進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第53話、初会談

 同日(ラガコ村事件の翌日)、調査兵団団長のエルヴィン=スミスは、兵士長のリヴァイ・副団長のミケ=ザカリアス・技術班班長のハンジ=ゾエを伴って、トロスト区駐屯本部を訪れていた。ラガコ村事件の調査結果報告と今後の対応についてである。エルヴィンとリヴァイは昨日まで改革派議員や貴族への根回し対応で王都ウォールシーナにいたため、昨日の戦闘指揮はミケとハンジが執っていた。

 ハンジからは謎の壁外勢力”ユーエス軍”からの情報提供があったと打ち明けられていた。そもそも今回の行軍演習地の変更はハンジの強い意向によるものだった。そして彼らの情報どおり巨人の群れが出現したわけだった。さらに知性巨人”獣の巨人”まで出現。巨人達が組織戦闘行動をしたことで脅威レベルは過去にないほど高いものだった。実際、彼らの新兵器がなければ、巨人の群れを討伐できず、ウォールローゼ失陥もありえた深刻な事態である。ハンジは司令の前で真実を話すと言ってそれ以上は説明しなかった。

 

 伝令役の兵士がやってきてエルヴィン達を司令室へと案内された。部屋の中にはピクシス司令(駐屯兵団、南側領土最高指揮官)と2名の副官が待っていた。エルヴィン達はピクシス司令に敬礼した。

 

「おお、エルヴィン、待っておったぞ」

 ピクシス司令はエルヴィン達を笑顔で迎えてくれた。

「所用で遅れてしまいました」

「早馬で知らせは貰っているが、ラガコ村の件、大変な事になったのぅ」

「ミケとハンジがうまくやってくれたと思う。むろん、”彼ら”の助力もあってこそだが……。ではハンジ、そろそろ種を明かしてはくれないか?」

 この場にいる全員の視線がハンジに集まる。ハンジは軽く咳払いをすると、ゆっくりと話し始めた。

 

 今回出現した巨人達は外部からやってきた形跡がなく、長大なウォールローゼの壁自体にはまったく問題がなく巨人が通過したと思われる穴も破損箇所もなかった。またラガコ村の馬も厩舎につながれたままで、建物の大半が内部から爆発したように破壊されている事。

 さらに昨日の行軍演習には同村出身の新兵(コニー)がいて、戦闘後、彼を連れて村内を調査した際、彼の生家には足が細すぎて動けない巨人がおり、その巨人が彼に声をかけたというのだった。見た目も彼の母と似ているのを確認している。これらの状況を総合的に判断した結果、ハンジは衝撃的な結論を述べた。

 

 今回の巨人達はラガコ村の住民の約半数が変化したものであると。全ての巨人の弱点が大小に関わらず、うなじ付近の縦1m、横10cm。そこになにが埋まっているか、それは人の脳髄が変化したものではないのかという事だった。

 

「じゃあ、なにか。俺が今まで人を殺して飛び回ってきたわけか……」

 リヴァイは自傷気味に呟いた。

「全ての巨人がそうとは決まったわけじゃないよ。それにまだ仮説の段階だよ」

「それでもお前はもう確信しているんだろ?」

「……」

ハンジは無言だったが、確信しているのは間違いないだろう。

エルヴィンは一つ疑問に思ったことを聞いた。

「ハンジ、”彼ら”からの話は聞いているのだろう? 彼らの見解は?」

「いや、この件に関してはまだ聞いていない。というより結論を出したのが村の調査が終わった後だからね」

「そうか……」

「もう一つ、エルヴィンとピクシス司令、リヴァイにだけ話したい事が……。申し訳ないがミケ、それとお二方には退室してもらえないだろうか?」

ハンジはピクシス司令の副官2名とミケにそう申し出た。ハンジは極めて重要な案件を持っているようだった。

「すまんの。席を外してやってくれないか?」

「わかった」

「……了解しました」

ミケと副官2名は退室した。これで室内に残るはエルヴィン、ハンジ、リヴァイ、ピクシス司令の4人だけである。

 

「実は”彼ら”から会談したいとの連絡がありました。司令、いかがいたしますか?」

「なっ!? 本当か!?」

 ピクシス司令も驚いていた。”彼ら”が強力な兵器を保持しているのは周知の事実だ。現在までは人類側に加勢した動きをしてくれているが、その意図が読めない以上、不信感が拭えなった。敵に回せば巨人勢力以上に恐ろしい相手かもしれないのだ。

 

「いつ会談できると言っているのじゃな?」

「今すぐこの場で、です」

「なんとっ!?」

 エルヴィンは驚いた。そんなにすぐ会談できるとは思わなかったのだ。

「わ、わかった。会おう」

ピクシス司令が答えると、ハンジは胸のポケットからペンダントを取り出し、机の上に置いた。

 

 そのペンダントから一条の光が出て、壁に人の姿を映し出していた。全身真っ黒なスーツで顔までも黒いフードで包んだ人物、体つきからして若い女性のようだ。裸体に黒い塗料をペイントしたのではないかと思えるぐらい身体の輪郭が透けている妖艶な服装で、割れた腹筋に張った筋肉、相当鍛錬を重ねている兵士のようだった。フードを被ったままなので素顔は伺いしれない。

 

「……初めましてだな。ピクシス司令、スミス団長、それにリヴァイ兵長。わたしは諸君らの言う”ユーエス軍”指揮官のヴラタスキ将軍だ」

「!?」

 動く映し絵と共に言葉までもが聞こえてきたのだった。

「驚かせてしまったようだな。これは”テレヴィジョン”という技術で遠距離に声と映った映像を送り届ける機械だ。わたしは現在ウォールマリア内のとある場所にいる。直線距離にして20キロほどだな。そちらの姿や声もこちらで受け取っているので離れていてもこうして会話できるわけだ」

「……離れている場所でも会話できるわけか?」

エルヴィンは感心しながらも即座に戦略的価値に気付いた。壁外遠征で味方の被害を少しでも減らすためにエルヴィン自身が考案した長距離索敵陣形も結局のところ、情報の伝達が急所である。遠距離で会話できるという事は、情報の伝達が瞬時に行えるということだからだ。離れた場所にいても全軍を有機的に動かす事が可能であり、実質戦力価値を飛躍的に引き上げている事になる。

 

「そういう事だ。……直接会って話をしたいところだが、そちらの周囲には間違いなく王政府側の情報提供者(スパイ)が潜んでいるだろう。下手に接触しては王政府側に粛清の口実を与えかねない」

 女将軍――ヴラタスキ将軍の指摘は事実だった。エルヴィンとて王政府側が調査兵団にスパイを送り込んで監視しているだろうとは推察している。だがもともと調査兵団は巨人討伐が主任務であって諜報任務は得意ではない。スパイがいる事は知りつつも用心するしか手がないのが実情だった。

 

「ほう、我々の内情をよく知っておられるようじゃの?」

「ハンジから聞いたのもあるし、こちらで調べたこともある」

「ふむ」

「まずは我々の自己紹介をしておこう」

 女将軍はそういって話を続ける。遙か彼方の地より調査部隊として送りこまれている事。事実上の独立した戦闘組織であり、指揮官の一存で動いていることなどを告げる。また女将軍の主力部隊はウォールマリアに展開中で、トロスト区戦および昨日のラガコ村事件は、一部特務兵を送り込んだとの事だった。ただし、例の新兵器については自軍でしか運用が行えない、又機密保持という理由で情報開示はやんわりと断られてしまった。

 

(一部の特務兵だけであの鎧や超大型を倒してしまうのか!? 我々とは桁違いの戦闘能力だな)

 実際に調査兵団が現有兵力で知性巨人を倒そうとしたら相当な犠牲を払っても倒せるどうか怪しかった。リヴァイのような達人級が複数人いても苦戦は必死だろう。それを考えると彼らの調査部隊だけで人類側の全戦力を凌駕すると言っても過言でないかもしれない。

 

「さて本題だが、我が軍は調査の結果、巨人化制御技術はこの世界には不要、いや有害と判断している。遠い将来、本国あるいは友邦にも危害を及ぼす可能性がゼロとはいえない。よってこの技術を保持する勢力は敵とみなす」

 女将軍はそう宣言した。つまり巨人勢力との敵対宣言である。エルヴィン達人類にとっては朗報だった。人類の敵とも言える巨人を敵としてくれるなら、敵の敵は味方になる可能性は十分あるからだ。

 

「諸君らも巨人と戦っている事は知っている。共闘してもいいとは考えている。しかしながら諸君達の権力中枢、特に王政府は敵巨人勢力と内通している可能性が極めて高い。おそらく知性巨人、すなわち巨人化能力者を切り札として隠し持っているだろう」

「なっ!?」

 女将軍の発言は、エルヴィン達に静かに衝撃を与えた。同時に王政府に対する怒りが沸いてくる。いままで巨人の秘密を探ろうとして幾度となく壁外遠征を行い、数え切れないほどの兵士達が巨人との死闘で命を散らせていったことだろう。

「っざけあがって!! どれだけ多くの仲間が無為に死んでいったと思ってるんだ!」

エルヴィンより激情は発散させたのがリヴァイだった。リヴァイの脳裏には大勢の部下の死に様が蘇っているのだろう。

 

「それは事実なのか?」

 エルヴィンは訊ねた。

「いや、決定的な証拠は残念ながらない。あくまでも断片的な情報をつなげた推測でしかない」

 どうやら確たる証拠はないようだった。もっともエルヴィンも王政府側が怪しいと睨んでいる。トロスト区以降、明らかに異常な動きをしている。例の捕獲巨人の抹殺、そのもみ消しに現れた中央第一憲兵団、他地区新兵の押し付け(調査兵団に負荷をかける意図)などなどだ。

 

「王政府側の首謀者が誰なのかも把握できていない。後はどう行動するかは諸君達の判断だ」

「……王政府を倒せというのか?」

「……それもそちらに任せる。協力できることなら協力しよう。ただし、……」

 女将軍は協力する見返りを要求してきた。人類側より彼らの方が立場が上なのだから当然だろう。駐留経費の負担、巨人化制御技術の完全放棄、治外法権、免税特権、技術供与を行った場合のライセンス料、軍事顧問料、ウォールマリアを含めた壁外領域すべての第一次調査権などである。流石に甘い交渉相手ではなかった。助けてほしければ相応の負担をしろということだった。むろん一方面軍(調査兵団)のみで確証できるものではなく、王政府の内通という事項が有る以上、王政府を倒す以外に”彼ら”に見返りに応える方法はなかった。

 

「協定が結べないとあれば仕方がない。当領域からの撤退も選択肢に入るだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。将軍。我々を見捨てるというの? 貴軍がいなければ我々だけでどうやって知性巨人を?」

 ハンジは慌てて止めに入った。ハンジは女将軍とは連絡を取っていたようだが、撤退までは聞いていなかったようだ。

「ハンジ、勘違いしてもらっては困るな。我が軍には諸君らを助ける義務はない。そもそも保護者でもなければ、慈善事業をしているわけでもないからな。トロスト区戦はともかくラガコ村に派兵したのは、ハンジ、君との友誼に免じてだ。しかしこちらもいつまでも無償報酬というわけにはいかない」

女将軍は当然ではないかというようにハンジを一瞥した。

「……」

ハンジは反論できないようだった。

「返事は明日の夜明け前までとしよう。後は諸君達でゆっくり考えてくれ」

そういって女将軍の姿は映像から消えた。ペンダントからはもう何の光も出ていない。

 

「……」

 しばらく一同は沈黙していたが、最初に口を開いたのはリヴァイだった。

「それでエルヴィン、どうする? ”彼ら”と共闘するのか? あるいは我々だけで王政府とやりあうのか?」

「共闘しなければ、勝ち目はないだろう」

「だが思いっきり吹っかけられてんじゃねーか?」

 ”彼ら”からの見返り要求はかなり高額だった。交渉の余地があるにしても調査兵団の予算規模を遙かに超えている。しかしそれだけの戦力価値はあるというのも事実だった。

「払えないわけでないだろう。王政府側の貴族財産を没収すればなんとか賄えるはずだ」

「お、おいおい……」

「そこまでやる?」

リヴァイとハンジはエルヴィンの策に半ば呆れているようすだった。それでも策自体は間違っていないだろう。この壁内世界では貧富の格差が酷いことは周知の事実だ。王政府側の貴族、ウォール教教会などは貧困に喘ぐ庶民をわき目に蓄財に性を出している。正当な理由があれば庶民達の同意も得られるだろう。

 

「そうか、ついにこの壁内で人類同士が血を流すときがきたか。いつかこの日が来るとは思っていた」

 ピクシス司令が呟く様に声を出した。エルヴィン達は一斉にピクシス司令の方を向いた。

 

「王政府が壁の外に興味を持つことを禁じて107年、狭い壁内世界に人を留めおくことの限界が……」

「……」

「その時が来れば、ワシも王に銃をむけねばならないと思っておった」

「では、司令も王政府打倒に協力していただけるのですね?」

 ハンジは熱を帯びたように司令に合意を迫った。しかし司令は首を振った。

「ワシは一介の老兵にすぎん。部下を人の争いに導く権利はないのだ」

「し、しかし、王政府の横暴さはよくご存知なのでは?」

「それでも今の体制は107年続いておる!」

 ピクシス司令の言葉は説得力があった。狭い壁の中に閉じ込められ、4年前にはあからさまな口減らし(ウォールマリア奪還作戦)が強行され下級住民を中心に人口の2割が失われている。そんな過酷な状況にも関わらず暴動は起きておらず治安は安定している。それは狭い壁の中で争うことは滅亡を意味するからである。

「確かに少数であっても精鋭中の精鋭のお主達(調査兵団)が王都を襲えば支配者の首を狩ることは可能じゃろ、だがそれで終わりだと思うか?」

 ピクシス司令はその後に続く内乱に言及した。各地を治める貴族達は権益を手放そうとしないだろうし、民衆も簡単に味方になってくれるとは思えない。さらに”彼ら”(ユーエス軍)の武力が加われば勝率は高いだろうが、あの超大型巨人すらも倒す強力な兵器が人に向けられるという事を意味する。それは大量の死体を量産することに他ならない。

「恐怖で人々を支配するのか? それでは今の王政府と変わらないじゃろう」

「力ずくで物事を解決するつもりではありません。正当な大儀名分があれば人々も納得するはずです」

「あるのか?」

「さきほど、ヴラタスキ将軍からの話にもあったように王政府側は知性巨人を匿っているはずです。また巨人化する薬品も保持しているでしょう。これを見つけ出し、動かぬ証拠とし、同時に王政府の首謀者を捕縛し、内通の事実を世間に公表すればよいと思います。今のフリッツ王は傀儡でしょうから、その娘あたりに譲位させれば……」

「ふーむ」

「まずは敵の首謀者を見つけ出すことでしょう。決起はその後です。また高い戦闘能力と索敵・諜報能力を持つ”彼ら”との協定締結は不可欠です。ただでさえ前面に巨人勢力、後方に王政府という二つの強敵を抱えているのですから」

 これがエルヴィンのたった今考えた道筋だった。

「わかった。だが駐屯兵団は中立を守ろう」

「しかし、司令。それでは……」

 ハンジはやや驚いたように口を挟んだ。

「別に憲兵団に告げたりはせんよ。お主らを黙認するというだけじゃ。そもそも駐屯兵団の役割は人々を守ることじゃからの」

「それでも十分です」

エルヴィンはピクシス司令に一礼した。

「それと”彼ら”を信用しすぎないことじゃ。巨人を滅ぼすのが目的であっても、人類を守ってくれるわけではないからの」

ピクシス司令は席は外すといって部屋を出て行った。話が終わったらそのまま挨拶無しに帰って構わないと言い残して。

 

「なあ、エルヴィン、あの女将軍が見返りの先払いを要求してきたらどうすんだ? 払えないんじゃないのか?」

「そこまで強欲でもなさそうだ。あくまで私の感触だが……」

「それはわたしも思った。もっとも甘えた態度をとる事はやっちゃいけないと思う。あちらはあちらの都合で動いているだろうから」

 ハンジは”彼ら”ユーエス軍を冷静に付き合うべき相手だと考えているようだった。エルヴィンも同じ考えだったが、一抹の不安は残っている。協定を結んでも敵巨人勢力に本当に勝てるのか。あるいは捨て駒にされるかもしれないという懸念はないわけではなかった。

 




【あとがき】
エルヴィン、リヴァイ、ピクシス司令、久々の登場ですw。

ラガコ村の報告の件は前話と被るので省略。リタ、ピクシス司令とスミス団長達と初会合(テレビ会議)。ちなみにリタの服装はGANZスーツをイメージ。
 リタは自軍の戦力価値をよく知っているので、強気の交渉です。無償報酬で働く正義の味方では割があいませんよね。当然、要求すべきものは要求します。

「駐留経費、払わないなら撤退するぞー」
あれー、これもどこかで聞いたような……

【一部改稿4/9】
女将軍(リタ)の巨人勢力との敵対宣言を入れています。自らの目的を開示しないことには軍事協定の話もないでしょう。

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