は、偵察気球の空中索敵班よりラガコ村近郊で巨人の群れを発見の報を受ける。本来ならあり得ない壁内での巨人の群れだった。たまたま(?)重武装で出陣していたおかげで、兵団を指揮するミケは全軍に戦闘準備を指示したのだった。

 この主力部隊にはエルド、グンタ、シス、イアン、リコ、ハンジといった熟練兵(ベテラン)が多数居ます。ミーナ達一般兵士は与り知らぬ事ですが、ハンジが演習に際して重武装化を提案しておりミケが採用しています。(リタとの事前打ち合わせどおり) これにより、原作9巻では後手後手に回ったウォールローゼ内の巨人騒乱に対して先手を打てる形となります。必要な時間、必要な場所に、必要な戦力を投入する。情報戦で優位に立っているリタ達ならではの現在戦スタイルです。

 また、この巨人の群れの殲滅を決断できるのはウォールマリアの巨人の群れの動きに異常がなく、壁が破られたわけではないとリタ達が認識しているからです。(シャスタ製作の振動索敵網がある為) そうでなければ、巨人の侵入経路や戦力規模が不明な状況では効果的な迎撃作戦を展開できないでしょう。リタ・ミカサの特別作戦班は次話以降に登場します。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。