戦場は不気味な静けさを保っていた。投石という新戦術を用いる敵巨人の集団が出現し、猛攻を仕掛けてくるのではと考えられたのだが、奴らは意外な事に郊外の一角に陣取ったまま、積極的に攻撃してこようとはしない。とはいえ、人類最精鋭部隊――調査兵団と言えども集団戦術を使う巨人の集団に対しては積極的な攻撃を行う事が出来ず、遠巻きに牽制の銃撃を加える事ぐらいしかできていなかった。
ストヘス区の憲兵団新兵が巨人達に捕まったようだが、詳細は不明だった。
「なぜ動かないんだ?」
「こちらには奴らに対抗するまともな手段が無いというのに……」
「わからん。憲兵団新兵を捕まえてどうする気だろう?」
例の巨人達の一群を遠巻きに包囲している調査兵団の兵士達は巨人達の奇妙な行動を訝しがっていた。観測している兵からの報告でも捕らえられたと思われる憲兵団新兵の詳細は不明だった。林の中に獣の巨人がいて何かしているようだが、回りにいる巨人達が投石を繰り返す為、近づく事が出来ないからである。
「ハンジ、奴らの狙いはなんだと思う?」
ミケはしきりに頭に手を当てて考え込んでいるハンジに訊ねた。
「もしかしたら時間稼ぎかもしれない……」
ハンジは慎重に言葉を選んでいるようだった。
「どういう事だ?」
「出現した巨人の数は多くても七十体程度。もし奴らが本気でウォールローゼを落としに来たとするのなら数が少なすぎるでしょう。だとするなら情報収集、どちらかというと威力偵察と言ったところでしょうね」
「ふむ?」
「奴らからすれば(トロスト区戦で)あれだけ準備して巨人の大群に襲撃させ、鎧の巨人達や控えの巨人化能力者(アニ・レオンハート)まで用意していたはずなのに失敗したこと自体、信じられないでしょう」
ハンジの分析は鋭かった。敵がまともな戦術思考を持っていればそう考えるのが自然だろう。実際トロスト区防衛戦で巨人の撃退に成功したのは、未知の壁外勢力――”ユーエス軍”の助力があったからではある。あの時、鎧の巨人達を殲滅した新兵器については未だ謎に包まれていたが、それ以上に敵巨人勢力からすれば理解不能の出来事だろう。
「おそらく奴は夜を待っているのでしょう。情報収集は一旦打ち切って、闇に紛れて帰還するつもりでしょうね」
「しかし、巨人も夜になれば動けないのでは?」
「いいえ、わたしの実験では暗闇でも3時間以上動く巨人もいた。今は兵力を温存していると考えるべきでしょうね」
「なるほどな。そう考えれば腑に落ちるな」
人類側の主戦力たる騎馬隊は夜間行軍するには向いていない。そもそも暗闇の中で戦闘行動は不可能である。
「奴、獣の巨人だけは逃すわけにはいかない。なんとしても討伐しておくべきでしょう」
「だがどうやって倒す?」
「……」
ハンジは力なく首を左右に振る。さすがに調査兵団随一の知恵者のハンジでも獣の巨人を倒す方策は浮かばないようだった。消極的だが当初ハンジが述べたように敵の隙を窺うしかなさそうだった。
ミーナ達調査兵団新兵は森の奥に集合していた。ジャンやコニーの班の面子も顔を揃えている。例の投石を行う敵の新手が出現する前に、合計20体以上もの巨人を葬っているのだから、新兵にしては十分誇っていい戦績だった。それでも皆、戸惑いと不安な表情を浮かべていた。
「巨人達の奴ら、攻めてこないよな」
「ああ、でもこちらから仕掛ける事も出来きやしない。奴ら、集団で石や岩を投げてくるんだぜ」
「先輩達も打つ手なしのようだからな」
「あの……、ヒッチさん達無事でしょうか?」
サシャがぼそっと呟いた。ミーナ達は比較的早めに森の奥に後退したため、マルロ達の状況を詳しくは知らない。別の班の新兵から聞いた話では彼らは森から出て深追いしたと聞く。新手の巨人の集団が居座っている場所辺りまでにいたようだから最悪の事態も考えられた。
「さあな。でもよ、あいつ等、自業自得だぜ。散々俺達を馬鹿にしていて勝てそうだと思ったら割り込んできてよー。サシャだってむかつくだろ?」
コニーはマルロ達憲兵団新兵が気に入らないようで突き放した言い方をした。
「コニー! そんな言い方はないでしょう!? 仮にも巨人と戦う仲間なんですから!」
サシャは怒りを露にした。
「そのとおりだぜ、コニー。冗談でも言っちゃいけない事があるんだ」
「なんだよ!? ジャンまでいい子ぶっちゃってよ」
コニーは口を尖らせて不満そうな表情を見せた。
「でもよ、ミーナの言うとおり、あの場を奴らに譲っていて正解だったな。まさかあんな巨人の集団が現れるなんて思いもしなかったぜ」
「さすが、ミーナ!」
同期の何人かはミーナの判断を褒め称えたが、ミーナ自身は複雑な気持ちだった。結局、危険な持ち場をヒッチ達に譲ったようなものだったからだ。
「……」
(わたしのせいなのかな? 本当だったらあの巨人の群れに襲われたのはわたし達だったかもしれないのに……)
ミーナが黙っていると、同期の少年兵――サムエルが口を開いた。
「なあ、ジャン。俺達、いつまでこの森で待機していればいいんだ? 先輩達もあの奇妙な巨人にはお手上げのようだろ? もしかして俺ら見捨てられるんじゃないかな?」
「なにを馬鹿な!?」
ジャンはすぐさま否定する。しかし、何人かはそのサムエルに同調するようだった。
「俺も同じ事を思った。俺達は荷馬車に乗せられてここまで来ているだろ? 先輩達みたいに一人ひとりに馬が与えられてるわけじゃない? 下手したらこのままここに取り残される可能性だってあるだろ?」
「冗談じゃないぜ!? 馬が無かったら巨人から逃げ切れないじゃないか?」
「わ、わたし、巨人に捕まって食べられるなんて嫌ですよ!?」
少女兵の一人も不安に駆られたようだった。
(話の流れがよくないよね!? このままだったら皆、パニックになっちゃう!?)
ミーナはなんとか同期達に広がった不安を鎮めようと声を上げようとした。
「いや、そんな事はないと思う。
「例の新兵器か!? でもよ、あれって壁外勢力のもので俺達人類が開発したものじゃないって噂があるぜ」
同期の一人はジャンの考えを否定した。例の新兵器――トロスト区防衛戦で鎧の巨人達を抹殺したという超兵器の詳細は未だ世間には公開されていない。敵に知られた場合、対処方法を取られる恐れがあるという事で徹底的な隠蔽が図られているのだった。ミーナ達新兵は無論のこと、先輩達も詳細は分からないようだった。そのため、世間一般では様々な噂が飛び交っていた。巨人勢力の仲間割れ説、壁外勢力の参戦説、あるいは女神ローゼの怒りの鉄槌説など……。駐屯兵団の技術班が密かに開発したという話を信じている者は存外に少なかった。
「だいたい鎧の巨人には大砲すら通じないって話だったじゃないか? そんな化け物を一瞬にして倒すような兵器を作れるなら人類はここまで追い込まれていないだろ?」
「ま、まあ、そうだが……」
ジャンも歯切れが悪くなった。
「あはは……、いいんじゃないですか? じゃあ、その壁外勢力さんがわたし達を助けに来てくれたって事ですよね。すごく頼もしい味方じゃないですか? もしかしたら今回も助けに来てくれるかもしれませんよ」
サシャは苦笑いを浮かべながら楽観論を述べる。
「じゃあ、壁外勢力がいるとしてタダで見返りなしに俺達を助けてくれるのか? そんな都合のいい話の訳ないだろ!?」
サムエルの意見も一理あった。
「と、とにかく分からない事だらけだ! 分からない事を議論しても仕方ないだろ? 今は上層部を信じて待機しているしかないと思う」
ジャンはそう締めくくった。同期の多くは納得した様子ではなかったが、特に反論しようという様子もなかった。
それからさらに気が重くなるような時間が過ぎた。(実際には15分程度だった) 突如、大きな地響きが轟き、それが近づいてくる。それが意味するものは、誰しもが即座に理解した。巨人達が再び進撃を始めたのだ。それもよりによって自分達の方向に……
ミーナの周りの同期達は顔から血の気が引いていた。今まで戦ってきた無知性の巨人とは違う戦術行動を取る敵巨人の集団である。まともに戦って勝てる相手ではなかった。
森に近づいてくる巨人達は10m超級8体が横一列になって陣形を組んで進撃してきた。その後方には20m級の全身が毛で覆われた巨人――獣の巨人が指揮官のように控えていた。前衛の巨人達は各々手に木の幹や岩を得物のように所持しており、それを振り回しながら森の中に突入してくる。新兵のほとんどは戦おうとせず、立体機動装置を使って森の奥へ奥へと逃げていく。しかし数名が礫の投石を受けて脱落して地面に転がり落ちた。
巨人達はその新兵達を食べようとはせず、そのまま足で踏み潰していったのだ。ミーナ達はその光景をただ遠くから見ていることしか出来なかった。
「巨人が武器を使うなんて……。そんなのありかよ!?」
「あ、あの巨人達、俺達を殺すのが目的なのか!?」
次元が違う敵である事を改めて認識させられた。突如、前衛の巨人達が一斉に立ち止まり、くるりと後ろを向いたのだ。
(えっ!? どうしたの!?)
ミーナはその意味が分かるのに数秒を要した。後ろを向いた巨人達の後ろ首付近に何かが付着していた。
「な!? なんて事だ!?」
「これが
「ひ、ひどい……」
同期達の間からは呻き声が漏れてくる。巨人達の後ろ首に付着していたもの、それは手足を引きちぎられた状態で
【あとがき1】
例の新兵器(ミタマのスピア弾)について正確な情報を知っているのはリタの
【あとがき2】
ついに連載開始から一周年です。当初はもっとコンパクトに纏めるつもりでしたが……。大勢の方にお気に入り登録、評価投票していただき、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。