進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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集団で投石という新戦術を使う巨人の群れが出現、その群れを率いていたのは……

【注意】この話にも残酷な描写があります。


第49話、獣の巨人

 調査兵団本隊を臨時に指揮を執るミケ・ザカリアスは、騎乗で索敵班に所属していた兵士から報告を受けていた。その兵士は当該部隊からの数少ない生き残りで、頭に巻いた包帯には血が滲み出ており戦場の生々しさを伝えていた。

 

「右翼索敵第1班壊滅っ! や、奴らは大量の礫を投石してきました。そして落馬したところを……」

 敵巨人の群れは投石攻撃という戦術を採り、結果的にそれが奇襲となって、味方が混乱したところを文字通り踏み潰して蹂躙していったという。従来、知性を持たないと思われた無知性巨人が戦術的行動を取っている。これは想像以上に深刻な事態だった。鎧の巨人などごく一部の例外を除けば知性を持たないからこそ、知恵を駆使して辛うじて対抗できているのが人類側の実情だからだ。

 

「そ、それと奴らの中に奇妙な巨人がいますっ!」

 ミケは顎をしゃくって続きを促した。

「は、はい、20m級でしょうか? 全身が毛で覆われた獣のような巨人です」

「そいつが奴らの中心にいるのね」

技術班リーダーのハンジ・ゾエが割り込んで兵士に問い質す。

「あ、はい」

「捕食はしていないのね」

「そ、そうです。や、奴らはすべて奇行種なのでしょうか?」

「……」

 ハンジは伝令兵の問いには答えず、片手を軽く挙げて制止するような合図をした。

「報告はもういい。下がって治療を受けろ」

 ミケはハンジの意図を汲み、伝令兵にそう言い渡す。伝令兵は一礼すると看護兵に支えながら去っていった。退席させたのはハンジと密談するためである。知性巨人に関する情報は第一級の機密事項のため、一般兵士に知られるわけにはいかない。敵の諜報員もしくは情報提供者が壁内のどこに潜り込んでいるかわかったものではないからだ。

 

「ハンジ。まさか!? 奴は……」

「”ユーエス軍”から警告のあった獣の巨人でしょうね。トロスト戦の個体は”ユーエス軍”が始末したと聞いているから、別の個体でしょうね」

 調査兵団の主要幹部同士の間では、トロスト区防衛戦を踏まえて敵巨人勢力に関する情報共有が為されている。その中でも獣の巨人は数百体以上の巨人を操り、敵の総大将を務めていたという事で脅威度は”鎧の巨人”と同等かそれ以上と分析していた。

 

「しかし、投石という戦術を使うとは……」

「そうね、やられてみれば有効な戦術ね。わたし達人類が巨人を倒すには立体機動装置で接近して奴らのうなじを削ぐ必要があるけど……、ただでさえ平地での戦いは不利なのに遠距離攻撃の手段までもたれては手の打ち様がないでしょう」

 ハンジは味方にとって不利な状況を淡々と話しているが瞳は強い意思が篭っているようだ。ミケはハンジとは付き合いが長いので、ハンジがまだ諦めていないと感じた。

 

「(今回の)巨人の出現まで予想していたんだろ? 何か策はあるのか?」

「……奴らだって無敵で不死身の存在というわけじゃない。きっちりと急所を突けば死ぬでしょう。ちょっと時間はかかるでしょうけど……」

 ハンジはそう前置きして持久戦策を述べた。敵群から離れず近づかずの距離を保ち、嫌がらせの銃撃を浴びせかけて敵を疲労させようという事だった。獣の巨人の中身は人間であり、巨人の身体を纏っているとの情報を得ている。まして奴は30体もの巨人を制御しなければならず、それだけ精神的負担も大きいはずだ。おまけにここは内地(ウォールローゼ)であり、壁が破られていない以上、敵巨人の出現数もそう多くない事が分かっていた。

 壁が破られていない事。これが分かっているのが今は大きかった。トロスト区攻防戦で壁を登る巨人の存在が判明して、駐屯兵団が壁上の哨戒に当たっており、もし異常事態が発生すれば狼煙などで知らせが来るはずだったが、これは未だ無い。そもそも今回の演習では壁から数キロ程度の場所を走破してきており、壁の安全を確認しながらとも言えるからである。

 

「獣の巨人に壁内を自由に動き回られては被害が大きすぎるでしょう。拘束しないと……」

「わかった。それで行こう」

 ミケは指揮下の各部隊にハンジの策を伝達することにした。また錬度の低い新兵達は森から出ないように通知することも忘れなかった。

 

 ミケは本陣を前進させ、獣の巨人を視界に収める位置まで騎馬を進ませた。所々雑木林があるため視界が悪く開けた場所まで進むと、望遠鏡で戦況を観察していた調査兵の一人が駆け寄ってきた。

「注進っ! 憲兵団新兵の一団が巨人達に包囲されていますっ!」

「どういう事だっ!」

「彼らは先ほどの掃討戦で小型巨人を森を出て深追いしてしまったようです。小規模の林に逃げ込んだようですが、敵巨人達は周囲を包囲しており、例の投石があるため、我々は接近できません!」

 ミケはハンジの顔を見る。さすがにハンジもここまでの展開は予想していなかったようで驚いた表情を浮かべていた。

 

(憲兵団新兵を見殺しにすれば、責任問題になるか……)

 調査兵団が政治的に微妙な立ち位置にいる事は兵団幹部ならば承知の事実である。もともと内地の保守派は昔から改革指向の調査兵団を嫌っており、有形無形の妨害を繰り返してきた。今回の総統府通達による新兵預かりは、調査兵団の発言力を削ぐ意図があることも重々把握していた。出来れば他兵団新兵達は使いたくなかったが、内地での行軍演習ならば、安全だろうと考えたからだ。それが裏目に出た形だった。

 

 

「こ、こんな事って!? こんなはずじゃなかったのに……」

 ストヘス区所属の憲兵団女子新兵――ヒッチ・ドリスは悲鳴に近い声を上げていた。

 

 行軍演習から実戦に切り替わった当初、ヒッチ達憲兵団新兵は乗り気ではなかった。後方に後詰として配置を命じられ巨人と戦わずに済むと喜んでいたぐらいである。

 それが変化したのは南側訓練兵団出身のミーナ新兵達が掃討戦で次々に巨人討伐という手柄を挙げているのを目撃してからだった。兵士としての実力的は下位であるはずのミーナ達が活躍するのを見て面白いわけがない。(ヒッチ達は憲兵団に入団できた事実が示すように今期の東側訓練兵団の上位メンバーである) そこで班内の空気は自然と巨人との掃討戦に参戦しようという空気になったのだった。半ば強引にサシャ・ブラウス班の作戦担当エリアに割り込み、ヒッチ達は巨人との戦闘を開始した。

 

 当初は順調に手柄を挙げる事ができた。自分達の班は一人の犠牲者も出す事無く小型巨人4体の討伐に成功している。ヒッチ自身も討伐補佐一体を記録し、マルロに至っては2体も討伐していた。

 

 さらに欲を出して離れた場所にいた3m級巨人を追って、森から出て地面を降りたのが破滅への始まりだった。その巨人は自分達が接近してきてもボーっと空を見つめたままだったので、同期のボリス・フォイルナーがその巨人を秒殺に成功する。しかしながらその直後、聞いたこともないような大きな地響きが聞こえてきた。見れば20体もの10m超級を含む巨人の一群が突進してきたのだった。

 

 人の足では巨人から逃げ切る事は不可能である。ヒッチ達はとっさに近くの林退避したが、巨人達はなぜか自分たちの周囲を取り囲んでしまった。(木々を陸地に、地面を海に例えるなら、自分達は陸の浮島に取り残された格好である) そして大型の巨人達は抱えている岩や木々を周りにいる調査兵団の兵士達に向けて投げつける。巨人達は投擲という新戦術を使っていたのだった。命中精度が高くないおかげで味方に大きな被害は出ていないようだが、救助に来るのはまず不可能だろう。

 さらに不思議な事は周りにいる巨人達は包囲網を形成しているかのようでそれ以上踏み込んでくることはなかった。

 

「やつら、俺達を逃がさないつもりだ!」

「なんで俺達なんだよ!? 兵士は他にも大勢いるだろ?」

「知るかよ!? でも俺達はもう終わりだ」

 同期の仲間からは絶望的な嘆きが聞こえる。そこに20m級と思われる全身が毛で覆われたような巨人――獣の巨人がヒッチ達に近づいてきた。

(な、なんて大きさなの!? こんな巨人がいるなんて……)

噂で聞いた超大型巨人の60mには及ばないが、それでも十分過ぎる程の大きさだった。弱点となる後ろ首までは高すぎてとてもじゃないが届かない。10m以下の木々しかないこの林では足場が無さ過ぎた。

 

「キミタチ……デ、イチバン偉イノハ、誰カナ?」

 獣の巨人は少し屈み込むと人語で話しかけてきたのだった。

「!?」

 ヒッチ達の同期は驚きで言葉も出ないようだった。

「ンン!? 同ジ言語ノ筈ナンダガ……。怯エテ喋レナイノカナ?」

 獣の巨人は不思議そうに顔を指でぽりぽりと掻いていた。

 

「くそっ!? 舐めやがって!」 

 同期の少年兵が獣の巨人に向けて、立体機動装置のアンカーを放つ。獣の巨人が屈みこんでいる今がチャンスと見たのだろうが、勇敢な行動ではあっても無謀な行動だった。

 

 獣の巨人は身体に浅く打ち込まれたアンカーに付くワイヤーをあっさりと握ってしまった。大きな巨躯では考えられないような素早さだった。同期の少年兵はワイヤーの片方を握られて空中に吊り下げられた。

 

「フフン! 面白イ武器デスネェ。飛ビ回ルヤツ。何テ言ウンデスカ?」

 獣の巨人は哀れな少年兵を空中で吊り下げたまま顔を近づけて興味深そうに問いかけた。

「くそっ! 離しやがれよ!」

少年兵はじたばたと暴れるが無駄な抵抗だった。

「トリアエズ見セシメネ!」

そういうや否や獣の巨人は少年兵を腰に付いたワイヤーごと振り回した。まるで紐をつけた石を振り回すかのような仕草だった。徐々に高速回転していき、凄まじい遠心力で立体機動装置が結びついた腰の部分から彼の身体は逆方向に折れ曲がっていく。背骨が折れているのは確実だった。獣の巨人がワイヤーを手放すと彼の遺体は離れた遠方へと投げ捨てられた。

 

 仲間が一人殺された。しかし嘆き悲しむ暇はなかった。獣の巨人はすぐに二人目を捉えにかかったからだ。逃げようにも周囲を巨人達に包囲されており、檻に閉じ込められているのと状況はさほど変わらない。低木が多く立体機動装置の性能を発揮できないこの地形ではこの巨人から逃げるのは不可能に近かった。

「や、やめろー!」

 仲間の少年兵の一人が獣の巨人に捕まった。刀を振り回していたが、獣の巨人はいともあっさりと胴体を巨大な掌で握った。

「フフッ。モウ一匹、見セシメニシタ方ガ素直ニナルカナ? コレ、食ベテ良イヨ」

獣の巨人は嫌らしく笑いながら少年兵を周りの巨人の方へと放り投げた。地面に叩きつけられた衝撃で彼は動けないようだった。そこに3m級巨人が1体駆け寄ってくる。彼にとっては最悪な事に巨人は脚から食べ始めたのだった。

「うぎゃあああぁぁ!?」

 少年の絶叫が響き渡る。目を覆いたくなるような凄惨な光景だった。腰まで喰われた時点で彼の悲鳴は小さくなり、やがて声は聞こえなくなった。

 

「フフッ、雌モ混ジッテイルヨウデスネ」

 獣の巨人は次にヒッチに目をつけたようだった。

「ああっ! お願い! 助けて!」

 ヒッチは次に殺されるのが自分だと悟ると頭から血の毛が引いていた。

「やめろー!!」

 ヒッチを捕まえようとする獣の巨人に斬りかかった人物がいた。マルロだった。マルロは立体機動装置を巧みに操り、獣の巨人の指を2本斬り飛ばす。そして更にアンカーを巨人の身体の腹あたりに撃ち込んで一気に上昇を図った。もしかしたらマルロが獣の巨人を倒してくれるのではとヒッチはかすかに期待を持った。

 

「えっ!?」

 マルロは空中で大きくバランスを崩していく。上昇途中でアンカーが抜けてしまったのだ。獣の巨人が全身を覆う毛自体が防護服の役割を果たしており、アンカーの撃ちこみの威力を相殺していたのだ。そのためアンカーが刺さり切らなかったというのが真相だった。

 

 マルロは空中に放り出されて放物線を描いた後、地面に落下した。その間、獣の巨人はただ見ていただけだった。

「マルロっ!?」

 ボリスが呼びかけると、マルロの身体は僅かに動いていた。生きてはいるものの衝撃で動けないようだ。無理もない。建物の3階から落ちたようなものだったからだ。

 

「ソンナチャチナ武器デ、俺ヲ倒セルトデモ? 馬鹿ジャネ?」

 獣の巨人は自分達兵士を見下しているようだった。マルロはなんとか立ち上がったが、そこに先ほど食人していた3m級が近づいてくる。瞳の大きな童顔の巨人だった。

「待ッタ!」

 獣の巨人が制止命令を出したが、その3m級はマルロを捕まえると急いで食べようとした。とたん凄まじい轟音と共に獣の巨人の腕が振り下ろされ、その3m級を叩き潰したのだった。

「!?」

巨人が巨人を殺した。訳の分からない状況にヒッチ達は驚くしかなった。

「待テッテ言ッタダロ!!」

獣の巨人はその巨人を掌で地面に押し付けてグリグリと押し潰していく。すると3m級巨人から水蒸気が立ち昇り始めた。巨人の弱点(うなじ)に相当する部分を破壊したようで気化が始ったのだった。

 

「言ウ事ヲ聞カナイ不良品ハ、……要ラナイデスヨネ」

 手を払いながら獣の巨人は再びヒッチ達に向き直った。さきほどマルロが斬り飛ばした指からは水蒸気が立ち上り再生が始っていた。

「安心シナサイ。言ウ事ヲ聞クナラ殺シハシマセンヨ。ククッ」

獣の巨人はそう言ってヒッチ達を捉えにかかった。指示通りにしなければ味方であるはずの巨人も殺す。その徹底振りにヒッチ達は抵抗することができなかった。


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