進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話までのあらすじ】
謎の世界へ転移してきたリタ達。そこは人食い巨人が徘徊する世界だった。
巨人に襲われていた女性兵士一人を救出する。
その女性兵士ペトラは、リタの誘いに乗って付いて来た。

(side:ペトラ)


第3話、送迎

 ペトラはリタの後ろを歩いていく。しばらくすると雑木林の中にぽっかりと開けた空き地に出た。その中央に荷馬車らしき車両が停まっている。ペトラが知る荷馬車より遥かに大きい。片側には大きな車輪が4個もならんでおり、全長だけでも2倍以上、幅と高さを考慮すれば体積にして10倍以上あるかもしれない。しかも鉄で覆われているらしく無骨なフォームは明らかに頑強な造りをしている事が分かる。鉄の荷馬車の周りには馬の姿が見当たらなかった。

 

「……」

 リタは手で合図をしたようだった。さきほどリタの先を歩いていたタマと呼んだ変な使役動物は、まるで歩哨のように外側に向けて立つ事になった。暗がりの中に他にも背の低い影がいるのが分かる。リタ達には数体の使役動物を持っているようだった。

 

 少し間を置いてからリタは誰かに話しかけていた。

「わたしだ。例の女兵士も一緒だ。開けてくれ」

鋼鉄製の扉が軋む音と共に開いた。やはりこの荷馬車は鉄で出来ているようだった。ぼんやりと明かりが漏れて来る。

 

「少し待っていてくれ」

 リタはそういうと鉄の荷馬車の中に入ってしまった。暗すぎてよく分からないが、鉄の荷馬車の周りには、馬の姿が見当たらない。馬がいないという事は移動しないテントのようなものだろうとぺトラは考えた。

 

 鉄の扉が開き、リタが中から手招きした。

「さあ、入ってくれ」

リタに促されて中に入る。立ち上がれば頭をぶつけるような低い天井の室内、見たことのない形状のランプが煌々と点っており、左右の壁際に長椅子が置かれている。そして前面には厚いカーテンがあり奥と仕切られていた。

 リタは壁際の椅子にどっかりと腰を下ろした。既に赤い鎧を脱いでおり、体に密着するような奇妙な服を着ていた。思ったより細身で小柄な女性だった。戦斧を振り回していた姿からは想像もつかない。赤い鎧や戦斧も見当たらない。おそらくカーテンの向こう側に置かれているのだろう。ここは狭いながらも応接室といったところだろう。

 

 カーテンの向こう側が気になって視線をそちらに向けた。

「悪いがそちらは立ち入り禁止だ。どうしてもと言うなら、君を帰すわけにはいかなくなる」

どうやら機密事項らしかった。ぺトラも兵士であり、その辺は理解できる。あの赤い鎧は軍事機密の塊だと推測できた。

 

 カーテンの隙間から小柄な女性が顔を覗かせた。黒い髪をミツアミに纏めており丸い眼鏡を掛けた様はどこか頼りなさそうな感じで、凛々しいリタとは正反対だった。

「あ、あ、始めまして。あたしはシャスタ・レイルっていいます。ほ、本日は晴天で日柄もよく……」

「シャスタ、何馬鹿言ってんだ。一応、客人なんだから茶ぐらい出してやれ」

「あはは、そうですね」

シャスタは照れ笑いを浮かべるとカーテンの向こうに首を引っ込めた。

 

「わたしの姉かな? ちょっとそそっかしいところはあるが、悪い奴じゃない」

「えーと、失礼ですが姉妹とは思えないのですが……」

「義理の姉妹だ。事情は複雑だから聞かないでほしい。一応、あれでも向こうが姉だ」

「そ、そうなんですか?」

リタは軽く頷く。どうみても雰囲気的にはリタの方が姉に見えたからだ。

「他の方々は?」

「いない。強いて言うなら外にいるあいつらだ」

リタ、シャスタ、そしてタマと呼ばれる数体の使役動物。どうやらこれがリタの仲間達らしかった。意外に小規模な集団のようだ。

 

「助けていただいてありがとうございます。ご恩は生涯忘れません」

 ぺトラは改めて感謝の意を伝えた。

「そこまで畏まらなくてもいい。さきほどの戦闘は状況分析した結果、奇襲が可能だと判断したからこそだ」

リタは合理的な判断に基づいて戦闘を行っているようだった。情熱一辺倒というわけで行動したわけではなかった。

(ううん、だからこそ、味方にすれば頼もしいはず)

「それに助けてもらったのはお互い様だ。君が巨人の弱点を教えてくれた。まさか頭を潰しても数分で再生してくるとはな。倒したと油断していたら足元を救われるところだった」

「それが巨人です。延髄以外はいくら潰しても意味がありません」

 

(どうやら本当に巨人の事を知らないみたい……。そんな事ってあるの? ここは壁の外なのに……。いままでどうやって生き残ってきたの?)

 ぺトラは疑問に思った。

「ぺトラ、巨人達について知っていることを話してくれないか?」

「はい、わかりました」

 

 ぺトラは巨人と人類の遭遇の歴史の概略、巨人の習性、人類が壁内に押し込められている現実、調査兵団の実情などをリタに伝えた。

 

「……なるほど。それにしてもぺトラ、君はすごいな。生身で巨人を倒せるとはな」

「いえ、調査兵団であっても巨人との戦闘は極力回避するように訓示されています。お分かりかと思いますが、巨人との戦いは常に多大な犠牲が出ているのです。仲間も大勢、巨人に食われました」

 ぺトラは必死に頼み込む。

「だからこそ、お願いします。わたし達、調査兵団に力を貸してもらえませんか? さっきの戦闘でわたしは感じたのです。あなた達の力があれば人類は巨人に反撃できるかもしれないって」

ぺトラは頭を下げた。

 

「……」

「頭を上げてくれないか?」

ぺトラは肩を叩かれる。

「悪いがしばらくは保留させてくれ。君も薄々気付いていると思うが、わたし達はこの世界の人間でなく別世界の人間だ。昨晩気がついたらこの世界にいた。なぜここにいるのかも分からない状況だ」

「別世界……ですか?」

「巨人がいない世界だ」

 

 ぺトラは巨人のいない世界を想像もできなかった。異世界の話は聞いただけでは冗談とも思えるだろう。しかし今のぺトラは、リタの誠実な人柄と圧倒的な戦闘力を見せ付けられた事で信じる気持ちになっていた。そしてリタ達が巨人の弱点を知らなかった事も説明がつくからだ。

 

「……いい世界ですね」

「どうかな? 異星生物に侵略されているところだぞ。世界の半分近くが奴らによって占拠され、大勢が殺戮されている。もっとも異星生物に侵略される前から人類同士で幾度も戦争していたがな」

「……ごめんなさい」

「いや、気にするな。話を戻すと、わたし達はこの世界に関する情報が圧倒的に不足している。君は信用してもいいと思うが、他の人間については何も分からない。しばらくは状況を見させてほしい」

「しかし、ここは巨人の徘徊する場所ですよ」

「君が弱点を教えてくれたからな。そもそも見つからなければ大丈夫なのだろう?」

「それはそうですが……」

「わたしの事が明るみになれば内地の憲兵団とやらも介入してくるのではないかな? 政争に巻き込まれるのはごめんだ」

リタの言う事は最もだった。リタの存在が公になれば調査兵団だけの問題ではなくなるだろう。王政府の保守派からも干渉を招くかもしれない。

 

「おい、シャスタ、まだ掛かっているのか?」

 リタが奥間に声を掛ける。シャスタがカーテンから湯飲みポッドとカップを持って出てきた。

「あはは、ごめん、なんか話が盛り上がっているみたいだから、ちょっと割り込みずらかったよ~」

シャスタは照れ笑いしながらぺトラに小皿と湯飲みを差し出した。

「これ、グリーンティー。こっちはチョコクッキーです」

「グリーンティー? あっ、最初会ったときの?」

「素朴な味だが、なかなかいけるぞ」

薦められてぺトラは一口摘んでみる。絶妙な甘さ加減と舌ざわりで、おいしいかった。そして緑茶を一口。

「す、すごいです。こんなおいしいもの食べた事がありません」

巨人達によって壁の中に押し込められた人類なので、どうしても食料生産には限りがある。嗜好品に掛ける余裕はほとんどなかった。こういった嗜好品をリタ達が持っている事自体、異世界から来た証拠になるだろう。

 

「ふふっ、大げさですね」

「ったくだ。これならわたしでも作れる」

「さすがにリタには無理でしょう? 斧を振り回しても料理はできませんよーだ」

「なんだと! 悪いのはこの口か!?」

「ごめんなしゃい」

リタはシャスタの頬を引っ張って遊んでいる。ぺトラは微笑ましく思った。この姉妹も中身はどうやら女の子っぽかった。

 

 その夜、3人で遅くまで話し込んだ。質問するのは主にシャスタだった。やや頼りないお姉さんに見えるが、頭脳は聡明で的確に質問してくる。ぺトラは自分が知っている限りの事は伝えた。ぺトラは現在、機密指定されている任務にはついていなかったからだ。リタ達の世界には空を飛ぶ乗り物があると聞き驚く。

 

(鳥のように空を飛べたら、壁外調査はずっと安全にそして遠くまで行ける)

 シャスタは否定的だった。空を飛ぶ乗り物を作るためにはいくつもの技術を実用化する必要があるという。それでも空を飛ぶ手段があるとわかっているだけで思想的には革命をもたらすかもしれない。

 

 堅い話は打ち切ると、互いの生活様式や趣味の話の方が大いに盛り上がった。

 

 シャスタは『フィギュア』と呼ばれる小さくて精巧な人形を集めるのが趣味だそうだ。リタフィギュアもあるというので見せてもらった。何でもリタは彼女達の世界では英雄との事で子供達からも愛されているという。ただし人形は本人とは似ても付かないグラマラスな美人だった。リタがリタフィギュアをぺトラに差し上げようと言った時、シャスタは大事なおもちゃを取り上げられた子供のような泣き顔になった。

「冗談だ」

「酷いですよ~。もう」

リタとシャスタのやり取りを見ながら夜は更けていく。

 

 

 体が揺られているのに気付いてぺトラは目を覚ます。リタ達と話しこんでいる内に寝込んでしまったらしい。

 

 天井にある丸い明かり窓から陽光が漏れてくる。鉄の荷馬車―ーリタ達は『装甲車』と言っていたが、その長椅子に毛布を敷いてベルトに固定して寝かされていた。車体が揺れているのは動いているからなのだろう。

 

 向かいの長椅子にはリタが俯いて座っていた。どうやら仮眠しているらしく身動きしない。ぺトラが起きようとした際、車体が強く揺れた。同時にぺトラの身体はリタに向かって放り出される格好となった。

「うぁ」

「きゃあぁぁぁ」

ぺトラとリタは縺れるようにして床に倒れこむ。

 

「ご、ごめんなさい」

「ったく、痛かったぞ」

リタは目覚めが悪かったのか機嫌が悪かった。

 

「ところで移動しているのですか?」

「ああ、今、シャスタが……している」

「!?」

「すまない。対応する単語がなかったようだ。つまりこの車を制御して動かしているという事だ。君達の世界にはない言葉のようだ」

「そうですか……」

 

 ぺトラは車内を見渡して昨日にはなかったものが積み込まれてあるのに気付いた。何袋もある食料物資、黒金竹製の刀剣類、資材などがある。

 

「これは?」

「昨日、君達の荷駄隊が投棄していったものだ。君達兵団の物なのは分かっている。申し訳ないが、君を助けた謝礼としていただきたい」

「あっ、はい。どうぞお安い御用です」

 ぺトラは快諾した。巨人達に襲われた時点で物資の回収は絶望的だっただろうから譲渡というより再利用してもらっていると考えた方がいいだろう。命の恩人であるリタ達に少しでも便宜が図れた事に満足していた。

 

「ところでどこへ向かっているのですか?」

「トロスト区だ。君達の街と聞いているが?」

 どうやらこの車で送ってくれるらしかった。

「あ、ありがとうございます」

「朝方も巨人達は遠くに何体か発見しているが特に襲ってくる奴はいなかった。君の言うとおり人以外には反応しないようだ。タマ達もまったく無視されている」

「でも奇行種は違います」

「奇行種?」

リタは怪訝そうに首を傾げる。

「巨人の中には行動が予想できないものがいます。それが奇行種です。通常の巨人なら知性はなく行動が単純な為対処しやすいのですが、奇行種だけは例外です」

「なるほど、装甲車やタマでも襲われる可能性があるということか? わかった。奇行種もありうるという事で対処する。少し待っていてくれ。シャスタと話してくる」

 

 リタはそう言うと、カーテンの奥へと引っ込んだ。ぺトラはカーテンの向こう側がどうなっているのか気にはなったが、リタ達に機密と言われている以上無許可で見るわけにはいかない。

 

 しばらくして、赤い鎧を纏ったリタが現れた。戦斧を持っており戦闘態勢だった。リタは赤い鎧を着たまま長椅子に腰を降ろし、戦斧を杖代わりにしてその上で腕を組む。

 

(まさか、また巨人が!?)

顔色が変わって動揺したところをリタに読まれたようだった。

「心配するな。念のためだ。1、2体程度なら遠距離から砲撃で潰せる。昨日のような大群との遭遇に備えてのことだ」

「そうですか」

ぺトラは少し落ち着いた。リタの戦闘力の高さは知っているので彼女がそういうなら間違いないだろう。

 

(リヴァイ兵長と似ているかも? この人カッコいいな)

 ぺトラは憧れの上官とリタと比較する。リタは外見はともかく話し方や仕草も男性っぽい。小柄で無愛想なところもなんとなくリヴァイに似ている。それでいて愛らしい外見なのだ。

 

(べ、別に惚れたわけじゃないけどね……)

 ぺトラはリタの顔をじっと見ていたことに気付いた。

 

 車体が再び激しく揺れた。揺れはしばらく続く。どうやら悪路に入ったようだった。そして突如停止した。

 

「シャスタ?」

リタがカーテンの向こうのシャスタに尋ねた。

「※△□☆……」

シャスタの言葉が返ってくる。リタ達は彼女達の世界の言語を話しているようだった。むろんぺトラには全く理解できない言葉である。しばらくリタとシャスタは言葉を交わしていた。

 

「トロスト区前面にはなぜか巨人達が大勢いるようだ。巨人の密度が急に上がっている。ぺトラ、どういう事だ?」

「それは分かります。そもそもトロスト区は長大な壁でもわざと突出させた場所なのです。人々を住まわせる事で巨人達への招き餌として防衛箇所を絞るためです」

「なるほど、そういう工夫があるわけか……」

 リタは感心したように頷いた。

 

「しかし、それだと調査兵団はトロスト区から出入りする際、常に巨人の群れと遭遇するのではないかな?」

「はい。ですから、いつも馬で巨人達を振り切ることにしています」

「わたし達はこれ以上、街には近づけない。この装甲車にしろタマ達にしろ、君達から見たら異質だらけだ」

「……」

「それにわたし達も君以外の人達とはまだ接触したくない」

「そうですか……」

「君の立体機動装置があれば壁は登れるな」

「はい」

「では夜を待ってトロスト区から離れた壁の近くまで君を送るよ」

「あの……、ではリタ達は?」

「食料はそこそこ確保した。水場もあるようだし当分は生活は可能だ」

リタ達は当分、壁外に留まるようだった。ぺトラは心配になった。

「巨人達の領域と言いたいんだろ? 心配しなくてもわたし達は巨人に倒されることはない。そもそも見つからなければ戦う必要もないからな」

「それはそうですが……」

 

「はーい、ぺトラさん」

 シャスタがカーテンの中から現れて入ってきた。

「シャスタ、周囲の警戒は?」

リタが訊ねた。

「大丈夫です。ここは壁から3キロ離れた森の中です。見つからないように擬装しています。またタマ達には周囲の警戒に当たらせています。リタ、もう機動ジャケットはいいですよ。着替えてください」

「ああ、そうさせてもらおう」

リタはカーテンの向こうへと移動した。

 

(そういう事ね)

 リタ達の使役動物は戦闘も見張り役もこなす様だ。そういう動物がいるからこそ壁の外でも平気なのだろう。

「じゃあ、ペトラさん。あたし達の事はくれぐれも内密にお願いします。いずれこちらから時期を見て調査兵団の方には連絡を入れます。ごめんなさい、勝手なお願いで。でもあたしはリタにはあまり戦って欲しくないから」

「え?」

「リタが強いといっても戦っている以上、万が一の事があるかもしれません。あたしはリタの事が心配です。いつもリタが戦いに赴くとき無事に帰ってきてと祈ることしかできないから……」

シャスタは涙目で訴えていた。

 

(シャスタさんは妹のリタさんの事が好きなんだね)

 姉妹愛というものだろう。ペトラは微笑ましく思った。

 

 

 ……

 

 その日の夜、ぺトラはウォールローゼの壁を登り、壁内へと帰還した。巨人達の襲撃を受けて本隊と逸れてから二日目の夜だった。調査兵団の同僚は奇跡の生還だといって喜んでくれた。あの荷駄隊およびペトラ班は壊滅、生存者はペトラを含めてわずか2名だった。30体以上の巨人の大群と遭遇したとの報告があったので、ペトラの生存は絶望視されていたようだった。

 

 事後の報告では、多数の巨人に襲われて必死で逃げている内に位置を見失い、北を目指したという事にした。リタ達の事には触れなかった。異世界からの訪問者である彼女達は、面倒事を巻き込まれるを避けて、隠密に行動している。命を助けてもらった恩人を売る真似はできなかったからだ。

 

(でもじきに会えるよね。そのときは一緒に戦ってくれるはず……)

 ペトラはそう信じていた。




【あとがき】
ペトラ、街に生還。
リタ達はしばし現地の情勢分析を選択。

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